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流産を連想させる表現がございます。
ご注意ください。
*******************
「──え、?」
治癒魔法使いの気まずそうな表情。
そして、自分のお腹辺りに定められた視線。
それらを受けて、クリスタは無意識に自分のお腹に手を当ててしまう。
そんな筈が、無い。
だって月の物は通常通りに──、とクリスタは頭の中で考え、そしてハタリ、と目を瞬いた。
(そう言えば……ここ最近……ひと月以上はバタバタしていたわ……。忙しく過ごしていたから気付かなかった……。でも、でも……治癒魔法使いもそうでない可能性がある、と言っていた……)
目に見えてクリスタが動揺しているのを見た治癒魔法使いは慌てて言葉を続ける。
「その……、私は医学の知識がございません……! しかも、微かに魔力の揺れがあった、と言うだけですので本当に、本当にそうなのかどうかは分からないのです……! ですので、一度陛下にお話をして、医学魔法使いを──……!」
言い募る治癒魔法使いに、クリスタは力無くゆるゆると首を横に振る。
「──いえ、いいわ大丈夫。そうと決まった訳でも無いし……。それに陛下と婚姻して数年……それまで全くだったのよ……? 望んでも、子を授かる事は無かったのだから確定してもいない事を陛下の耳に入れる事は無いわ。これは私と、貴方との間の話にしましょう」
話は以上かしら? と静かに告げるクリスタに、治癒魔法使いはこくりと頷く。
クリスタの表情は、普段の「王妃」としての冷静な表情に戻っていて。
治癒魔法使いは切り替えの早いクリスタの態度にどこかもやりとした言いきれない感情を抱いた。
再び部屋に戻したギルフィードやキシュート、クリスタの侍女数人とクリスタは穏やかな会話を楽しんだ。
夕方を過ぎ、夜になってもギルフィード達が帰宅する様子が見えず、クリスタは不思議そうに彼らに問い掛ける。
「もう、夜だけれど……。ギルフィード王子やアスタロス公爵は、その……」
言い難そうに言葉を選ぶクリスタに、クリスタの手に触れ、治癒魔法を掛けていたギルフィードは柔らかな笑みを浮かべる。
「陛下に許可を頂き、王妃の近くに部屋を用意して頂きました。私は治癒魔法が使えるので、王妃殿下のその……、背中から肩に掛けての傷跡も、薄めて行く事が出来ます……」
「──そうだったのですね。クロデアシアの国賓ですのに、ギルフィード王子には本当に色々と良くして頂いて……申し訳ございません。ギルフィード王子には改めて我が国から正式にお礼をさせて頂きます」
「とんでもない……! 私はクロデアシアの人間としてではなく、ただのギルフィードとして王妃殿下をお手伝いしているだけです! その……昔から親交のある……友人、ではないですか」
友人、と口にした瞬間ギルフィードはどこか泣きそうに、悲しそうに眉を下げて笑う。
クリスタはギルフィードのその顔を見て、何故か胸がずきり、と痛む。
何故そんな感情を抱いたのか分からないが、その痛みも直ぐに消え失せて。
ギルフィードとクリスタの会話が落ち着いた事を悟ったのだろう。キシュートがひょい、とギルフィードの肩越しに顔を覗かせて笑顔で話し掛けた。
「さて、治癒魔法使いも帰った。クリスタも無事目が覚めた。ギルフィード、クリスタの体調はもう大丈夫なのだろう?」
「ア、アスタロス公爵……! ナタニア夫人達がまだ……!」
突然砕けた口調で話し始めるキシュートに、クリスタは驚きぎょっと目を見開く。
その様子を見た侍女の三人の内、ナタニア夫人以外の二人はクスクスと笑い声を漏らしながら、クリスタに向かって一礼した。
「それでは、王妃殿下。私共は下がらせて頂きますね」
「ご安心下さい。私達、最近耳が悪くなってしまったので時々高貴な方達のお声が聞こえなくなってしまうのです」
「──貴女たち……」
では、一足先に下がらせて頂きます。と告げて、侍女はクリスタの部屋を出て行った。
「クリスタの治癒にやって来てから、彼女達とは仲良くなったんだよ。ナタニア夫人とはもう親友みたいな物だ」
「──まあ! 公爵様、それは言い過ぎですわ」
悪戯っぽく笑うキシュートに、ナタニアも砕けた態度で言葉を返す。
自分が意識を失っている間、ギルフィードとキシュートは一体どれだけ自分の下に足を運んでくれたのだろうか。
そして、どれだけ自分の側にいてくれたのだろうか。
クリスタの侍女達は礼儀を重んじる人間だ。
そのため、少ない時間ではこんな砕けた態度で接する事など無い。
けれど、侍女達の信頼しきった態度に、それだけの長い時間同じ部屋で過ごしていたのだろうと言う事が窺えて。
クリスタは心の底からギルフィードとキシュート、そして侍女達に感謝の言葉を伝えた。
そして、夜遅くまでギルフィードはクリスタに治癒魔法を使い続けてくれて。
皆と別れ、クリスタは一人自分の部屋で眠りに付く。
すぐ近くの部屋にはギルフィードも、キシュートも。そしてナタニアも居るとは分かっているが、それまで和やかに尽きる事無く会話をしていたのに急に一人になり、しんと静まり返った室内でクリスタは無性に寂しくなってしまった。
まだ、寝返りを打つのが怖い。
以前のように激しい痛みを感じる事は無いが、傷跡が残っている、と聞き寝返りを打って傷が痛んだらどうしよう、と言う恐怖が湧き上がる。
──そして。
「──ぅ……っ、」
違う可能性の方が高い。
そう言い聞かせてはいたが、一人になると治癒魔法使いから聞かされた言葉が頭の中に蘇って来て。
クリスタはとてつもない喪失感に苛まれ、一人ベッドに横になりながら嗚咽を漏らし、泣き続けた。
そしてその日、夜中まで起きていたクリスタの下には終ぞヒドゥリオンが姿を現す事は無かった。
ご注意ください。
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「──え、?」
治癒魔法使いの気まずそうな表情。
そして、自分のお腹辺りに定められた視線。
それらを受けて、クリスタは無意識に自分のお腹に手を当ててしまう。
そんな筈が、無い。
だって月の物は通常通りに──、とクリスタは頭の中で考え、そしてハタリ、と目を瞬いた。
(そう言えば……ここ最近……ひと月以上はバタバタしていたわ……。忙しく過ごしていたから気付かなかった……。でも、でも……治癒魔法使いもそうでない可能性がある、と言っていた……)
目に見えてクリスタが動揺しているのを見た治癒魔法使いは慌てて言葉を続ける。
「その……、私は医学の知識がございません……! しかも、微かに魔力の揺れがあった、と言うだけですので本当に、本当にそうなのかどうかは分からないのです……! ですので、一度陛下にお話をして、医学魔法使いを──……!」
言い募る治癒魔法使いに、クリスタは力無くゆるゆると首を横に振る。
「──いえ、いいわ大丈夫。そうと決まった訳でも無いし……。それに陛下と婚姻して数年……それまで全くだったのよ……? 望んでも、子を授かる事は無かったのだから確定してもいない事を陛下の耳に入れる事は無いわ。これは私と、貴方との間の話にしましょう」
話は以上かしら? と静かに告げるクリスタに、治癒魔法使いはこくりと頷く。
クリスタの表情は、普段の「王妃」としての冷静な表情に戻っていて。
治癒魔法使いは切り替えの早いクリスタの態度にどこかもやりとした言いきれない感情を抱いた。
再び部屋に戻したギルフィードやキシュート、クリスタの侍女数人とクリスタは穏やかな会話を楽しんだ。
夕方を過ぎ、夜になってもギルフィード達が帰宅する様子が見えず、クリスタは不思議そうに彼らに問い掛ける。
「もう、夜だけれど……。ギルフィード王子やアスタロス公爵は、その……」
言い難そうに言葉を選ぶクリスタに、クリスタの手に触れ、治癒魔法を掛けていたギルフィードは柔らかな笑みを浮かべる。
「陛下に許可を頂き、王妃の近くに部屋を用意して頂きました。私は治癒魔法が使えるので、王妃殿下のその……、背中から肩に掛けての傷跡も、薄めて行く事が出来ます……」
「──そうだったのですね。クロデアシアの国賓ですのに、ギルフィード王子には本当に色々と良くして頂いて……申し訳ございません。ギルフィード王子には改めて我が国から正式にお礼をさせて頂きます」
「とんでもない……! 私はクロデアシアの人間としてではなく、ただのギルフィードとして王妃殿下をお手伝いしているだけです! その……昔から親交のある……友人、ではないですか」
友人、と口にした瞬間ギルフィードはどこか泣きそうに、悲しそうに眉を下げて笑う。
クリスタはギルフィードのその顔を見て、何故か胸がずきり、と痛む。
何故そんな感情を抱いたのか分からないが、その痛みも直ぐに消え失せて。
ギルフィードとクリスタの会話が落ち着いた事を悟ったのだろう。キシュートがひょい、とギルフィードの肩越しに顔を覗かせて笑顔で話し掛けた。
「さて、治癒魔法使いも帰った。クリスタも無事目が覚めた。ギルフィード、クリスタの体調はもう大丈夫なのだろう?」
「ア、アスタロス公爵……! ナタニア夫人達がまだ……!」
突然砕けた口調で話し始めるキシュートに、クリスタは驚きぎょっと目を見開く。
その様子を見た侍女の三人の内、ナタニア夫人以外の二人はクスクスと笑い声を漏らしながら、クリスタに向かって一礼した。
「それでは、王妃殿下。私共は下がらせて頂きますね」
「ご安心下さい。私達、最近耳が悪くなってしまったので時々高貴な方達のお声が聞こえなくなってしまうのです」
「──貴女たち……」
では、一足先に下がらせて頂きます。と告げて、侍女はクリスタの部屋を出て行った。
「クリスタの治癒にやって来てから、彼女達とは仲良くなったんだよ。ナタニア夫人とはもう親友みたいな物だ」
「──まあ! 公爵様、それは言い過ぎですわ」
悪戯っぽく笑うキシュートに、ナタニアも砕けた態度で言葉を返す。
自分が意識を失っている間、ギルフィードとキシュートは一体どれだけ自分の下に足を運んでくれたのだろうか。
そして、どれだけ自分の側にいてくれたのだろうか。
クリスタの侍女達は礼儀を重んじる人間だ。
そのため、少ない時間ではこんな砕けた態度で接する事など無い。
けれど、侍女達の信頼しきった態度に、それだけの長い時間同じ部屋で過ごしていたのだろうと言う事が窺えて。
クリスタは心の底からギルフィードとキシュート、そして侍女達に感謝の言葉を伝えた。
そして、夜遅くまでギルフィードはクリスタに治癒魔法を使い続けてくれて。
皆と別れ、クリスタは一人自分の部屋で眠りに付く。
すぐ近くの部屋にはギルフィードも、キシュートも。そしてナタニアも居るとは分かっているが、それまで和やかに尽きる事無く会話をしていたのに急に一人になり、しんと静まり返った室内でクリスタは無性に寂しくなってしまった。
まだ、寝返りを打つのが怖い。
以前のように激しい痛みを感じる事は無いが、傷跡が残っている、と聞き寝返りを打って傷が痛んだらどうしよう、と言う恐怖が湧き上がる。
──そして。
「──ぅ……っ、」
違う可能性の方が高い。
そう言い聞かせてはいたが、一人になると治癒魔法使いから聞かされた言葉が頭の中に蘇って来て。
クリスタはとてつもない喪失感に苛まれ、一人ベッドに横になりながら嗚咽を漏らし、泣き続けた。
そしてその日、夜中まで起きていたクリスタの下には終ぞヒドゥリオンが姿を現す事は無かった。
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