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一章
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しおりを挟む「分かった。待っていよう、いくらでも待っているからリズリット嬢は楽しんでおいで」
(本当にディオン様が頷いてくれたわ……!)
白麗の言葉に素直に従い、リズリットが「お願い」をディオンに向かって口にすればディオンは先程の怒りの感情など一瞬で霧散させた。
「あ、ありがとうございますディオン様」
「ああ、また後で」
ディオンは上機嫌でリズリットの手を取った後、軽く手の甲に唇を落とした後、あっさりと乗ってきた馬車の方面へと歩いて行く。
馬車止めで待機していてくれるのだろう。
リズリットは頬を染めたままディオンの後ろ姿を見詰めながら、ふとリリーナの事を思い出してリリーナの方へと視線を戻した。
「──……っ」
リリーナの表情を見て、リズリットは思わずびくり、と体を震わせる。
先程、ディオンに「友人だ」と言っていたリリーナは、友人には決して向ける事のないような憎しみの籠った視線でリズリットを睨み付けるように見詰めており、忌々しそうに唇を開いた。
「……どうやって、ディオン様に取り入ったのですか」
取り入るなど、そんな事をする筈が無い。
リズリットはそんな事していない、と慌てて唇を開く。
「取り入るだなんて……! そんな事しておりません……っ」
「嘘っ、嘘でしょう!? きっと、お兄様のハウィンツ様に頼んで、ディオン様との仲を取り持って貰ったのでしょう? そのような事をして、ディオン様と面識を持って恥ずかしくないのですか!?」
「で、ですからそんな事は──っ」
「ほんっとうに卑しい人ですね、貴女は! だから、精霊の祝福も得られないんですよ、貴女が卑しい人間だから……っ」
リズリットの言葉など、聞く耳を持たないリリーナは好き勝手にリズリットへの暴言を口にする。
だが、リズリットは白麗が掛けてくれた「悪意を弾く術」のお陰か、今までのように胸が痛まず、その変化に首を捻る。
(あ、あら……? 今までだったら凄く悲しくて、辛かったのに……?)
涙を耐える事が多かった人からの憎悪の感情が、それ程気にならない。
リズリットは、自分の感情にキョトン、としたのだが目の前に居るリリーナはそうとは思わない。
リリーナは自分自身の言葉を軽く流された、と勘違いして怒りの感情を更に高めると、あろう事かリズリットの体を押そうと手を伸ばした。
強く体を押して、後方に倒れて転んでしまえばいい、とリリーナが考え、リズリットの体に触れようとした瞬間。
──ぱんっ、と何かに弾かれたような感覚がして、リリーナの体がリズリットに触れる寸前に反対に弾き返された。
「──っ、!? え、あっ、きゃあっ!」
「えっ、ロードチェンス嬢……っ?」
これ、もリズリットの護衛をしている白麗の術が発動した結果なのだが、それを知らないリズリットも、リリーナも驚きに目を真ん丸に見開く。
リリーナは弾き返された表示に体のバランスを崩し、その場に尻もちを着くようにしてべしゃり、と地面に転んだ。
「え、あっ、大丈夫ですか、ロードチェンス嬢……」
「──……っ!」
周囲に居た令嬢達も驚いたようにリリーナに視線を向けている。
沢山の視線が自分に集中している、と自覚したリリーナは、羞恥に顔を真っ赤に染めると、助け起こそうとしてくれたリズリットの腕を振り払い、邸へと駆け込んで行ってしまった。
「許さない許さない許さないっ、絶対に許さないんだからっ!!」
リリーナは、羞恥によって瞳に涙の膜すら張って子爵邸の廊下を駆け抜ける。
主催である自分が、庭から姿を消してしまった事に参加者達は混乱しているだろうか、そんな事は今はどうでもいい。
自分の味方である令嬢達の目の前で、無様にも転び、ドレスを汚し、挙句の果てには大嫌いなリズリット如きに心配されてしまった。
「この間は失敗しちゃったけど、今度は失敗しないんだから……っ!」
リリーナはそう鋭く叫ぶと、自室へと駆け込み、自分の机の引き出しを勢い良く開け放つ。
引き出しの中には綺麗な小瓶が入っており、その小瓶をリリーナは引っつかむと、蓋を開けてズカズカと足音荒く部屋の一角へと進む。
そして、リリーナはその小瓶の中に入っていた液体をその一角に捕らえている対象にびしゃり、と掛けると「起きなさいよ!」と声を荒らげた。
「また、やってもらいたい事があるの! 言う事を聞いてくれれば、解放してあげるわ!」
リリーナの言葉に、びしょりと濡れそぼった存在が、のろのろと顔を上げた。
それ、は淡く光を放ち、小さな体を震わせる花の精霊で、リリーナが祝福を得た中級精霊の姿だった。
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