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廃屋から出ると、レグルスは先程私兵達を拘束した邸へと戻り、扉の前で自分の両腕を胸の高さまで上げると魔力を練り上げていく。

邸全体を自分の魔力で覆うと、逃走阻害の魔法を邸全体にかける。
これで、この邸にいる私兵達は外に逃げ出す事が不可能になる。
レグルスは一つ息をつくと、領主が滞在している邸へと駆け出した。







以前忍び込んだ場所からレグルスは再度侵入すると、自分に隠匿の魔法をかける。
先程のような場所のように、中で暴れ回る訳にはいかない。
使用人達は領主の悪事に加担していない可能性があるのだ。

その中で、領主一人だけに接触して悪事を暴いて然るべき機関に領主を裁いてもらう。
それが一番誰も犠牲にならずにすんでいいだろう、とレグルスは考えている。
領主が大人しく罪を認め、投降してくれればいいのだが······、と考えた。

夜も更けた頃なので、邸内には人の活動する気配が殆ど無くなっていて、邸の廊下には誰一人歩いていない。
レグルスは以前侵入した時に見つけていた領主の寝室へと真っ直ぐ向かうと、扉の前でそっと中の気配を伺う。
扉の奥からはまだ就寝していないのだろう、気配が動いている。
レグルスはそっと扉に自分の腕を翳すと防音魔法を施す。
これで、どれだけ領主が叫び暴れてもこの部屋の外には一切音が漏れない。

レグルスはそっと扉を押し開けると、するりと寝室へと身を滑り込ませた。


眼前には、酒を作っているのだろう。
でっぷりと超え太った男の後ろ姿がレグルスの視界に映る。
レグルスはそっと扉に施錠の魔法を掛けると、この部屋から領主が逃げ出せないようにする。
何か鼻歌でも歌っているのだろうか、領主から低い鼻歌が漏れ聞こえて来て、レグルスは不快そうに眉根を寄せた。

森の中に、私兵を住まわせ人を買い、私兵達に嬲らせていた。
幼い少年や少女ですら、汚い大人の欲望の捌け口にしてその命を軽く扱っている。
あの廃屋にあった、命を絶たれた者達の事を考えると、レグルスはやるせない気持ちになってしまう。
あの場所で生きていたのは、助け出せたのはあの少年一人だけで、もっと自分が早くこの異常性に気付いていたらもしかしたらまだ数人は助け出せたかもしれない。

レグルスは自然と鋭くなる自分の瞳を領主の背中に向けると、フードを深く被り直し隠匿の魔法を解除した。

人の気配に鈍感なのか、領主はまだレグルスに気付く事はなく作り終わった酒をぐっと呷ると、上機嫌に酒を作り続けている。
レグルスは、その領主の背中に向けて自分の唇を動かした。

「こんばんわ、領主様。随分と機嫌が良さそうだ」
「──っ!」

突然、寝室に響き渡ったレグルスの声に領主はびくり、と体を震わせると勢い良くレグルスがいる扉の方向へ振り向いた。

「だ、誰だ貴様は······っ!」

全身真っ黒の出で立ちで、顔すら晒さず立ち尽くしているレグルスに幽霊でも見たような怯えた表情で領主がレグルスに叫ぶ。

振り向いた領主の姿は、後ろ姿から想像していた通り超え太り、でっぷりと張り出した腹が窮屈そうにベルトの上に乗っかっている。
領主は慌て、わたわたとしながら「誰か!侵入者だ!」と叫んでいるが、防音魔法で覆われたこの部屋でいくら叫んでも外に音は漏れない。

この部屋に近付く足音が一向に聞こえてこない事に更に焦った領主が口を開く。

「何故、誰も来ない······!貴様、もしやこの邸の人間を皆殺しにしたのか!」
「······そんな事するはずがないだろう」

物騒な物言いの領主に、レグルスは不機嫌そうにそう返すと扉から一歩、領主に向けて足を踏み出す。

「邪魔をされたくなかったからこの部屋を隔離しただけだ」

そう話しながら再度もう一歩、領主へ向けて近付くレグルスに領主は後退りしながら周囲に視線を彷徨わせる。
窓の外、階下の庭にはいつも私兵が数人見回っているが、私兵の姿が見つからない。

「ああ、庭先にいた私兵達には邪魔をされたくなかったからちょっと眠ってもらっている」
「ひぃっこれ以上私に近寄るな!何が目的だ!」

近付いてくるレグルスから逃げるように領主は室内をドタドタと走り、寝室の扉へと駆け寄っている。
領主が扉のノブを掴み、ガチャガチャと動かしているがこの部屋に入った時に施錠の魔法を掛けている。
レグルスが解除しない限り、この部屋からは出られない。

開かない、開かない!何でだ!と焦り叫ぶ領主にゆっくりとレグルスは近付いて行くと、領主の背後から声をかけてやる。

「──この領地の、身寄りのない子供を拐かしているな?」

レーラの顔を思い出し、レグルスは自然と低くなる声音で領主に尋ねる。
レグルスの言葉に、領主は情けない声を上げるとびくりと体を震わせる。

「そ、それがどうしたって言うんだ······!身寄りのない子供を私の領地で私がどう扱おうが、私の自由だろう······!」

何も悪い事はしていない!と叫ぶ領主にレグルスは素早く近付くと、領主の足を自分の足で払いバランスを崩した領主を片手で床に引き倒す。
ぐえ!と汚い声を上げ、腹をレグルスに踏まれて身動きの出来なくなった領主は藻掻く事を諦めたのか、「何が目的だ」とレグルスに話しかけた。

「領主が拐った人間も、私兵の嬲り物になっていた人間も救出している。大人しく人を買った証拠である書類や、奴隷売買の書類を出せ」
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