第三騎士団の文官さん

海水

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キツネの天敵

第十二話 女二人の作戦会議

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 ローイックは、深夜に目が覚めた。慣れぬベッドで横になるが、感触の違う布が安眠をもたらしてはくれなかったのだ。考え事が頭を占拠していることも、関係していたが。

「明日、かぁ」

 今日、南の関門に到着した。明日、祖国アーガス王国からの使節団と面会することになっている。訪れた人物が当人かどうか判断するためだ。

「……国は、どうなってるんだろう?」

 良く知った顔が来る。会うのは楽しみでもあるが、不安もある。
 普通、使節団を送るにあたって宰相を選ぶことはない。宰相は政治の要石といえる存在だ。国を空にはできないだろう。
 だが来るのだ。それほどの重要な話し合いがもたれることを示唆していた。

「この怪我を見たら、なんて言うかなぁ」

 ローイックは、天井を眺めながら深く息を吐いた。天井にかつての友の顔が浮かぶが答えてはくれない。
 もやもやとしながらも、ローイックは目を閉じた。




 明け方、まだ太陽は顔を洗っている頃、キャスリーンは大きな鏡に向きミーティアに髪を梳かしてもらっていた。金色の髪は寝癖でこんがらがっているのか、やや手間取っているようだ。

「姫様」
「何よ」

 キャスリーンは不機嫌だった。道中、侍女に化けて怪我をして不自由なローイックの身の回りの世話をしていたのだが、余りにも仲睦まじくしていたために、侍女にあるまじき、と怒られているのだ。
 確かに、腕を組む抱き付くなどの過度なスキンシップはなかった。それでも、当人達に自覚は無いのだろうが、二人の醸し出す空気は、どう悪く見ても仲睦まじい恋人同士にしか見えない。普通に見れば婚約者同士と見えるだろう。

「皆の前で、あーん、など言語道断です」

 ミーティアは髪を梳かしながら話し続けた。彼女はまだ髪を結わずに背中に流しているだけだからか、かなり幼く見える。
 キャスリーンと並んでいると、同い年か、年下に見えてしまう。そのミーティアがお説教をたれているのは、なかなか滑稽だ。

「だって、ローイックの反応が面白いんだもん」
「だからといって、皆の前で新婚夫婦みたいにじゃれていては、示しがつきません」

 キャスリーンは頬を膨らませぷりぷり怒っているが、これはミーティアが正しいのだ。キャスリーンは食事の度にフォークで刺したおかずをローイックの口に運んでいた。
 その時のキャスリーンの姿は黒い侍女服だ。が、ローイックは「ひ、姫様、自分で食べられますので」と慌てて「姫様」と言ってしまうのだ。
 これではキャスリーンが侍女服を着ている意味が無くなってしまう。
 これを、道中、第二騎士団も一緒に食事をしている最中でやらかすのだ。ミーティアのフォローにも限界があろうというものだ。

「明日はちゃんと皇女の格好をして下さい」
「分かってるわよ」

 キャスリーンの身代わりのタイフォンも大変なのだ。
 彼女も文句を言いたいのだが、まだ堪えていた。身代わりという役目は、実は結構な重圧だ。

「それに、ローイックさんの幼馴染とやらも来ますから」

 これこそが二人の本題なのだ。アーガス王国から来てもらう使節団との話し合いの目的は交易であるが、実態は食料援助だった。
 帝国の穀倉地帯では昨年から不作が続いていた。原因は麦の病気だった。
 新種の病気らしく今までの方法では防げなかった。国内に食料の備蓄はあるものの、このまま不作が続けば飢饉は避けられない状況であった。
 だが、商人経由ではあるが、アーガス王国がその麦の病気の対策をとり上手くいった、との情報を得ていた。
 アーガス王国は農業の国である。病気を放置しては国の経済が立ち行かなくなってしまう。農業国故の経験は、帝国の比ではない。過去の資料から素早く手を打ち、病気を克服し、作物は平年並みの収穫を得ていた。
 アーガス王国に侵入させてある間者からも同様の報告があった事から、対策が成功しているのは間違いないのだ。
 この麦の病気の対策も、今回の話し合いの大事な議題だった。

「この様な状況で、未だ敵国である我が国に女性が来ることは、きわめて異常だといえます」

 ミーティアの目がキラリと光る。
 敵国に女性を、しかも公爵令嬢を送るなど、普通に考えればありえない。
 ローイックの幼馴染が危険をおしてでも来る。
 どう考えても、キャスリーンにとって良い話ではないだろう。

「姫様。彼を盗られないようにしてください」

 鏡の中の鋭い眼差しのミーティアに、キャスリーンも真剣な面持ちでコクリと頷いた。




 アーガス王国からの使節団が到着するのは夕刻の予定だった。ローイックは、関門に隣接する砦の一室で、業務日誌や今回の報告書を仕上げていた。
 宮殿の第三騎士団に、唯一の文官である自分がいないということは書類が処理されずに溜まっていることを示唆しているのだ。今の内に仕事を減らしておきたかった。
 そんなローイックの元には、何故かキャスリーンがいる。キャスリーンは宮殿を出てから、ローイックの傍を片時も離れないでいた。
 彼女はテーブルに肘をつき手に顎を乗せ、ローイックの仕事ぶりをニコニコ眺めている。ローイックの顔からは包帯が無くなっており、腫れもすっかり治り、肌も元に戻っていた。

「ローイックは、あたしが守るからね」
 
 確かにこうは言われた。だが四六時中傍にいるとは思ってもみなかった。

「姫様、指揮は良いのですか?」

 ローイックは幾度と無くこう尋ねた。

「タイフォンがいるから大丈夫よ」

 返事はいつもこれだった。
 ちなみにキャスリーンは黒い侍女服ではなく、いつもの白い騎士服を着ている。アーガス王国からの使節団が来ればタイフォンと代わる約束になっているからだ。
 道中、タイフォンの機嫌は、悪かった。
 当然だ、とローイックも思う。

 ただ、キャスリーンが傍にいる状況には、ローイックも楽しさを感じていた。慣れない馬車の移動と怪我をおしてまで来ていることで、ローイックは酷く疲れていた。
 体も重かったがキャスリーンの笑顔はそれを忘れさせてくれていたのだ。

「タイフォンさんには、宮殿に戻ったら休暇をとってもらいましょう」
「そうね。大分無理させちゃってるしね」
「えぇ、お願いします」

 キャスリーンも自覚はあるのだろう、苦笑いしながら首を傾げた。金色の髪がさらりと肩に垂れ下がる。キャスリーンは首を戻し肩にのった髪を手で背中に流した。こんな仕草もローイックにとって、ご褒美にもなる。嫌な事も忘れられる、憩いの一時だ。

「キャスリーン殿下、アーガス王国からの使節団が間もなく到着するそうです」

 そんな一時から現実に戻されてしまった。第二騎士団の騎士が扉越しに伝えてきた。
 彼が中に入ってこないのは、二人の邪魔をしないよう気を使った結果だ。もはや第二騎士団にはバレバレになってしまっていたのだ。
 知らぬは当の二人だけである。

「分かった、すぐに行く」
「はっ!」

 キャスリーンはさっと表情を引き締め、凛々しい声で答えた。




 南の関門は帝都へと繋がる幹線道路を塞ぐように造られている巨大な壁だ。その姿には圧迫感を感じる。
 関所なのだから当然だ。

 関所などに引っかかりたくない、ある程度問題を抱えた人間もいる。抜け道を欲する者達は後を絶たない。

 現実として、抜け道は存在する。
 潰しても潰しても雨上がりの筍の様に作り出されるため、帝国もある程度は仕方がないと認識はしている。
 だがその抜け道も馬車など大きい物は運べない。せいぜい手に荷物を持った人間が通れるくらいだ。逆にそのくらいを許容していれば、無茶な事をしでかす人間は少なくなる。
 帝国としては、馬車で大量に違法に輸出入されるものを摘発出来れば良いのだ。勿論その中には高貴な人物も含まれる。

 そんな関門の前の広場にローイックはいた。
 左腕は包帯で吊ったままだが、治るのは数か月は先だろう。傍らにはキャスリーンが立ち、背後には護衛の騎士達が控えている。
 その目の前に一台の馬車が止まった。地味な茶色だが、その代り長旅にも耐えられるようがっしりと堅牢に造られているのが良く分る佇まいだ。重いのか馬は3頭引きだ。護衛の騎士だろうか、十名ほどが馬で伴走していた。
 彼等は馬から降り、馬車の前に整列した。

「着きましたね」

 ローイックは馬車にある紋章を見た。馬の姿を麦が囲っているデザインだ。これはアーガス王家の紋章であり、農業国として、誇りを持っている証拠だった。
 第二騎士団の騎士が一礼をし、恭しく馬車の扉を開けた。

「ようこそいらっしゃ―」
「ローイック様!」

 扉を開けた騎士が挨拶を述べる前に、尻尾の様な栗色の髪を振り乱し、深紅のワンピース姿の女性が飛び出してきた。ローイックの名を叫び、そのまま彼に抱き付き、押し倒した。
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