第三騎士団の文官さん

海水

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弱気なキツネ

第二十二話 二人の宰相

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 翌日、帝国と王国の交渉が開始された。両国の宰相がさしで話し合いをする、決闘のようなものだ。
 ハーヴィーは交渉時のネイサンの護衛で同席している。放置されたロレッタは、当然、ローイックの元に遊びに来ることに。一応、客であるロレッタを無下には扱えないのだ。

「ねぇロレッタ」

 ローイックの冷めた声が部屋に響く。

「はい!」
「……元気なのは良いことなんだけど、私は仕事なんだ。暇なのは分かるけど」

 ローイックは書類を手に持ち、ロレッタに向いた。外出していた期間に溜まった書類の処理が終わっていないのだ。仕事をしている時のローイックは、結構冷たい。

 ロレッタはというと、部屋に置いてあった予備の椅子をローイックの机の横に置き、ニコニコしながら仕事ぶりを見ている。ロレッタは、没頭したローイックの集中力を乱すと機嫌が悪くなることを知っているからだ。

 ちなみロレッタの衣装はピンクのワンピースだ。可愛らしい装いが、彼女の見た目の年齢を数歳引き下げている。とても成人している様には見えない。

「はい、分かってます!」

 元気よく返事をするロレッタに、ローイックもやや呆れた顔をした。ロレッタの護衛としてつけられたテリアが入り口の扉横に立っている。その顔は苦いものだ。
 ローイックはふぅと息を突き、ロレッタに話しかける。

「そろそろ休憩にしようか」
「はい! じゃあ紅茶を持ってきます!」

 ロ―イックの提案にロレッタはにっこりと微笑み、部屋を出ていった。横目でロレッタを見送ったテリアが腕を組み、ローイックを見てくる。

「自称ローイック君のお嫁さん、ね~」
「困ったことに、勝手に言いふらしてます」
「あら、そ~お~?」

 テリアはジト目でローイックを見てくる。
 ロレッタは昨晩から会う人会う人に、そんな事を吹聴しているようだった。当然その事はキャスリーンの耳にも入っている事だろう。キャスリーンはロレッタがそう言い張っているのは知っているが、広められてしまうのは面白くはない筈だ。
 だがちょっと状況は違うようだった。

「キャスリーンが、な~んかご機嫌なのよね~。ローイック君、なんでか知らな~い?」
「ど、どうしてでしょうねぇ」

 ローイックは引きつりながらの笑顔で応えたが、背中には冷たい汗を感じていた。昨晩キャスリーンを抱きしめていたことが発覚してしまえば、どんな罪に問われるのか分かったものではない。
 衝動的とはいえ、彼女を抱きしめたのは事実ではある。ここは誤魔化すしかないのだ。

「そ~いえば~さ~。昨晩の晩餐会の直後に、キャスリーンの姿が見当たらなかったらしいんだけど、なんでかローイック君が宮殿に連れてきたみたいじゃな~い? しかも結構遅い時間に」

 テリアがニヤニヤとローイックを見てくる。

「それはですね、ある程度で書類の処理を切り上げて宿舎に戻ろうとしたら姫様がいたんですよ。夜で危険なので、送ったんです」

 ローイックは平静を装いつつ、嘘をつく。こいつはタヌキだからだ。

「ふ~ん、そ~なんだ~。キャスリーンの顔が真っ赤になってたって、ミーティアさんが騒いでたからさ~。ま~晩餐会で、お酒も飲んでるだろうしね~」

 テリアはにやりと口元に弧を描きつつ、ローイックを横目で見てくる。あからさまに怪しまれてると感じるが、ここは切り抜けねばならない。ならば返答は限られる。

「えぇ、大分酔っている感じでしたよ」

 ちょっと笑みを受かべ、背筋に感じる悪寒を誤魔化す。にやけて見てくるテリアの視線を何とか堪えた。

「ローイック様、持ってきました!」

 ロレッタがティーポットとカップを乗せたプレートをカチャカチャいわせて持ってきた。ロレッタと入れ違いで、テリアは部屋のドアを潜っていく。ローイックは緊張から解放されたからか、長い安堵の息を吐いた。

「あぁ、ありがとう」

 この時ばかりは助かったと、ロレッタに感謝したローイックだった。




 宮殿のとある部屋ではネイサンとヴァルデマルの二人が向かい合い座っている。二人の宰相は机に肘をつき、お互いに難しい顔をしていた。

「まぁ、話は分かります。だが我々は先の戦争を忘れたわけでは無いのですよ。多くが犠牲となり、また連れ去られた者もいるのです」

 ネイサンが眉間に皺を寄せ、ヴァルデマルに迫る。ヴァルデマルはその厳しい視線を真っ向から受け、返答する。

「そうですな。遺恨は簡単に晴れるものではありませんから。ですから、一旦ここで仕切り直しをしたいのですよ」
「それは帝国そちらの言い分でしょう」
「過去に捕らわれてしまっては、よき未来は開けませんぞ?」
「まったく、どの口が言うのですかな?」

 ネイサンとヴァルデマルは序盤の探り合いをしていた。交渉事は、まずは要求をぶつけるものだ。もっとも、その場に応じて変化すべきではあるが。

「まぁまぁ、諍いあってもいても仕方ないではありませんか」

 ヴァルデマルは大げさにかぶりを振る。

「はて、先にこの話を持ち掛けたのは、そちらではなかったですかな?」

 ネイサンはじろりと見つめ返した。

「はは、痛いところを突かれますな」
「まぁ、我々にとっては、穀物の病害で貴国が困ろうとも、あまり関係はないですからな」
「ほほぅ。またぞろ戦争でも致しますかな?」
「貴国がそれに耐えられるなら、如何様にも」

 ネイサンとヴァルデマルは口元に笑みを浮かべながら応酬をする。後ろに控えているハーヴィーは肩を落としてため息をついた。ヤレヤレと思っていることだろう。

「はは、一筋縄ではいきませんなぁ」

 ヴァルデマルは両手を上げた。ネイサンも背もたれに体を預けた。

「さて、お遊びはこの辺までにして、本題に入りましょうか」

 ヴァルデマルは真面目な顔になった。




「では、麦の病気の対策、並びに食料の緊急輸入、でよろしいですかな?」
「えぇ。その対価として、現在我が帝国にいる三人の地位復帰と帰還、及び不可侵条約の締結、ということで」

 ネイサンの内容確認にヴァルデマルも条件を確認する。ネイサンは視線をヴァルデマルに移した。

「死んでしまったゲーアハルト君は何処に眠っているのでしょうか?」
「……帝都にある、殉職者の墓地で眠っております」

 みずから命を絶った人物はゲーアハルト・エーベルスという。彼はエーベルス伯爵家の次男でアーガス王国で官僚だった。自ら死を選んだ彼は、官僚や騎士で職務中に不慮の事故等で死んでしまった者が埋葬される共同墓地にいた。
 それを聞いたネイサンは唇を噛み、悲壮な顔になった。だが、彼には確認することがあった。

「ローイックの怪我についてですが」

 ヴァルデマルの額が一瞬だけヒクつく。ハーヴィーの顔も強張った。

「あの怪我は、もしや暴行ではないでしょうなぁ。ゲーアハルト君が死を選ぶほどの何かがあったわけです。当然残りの三人にも何かしらの乱暴狼藉があったと考えるのが自然です」
「……当人は転倒した、と言っているようですが」

 ネイサンはゆっくりとテーブルに肘をついた。

「我が国にも協力者はおります。その者の報告では、彼の怪我は明らかに暴行を受けたものであった、と。顔には殴打の痕があったとか」
 
 帝国が間者を紛れ込ませていればその逆もまたしかりである。終戦後、アーガス王国も帝国内に協力者を作っていたのである。ヴァルデマルは無表情で答えない。

「我が国は、彼を暴行した者の処罰も要求します。それが最後の条件です」

 ネイサンは言い切った。しばしの沈黙が部屋に訪れたが、ヴァルデマルが声を発した。

「……致し方ありませんな。犯人を見つけ出し、処罰することをお約束いたしましょう。ですがこちらにも、話しておかなければならぬ事がありましてな」

 ヴァルデマルは頬に皺を寄せ、にやっと笑った。
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