39 / 54
39
しおりを挟むシェリナリアの厳しく、硬い声音にシュドルクはびくり、と体を跳ねさせると真っ青な顔色のままシェリナリアに怖々と視線を向ける。
「──自分の発言には気を付ける事ね。自分の発言一つで、ドレスト国が危機に瀕してもいいと言うのであれば止めないわ」
「──、っ!」
「シュドルク様……っ」
シェリナリアの言葉に、シュドルクもやっと事の重大性に気付いたのだろう。
帝国を敵に回してしまう事はドレスト国に取っても避けたい事だろう。
寧ろ、シュドルクはシェリナリアをドレスト国の国賓として歓待しろ、と言われていた筈だ。
それが何故、曲がりなりにも宰相を輩出しているルドシア伯爵家の者がここまで愚かなのだろうか。
貴族としての最低限のマナーも、国賓を迎えるにあたっての常識一つすら身に付けていないように思える。
シェリナリアが怒りを覚えているのを如実に察したシュドルクの補佐官が、これ以上シュドルクが失言をしないようにシュドルクに対して発言を控えるようにどうにか説得しているように見える。
(それを、国賓の前でやってしまう愚かさが既にもう駄目なのよ……)
国賓の前でこのような醜態を晒し、どうするつもりなのだろうか。
自分達の愚かな行いのせいで、今回の婚姻が流れてしまう可能性がある、と言う危険性を微塵も考慮していない。
(──あら、けれど待って……?)
そこでシェリナリアはふと自分の思考に引っかかりを覚える。
(そうよね、普通はそう考えるわ。だからこそ、国賓を迎える時は相手の国に失礼のないよう、徹底して相手の国の事を調べるし、不快な思いをさせてしまわないようにしっかりとした人間を案内に寄越すわよね?)
これでは、まるで逆に帝国を怒らせようとしているようではないか。
その考えに至り、シェリナリアは嫌な事に気付いてしまった、と頭を抱えたくなる。
シェリナリアから帝国の陛下へ連絡はした。
だが、この程度の無礼な行いであれば、婚姻が無かった事になるには弱い。
ドレスト国は、帝国を軽んじているのでは無く、シェリナリア個人を軽んじているのだ。
シェリナリアを軽んじると言う事は結果、シェリナリアの背後にあるアレンバレスト帝国を軽んじていると言う事になるのだが、それを分かっていながら敢えてそうしているのか、それとも本当に分かっていないのか。
(──これ、は……本当に内戦が濃厚ね)
強大なアレンバレスト国に対して諍いを起こし、それに乗じて動くつもりなのだろうか。
「皇女様……っ、我々はそのっ、アレンバレスト帝国に対してそのようなつもりは全くございません……!」
「そのようなつもりは、無いと?先程私は言ったわよね?自分の発言には気を付けるように、と。その言葉を聞いた後にそのようなつもりは無い、と確かに言ったわね?」
シュドルクの補佐官の焦ったような言葉に、逆にシェリナリアは冷静に、静かに淡々と言葉を紡ぐ。
先程、シェリナリアは「助言」をしたのだ。
発言には気を付けるように、と。
その言葉を聞いてからの補佐官の言葉に、シェリナリアはつぃ、と瞳を細める。
補佐官は何か自分が失言をした事に気付いたのだろう。
下手に言い訳などせず、ただ単にシェリナリアに謝罪をすれば良かったのだ。
それなのに、自分達の身を守る為に補佐官は言い訳じみた弁明を口にしてしまった。
シェリナリアは強く補佐官を見詰めると、唇を開いた。
「──そこの、シュドルク・ルドシア卿は私の大事な専属護衛騎士であるカイル・クロージックとシアナ・ランバード二人に対して"国際問題にされたくなければ命令に従え"と命令をしたそうよ?」
シェリナリアはにこり、と口元だけで笑みを浮かべ更に唇を開く。
「それに、自分は次期宰相なのだからと宣ったそうね。ドレスト国は国賓に対して、宰相でも無いただの貴族の子供がそのように発言をする事を許しているのね、良く分かったわ」
シェリナリアの言葉に、真っ青を通り越して顔色を無くした指揮官、補佐官はシェリナリアに対して口を開く事が出来ない。
唯一、渦中の「次期宰相」であるシュドルク・ルドシアだけはシェリナリアの「貴族の子供」と言う発言に機嫌を損ねたような、そんな表情を浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる