箸で地球はすくえない

ねこよう

文字の大きさ
7 / 26

ウサギの話 3章

しおりを挟む
 中学校にあがる時、私は誕生日プレゼントに「イヤーマフ」を買ってもらった。
 私が自分で探して、お願いして買ってもらったんだけれどね。
 イヤーマフをつけると、雑音がほとんど聞こえなくなり、静かになった。
私以外の人はこんなに静かな世界で生きているのだろうか。
 私は、生きてきた中で、初めてと言ってもいいくらいの静寂の中にいた。

 そして私は突然いじめの標的にされた。中学二年の春だ。
 ヘッドフォンみたいなイヤーマフをつけていると嫌でも目立つし、教室の隅の
女子同士のひそひそ話では「自分が可愛いと思っててムカつく」みたいな事を
言っていた。
 机に「シネ」「ブス」とかカッターで彫られたり、教科書が机の中から
無くなったりした。
 先生に言ってみたけど「証拠がない」って事で何もしてくれなくて、
そこからはさらにいじめが激しくなってしまい、げた箱に入れておいた靴を
無くされたりし始めた。
 もちろん周りからも無視された。
てか、元々誰とも仲良くなってなかったからまぁあまり変わりはなかったけど。
 
 「なんかさあー、もうサイアク。」
 黒ウサギが、元気ない顔してどうした?って聞いてきたから、学校で起きてる
ことを思いつくままに話した。
 私の話を聞いた黒ウサギがどうしたと思う? 
 怒った? 同情した? 慰めた?
 どれもブー。
 正解はね、とってもとぉっても、手を叩いて喜んだの。
 本当か?それじゃあ、俺が教えたことを使って復讐できるじゃないか。
いやー良かった。やっぱり自分が教えた力を使って悪い奴を懲らしめるってのは、
いい。気持ちがいい。
 黒ウサギがあんなにニコニコするのを初めて見たわ。
 
 標的は、杏奈って髪の長いコ。コイツが裏で指示を出してるって情報は掴んで
いたから。
 いい機会だから一人で考えてやってみな。何か欲しかったら言えば用意する。
 黒ウサギは、まるで子供にはじめてのおつかいを頼むみたいに言ってきた。
 次の日からは学校を休んだ。いじめがひどくて辛いのもあったけど、
そっちの調べものの方が忙しくなったってのもある。
 暗い顔をしてか弱い声で「いじめられるから学校行きたくない」と言うと、
ママは心配してオロオロし始めて、せっかくやっていたスーパーのパートを
辞めてきちゃった。
 
 一か月後、私は学校に行った。
 朝の教室で、杏奈たちは相変わらず遠巻きに私を見てニヤニヤしている。
 私はバッグからスマホを取り出して、調べていた杏奈のLine IDに、次々と
投稿した。ちなみに、このスマホも調べられても私にたどりつけない誰の名義でも
ないスマホなの。
 私が送ったのは、いやらしいお店に入る杏奈のお父さんの写真。若い男の人と
裸に近い格好でお酒を飲んでいる杏奈のお母さんの写真。そして、杏奈の家の
トイレの盗撮動画。杏奈の家の風呂の盗撮動画。杏奈の部屋の盗撮動画。
――盗撮については、どこでも隠しカメラを設置できるっていうその道のプロを
黒ウサギに紹介してもらった。ああいう人は本当に盗撮するのが好きだから、
お小遣い程度の報酬でも喜んでやってくれた。
 着信に気付いた杏奈がスマホの画面を見た。
 「ちょ、ちょっとゴメンね」仲間に言って教室から出て行った。
たぶん、誰にも見られない所で写真や動画を確認しているんだろう。そして、
誰がこんな事をしたのかと恐れおののきながら考えているんだろう。
これが世に流れたらどうしようと不安になっているんだろう。いい気味だ。
 私はLineに打ち込んだ。
 「もうやめろ」
 
 高校受験は、中くらいの公立高校に受かった。
 試験問題も情報。だから、事前にどの問題が出るかを知っていて、
答えを出していたから、特に勉強はしなかった。
 高校になって、私は黒ウサギの仕事を手伝いだした。
 黒ウサギは、警察の動きを知りたい人に警察無線からの情報を伝えたり、
ヤバい組織の親分がどの女の所に行くかを誰かに教えたりして報酬をもらっていた。
その他にも、アイドルグループがどこのホテルに泊まるのかとか有名な俳優の
アブノーマルな性癖まで、いろんな情報を扱っていた。
 助手の仕事は楽しかった。ある時はホテルの部屋の屋根裏で息をひそめて
スッゴイ映像を撮影したり、ある時は高級クラブでヤクザの幹部のスマホのデータを
丸ごとコピーしたりした。とってもスリリングだ。
 
 ある日、黒ウサギと私がファミレスで打ち合わせしていると、一人の女の人が
「はーい」と手を振ってきた。
 目を上げてその人を見た黒ウサギは、ちょっと面倒くさそうな、でもちょっと
嬉しそうな顔をした。
 「私の頼んだこと、ちゃんとやってくれてるの?」「やってる。時間がかかる」
 「早くしてよね。捕まえてるカモがどっか行っちゃうからさ」「だからやってる」
 「あーもう相変わらず無愛想な男ね」
 その女の人は、頭をきちんと分けていて、黒いメガネをかけて、
地味なスーツを着て、まるでマジメ一直線の古文の先生みたいな恰好だった。
 「へー、あんたが噂の黒ウサギのお弟子さん?かわいいじゃない。
  私、オウム。よろしくね」
 オウムって名乗った女の人は、あっという間に私の隣に座って手を握ってきた。
 「詐欺女だ」と黒ウサギがボソッと呟いた。
 情報。マジメそうな恰好してるけど、そうじゃない。目の奥に獣。
でも牙や爪を隠すのがうまい。
 「ちょっとまたジロジロ眺めて、そうやって人のデータを取らないでよ。
  ホントこの男とそっくり。ダメよこんなヤツの真似してちゃ。」
 「その格好。獲物の好みか」
 「そうよー。男はね、こういう地味で大人しい格好した女は、マジメに毎月
  貯金していて男の経験が少なくてお酒も飲めなくてあんまり遊んだ事も無い
  なんて簡単なストーリーをコロッと信じちゃうのよ。」
 「いい年してよくやるな」
 「年は関係ないでしょ!ほっといてよ。
  ねえ、あなた名前は?何て呼べばいいの?」
 本当の名前を言った方がいいのかどうか分からなかったから、変な間が出来た。
 10秒くらい。
 でも黒ウサギの知り合いだったら名前を言わないと失礼になっちゃうかな、と
私的には大きな決心をして、口を最初の音の形にした時だった。
 「そいつは、ウサギだ」
 「あらそうなのー。じゃあ白いウサギなのかな? 
  あ、アタシ達の世界で白ってのは無いか。だったらパンダウサギ?
  まぁいいわ。とにかく、よろしくねウサギさん」
 あ、ども。
 とりあえずひょこっと頭を下げた。

 高校生活中、友達は一人も出来なかった。
 そりゃそうよね。若くて爽やかなジャニーズのアイドルが大好きってワイワイ
喋っているコがいたけど、昨日私はそのアイドル様が先週会った女と違う女の
マンションから出てくるのを見張ってたんだから、話が合うはずが無いか。
 あー!あの政党の党首があの会社社長からいくらもらったとか、警察組織の中で
おっさん達がどんだけ足の引っ張り合いしているかとか、あの泣ける歌を書く事で
有名なシンガーソングライターには裏にゴーストライターがいるとか
誰かと喋りたい!
 でも黒ウサギには、仕事で知った事は誰にも喋るな。って言われてるからなぁ。
 仕方がないから、私は進級ギリギリの日数しか学校には行かなくて、
休み時間にはクラスのすみっこで小説を読んでいた。
 よく呼んでいたのは、昔の戦国武将が主人公の小説。
 もし私がこの時代に産まれていたら、情報で上杉謙信を武田信玄に
勝たせてあげられたなぁなんて思いながら読んでいた。

 幸か不幸か?高校ではいじめられなかった。
 黒ウサギからは、今度いじめられたら教えてくれ。自分もそういう悪い奴を
いじめてみたい。って言われてたから、まぁ良かったかな。
 黒ウサギに狙われちゃったら、もう一生立ち直れないくらいそのコの情報を
暴き出しそうだから。
 
 進路は、適当な専門学校にした。それで実家から出て、一人暮らしができる
ような距離にある学校。
 お母さんは好きなんだけど、友達はいないのかとか恋人はできないかとか言って
くるのはうるさすぎる。
 学費は、黒ウサギの助手をやった報酬でかなりたまっていたし、生活費は学校に
行っているふりをして、そのまま助手を続けて稼ぐつもりでいた。
 私の考えを聞いたお母さんは、そりゃあうろたえて、一人で生活するのはそんなに
甘いものじゃない。無理に決まってるでしょう。興奮して大声をあげた。
 学費も生活費も全部自分が出すからと説明しても全く聞いてくれなかった。
 私は、お父さんに連絡を取ってみた。向こうの国とは時差があるから、夜中に
リモートで。
 お父さんは、私の話をうんうんと頷いて聞いてくれた。
 そして、最後に、やってみたいならぜひ応援したいと思う。ただ一つだけ
条件としては、どんな理由にせよ、生活するお金が苦しくなってなにかしら助けが
必要になったら、自分かお母さんに伝える事。これが守れるのだったらいいよ。
と言ってくれた。
 理解のあるお父さん。心配してくれるお母さん。
 私は、どちらかと言うと恵まれた子供だと思う。
 
 黒ウサギに、独り暮らしをすることをLINEしたら、次に会った時に「お祝いだ」と
大きなダンボール箱に入ったものをくれた。
 開けてみたら、大きな床置きタイプの除湿乾燥機。
 こんな大きいもの一人暮らしの部屋に置いたら邪魔だと文句を言ったけど、
だったら広い部屋に引っ越せばいい。ってこっちの話しなんか全然聞かない。
 専門学校は、気の向いた時に行って、後はほとんど黒ウサギの助手をしていた。
 黒ウサギは、自分の持っている知識を出来るだけ全部伝えようとしている
みたいに、口を開けば「情報」の事を喋った。
 「いいか? 自分は秘密主義だなんて考えているヤツほど、情報は駄々洩れ
  なんだ。」
 「今は必要ないように思う情報でも、後で役立つ事がある。例えば、そいつが毎朝
  コンビニで買うコーヒーの銘柄が分かった。そのコーヒーに「全部見ているぞ」
  と書いたメモを貼っておいたら、その後そいつは慌てて財産を隠してある銀行
  まですっ飛んでった」
 「とにかく、その対象者を観察しろ。スマホを右手で持つか左手で持つか、
  即座に答えられるくらいに」

 ある日、黒ウサギは、ヒツジについて話してくれた。
 情報にも強く、ハッキングにも強く、スリや詐欺や強盗まで大小いろいろな仕事を
やった、オールマイティーな犯罪者。
 でもヒツジは用心深くて、稼いだ金をほとんど使わずに質素な暮らしを続けて、
隠し口座にため込んでいたらしい。
 もう表舞台から姿を消して何年も経っていている。
 黒ウサギもヒツジの所在と隠し口座について調べてみたが、口座どころか今の住所
も本名はどんな名前なのかさえも分からず終いだったそうだ。
 
 「その口座にはどのくらい入っているの?」
 車の助手席で、赤外線望遠鏡を覗きながら何の気なしに聞いてみた。
 「さあな。噂では、20憶は入ってるんじゃないかってことだが」
 「黒ウサギは、もしそれが手に入ったらどうすんの?」
 運転席の師匠は、フンと鼻で笑って「山を買う」と、冗談なのか本気なのか
分からない顔で答えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...