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お茶会での出来事4

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「叱責した事が、ない…?」

ミュラーは去ってゆくキャロンの背中を見送りながら、その違和感にポツリと言葉を零す。

それを、レオン本人から本当に聞いたのだろうか?
確かにレオンは優しくて滅多な事では怒った所を見た事がないけれど、ミュラーはまだ自分が子供の頃何度かレオンに注意をされたり、本気で怒られた事があった。
優しいけれど、間違った事をすればしっかりと怒り正しい行動をするように示してくれる。
優しいだけのレオンではない。だからこそ、ミュラーは幼い頃子供だからといって甘やかさず、しっかり駄目な所は叱責し、反省すれば褒めてくれるそんなレオンをどんどん好きになった。

あれほど本気で怒られた事はない、という過去の出来事をミュラーは思い出す。


あれは、まだ自分が14歳頃の事。
いつもの告白の後の「ありがとう」以外を聞きたくて。
年々成長し、女性らしさも備わってきていたあの頃。いつも動じないレオンのその表情を崩したい、と思ったミュラーはその日はしたなくもいつもの告白の後その勢いのままレオンの膝の上に座って、抱きついてしまった。
女性らしく成長してきたといってもまだ子供だし、驚きはするけど笑って許してくれるだろう、という打算的な考えもあった。
その浅はかな考えを見透かしたかのようにレオンは強く抱きついてきていたミュラーを強い力で引き剥がすと、声を荒らげた。

「ミュラー!淑女がこんなはしたない事をしてはいけない!」
「…レオン様っ」

ばっとミュラーを引き剥がすと、レオンはミュラーに言い聞かせるように言葉を続ける。

「ミュラー、君はまだ子供とは言えあと数年で成人する女性だ。それなのに、男の膝に座るような事をしてはいけない。慎みを持ってくれ」
「─ごめんなさい、レオン様」
「いいんだ、俺も急に大声を出してごめん。びっくりしたよな?」

困ったように眉尻を下げ、レオンはミュラーの髪の毛をそっと撫でる。
その場に立ち続けるミュラーの手を引いて、レオンは執務室にあるソファまで促すと、ミュラーをソファに座らせ自分はそのミュラーの足元に膝をつき、繋いだままの手をきゅっと握って言い聞かせるように優しい声音で話し続ける。

「ミュラー…俺が邪な考えを持っている男だったら?そんな男の膝に乗り、抱きついたりしたらミュラーが酷い目に合うんだ。例え俺でも、…見知った俺、だとしても簡単に男に不必要に接触してはいけないよ」
「はい…」
「自分の身は自分で守らなければいけない。もう二度とあんな風に男に触れては駄目だ」

常より低い声でそう言われ、ミュラーは自分の為にそうやって怒ってくれるレオンに申し訳無い気持ちが溢れた。そして、自分が軽い気持ちで犯した行動を恥じる。
優しいレオンにこんな風に怒らせてしまった。








これほどまでレオンに強く怒られた事はこれが最初で最後だ。
だからこそ強く記憶に残っている。レオンだって、この出来事を綺麗さっぱり忘れてしまうだろうか?

「…やっぱり、何だかおかしいわ」

ミュラーは先程のキャロンの言葉を思い出し不審に思う。
確かに、2年ほど前に一時期レオンと会う事が出来なかった事がある。
レオンが体調を崩したらしく、会う事が叶わない期間が長かった。
先程のキャロンの言葉から、あの夜会で見た伯爵家の女性とレオンが結婚の約束をしていて、ミュラーのせいでその相手の女性が亡くなってしまったとしていたら…そのショックでレオンが寝込んでしまっていたとしたら。
久しぶりに会ったレオンがあんなに満面の笑顔でミュラーを向かえてくれるだろうか?ミュラーの元気な顔を見る事が出来なくて辛かった、等と言ってくれるだろうか?

「私だったら無理だわ…」

自分だったら許せない。たとえ、可愛がっていた顔なじみの子だとしても、その子が原因で自分の愛する人が悲観して亡くなってしまったとしたら、ひと月ほどでは立ち直れないだろう。
悲しみに暮れて、その原因となった人物を恨んでしまっていただろう。

違和感だらけのキャロンの言葉に、ミュラーは眉を顰めると彼女が話していたパトリシア・フィプソン伯爵令嬢を軽く調べてみよう、と思いアレイシャ達が待つローズガーデンへと戻るべく、足を進めた。








「あら!ミュラー、お帰りなさい」

近付いてくるミュラーの姿を見つけたアレイシャが、にこやかにミュラーに話しかける。
リーンウッド家の庭園はどうでした?と笑顔で聞いてくる彼女にミュラーは微笑むと、とても素晴らしかったわ。と答える。

ルビアナとエリンも私たちも散策しに行こうかしら、と楽しそうに話している。
その友人達の会話を聞きながら、ミュラーは気になっていた先程のキャロン・ホフマン令嬢を視線で探した。
このお茶会に来ている、と言う事はアレイシャの家と繋がりがあると言う事だ。
まずは彼女の事を聞いてみたい、とミュラーはアレイシャに話しかけた。

「アレイシャ…、先程少しお話をしたご令嬢がいるのだけど、キャロン・ホフマン令嬢を知っている?」

その令嬢の名前を聞いたアレイシャは、口元に運んでいたカップをぴくり、と震えさせると瞳を伏せてソーサと一緒にテーブルの上に静かに戻した。

「あぁ…彼女ですわね…」

アレイシャは、言いにくそうに唇を歪めると
ちらり、とキャロンがいるであろう方向に視線を向けてそっと小声で話し出す。

「幼い頃はホフマン子爵家ともやり取りがあり、彼女とも良く遊んでいたし仲は良かったわ…けれど、いつ頃からかしら…数年ほど前から段々と傲慢さが際立つようになってきて…周りの言葉も聞かず、支離滅裂な言葉を話すようになったのよ…」

興奮してギラギラと輝くあの瞳が不気味で、最近では少し距離を置いているのだ、と教えてくれた。

ミュラーも感じた違和感。
貴族令嬢にしては、自分の感情を抑える事もなく、変に興奮しているように感じた。
やはり、自分が感じた違和感をアレイシャも感じ取っていたんだ、と少しほっとする。

「そう…そうなのね…そう言えば、フィプソン伯爵家は知っていて?彼女─キャロン・ホフマン子爵令嬢と従姉妹らしいのだけど…」
「フィプソン家…?私はあまり聞き覚えがないわね…こう言うのはなんだけれど、ホフマン家も領地の借金が嵩み、赤字経営が続いていて今あまり良くない状態らしいのよ…だから、その…ホフマン家と親戚関係のフィプソン家は良くわからないわ…」
「そうなのね…」

あまりこの場では情報は得られないだろう、と思いミュラーは話しを変えようと釣書が届いた男性の事をそれとなく聞いてみよう、とミュラーは話を変えるように努めて明るく話し出した。
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