32 / 54
32
しおりを挟むかくん、かくんと馬車の揺れに合わせてシェリナリアの頭が動く。
このままでは、馬車の振動でその内シェリナリアが目を覚ましてしまうかもしれない。
カイルは慌ててシェリナリアの隣に腰を下ろすと、ゆらゆらと揺れるシェリナリアの頭を自分の肩に凭れさせる事にした。
バランスが安定すれば、シェリナリアが目を覚ましてしまう可能性も減るだろう。
カイルは、昨夜のシェリナリアとのやり取りでシェリナリアがあまり満足に睡眠を取れていない事を察していたので、せめて休憩の時間まで自分の肩に凭れ、眠ってくれれば、と罪滅ぼしのような気持ちが半分、シェリナリアが怪我をしてしまわないように、と言う心配と、他にも抱いた感情はあるがそれには見えないふりをして目を背け、シェリナリアを眠らせる事に集中した。
流石に先程の自分のようにシェリナリアを座席に横にさせる事は出来ない。
だから、せめてシェリナリアが安心して眠れるようにカイルはシェリナリアに肩を貸した後、極力身動ぎしないように注意しながら、馬車が移動する時間をただ静かに過ごした。
「──様、皇女様」
「……んん、?」
自分のすぐ隣から優しく声を掛けられているような気がする。
シェリナリアは、「まだ起きたくない」とでも言うように自分の頬に当たる暖かいものに駄々をこねるようにぐりぐりと自分の額を押し付ける。
「皇女様、昼食の場に着きましたので……」
「──眠いのよ……」
困ったような声音が聞こえて来て、シェリナリアは瞼を強く閉じると更に額を擦り付ける。
その瞬間、隣のその暖かいものがびくりと体を跳ねさせた。
「──え、?」
その動きに、シェリナリアは急に意識が浮上して来て瞼を持ち上げた。
カイルは寝ていた筈なのに、何故先程から自分の斜め上から声を掛けられているのだろうか。
そして、自分が凭れ掛かっているこの暖かい物体は何なのだろうか。
そう思い、そろそろとシェリナリアが自分の視線を斜め上に上げると言葉を失ってしまった。
「──良かったです。目が覚めましたか?」
シェリナリアは、自分が凭れ掛かっていたのがカイルだと言う事に気付き、声にならない悲鳴を上げた。
帝国内で、最後の食事だ。
その食事を取る休憩の邸に到着し、カイルはシェリナリアを起こしてくれたらしい。
シェリナリアは即座にカイルから離れると、混乱する頭でお礼を告げ、昼食の場に連れて着てもらう。
「ここでの食事が終わったら、この先安心して過ごす事が出来なくなるわね」
「そう、ですね……。我々がお守り致しますが、皇女様も今まで以上に警戒をして下さい」
「ええ。それは勿論。……短剣もしっかりと懐にあるわ」
シェリナリアは、カイルを安心させるように自分の懐辺りをぽんぽん、と叩いて笑ってみせる。
手練相手にはどうする事も出来ないが、最低限自分の身を守る為に時間稼ぎ程度は出来るだろう。
専属護衛であるカイルと、シアナが自分の傍に駆け付けるまでの最低限の時間稼ぎや、逃げる際等に相手を斬り付け油断させるくらいは出来るかもしれない。
そして、自分が武器も何も持っていない、と言う不安に襲われる事もない。
武器を持っているだけで、少しでも自分の気持ちが強く保つ事が出来る。
「勿論、我々も皇女様を危険に晒してしまう事のないように致しますが……」
「ええ。万が一、があるものね」
分かっているから安心して、と言うようにシェリナリアはカイルに笑い掛けると、昼食を取り始めた。
昼食が終わり、馬車の馬変えを行い、設備の確認をして再度シェリナリアは馬車へと乗り込んだ。
先程と違い、カイルは馬上に戻り、シェリナリアと同じ馬車にはシェリナリア専属の使用人が同乗する。
これから、ドレスト国内に入るまで移動速度重視となる。
パロンドア国の地を踏むのは僅かではあるが、その僅かの間に襲撃でもされたら面倒だ。
帝国の領土を移動していた時とは違い、かなりの速度で移動して行く。
ガタガタ!と馬車の揺れと、馬車の音が激しく聞こえシェリナリアは窓の外に視線を向ける。
パロンドア国の山間部を選んで移動しているからか、周囲は森深く視界には森の緑が永遠と続くのが見える。
「皇女様、揺れが激しいのでお掴まり下さい……っ」
「分かったわ」
シェリナリアの使用人が両手で馬車の壁に取り付けられている取っ手に必死になって掴まっている。
悪路と呼ばれるような場所を移動しているせいか、馬車の車輪が何度か地面を跳ねる。
その度に、室内にいるシェリナリア達の体も軽く跳ねてしまう。
会話をしていれば舌を噛んでしまいそうだ。
シェリナリア達が乗る馬車が移動して行くのを、森の木々の上からじっと見詰める集団が居た。
「──"行き"は手出しするなと聞いている。"帰り"は好きにしろ、との事だ。あの集団をしっかりと覚えておけよ」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる