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明朝。
まだ外が薄暗い中、レグルスはふと目が覚めた。
むくり、とベッドの上に上体を起こすと耳を澄ませる。

外はしとしとと雨が降っているようで、雨の匂いと、地面に落ちる微かな雨音にレグルスは窓へと視線を向けた。
窓ガラスが曇ってしまっていて外は良く見えないが、まだ町の人間が起きて来ていないような時間帯だろう。

「この時間帯に出れば明日には次の街に着くかな」

レグルスはベッドから完全に起きて下りると、若干肌寒さを感じてインナーの上にいつものロングコートを羽織る。
フードを深く被り直すと、昨夜の内に纏めておいた荷物を空間魔法でシザーバッグの中に仕舞うと腰に巻き付け固定する。
腕に装着している小刀の位置を調整すると、ブーツを旅用の物に履き替えて室内を振り返った。

たった10日間ではあったが、とても濃い10日間だった。
レグルスは自室の扉を開けると、寝静まっている他の部屋の人間を起こさないように静かに階段を降りて行った。



「おや、兄さん早いね」
「ああ、店主かおはよう。早めに出ないと明日次の街に辿り着けないと思ってな」
「そうか、そうだな。早めに向かった方がいい。夜は街道であっても物騒だからね」

ルドガがそう言いながらカウンターから出てきてくれる。
次いで、ルルがカウンターから飛び出してくるとレグルスに飛びついた。

「──っ、ルル」
「お兄さん、もう行っちゃうんだね」

寂しそうに頭上の耳をぺたん、と倒してぐりぐりとレグルスの腹に自分の頭を擦り付けるルルに、レグルスは笑うとルルの頭を撫でてやる。

「ああ、短い間だけど世話になったよ、ありがとうな」
「んーん、こっちこそお兄さんと少しだけでも過ごせて楽しかったよ」

これ、大切にするからね!と初日にレグルスがルルに買ってやった小物入れをルルが嬉しそうに見せてくる。
大切にしてくれてるのか、とレグルスは嬉しく思いながら「ああ、そうだ」とルルを撫でながら自分のシザーバッグから本を取り出す。

「ルル、これも渡しておく。字の練習をしたいんだろう?」

驚いたようにくりくりの大きな瞳をさらに見開いて、ルルがレグルスの持つ本とレグルスの顔を交互に見つめて来る。

「えっ、でも」

ルドガにちらり、とルルが視線を向けるとルドガはルルに向かって頷いた。
「受け取りな」と言うように瞳を細めて優しくルルを見つめるルドガに、レグルスはあの孤児院にいた、というルルがこうやってルドガに可愛がって貰っている事に安堵する。

きっと、あの孤児院の子供達を助けようとこの町の人達も色々と動いてはいたのだろう。
だが、戦争孤児や親を亡くしてしまった子供達は増える。
町の人達がどんなに助けようとしても、全ての子供達を助け出す事は出来なかったんだろう。
きっと、この町の人達の精一杯だったのだろうと思う。
全ての子供達を助ける事など不可能だ。

少しでも自分がこの町の手助けを出来たのならば良かった。
レグルスはそう思い、ルルに微笑む。
ルルがおずおずとレグルスが差し出した本を受け取ると、「ありがとう」と伝えて来る。

「どう致しまして。これでしっかり字を書けるように勉強するんだぞ」
「──うんっお兄さん本当にありがとう」

最後にレグルスはルルの頭を一撫ですると、ルドガに視線を向けて「それじゃあ」と言葉を告げる。
ルドガも一つ頷くと、カウンターから一つ包みを手に持って来るとレグルスに渡した。

「大したもんじゃないけど、道中食べてくれ」

お弁当のような物だろうか。
しっかりと重みのあるそれをレグルスに渡すと、ルドガは腰に手を当てて「気をつけるんだよ」と笑った。
レグルスも、有難くその好意を受け取ると包みを抱えて一歩、二人から離れる。

「色々と世話になって、本当にありがとう。これも、有難く頂くよ」
「ああ、雨も降っているし気をつけな」
「お兄さん!もし良かったらまた町に遊びに来てよ!」

ルルとルドガが手を振ってくれる。
レグルスも、二人に手を振り返すと「ああ、また来るよ」と伝えていつまでも見送ってくれる二人に背を向けて宿屋を出る。

空を見上げれば、しとしとと雨は降り続いており遠くに視線を伸ばせば霧が掛かっている。
この天候ならば、自分の特異な姿も上手く隠れるだろう。
次の街までのんびり歩いて行くのも楽になる。

レグルスは、ルドガから渡された包みを大事そうに抱えながら町の門の方向へと足を向けた。







「ああ、この町を出て行くのは今日だったな」

見慣れた顔の番の男が、レグルスの顔を見るなり体を横にずらしてくれる。

「ああ」
「宿屋のルルには寂しがられただろう」

苦笑しながらそう言ってくる番の男に、レグルスは「有難い事だよ」と伝えながらゆっくりと男の隣を通り過ぎた。

「まあ、また機会があれば遊びに来てくれよ、ゆっくり出来るお勧めの町だからな」
「ああ、本当に町の皆に良くしてもらったからな。また時間を作って遊びに来るよ」
「──道中、気を付けてな!」

番の男にそう言われながら、レグルスは手を上げるとベリーウェイの町の門をくぐり、外へと足を踏み出した。

次に向かう街ではどんな事が待っているのだろう。
レグルスはわくわくと気持ちを高ぶらせながら、ゆっくりと道を進み始める。





まさか、その夜に盗賊に襲われている馬車を見つけてしまい、「ゆっくり旅をしよう」と思っていた矢先に事件に巻き込まれる事になってしまう等、今のレグルスには想像もつかなかった。
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