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懇願するように、ルーシェの瞳を不安げに覗き込んで来るキアトにルーシェはただコクコク、と無言で頷いた。

「お、お聞きします……、しますのでキアト様そろそろ……」
「良かった、ありがとうルーシェ……早速応接室か何かで話をしよう」

ルーシェの許可を得ると、キアトは安心したように表情を綻ばせてルーシェにそう声を掛ける。

ルーシェは、最後まで言葉が紡げなかった事にうう、と小さく唸ると、ルーシェのその態度にキアトが「どうした?」と心配して聞いて来る。

キアトは、やっとルーシェと話が出来ると浮かれて、今はそれどころではないのだろうが、先程から会話をしている間中ずっとルーシェはキアトに抱き締められたままだ。

そろそろルーシェもこの状態が恥ずかしくなって来て、キアトの腕の中でもう一度もぞり、と動く。
いい加減離して欲しいのだ。

「その、キアト様。……応接室に移動するにも、その……離していただかなければ……」
「──え、?」

ルーシェの言葉に、キアトはキョトンとした瞳を自分の腕の中にいるルーシェに向けて、数秒後。
ようやっと今の状況を認識したのだろう。

「──っ、うわぁ……っ!すまない、すまないルーシェ……っ!」
「い、いえ……っ大丈夫ですっ」

途端にキアトは自分の顔を真っ赤に染め上げて、ルーシェを抱き締めていた両手をばっ!と勢い良く真上に上げて、ルーシェの拘束を解いた。

お互い、顔を真っ赤に染めてもごもごしていると、背後からこちらに近付いて来る足音がして、次いでジェームズの声が聞こえる。

「キアト様、ハビリオン嬢。応接室の準備が出来ておりますのでどうぞご移動下さい」

二人は同時に勢い良くジェームズの方へと振り向くと、その場にはジェームズと、キアトの部屋に置いて来てしまった、お見舞いに来た騎士二人が気まずそうに頬を染め、困ったように笑う姿があった。

──見られた!

ルーシェとキアトの脳内にはその言葉が浮かんで、羞恥に更に顔を赤くさせてしまった。










キアトの見舞いに来てくれた二人に、礼を告げた後、二人が帰宅して行くのを見送り、ルーシェとキアトは応接室へと二人並んで向かっている。

先程、ジェームズが二人に声を掛けに来てくれた時、キアトが薄着だったので上に羽織るような物を持って来てくれていたので、二人はそのまま応接室へと入り、隣同士でソファへ座る。

二人の前に、淹れたての紅茶のカップをそっと置くと、ジェームズは邪魔にならないように静かに扉の横に移動してその場で控えている。


「──ルーシェ……何から話せば良いのか……」
「……大丈夫です。いくらでもお待ちしますから、ゆっくりで大丈夫です」
「ルーシェ……。ありがとう……」

何処からどう話せばいいのか。
キアトがそう悩んでいるのが分かり、ルーシェはキアトを焦らせないようにキアトに微笑み掛ける。

今までには無いかなりの近距離でソファに座っている為、ルーシェにはキアトの表情や、態度、雰囲気からこれから話される内容がとても重い内容なのだと察する事が出来た。

ちらり、とキアトから視線を向けられてルーシェは微かに首を傾げると、そのルーシェの仕草を見たキアトがびくり、と体を跳ねさせて何かに耐えるように瞼を閉じた。
そして、暫し時間が経って、キアトは瞳を開けると真っ直ぐ前を見据えながらゆっくりと唇を開いた。



「先ずは、そうだな……。ルーシェを傷付けてしまう事になってしまったあの赤子だが……」
「──っ」

キアトの口から、あの赤子の言葉が出てきてルーシェは怯むように体を震わせる。
隣に座って居るキアトは、ルーシェの怯えに気付いたのだろう。
安心させるように隣にあるルーシェの手を、キアトはそっと優しく自分の手のひらで包み込んだ。

「あの赤子は……伯爵家の現当主、キラージ兄上の子供だ……」
「──……、え?」
「すまない。あの日、直ぐにルーシェにあの赤子は兄上の子だ、と告げればこんなにルーシェを傷付ける事は無かったのに。俺が臆病で、情けない男だから君を傷付けた」

ぐっ、ルーシェの手を包んだキアトの手のひらに力が籠る。

あの、赤子がキアトの兄であるキラージの子供。

その言葉を聞いて、ルーシェはその事の重大さに顔を真っ青にさせた。

「──と、とんでもございません……っ!あの場でキアト様が直ぐにお話出来なくとも仕方の無い事です……っ!あの場には、ハビリオン伯爵家の人間も居りましたので、あの場でお話するのはとても……!」

キアトの、フェルマン伯爵家の現当主である兄はまだ独身だ。
結婚はしておらず、妻は居ない。
そう、妻はいない、のだ。

それなのに、その現当主の子供が現れた。
それは即ち婚外子と言う事になり、外聞が宜しくない。
そして、子が生まれる前にその相手の女性を妻として伯爵家に迎える事が無かったと言う事から相手の身分が嫌でも察せれてしまう。

「──キアト様のお兄様は……」

ルーシェの言わんとしている事が分かったのだろう。
キアトはルーシェの言葉にこくり、と頷いてから唇を開いた。



「ああ。……相手は平民の女性だ」
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