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一章
43話
しおりを挟む貴族街にウェンディとヴァンがやって来てから、小一時間。
貴族街にとんでもない美女がいる、と言う噂は瞬く間に広まり、今は普段よりも貴族街に買い物にやってくる貴族達が多く、混雑していた。
「何だか……今日は人が多いわねヴァン。いつもこんなに人って多いの?」
「いや、そんな事は無いよ。今日が特別多いってだけだと思う」
「そうなの……? タイミングが悪かったわね……」
ウェンディは、体の成長が止まってからあまり邸の外に出なくなった。
自ら望んで、では無い。
成長しない気味の悪い娘を、侯爵と侯爵夫人が外に出したがらなかったのだ。
その代わり、エルローディアはウェンディの代わりに良く街に遊びに行っていた。
侯爵夫妻は、エルローディアを本当の娘のように可愛がり、色々な所に連れて行っていた。
いつもウェンディは自室の部屋の窓から両親がエルローディアと一緒に外出するのをどこか寂しげに見ていた。
けど、それも最初の頃だけ。
それ以降、ヴァンが家にやって来てくれる事が増え、ウェンディは寂しいと思う暇もなく、ヴァンと邸内で遊んだし、庭を駆け回る事もあった。
ウェンディが寂しい、と感じないように。
ヴァンはウェンディをいつも慮ってくれたのだ。
(私……本当に馬鹿ね。ヴァンはいつも傍にいてくれていたのに)
ちらり、とヴァンを見上げる。
ヴァンはウェンディの視線を感じて、すぐに「どうした?」と声をかけてくれる。
ウェンディは笑顔で「何でもない」と答えると、ヴァンの手を引いて貴族街の一角にある店へ入った。
「ヴァン。伯爵はこのお酒お好きかしら? ヴァンのお兄様は、これどう?」
「ああ、いいと思う。ウェンディが心を込めて選んでくれたなら、父上も兄上も喜んでくれるよ」
「ふふっ、本当? それだったら嬉しいな。あっ、ナミアのお土産も買ってもいい?」
「もちろんだ。どんな土産を買うんだ?」
「ナミアはね、刺繍が好きなの。だから、針と刺繍糸をプレゼントしたいわ」
「それなら……店はあっちだな」
伯爵とヴァンの兄へブランデーとワインを購入したウェンディは、手配をし終え、今度はナミアのお土産を買いに店を変える。
貴族街は、先程から人がどんどん増えており、ウェンディとヴァンの姿を遠巻きに見ている。
ウェンディはまるで見世物になったみたいだわ、と微かに不快感を覚えたが、今まで感じていたような嘲笑や、侮蔑混じりの視線では無い事だけが救いだ。
それでも、不躾に注がれる視線の多さに辟易としていると、ウェンディとヴァンが歩いている背後から声がかけられた。
「ハーツラビュル卿……! ハーツラビュル卿!! お休みのところ、申し訳ございません!」
バタバタ、と慌ただしい足音を立て、近付いてくる一人の男性。
その男性は、ヴァンが所属している騎士隊の隊服を着ている。
「そんなに慌てて、どうした……?」
「すみません……っ、そのっ、隊長と連絡が取れず……! 我々ではどうしても抑えきれず……っ!」
「何があった。詳しく話せ!」
「──手、手を貸してください! 捕縛した犯人の能力が高く……! 我々では対応できないのですっ!」
「くそっ、フォスター隊長は仕事を放り投げてうちに来たのか!? 何を考えているんだ、あの人は!」
よく見てみれば、ヴァンに助けを求めに来た隊員も所々怪我をしている。
痛々しい姿に、ウェンディはその隊員に駆け寄った。
「ヴァン、手助けに行った方がいいわ! あなたも、凄い怪我ばかりしてる、大丈夫!?」
「──へっ、ぅあっ、だ、大丈夫ですっ!」
まさかウェンディに話しかけられるとは思わなかったのだろう。
突然美女が自分のために膝をつき、怪我の心配をしてくれている姿に、隊員は顔を真っ赤に染めて狼狽えた。
「ウェンディ、隊員達は訓練してるから大丈夫だ。場所まで案内してくれ」
「わっ、分かりましたハーツラビュル卿! ありがとうございます!」
ヴァンのゾッとするほど冷たい視線に、隊員は赤く染っていた顔が一瞬で真っ青になる。
慌てて立ち上がると、暴れている犯人がいる、と言う場所までヴァンとウェンディを連れて向かうため、走り出した。
その一部始終を物陰からこっそりと見つめていたフォスターは、怪我で痛む体を引きずりながら、ウェンディ達の後を着いて行く。
「──はっ。暴れる犯人を、あいつ如きがどうやって制圧すると言うんだ……。さっきのは、まぐれだ……たまたま、俺の調子が悪かっただけ……。あいつ如きに犯人をどうにかする事はできない。……俺でなければ、手も足も出ない。……ヴァンが倒れた時に、俺がウェンディの前に現われて、彼女を助ければ……きっとウェンディも感動するはず……!」
ははは、と笑い声を上げつつ、フォスターは足を引きずりながら犯人が捕らえられているだろう隊舎へと向かって足を動かした。
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