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16話
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書斎を出たウェンディは、真っ直ぐ自分の部屋に戻っていた。
(お父様が言っていた、模擬戦……。模擬戦、ね……)
模擬戦の事を考え、ウェンディは小さく笑う。
先日、フォスターが壊したあの硝子で作られた薔薇。
模擬戦で己の主人のために戦った騎士が、これからも主人のために傍に。
その想いを魔力に込め、薔薇に魔法をかけるのだ。
そして、それを模擬戦が終わった後に専属護衛騎士は自分の主人に手渡す。
だが、その硝子の薔薇は既に先日フォスター自ら壊してしまっている。
ウェンディは、自分の護衛騎士から硝子の薔薇を贈られる事は無いのだ。
それが、どれだけ惨めで。恥ずかしく、悲しい事か。
しかも、模擬戦の観覧席はかなりの観客が入るのだ。
大勢の観客の前で、主人のために戦った護衛騎士が主人に硝子の薔薇を手渡す光景は、とても感動的で、人々の歓声を誘う。
国で一番力がある専属護衛騎士は、フォスターだ。
だから彼の模擬戦の観客はとても多いし、彼が薔薇を主人に渡す場面は注目される。
「今年は、私はフォスターから薔薇を貰わない……。だけどもう、それもどうだって良いわ」
専属護衛の契約を解除してもらうのだから。
「お父様は祭典が終わるまでお忙しそうだから、今日の夜、祭典が終わって邸に戻ってきたらお話しよう。きっとフォスターも大喜び、よね」
そして、今度はエルローディアと護衛契約を結ぶつもりだろう、とウェンディは考える。
「……専属護衛騎士の契約って、本当になんなの」
やるせなさに、ウェンディは小さく零した。
自室に戻り、支度が終わったウェンディは、侯爵から呼ばれるのを待っていた。
暫く自室で大人しく過ごしていたウェンディに、侯爵から呼ばれ、ウェンディは邸の玄関に向かった。
すると、そこには既にウェンディ以外の家族が全員揃っており、エルローディアの横には当然のようにフォスターの姿がある。
ウェンディはそちらには一切顔を向けず、侯爵に向かって頭を下げた。
「お待たせいたしました」
「……揃ったな。向かうぞ」
侯爵の言葉に、皆がぞろぞろと歩き出す。
馬車に乗る際、ウェンディは御者に手を貸してもらい、乗り込む。
エルローディアは勿論フォスターがぴったりと寄り添っているので、フォスターが手を貸していた。
今までだったら、そんな光景を目にする度に胸が痛んだウェンディだったが、不思議と今はもう心に漣さえ立たない。
穏やかで、驚くほどに落ち着いている。
(変ね……あれだけ、フォスターの事が好きだったのに……。まだ、引きずると思ったのに……もう、諦めの方が強いんだわ、きっと)
エルローディアは口角を持ち上げたまま、ちらりとウェンディを見やった。
だが、当の本人ウェンディはエルローディアとフォスターには一瞥もくれておらず、馬車の窓から無表情で外を見ていた。
「……つまらないわね」
「エルローディア様? 何か仰いましたか?」
「いいえ、何でもないのフォスター。手を貸してくれてありがとう」
「い、いえとんでもございません」
エルローディアは、艶っぽい笑みを浮かべると、隣に腰掛けたフォスターの腕に抱きつく。
腕を組む形で自身の豊満な胸をフォスターに押し付けつつ、ウェンディを嘲笑うかのように再び彼女に視線を向けた。
だけど、ウェンディはちっとも興味がなさそうで。
ただただ馬車の窓から見える景色を見つめていた。
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