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第三十八話
しおりを挟むセレスティナがととと、と小走りでフィオナが消えた廊下の方向へと向かっていくと、廊下の曲がり角でセレスティナが来るのを待っていたのだろう。その場でじっと佇んでいたが、セレスティナが自分を追ってきているのを確認すると、笑みを深くして曲がり角の先へと姿を消した。
セレスティナは急いでフィオナが姿を消した方へと向かうと、曲がり角を曲がった先、人気の少ない通路へと更に向かって行っているようで、またもやセレスティナの視界の端でフィオナの背がその先の通路へと消える。
「……誰にも見られたくない、と言う事かしら」
セレスティナはぽつり、と呟くとそれもそうよね、と独り言ちる。
ジェイクの本当の想い人であるフィオナと、偽の婚約者役の自分が共にいる場面を見られて変に噂が立ってもいけない。
何処からジェイクとフィオナの仲が漏れるか分からないのだから、言葉を交わす際は慎重に場所を決めなければいけない。
セレスティナが人気の少ない通報へと入った先で、フィオナはセレスティナの姿を確認すると、何処かの空き教室へと姿を消した。
その空き教室に来て、と言う事だろう。
「──周りには……」
セレスティナは注意深く周囲を確認するが、人の気配が無いことを確認してほっと胸を撫で下ろす。
メインの学園棟から少し外れた場所だからだろうか、この方向に用がある人は少ないのだろう。
少し歩いただけで、人に姿を見られないで会話が出来るような場所がある事にセレスティナは驚く。
「──今まで、ジェイク様ともこうやって逢瀬をしていたのね」
セレスティナはふ、と考えてしまってその考えにツキリ、と胸が傷んだ。
「……」
そっと自分の胸に手を当てると、セレスティナは気持ちを切り替えるようにしてフィオナが消えた方向へ視線を向けるとその方向へと足早に向かった。
セレスティナが、その空き教室の扉の前まで辿り着くと、中から扉がガラリ、と音を立てて開きフィオナが中から顔を覗かせる。
「クロスフォード伯爵令嬢、御足労頂き申し訳ございませんわ」
ふふ、といつか会った時と同じように口端を持ち上げ、何処か嘲るような視線を向けてくるフィオナにセレスティナはきゅっ、と唇を噛み締めると、フィオナにひたり、と視線を合わせて唇を開く。
「──何のご用でしょうか?授業が始まってしまいますし、何かお話があるのであれば──」
「クロスフォード伯爵令嬢に、お礼をお伝えしたくて。あと、ジェイクをお探しかしら?」
セレスティナの言葉を遮るように被せて来たフィオナの言葉に、セレスティナは不快感にぴくり、と片眉を僅かに動かす。
「──お礼、とは?ジェイク様の居場所を知ってらっしゃるんですね」
セレスティナは、先程よりも些か冷たい声音でフィオナに向かって問いかけると、セレスティナの言葉にフィオナは何処か勝ち誇ったかのような表情を浮かべると唇を開く。
「ええ。だって、クロスフォード伯爵令嬢が隠れ蓑になって下さったお陰で、私達は順調に逢瀬を重ねられましたので、ありがとうございます。晴れてジェイクの方の"準備"が整いましたので、今までのお礼を、と思いまして」
「──準備、が……?」
セレスティナは、フィオナのその言葉を聞いてどきり、と胸がざわめくのを感じる。
この婚約者役は、ジェイクがフィオナを迎え入れる準備が整うまでの期間限定だ。
初めから、その約束で契約をした。
フィオナの準備が整った、と言う言葉は。
「ええ。今朝、ジェイク本人から聞きましたの。ですので、クロスフォード伯爵令嬢のお役目はもう時期におしまいですわ、今までありがとうございます。ああ、ジェイクでしたら別棟の非常階段に。今朝もそこで逢瀬を楽しみましたので、まだそこにいるのではないかしら?」
フィオナは頬を薄らと赤く染めて目を細め笑うとセレスティナに笑いかける。
「ジェイクに、私から話を聞いたと言えばきっと分かりますわ」
幸せそうに笑うフィオナに、セレスティナはぐっと奥歯を噛み締めるとフィオナから顔を逸らし、そのまま空き教室から出て行く。
そのセレスティナの後ろ姿を見つめながらフィオナは歪んだ笑みを浮かべると吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「ふん、拗れて婚約者役を本当に解消してしまえばいいんだわ」
あの二人が自分を差し置いて幸せになるなんて許せない。
貧乏貴族なんかが幸せになるのなんて許せない、とフィオナは胸中で毒付くと拗れるだけ拗れてしまえばいい、と誰もいない教室で笑った。
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