素直になれない皇女の初恋は実らない

高瀬船

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「ラーシェ!」

シアナは、前方から駆けてくるカイルの愛馬の名前を呼ぶと興奮した様子の馬の手網を素早く掴み、落ち着かせるようにその鬣や首に手をやって優しく撫でてやる。

ぶる、と音を立てようやっと落ち着いて来た馬からシアナは前方へ視線を向ける。
前方からは戦闘の音と、カイルや他の護衛達の声が聞こえて来て、その緊迫した様子が離れた場所に居るシアナ達にも伝わって来るようだ。

「ラーシェ、お前は先にお行き」

カイルの馬だけ先に戻って来れば、異変を感じたアレンバレストの他の護衛達が直ぐにこちらに駆け付けるだろう。

シアナはそう考えると、ラーシェのお腹をぽん、と軽く叩きシアナ達が休憩をしていた場所へと送り出す。
お腹を軽く叩かれたラーシェは、シアナの意を汲んだのかは分からないがそのままゆったりとシアナ達が通って来た方向へと向かって駆けて行く。

「──こんな場所で襲撃してくるとは……」

シアナはぽつり、とそう呟くと自分の腰に下げていた剣を抜き放つ。
後ろに居た護衛達もそれぞれ剣を抜いて、構えながら前方のシェリナリア達の居る方向へ急いで向かった。










「──皇女様!」

シェリナリア達が来た方向から、聞きなれた声が聞こえて、シェリナリアはほっと安堵の息を零す。

自分達の戻りが遅い為、シアナが探しに来てくれたのだろう。

シェリナリア達を襲う攻撃の手は休まる事は無く、後退する間もしつこく、執念深く矢が飛んで来ていた為味方が増えるのは喜ばしい事だ。
それに、先程から殿を務めてくれているカイルの擦り傷も増えて来ていた。

「──シアナっ」
「今、お助けに参りますっ!」

シェリナリアの声に反応してシアナと、その背後にいたアレンバレストの他の護衛が走る速度を上げたのが分かる。
シェリナリアを抱えて後退している護衛の雰囲気も幾分か緩んだ。
味方が増えれば、もう安全だ。それに、ゆっくりではあったが確実に元いた場所に戻って来ている。
先程、カイルの愛馬のラーシェが馬車が止まっている場所に向かって行ったのも確認出来た。
これから、アレンバレストの護衛達も続々と駆け付けてくれるだろう。

シアナと、護衛二人がシェリナリア達に合流して後退するスピードが上がる。

「──っ、カイル・クロージック!これは何事だ……!」

シアナは、殿を務めるカイルの隣に並び立つと飛んで来た矢を、勢い良く地面へ弾き落とす。
シアナと共に来た護衛二人も合流してシェリナリアの周囲を警戒し、守ってくれている。

「ランバード殿……っ、それが私にも分からず……っこの先にある湖に到着してっ、湖に近付いた際に襲撃が……っ」
「それならば……っ、我々がこの場所で休憩に入ると言う情報が、漏れていた、と言う事か……っ!」

バチン、と矢を落としながらカイルとシアナが話をしている。
シアナは情報を得る為、カイルは情報を共有する為にこの場所であった事を事細かに伝えて行く。



国賓が休憩地で襲撃に合うなど、あってはならない事だ。

ドレスト国の情報統制の甘さが出てしまっている。
それとも、敢えて休憩地の情報を流したのか。

「だが……っ、これでハッキリと分かった……っ」

シアナは悔しそうに表情を歪めると絞り出すようにして言葉を紡ぐ。

「この国は、皇女様を、アレンバレストの皇族を殺そうとしていると言う事だ……」
「ええ、許し難い所業です……!」

婚姻前のこの交流時に手を出してくるとは、シェリナリアとの婚姻を本当には望んでいない、と言う事だろう。
その考えに至り、カイルは奥歯を噛み締める。

この婚姻に、悩み皇族としての役目を果たそうと前を向いたシェリナリアの気持ちを蔑ろにされた気分だ。
カイルはそれがどうしても許し難い。

シェリナリアが悩み、自分の婚姻でこの国とアレンバレストとの交流を得られるのであれば、と婚姻を、このようなアレンバレストに取っては取るに足らない小国であるドレスト国に嫁ぐ事を帝国の為に決めたと言うのにその覚悟も、祖国である帝国への気持ちを蔑ろにされたような心地になり、怒りが込み上げてくる。

カイルは、自分に向かって飛んで来た複数の矢を怒りに任せて乱雑に地面に叩き落とした。







「皇女様!ご無事で!」
「直ぐに皇女様の身の安全を確保しろ!」

シェリナリア達が休憩地へあと少しと言う場所まで戻って来た時に、前方からアレンバレストの護衛達が走り寄って来る。

シェリナリア達を守るように大勢の護衛が囲い、休憩地までの道を守る。

護衛の人数が増えた事にようやく襲撃者も諦めたのだろうか。
それまで引切り無しに飛んで来ていた矢がぴたり、と止まった。

何が起きているのか、とドレスト国の護衛達やシュドルクやその補佐官達が顔色を真っ青にしてシェリナリア達を見ている。
その様子を見ながら、シェリナリアは今回の襲撃はシュドルクの指示では無さそうだ、と判断すると背後にいるカイルやシアナを振り返った。

先で、シェリナリアの目の前でカイルの体がぐらりと傾き、その場に倒れ込むようにしてシェリナリアの目の前でカイルの体が地面に吸い込まれて行った。
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