素直になれない皇女の初恋は実らない

高瀬船

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「──……っ、あの男!」

ラシュディオンが出て行った後、カイルは荒々しくシェリナリアの部屋の扉を閉じると、シェリナリアに向かって気遣わしげな視線を向ける。

シェリナリアとの「お茶の時間」に、ラシュディオンはゆったりと時間を使い、シェリナリアとの会話を楽しんだ。

腐っても王族、ラシュディオンは直接的な侮辱こそしなかったが、巧妙に言葉遊びをするような気軽さでシェリナリアを、シェリナリアの国アレンバレスト帝国を、そしてそのアレンバレスト帝国の専属護衛騎士の制度を面白おかしく話題にしてシェリナリアを始め、カイルとシアナ三人に取ってはとても不快な時間となった。

「カイル……。貴方の気持ちは凄く分かる、分かるわ……けれど、ここでは駄目よ。不穏な発言をしてしまっては、国際問題に発展する可能性があるし、要らぬ争い事を招く切っ掛けになってしまうわ」
「ですが……っ!あの男はシェリナリア様を侮辱しました!」
「それに、我々のアレンバレスト帝国も馬鹿にしたような言葉を使っておりましたね」

カイルの言葉に珍しく賛同するように言葉を続けるシアナに、シェリナリアは眉を下げて困ったような表情を浮かべる。

小娘相手、と侮られているのは目に見えている。
シェリナリアは自分が年若いせいで、自分に仕えてくれているカイルとシアナまで馬鹿にされてしまっている、と考えてついつい暗い表情になってしまう。

「──私に、もう少し力があれば、貴方達がこんな扱いにならなかったのに、ごめんね。結局、帝国の皇女とは言っても所詮は第三皇女。第一皇女や第二皇女のように大きな力も無い、中途半端な立ち位置よね」
「そんな事は……!」

シェリナリアは、自分自身に力が無い事を悔やみ、唇を噛む。
カイルも、シアナもそのシェリナリアの言葉を否定するが、シェリナリア自身がそう感じ、思ってしまっているのは覆せない。

苦しい感情を吐露したシェリナリアに、側に控えていたシアナがすっ、と近付くとシェリナリアの肩に両手を置き、宥めるようにその手のひらでシェリナリアの肩を撫でる。

「──皇女様、私は貴女様の専属護衛となれた事を誇りに思っておりますし、貴女様がアレンバレスト帝国の皇女として、帝国の為に日々奔走し、国の為、国民の為に精一杯ご自身の出来る事を、と考え行動して下さっているのを知っております」
「シアナ……」
「そんな我々の大切な皇女様を傷付ける者は私は絶対に許しませんし、我々の大切な皇女様を悪く言うのは、いくら皇女様自身でも怒ってしまいますよ?」

ふふ、と悲しそうに眉を下げてそう話すシアナにシェリナリアは申し訳無さそうに唇の端を戦慄かせると小さく「ごめんなさい」と呟く。

いつもは勝気で、「強い女性」と言うような印象を崩さないシェリナリアが弱り、弱音を吐いている。
決して、専属護衛騎士であるカイルとシアナ以外の前では見せない態度ではあろうが、先程のラシュディオンの言葉に何も言い返せなかった自分自身を責めているのだろう。

「あの王弟殿下は、皇女様に比べれば年嵩もありますし、人生経験が違います。年月の長さはどうしようも出来ない事ですので、今後はあの王弟殿下に言いくるめられないよう頑張りましょう……!」

敢えて明るく、気軽にそう提案してくるれるシアナにシェリナリアも笑顔を浮かべる。

確かに、シアナの言う通りだ。
人生経験が違う。生きた年数が違う。
あの王弟も、王族として生まれた事で様々な経験をして来たのだろう。
そうして、様々な経験を経て培ってきたのだろう。
人に感情を読ませない表情を、会話を、身の振り方を。

「そうね、確かに私にはまだまだ経験が足りないわ。経験が浅い事も事実。それは覆しようのない事だもの。だから、どんなに愚かな姿を晒そうとも、醜態を晒そうとも、私は私の出来る事を自分の直感を信じて貫き通すしか無いわね」
「ええ、そうです。失敗したって良いのですから。挑戦し続けるのが大事ですからね!」

うんうん、と笑顔で会話を続けるシェリナリアとシアナの二人を、カイルは何も言葉を挟む事無くただ黙って見守った。

シェリナリアが弱音を吐く所を、初めて見たかもしれない。

(シェリナリア様は、皇女と言う身分ではあるが、俺より年下の女の子だもんな……)

シアナは、シェリナリアの言葉に弱音に根気よく言葉を返し、シェリナリアがいつもの調子に戻るのを手助けしている。
違和感無くカイルの目の前で繰り広げられるその情景に、これが初めてでは無いのだろう、とカイルは漠然と感じた。

自分の知らない所で、恐らくシェリナリアはシアナに弱みを見せた事があり、シェリナリアを慰め、元気付ける事をシアナは以前もしていたのだろう。
何処かしっくりとはまっているシェリナリアとシアナの姿に、カイルはまるで自分だけがその場に取り残されているような心地になってしまう。

(──もしかして、アレックス様にもシェリナリア様は弱音を吐いた事があるのだろうか……)

弱々しい姿を、自分以外の男の前で晒した事があるのだろうか、とカイルは無意識にそう考えてしまい、もやもやと自分の胸中に満ちる言いようの無い、何だか不快な感情をどうしたらいいのか分からずに持て余してしまった。
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