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しおりを挟むレグルスに格闘術の稽古を付けてもらう一番手は、この冒険者グループの纏め役であり、リーダーでもあるクライが勝ち取ったようだ。
クライは些か瞳を輝かせてレグルスに視線を向けていると、勝負に負けたリーチとアンナがじっとりと恨めしそうな視線をクライに向けている。
レグルスは仲の良さそうな三人を見て笑うと、家族連れと自分達の間に防音結界を張る。
これでうるさくしてしまっても、家族連れの安眠を妨害しないだろう。
レグルスは座っていた体制から立ち上がると、クライに向けて唇を開く。
「クライは何故格闘術を……?剣士だろう、格闘よりも剣術を極めた方がいいんじゃないか?」
レグルスが立ち上がった事に倣い、クライもその場から立ち上がると言葉を返す。
「いや、万が一剣が使えないような場面に出くわしたら不味いだろう……今回みたいな森の中とかだと剣を振り抜く事が出来ないしな」
「まぁ……それはそうだな。最低限自分を守れるように格闘術も使えた方がいい」
二人がある程度の間合いを取った所で静止すると、二人から少し離れた場所からわくわくと期待に満ちた視線を送ってくる。
レグルスは、俺も人に稽古をつけれる程ではないんだがな、と思いながらも次の街までの道中、時間が有り余っているのも本当だ。
適度に体を動かす事はいい事かもしれない。
レグルスはクライに向かって挑戦的な笑みを浮かべると唇を開いた。
「何処からでも好きに掛かってきてくれていいぞ」
「──では、遠慮なく」
クライもにやり、と笑みを浮かべると次の瞬間レグルスに向かってトン、と地面を蹴り素早く飛び掛る。
(──へぇ、無駄な動きがなく動きに迷いもない。自分の動きに体の筋肉も瞬時に反応してる)
レグルスはクライの体の動きを見つめ、クライから距離を詰められた分、軽く後ろに飛ぶと再度距離を開ける。
「いい動きだな……!」
「──簡単にいなしておきながら良く言う……っ!」
クライは再度追撃するように更に地面を蹴る自分の足に力を入れると先程よりも早くレグルスに近付く。
この動きには、レグルスも素直に驚き心の中で賞賛した。
レグルスの間近まで迫ったクライは、自分の握った拳をそのままレグルスの顔付近に向かって放つと、レグルスは自分の腕を引き上げクライからの重い拳を受け、体の重心を軽く横にずらすとその次は後ろ足に体重を乗せて重心を横から後ろへとずらす。
瞬時に重心がズラされた事にクライは舌打ちをすると、体制を整えようと一瞬レグルスから視線を外してしまった。
その瞬間に、レグルスは後ろにずらした体重を乗せた片足に力を入れて踏ん張ると、もう片方の足を引き上げ、クライの死角から顬辺りに狙いを定め叩きつけようとする。
「──っ!?」
クライは、死角から飛んできた自分の顬を狙うレグルスの足に一拍置いてから気付くと、自分の顔の横に咄嗟に肘から上の部分を守るようにして差し込んだ。
──がっ、と鈍い音を立ててレグルスの足──膝を何とか防いだクライだが、その衝撃に体をぶらしてしまうと思っていたよりも重く強い衝撃が自分の体を襲った事にクライは驚愕に目を見開いた。
だが、レグルスはそこで追撃の手を緩める事はなく、一瞬でクライの懐に入り込むとクライの襟元を片手で掴み、そのまま片腕の腕力だけでぶれたクライの体を地面に引き倒す。
「──ぐっ」
襟元を掴んだレグルスの手の甲がクライの首の頸動脈を強く圧迫していて、クライは息苦しさに表情を歪める。
地面に引き倒され、首の頸動脈を抑えられ胴体にはレグルスの片膝が押さえ付けるようにして乗っている。
これでは、ここから反撃に出るのはもう無理だ。
クライはそう判断すると、自分の両手を顔の横に持ってくる。
「降参」と言う事をレグルスに伝えると、レグルスは息一つ乱していない飄々とした表情でクライの拘束を解くと、その場にすくり、と立ち上がった。
「──げほっ、」
「大丈夫か、クライ?やり過ぎたか……?」
「いや、大丈夫だ、すまない……っ」
レグルスから差し出された手にクライは掴まると、ぐいっと体を引っ張られ立たされる。
クライは自分の首元に手のひらを当てると、ふう、と深く息を吸い込み吐き出す。
「くそ……っ、こんなに容易くやられるとは思わなかった」
悔しげにクライがそう吐き捨てる。
こんな自分より細っこい男の一撃があんなに重いとは思わなかったのだ。
若干油断していたのだ。レグルスの魔法の腕は到底自分がどうにか出来るようなものではないが、魔法ではなく、格闘術であれば少しは勝負になるかとタカをくくっていた。
だが、実際始まってみれば自分の攻撃は簡単にいなされ、最小の動きで身動きが出来ない程に一瞬で制圧された。
しかも、悔しい事にまだまだレグルスには全然余力があるように見える。
「いや、クライも中々の物だったぞ?これからきちんと格闘術を学べば結構な線まで行けると思うが」
「本当か、それならば今後も稽古を付けてもらわなければな」
レグルスとクライが笑いながら談笑していると、そわそわとした表情のアンナがその場に立ち上がり、レグルスに手を上げて声を放つ。
「レグルス!次は私も!まだ時間あるでしょう!?私にもお願いします!」
そう言って楽しそうに駆け寄ってくるアンナに、レグルスは困ったようにクライに視線を向ける。
クライは、苦笑しながらレグルスに視線を向けると、唇を開いた。
「まだ、寝るには少し早いだろうし。少しだけ見てやってくれないか」
レグルスは、まだ自分が眠りに付けるのは先だな、と溜息を一つ零すと「分かった」と困ったように笑った。
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