21 / 59
弱気なキツネ
第二十一話 自らを叱責する男
しおりを挟む
アーガス王国の使節団を迎える晩餐会が厳かに始まった。彫刻が施された豪奢な壁天井で囲まれたホールにある長いテーブルには王国側にネイサンとロレッタ、帝国側にレギュラス皇帝、ヴァルデマル宰相にキャスリーンだ。
晩餐会も大っぴらに出来ない事情もあり、控えめな規模だ。そのために皇妃たちは欠席となっている。ハーヴィーは護衛としてネイサンの後ろに控えていた。帝国側は第二騎士団長だ。
キャスリーンもロレッタも当然ドレスに着替えている。キャスリーンは金髪が映える赤で、それほど露出の無い清楚なドレス。ロレッタは可愛さを引き立たせるような淡いピンクで胸元をアピールしているドレスだ。対照的と言える。
二人は年寄りが多い中で綺麗な華となっていた。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
ヴァルデマル宰相の言葉で晩餐会は始まった。最初こそ固かった両陣営だが、酒もそこそこ入ると砕けても来る。年頃の娘を持つネイサンとレギュラス皇帝がいれば、自然とその手の話になるのだ。
「ロレッタ嬢は既にお相手は決まっておるのか?」
レギュラス皇帝は、本人を前にしてぬけぬけと言い放った。酒が回ったからなのか、ワザとなのかは分からないが、ロレッタはぎょっとしたようだった。その言葉に、キャスリーンも食事を続けながら耳をそばだてる。
「い、いえ、決まった相手はまだ……」
ロレッタが気まずそうに答えた。流石にこの場でしれっとローイックに言及するのは憚られたようだ。その事にキャスリーンは心の中でほっと息をついた。だがこの手の話は当然キャスリーンにも向かってくるのだ。
「皇女殿下は、もう決まったお相手が?」
ネイサンが尋ねればヴァルデマル宰相が答える。
「陛下ともご相談しておるのですが、そろそろ決めなければと。現在候補を選定中です」
ヴァルデマル宰相の言葉にキャスリーンもハッと顔を向ける。レギュラス皇帝もキャスリーンを見てきていた。その緋色の目は、どこか優しいものだったが、キャスリンーンの胸中はそれどころではない。
「そうだな、良き相手が見つかれば、憂いもないのだが」
皇帝の子供も、結婚していないのはキャスリーンが最後だった。彼女が嫁げば一安心という所なのだ。当然政治的に益がある相手が有力になるだろう。それが分かり切っているキャスリーンの顔は暗くなる。が、何とか笑顔を保った。
「ロレッタも、そろそろ探さねばいかんな」
酔いが回りちょっと顔を赤らめたネイサンがロレッタに向いた。言われたロレッタが頬を引きつらせながらも「そ、そうですわね」と返した。勝敗つかずのドローである。
晩餐会も終わり、キャスリーンはテラスに出た。ちょっとだけだがワインも飲んだ。疲れもあって酔いも早かったから涼みに来たのだ。春の夜風が頬を撫でれば、ヒンヤリと感じる。風がキャスリーンの金色の髪を撫で、舞わせた。
先ほどは、キャスリーンにとって聞きたくない話が出てしまった。いずれ来ると思っていたが、残された時間はそれほどは無いようだ。テラスの手すりに肘をつき夜空を見上げた。
「先客がいるのね」
キャスリーンの背後から声がかかった。その声の主はヒールを鳴らしてキャスリーンの横に立った。栗色の髪をかき上げたロレッタが見つめてくる。彼女の髪と同じ栗色の瞳がキャスリーンを射抜いてきた。
「おめでとうございます、でしょうか」
ロレッタは目を細め、挑戦的に笑った。だがキャスリーンには、正面切って立ち向かえるような心境ではなかった。それでも、キャスリーンは意地で応戦する。
「まだ、決まってないわよ」
凛々しさもなく、声にも張りはなかった。諦めるつもりは無いが、政治的な事には逆らえない。それが分かっていても、こう答えるしかないのだ。
「そうでしたわね」
「そうよ!」
ロレッタはクスっと勝ち誇る笑みをこぼす。キャスリーンには、これに対する有効な振る舞いは言い返すしか思いつかない。内心、口惜しさで歯噛みをした。決まってはいないが、決まったも同然だった。
口惜しさを隠したつもりが隠しきれなかったのか、ロレッタは余裕の笑みを浮かべている。それがさらにキャスリーンの口惜しさを増加させた。
泣きたいが涙などロレッタには見せられない。キャスリーンは気丈に振舞う。
二人は言葉もなく、お互いをじっと見ていた。
「ふふ、では失礼いたしますわ、キャスリーン皇女殿下」
ロレッタはスカートを摘み、余裕の笑みを見せつけ、テラスを出て行った。残されたキャスリーンの頭には、彼女の笑みがこびりついていた。
「ふぅ、大分減ったかな?」
第三騎士団の部屋では、腕を伸ばし背伸びをしているローイックの姿があった。帝都に帰ってきたは良いが、予想通り処理しきれない書類が彼の机の上に聳え立っていたのだ。
夕食の時間はとうに過ぎている。だがローイックの頑張りは、書類の山はその高さを半分程にしていた。
「もうちょっと頑張るかな」
ローイックは残りの書類を見て、大きく息を吐いた。山は高くても一歩一歩登ればいつかは頂上に辿り着くのだ。そんな事を考えていた時、階下から誰かが上がって来る足音が聞こえてきた。
この時間にここに用事のある人間は、ほぼいない。この時間にいるのは大抵ローイックだけだった。
「足音が細いな」
足音を聞いたローイックはそう思った。だが用心の為に机の引き出しに隠してあるナイフを取り出す。先日襲われてからミーティアに入れられていたのだ。
ローイックが襲われたわけではないと突っぱねても、彼女はごり押ししてきた。まぁ害はないからと入れてあったのだ。
その足音は部屋の扉の前で止まった。ローイックは緊張でつばを飲み込む。また荒々しく開けられるかと思った。だがそれは裏切られ、扉がノックされた。かつ声もかかったのだ。
「ローイック。まだいる?」
扉の向こうから掛けられた声はキャスリーンの物だった。いつもに比べると張りの無い、か細い声だった。
「い、います! 今開けます!」
ローイックは慌てて返事をし、立ち上がる。が、扉に向かう前に静かにそれは開いた。
扉の向こうには、赤いドレス姿で、寂しそうにはにかむキャスリーンが、佇んでいた。その様子にローイックは息をのんだ。キャスリーンが鮮やかな赤いドレスを着ていたからだ。
キャスリーンが第三騎士団を立ち上げてから、彼女がドレスを着ることがめっきり減っていた。騎士団を率いてからは殆どを騎士服で過ごしている。
来賓の応対などの時にはドレスを着るが、そこにはローイックはいることはできない。だがローイックが驚いたのはそれだけではない。キャスリーンの寂しそうな笑顔を見たからでもある。
四年もキャスリーンの笑顔をを見てきたローイックだ。彼女の笑顔を見分けることは容易だった。何があったのかは分からないが、何かを求めてきた、という事くらいは、ローイックでも分かった。ローイックは寂しそうな彼女に向けて、精一杯柔らかく笑って見せた。
「仕事してるのに、ごめんね」
「いえ、全然。おかげで姫様のドレス姿も久しぶりに見れましたから。良く似合ってます」
「……ありがとね」
二人は厨房に来ていた。春とはいえ夜は冷えるから、せめて紅茶でも、とお湯を沸かそうと思ったらキャスリーンもついてきたのだ。
片手じゃやれないでしょ、とキャスリーンに言われてしまえばローイックも断れない。ドレス姿の皇女と厨房なんぞに入っている所を見られては、どんな言い訳をしようが罰せられるだろうが、この時間に第三騎士団にはまず誰も来ない。
真っ暗な広い食堂で、灯りは発光石のランプだけ。小さな灯りに寄り添う二人がいる。
「晩餐会で何かありましたか?」
キャスリーンがドレスを着ていたとあれば晩餐会に出たという事だ。しかも着替えもせず、ミーティアも連れていない。ローイックが心配するのは当然と言えた。
「……ローイックは、国に帰ったら何をするの?」
「国に、ですか?」
ローイックの左に座るキャスリーンが聞いてきた。ローイックは考えるが、そもそも国に帰ることが出来る保証はない。ネイサンが来たのも交渉が本来の目的だ。それに四年も国を離れていては、祖国がどうなっているかなど全く分からない。
ローイックは紅茶を口に含んだ。
「……分からないですね。私は人質でしたし、帰れるとは思ってませんでしたから」
「そっか……」
これが彼女の望んだ答えなのかは分からない。だが嘘偽りない現在のローイックの本心だ。帰りたいとは思っていたが、あくまで望みであった。
「……あたしの縁談が進んでるんだって」
ローイックはキャスリーンを見た。キャスリーンは、自嘲気味にじっとティーカップを見つめている。
「さっき言われちゃった……あたし、どこに嫁がされるんだろ……」
その言葉がローイックの頭を揺るがした。いずれ来ると覚悟はしていたが、いざその時になると、その衝撃は予想以上だったのだ。かき乱される心と頭を抑えこむことに、ローイックの意識は取られており、キャスリーンへの返事ができないでいた。
「仕方ないよね。あたし皇女だもん」
緋色の瞳をぼやかせて、キャスリーンがローイックを見てきた。その顔を見たローイックは、無意識に右腕をキャスリーンへと向かわせ、彼女を抱き寄せた。だが、こんな時に掛けるべき言葉を、ローイックは知らなかった。
気の利いたセリフも浮かばない。
ローイックは自分に腹が立った。キャスリーンを抱き締める腕に力が入るが、それはその事への誤魔化しだった。
「ごめんね。でもローイックは、暖かいね」
キャスリーンは身体を預けてきた。柔らかい感触と、髪の香料の香りが不甲斐ないローイックを責める。
私はどうすれば良いんだ。
ローイックは心の中で叫んだ。だが、自らの心を塞いだままでは、どうして良いかなど思い浮かぶはずもない。時間は容赦なく、抱き合ったままの二人を置いて行った。
晩餐会も大っぴらに出来ない事情もあり、控えめな規模だ。そのために皇妃たちは欠席となっている。ハーヴィーは護衛としてネイサンの後ろに控えていた。帝国側は第二騎士団長だ。
キャスリーンもロレッタも当然ドレスに着替えている。キャスリーンは金髪が映える赤で、それほど露出の無い清楚なドレス。ロレッタは可愛さを引き立たせるような淡いピンクで胸元をアピールしているドレスだ。対照的と言える。
二人は年寄りが多い中で綺麗な華となっていた。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
ヴァルデマル宰相の言葉で晩餐会は始まった。最初こそ固かった両陣営だが、酒もそこそこ入ると砕けても来る。年頃の娘を持つネイサンとレギュラス皇帝がいれば、自然とその手の話になるのだ。
「ロレッタ嬢は既にお相手は決まっておるのか?」
レギュラス皇帝は、本人を前にしてぬけぬけと言い放った。酒が回ったからなのか、ワザとなのかは分からないが、ロレッタはぎょっとしたようだった。その言葉に、キャスリーンも食事を続けながら耳をそばだてる。
「い、いえ、決まった相手はまだ……」
ロレッタが気まずそうに答えた。流石にこの場でしれっとローイックに言及するのは憚られたようだ。その事にキャスリーンは心の中でほっと息をついた。だがこの手の話は当然キャスリーンにも向かってくるのだ。
「皇女殿下は、もう決まったお相手が?」
ネイサンが尋ねればヴァルデマル宰相が答える。
「陛下ともご相談しておるのですが、そろそろ決めなければと。現在候補を選定中です」
ヴァルデマル宰相の言葉にキャスリーンもハッと顔を向ける。レギュラス皇帝もキャスリーンを見てきていた。その緋色の目は、どこか優しいものだったが、キャスリンーンの胸中はそれどころではない。
「そうだな、良き相手が見つかれば、憂いもないのだが」
皇帝の子供も、結婚していないのはキャスリーンが最後だった。彼女が嫁げば一安心という所なのだ。当然政治的に益がある相手が有力になるだろう。それが分かり切っているキャスリーンの顔は暗くなる。が、何とか笑顔を保った。
「ロレッタも、そろそろ探さねばいかんな」
酔いが回りちょっと顔を赤らめたネイサンがロレッタに向いた。言われたロレッタが頬を引きつらせながらも「そ、そうですわね」と返した。勝敗つかずのドローである。
晩餐会も終わり、キャスリーンはテラスに出た。ちょっとだけだがワインも飲んだ。疲れもあって酔いも早かったから涼みに来たのだ。春の夜風が頬を撫でれば、ヒンヤリと感じる。風がキャスリーンの金色の髪を撫で、舞わせた。
先ほどは、キャスリーンにとって聞きたくない話が出てしまった。いずれ来ると思っていたが、残された時間はそれほどは無いようだ。テラスの手すりに肘をつき夜空を見上げた。
「先客がいるのね」
キャスリーンの背後から声がかかった。その声の主はヒールを鳴らしてキャスリーンの横に立った。栗色の髪をかき上げたロレッタが見つめてくる。彼女の髪と同じ栗色の瞳がキャスリーンを射抜いてきた。
「おめでとうございます、でしょうか」
ロレッタは目を細め、挑戦的に笑った。だがキャスリーンには、正面切って立ち向かえるような心境ではなかった。それでも、キャスリーンは意地で応戦する。
「まだ、決まってないわよ」
凛々しさもなく、声にも張りはなかった。諦めるつもりは無いが、政治的な事には逆らえない。それが分かっていても、こう答えるしかないのだ。
「そうでしたわね」
「そうよ!」
ロレッタはクスっと勝ち誇る笑みをこぼす。キャスリーンには、これに対する有効な振る舞いは言い返すしか思いつかない。内心、口惜しさで歯噛みをした。決まってはいないが、決まったも同然だった。
口惜しさを隠したつもりが隠しきれなかったのか、ロレッタは余裕の笑みを浮かべている。それがさらにキャスリーンの口惜しさを増加させた。
泣きたいが涙などロレッタには見せられない。キャスリーンは気丈に振舞う。
二人は言葉もなく、お互いをじっと見ていた。
「ふふ、では失礼いたしますわ、キャスリーン皇女殿下」
ロレッタはスカートを摘み、余裕の笑みを見せつけ、テラスを出て行った。残されたキャスリーンの頭には、彼女の笑みがこびりついていた。
「ふぅ、大分減ったかな?」
第三騎士団の部屋では、腕を伸ばし背伸びをしているローイックの姿があった。帝都に帰ってきたは良いが、予想通り処理しきれない書類が彼の机の上に聳え立っていたのだ。
夕食の時間はとうに過ぎている。だがローイックの頑張りは、書類の山はその高さを半分程にしていた。
「もうちょっと頑張るかな」
ローイックは残りの書類を見て、大きく息を吐いた。山は高くても一歩一歩登ればいつかは頂上に辿り着くのだ。そんな事を考えていた時、階下から誰かが上がって来る足音が聞こえてきた。
この時間にここに用事のある人間は、ほぼいない。この時間にいるのは大抵ローイックだけだった。
「足音が細いな」
足音を聞いたローイックはそう思った。だが用心の為に机の引き出しに隠してあるナイフを取り出す。先日襲われてからミーティアに入れられていたのだ。
ローイックが襲われたわけではないと突っぱねても、彼女はごり押ししてきた。まぁ害はないからと入れてあったのだ。
その足音は部屋の扉の前で止まった。ローイックは緊張でつばを飲み込む。また荒々しく開けられるかと思った。だがそれは裏切られ、扉がノックされた。かつ声もかかったのだ。
「ローイック。まだいる?」
扉の向こうから掛けられた声はキャスリーンの物だった。いつもに比べると張りの無い、か細い声だった。
「い、います! 今開けます!」
ローイックは慌てて返事をし、立ち上がる。が、扉に向かう前に静かにそれは開いた。
扉の向こうには、赤いドレス姿で、寂しそうにはにかむキャスリーンが、佇んでいた。その様子にローイックは息をのんだ。キャスリーンが鮮やかな赤いドレスを着ていたからだ。
キャスリーンが第三騎士団を立ち上げてから、彼女がドレスを着ることがめっきり減っていた。騎士団を率いてからは殆どを騎士服で過ごしている。
来賓の応対などの時にはドレスを着るが、そこにはローイックはいることはできない。だがローイックが驚いたのはそれだけではない。キャスリーンの寂しそうな笑顔を見たからでもある。
四年もキャスリーンの笑顔をを見てきたローイックだ。彼女の笑顔を見分けることは容易だった。何があったのかは分からないが、何かを求めてきた、という事くらいは、ローイックでも分かった。ローイックは寂しそうな彼女に向けて、精一杯柔らかく笑って見せた。
「仕事してるのに、ごめんね」
「いえ、全然。おかげで姫様のドレス姿も久しぶりに見れましたから。良く似合ってます」
「……ありがとね」
二人は厨房に来ていた。春とはいえ夜は冷えるから、せめて紅茶でも、とお湯を沸かそうと思ったらキャスリーンもついてきたのだ。
片手じゃやれないでしょ、とキャスリーンに言われてしまえばローイックも断れない。ドレス姿の皇女と厨房なんぞに入っている所を見られては、どんな言い訳をしようが罰せられるだろうが、この時間に第三騎士団にはまず誰も来ない。
真っ暗な広い食堂で、灯りは発光石のランプだけ。小さな灯りに寄り添う二人がいる。
「晩餐会で何かありましたか?」
キャスリーンがドレスを着ていたとあれば晩餐会に出たという事だ。しかも着替えもせず、ミーティアも連れていない。ローイックが心配するのは当然と言えた。
「……ローイックは、国に帰ったら何をするの?」
「国に、ですか?」
ローイックの左に座るキャスリーンが聞いてきた。ローイックは考えるが、そもそも国に帰ることが出来る保証はない。ネイサンが来たのも交渉が本来の目的だ。それに四年も国を離れていては、祖国がどうなっているかなど全く分からない。
ローイックは紅茶を口に含んだ。
「……分からないですね。私は人質でしたし、帰れるとは思ってませんでしたから」
「そっか……」
これが彼女の望んだ答えなのかは分からない。だが嘘偽りない現在のローイックの本心だ。帰りたいとは思っていたが、あくまで望みであった。
「……あたしの縁談が進んでるんだって」
ローイックはキャスリーンを見た。キャスリーンは、自嘲気味にじっとティーカップを見つめている。
「さっき言われちゃった……あたし、どこに嫁がされるんだろ……」
その言葉がローイックの頭を揺るがした。いずれ来ると覚悟はしていたが、いざその時になると、その衝撃は予想以上だったのだ。かき乱される心と頭を抑えこむことに、ローイックの意識は取られており、キャスリーンへの返事ができないでいた。
「仕方ないよね。あたし皇女だもん」
緋色の瞳をぼやかせて、キャスリーンがローイックを見てきた。その顔を見たローイックは、無意識に右腕をキャスリーンへと向かわせ、彼女を抱き寄せた。だが、こんな時に掛けるべき言葉を、ローイックは知らなかった。
気の利いたセリフも浮かばない。
ローイックは自分に腹が立った。キャスリーンを抱き締める腕に力が入るが、それはその事への誤魔化しだった。
「ごめんね。でもローイックは、暖かいね」
キャスリーンは身体を預けてきた。柔らかい感触と、髪の香料の香りが不甲斐ないローイックを責める。
私はどうすれば良いんだ。
ローイックは心の中で叫んだ。だが、自らの心を塞いだままでは、どうして良いかなど思い浮かぶはずもない。時間は容赦なく、抱き合ったままの二人を置いて行った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる