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しおりを挟むシェリナリアがカイルから顔を逸らしている時。
カイルは自分が先程口走ってしまった言葉に、大いに混乱し、自分の発した言葉を思い出して自分の顔を真っ赤に染め上げてしまっていた。
(俺は今、皇女様に何て声を掛けた──……っ)
皇族の名を許しも得ずに呼ぶなど、いくらシェリナリアが優しいと言っても不快感に表情を歪めてしまっているかもしれない。
それどころか、表情を歪めているだけならばまだしも、護衛騎士如きが皇族の名を口にして憤りを感じ処罰を与えようとしても仕方ない程。
カイルはシェリナリアの様子を伺うようにチラリ、とシェリナリアへ視線を向ける。
もしシェリナリアが怒り、カイルを専属護衛騎士から解こうとしているのであれば謝罪し、何とか説得しなければ、と今度は焦りの表情を浮かべる。
「──……っ、」
だが、カイルがシェリナリアの表情を盗み見ると、シェリナリアは未だカイルから顔を逸らしたまま、頬を真っ赤に染めて口元をきゅう、と結んでいる姿を視界に入れてしまいカイルは瞳を見開いた。
シェリナリアは、自分の表情が緩んでしまわないように必死に表情を引き締めているようでカイルの視線には気付いていない。
カイルはシェリナリアのその様子に再度自分の顔を染めると、自分の頬に当てられているシェリナリアの手のひらを無意識にきゅっ、と握ってしまう。
シェリナリアは、カイルに自分の手のひらを握られた感覚から、びくりと肩を震わせるとぱっとカイルに顔を向ける。
「えっ、カイル……?」
シェリナリアが瞳を泳がせながらカイルに声を掛けると、カイルはシェリナリアの手のひらを握る自分の手のひらに力を入れると、まるでシェリナリアに希うように自分の唇を開いた。
「──シェリナリア様、とお呼びしてもいいでしょう、か……?周囲に人が……人が居る時は、今までのように皇女様、とお呼び致します……。二人の時は……シェリナリア様と、お呼びしても宜しいでしょうか……?」
「──……っ、」
カイルの言葉に、シェリナリアはひゅっと息を飲むと、カイルの言葉にこくこくと頷く。
声を出してしまえば、自分の声が震えてしまいそうな気がして、シェリナリアはただただ無言でカイルに頷いた。
シェリナリアから名前で呼ぶ事の許可を貰い、カイルは嬉しそうに瞳を細めると、小さく「ありがとうございます」とお礼を告げた。
それから、カイルは薬が効いて来たのか眠気がやってきたようで、シェリナリアの手を握りながらうつらうつらとし始めた。
「──カイル?まだ次の街へは時間が掛かるみたいだから眠ったらどう?」
「……ですが、俺が眠ってしまったら、シェリナリア様が室内に一人になってしまいます……」
「周囲に護衛が大勢いるから大丈夫よ。早く麻痺毒を体から抜く為にもしっかり休んでちょうだい」
カイルのぽや、とした瞳で見詰められ、シェリナリアは動揺を表情に出さないようにきゅっと唇を引き結び、そっとカイルの髪の毛を撫でてやる。
(──帝国を出て、他国での護衛にとても神経を使っていたのでしょう……休める時に休んで貰わないと……)
いくら慣れているとは言え、睡眠時間が少なかったのも響いているのだろう。
カイルは普段、シェリナリアの前では絶対に使わない「俺」と言う言葉を使った。
先程からシェリナリアの名前を呼んだり、自分の事を俺と言ったり、恐らく疲れから気が緩んでしまっているのだろう、とシェリナリアは判断する。
睡眠をしっかりと取って、体内の毒素が解毒されればまたいつものしゃきっとしたカイルに戻るだろう。
(ぽやっとしたカイルも、何だか可愛らしいけれど……)
シェリナリアは再び微かに頬を染めながら、カイルの髪の毛を撫で続けてやる。
そのシェリナリアの行為が眠気を誘うのか、カイルは開いていた瞳を段々と細めて行くと、暫ししてしっかりと瞳を閉じた。
そのままシェリナリアがカイルの髪の毛を撫で続けていると、カイルは規則正しい寝息を立て始める。
「──眠った、かしらね……」
シェリナリアは自分の手を包んでいたカイルの腕がパタリと落ちた事に気付き、そっと呟くとカイルから手のひらを離して、ゆったりと馬車の座席に座り直す。
先程から自分の心臓が暴れていたが、その騒々しい音はカイルに聞こえていないだろうか、と心配になる。
慌てふためき、カイルに自分の気持ちを少しでも察せられたらお終いだ、と考える。
皇族として他国に嫁ぐ予定なのに、他に好いた男性が居る、と知られてしまえば皇族としての自覚が足りない、と落胆されてしまうかもしれない。
(ああ……早くドレスト国の王都に着いてくれないかしら……)
シェリナリアはそう考えて馬車の窓へと視線を向ける。
先程小休止した場所からは大分離れたのだろう。
目に入る景色が大分変わって来ている。
(皇帝陛下に送った報告書のような手紙は、読んでくれているかしら……)
シェリナリアはそう考えながら自分の父親である皇帝の顔を頭に思い浮かべる。
自分の子供達を、政治の駒としてしか認識していない冷酷な人物だ。
シェリナリアは今まで一度足りとも皇帝から親としての言葉を掛けられた事は無い。
母親はシェリナリアを産み落としてすぐに亡くなってしまった為、シェリナリアに取っては親と言うのは皇帝一人しかいないが、その皇帝からは愛情を掛けられた事は無い。
(大国の皇族なのだから、それは当たり前の事だけれど──……)
実際、アレンバレスト国にはシェリナリア以外にも皇子や皇女は大勢居る。
彼等もきっと、皇帝から親としての愛情を受けた事など無いだろう。
だが、父親の愛は無くとも母親の愛はその身に受けている。
(別に、羨ましくなんてないけれど……)
シェリナリアは時々考えても仕方ない事を考えてしまう。
もし、自分が皇族として生を受けていなければ。
平民として生を受けていたら両親に愛され、育っていたのだろうか、と考える事がある。
(けれど……皇族で無ければカイルと出会う事は無かったのよね)
カイルや、シアナと出会えた事だけが、シェリナリアに取って皇族に生まれて良かった、と思える事だった。
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