第三騎士団の文官さん

海水

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ロレッタの望み

第十話 おまけのおまけ

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「なんてことが毎晩ですよ? 場所を憚らないでイチャイチャべたべたと常にぴったり寄り添ってちゅっちゅしてるんですよ! 相手がいないあたしへの当てつけですか? そうなんですね? きっとそうなんだ!」

 ロレッタがこの屋敷に来てから一週間が経つころ、様子を見に来たミシェルに対し、幸薄い顔のハンナは熱く愚痴をこぼしている。そのロレッタはクルツと一緒に近くの花畑を散策中だ。二人がいないからこそ、苦情を申し立てているのだ。

「まあまあ仲が良いことね。これならそう遠くない内に孫も見れるかしら?」
「直ぐにでも見れそうな勢いですよ!」

 ハンナの鼻息は荒く、ミッシェルも苦笑いしかできないでいる。よほど見せつけられているのだろう。

「でも、良い方向に向かってくれて、よかったわ」

 ミッシェルはふぅと安堵の息をつく。実際クルツに任せて回復するのかは賭けだった。ロレッタがやせ細った原因が、本当にクルツの死だったのかの確証などなかったからだ。

「……ホントです。お嬢様も大分回復してきました」

 ハンナも少しホロっと来ていた。ずっとそばで見ていただけに感慨深いだろう。

「見境なくイチャイチャするくらいに元気なわけね」
「そうですとも! モキー!」

 ミッシェルがいらない燃料を追加すると、焼け木杭に火がついたとばかりにハンナのひがみの炎は再燃した。そんな様子を見たミッシェルだが余裕の笑みを浮かべる。

「そうそう、出入りの商会に年頃の男の子がいるんだけど、どう? 今十七歳だって。ハンナちゃんて年下好きでしょ? その子がまた可愛いのよ! 一度会ってみない?」
「か、可愛い……じゅる」
「ハンナちゃん、よだれ」
「あわわわ」

 公爵夫人ミッシェルは娘のためのフォローも忘れない。お世話に尽力したハンナにもお裾分けだ。




 一週間が経ち、細った食も段々と戻ってきて、未だ足りないが体重も増えてきた。体力もついてきたので昨日から外に散歩をするようになった。もちろんクルツが一緒の時だけだ。ロレッタもハンナとではなくクルツと行きたがった。二人だけの花畑だと、心置きなくいちゃつけるからだろうか。
 小高い丘に立つロレッタの目の前には、黄色の海の様に風に揺れ波打つ向日葵で埋め尽くされた畑が広がっている。畑の太陽が空の太陽を追いかけていた。
 今日のロレッタは新緑のワンピースに二の腕までの手袋、ちょっと短めのスカートから覗く足を隠すためもあってズボンもはき、頭には大きな麦わら帽子をかぶっていた。さながらロレッタも向日葵のようだった。

「ずっと向こうまで向日葵ね」

 クルツの腕に身を寄せているロレッタが呟いた。かなり先まで向日葵の花で埋め尽くされている。

「ここは油を取る為に向日葵を集中的に栽培してるんです。他にも油菜、大豆など油の生産量は国内の三割を担っています」
「凄いのねぇ」

 ロレッタは素直に感心した。現在のクルツの仕事は作物関係の管理だ。ざっくり管理と言っても多岐にわたり作物の生育状況から生産量の推測、病気に強く収穫量も増加が見込めるような品種改良、脱穀や絞りきなどの器具の開発だ。自身の能力と共に王城での経験を全てつぎ込んでいる。

「リッチモンド領の主な産業は農作物やそれを原料にする油や砂糖ですから。この向日葵畑も極一部です。ここは品種改良が主な畑です」

 クルツが向日葵畑を眩しそうに見ている。クルツも麦わら帽子をかぶっているが、強い日差しは上からくるとは限らない。地面に反射もするのだ。

「へぇ……綺麗ねぇ」

 ロレッタは向日葵畑を見つめている。風を受けて黄色い波がぐんぐん進んで行く。
 
「向日葵に囲まれた結婚式……」

 ロレッタはボソッと呟いた。この中で式を挙げられたらステキだろうな、と思ったのだ。この二人は訳アリ同士だ。教会などで盛大な式などは無理だろう。

「それも良いですね」

 クルツも向日葵畑を見渡していた。彼も同じような考えなのかもしれない。

「でもそれは、体調を元に戻してからですね。でないと指輪も作り直しになってしまいますし」

 クルツがロレッタの左手を取ってくる。ロレッタの手はまだ節が目立ち肉が足りない状態だ。クルツがその手を優しくさすると、じんわりと暖かさが染み込んでくる。

「そうね」

 ロレッタは優しさをくれる彼を見上げ、微笑んだ。

「ねぇクルツさん」
「ウォルツです」
「ふふ、流石ねー」

 間髪入れず訂正してくるクルツに、ロレッタはニコッと笑う。

「子供は何人欲しいですか?」

 クルツの動きがピタッと止まり、彼は眼鏡のブリッジに手をかけた。

「と、特に考えてはおりませんが……」

 クルツがあからさまに汗をかき始め、視線がロレッタからそれてしまっている。珍しく動揺している様だ。

「ふふーん、その眼鏡に手をかける時って、動揺してる時?」

 ロレッタはふふっと笑っている。大分調子が戻ってきているのだ。そして図星なのかクルツが目を泳がせながら「そ、そんな事は」とどもった。そして眼鏡に手をかけるのだ。

「当たりね」

 ロレッタは自分の推測が当たっていたことに満足し笑みをこぼす。そして今まで見た彼のその仕草の場面を反芻して、さらに笑みを深めるのだ。

「何か企んでいるのですか?」
「ウォルツさんて可愛いなーって」
「っ!」

 ロレッタは引きつるクルツからすばやく眼鏡を奪い取る。虚を突かれたクルツは為す術なく眼鏡を奪われてしまう。

「ちょ、見えないのですが」

 クルツは手を前に突き出し、にぎにぎとする。
 クルツは目が悪い。眼鏡を取ると景色がぼやけて目の前に翳した手くらいしか認識できない。これは夜一緒に寝るときに確認済みだ。眼鏡を取られたクルツはロレッタのなすがままなのだ。
 ロレッタは麦わら帽子を取りクルツの首に抱き着く。

「早く体を元に戻して、抱いてもらわないと!」
「こんなところで何を言ってるんですか!」
「ずっと二人じゃ寂しいじゃない。せめて五人は欲しいわね」
「い、いすぎです!」
「あたしは若いから大丈夫よ!」
「そんな問んーー」

 少し背伸びをして煩い口にふたをする。この地に来てからロレッタが覚えた技だ。クルツには絶大な威力を発揮する。舌を潜り込ませれば背中に手がまわされる。風にそよぐ向日葵のささやきが二人を祝福していた。




 こんな向日葵畑でいちゃつく二人を、とある屋敷からオペラグラスで覗く二人の女性がいた。ミッシェルとハンナだ。

「あらまぁー、人の目がないと思ってるのねー」
「丘の上で目立ってるんですけど……」
「近くで作業してる人も困ってるじゃないの。ま、積極的なのは良いことよね」

 ミッシェルはため息をついたがすぐに立ち直る。

「アグレッシブなところとか立ち直りが早いとか、お嬢様って性格が奥様にそっくりですよね」
「当たり前じゃない、私の娘よ?」
「デスヨネー」

 オペラグラスから目を離さないまま会話は続いて行く。

「さっき結婚式がどうとか口が動いてたわね」
「奥様、読唇術まで……」
「当然よ。女の貴族社会は蛇の道よ? これくらいできないと公爵夫人は務まらないわ!」
「……その強気さとか、ますますお嬢様と重なるんですけど」
「だから私の娘だって言ってるじゃない」

 ハンナの頭にミッシェルの手がペタンとおかれ、ナデナデされる。

「でもあれね、クルツ君、意外にデレるわね」
「意外ですよねー。今もずっとちゅーしっぱなしですよ。見せつけてくれてますよねー。実は覗いてるの分かってるんじゃないですか?」
「その分早く孫が見れそうね」
「来年の向日葵畑には三人で散歩ですかね」
「その前に式を挙げて貰わなきゃ。娘の結婚式を楽しみにしない親なんていないってのに、あのもバカねぇ」

 ミッシェルはオペラグラスを外し、ニンマリと口もとに弧を描く。

「どうせ街でドレスと指輪を作るつもりでしょ。商会には手を回して依頼が来たら連絡させるとして……式の時期さえわかれば後は……ふふふっ、楽しみにしてなさい。ハンナちゃん、そんな気配があったらすぐに教えなさいね」
「イエスマム!」
「この街じゃあの子ロレッタを知らない人はいないっての、知らないのかしらね? 二人の結婚式なんて猛反対されるに決まってるじゃない。小さいときから笑顔で駆けずり回ってるのを見てきてる街の人達はあの子のウェディングドレス姿を楽しみにしてたんだから。まぁ、街にもロレッタが偽名を使ってここにいるってお触れは出してあるから、わざわざ暴くような事はしないと思うけど」
「畑の世話人も、お嬢様が来たときは心配そうな顔してましたけど、今はニマニマ見守ってくれてます」
「クルツ君の評判も良いわよ。人当たりは柔らかいし、仕事は抜群にできるし、意外と美男子だし、良い買い物よ。後継ぎがいない親戚に養子にいれちゃえば地位も安定するし。翻って馬鹿息子は搦め手が下手ねえ。公爵としてちゃんとやって行けるか心配よ。クルツ君にフォローして貰わないといけないわね」

 ミッシェルは先を憂い特大のため息をついた。




一か月もするとロレッタとクルツは街に出かけるようになった。体重もほぼ元通りにまで回復し、ロレッタはアクティブさをも取り戻した。もちろんロレッタはロゼッタとして眼鏡をかけている。街の人達もロレッタに気が付くが、ただの仲の良いカップルだとして接していた。

「意外に気が付かないんもんね」

 白いワンピースに白いつば広の帽子に眼鏡という、簡単な服装でロレッタは街に来ている。隣のクルツも襟付きのシャツにゆったりめのズボンで街の人間に溶け込んでいる。ただしロレッタの護衛も兼ねているので腰には短めの剣をさしているが。
 ちなみにクルツは文武両道な男だ。だから締まった体をしている。

「なんとなく視線は感じますが……」

 周囲を窺っているクルツがロレッタにだけ聞こえる返事をする。腕を組んで仲睦まじく歩く眼鏡のカップルは珍しいというのもあるが、可愛い女の子と美男子が歩いていれば目立つのは当然。
 実際はロレッタの正体がバレているだけなのだが。

「ウォルツさんて、良くあたしだってわかったよね。他の男は分からなかったのに」

 クルツも王城の夜会の時に初めてロレッタを見たはずだった。それでも迷子で部屋に入った時に一目でわかったし、街でも城門でも見破った。他の男が分からなかったのは、しっかりロレッタを見ていなかったからと思っていたのだが、そればかりではないと思ったのだ。

「……実は、ロゼッタさんの周りが薄っすらと光って見えるんです。はじめは目の錯覚かと思ったのですが、いつみても貴女はぼんやりと光っていた。どこにいても貴女だけはすぐに見つけることができました。それは痩せてしまった時でも変わりませんでした」
「へぇ……」
「正直、女神様かと思いました」
「ふふ、ほめ過ぎよね。でもあれね、あたし達が出会うのは運命だったのね!」

 嬉しそうにクルツの腕に抱き着くロレッタを、街の人間は生暖かく見守っていた。




 そして季節は巡り、また向日葵が咲き乱れる一年後の夏、膨らんだお腹がイレギュラーでドレスが作り直しになったものの、向日葵畑での二人だけの結婚式は、張り巡らせたミッシェルの策略で、街をあげてのお祭りになったのだ。なぜかその場には帝国の元皇女夫妻が呼ばれており、お互いの伴侶を自慢し合っていたのだった。

めでたしめでたし。
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