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一章

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「ハウィンツ・マーブヒル卿ですね。陛下がお待ちですので、陛下の執務室までお越しください」
「──へ!? 国王陛下が?」

 ハウィンツはぎょっ、と瞳を見開き狼狽えるがハウィンツがそのような態度を取る事がウィリアムは分かっていたのだろう。
 ウィリアムの言葉を代わりにその使用人が口にする。

「非公式の場だから気負う必要は無い、と陛下は仰せです。──こちらへどうぞ」
「わ、分かった……。ディオン、俺は少し外すがここで待っているように……! リズリットも、ディオンに誘われても街へ行かないようにな!」

 ハウィンツは案内をする使用人に着いて行きながら何度もリズリットとディオンに振り返りながらこの場を動かないように、と言い聞かせてその場を離れて行った。

 その場に残されてしまったリズリットとディオンは、王城を去る事も出来ず、リズリットは困ったように眉を下げてディオンへ話し掛ける。

「──まだ、私達が自分の邸に帰る事は出来そうに無いですね……?」
「そう、だな……。リズリット嬢にはこのように長時間動く事も出来ない不便な事を強いてしまってすまない」
「いっいえいえ! ご協力させて頂くと決めたのは私ですから……! その、今日の事で色々と知る事があり、少しびっくりしてしまっただけですので……」
「そうか……。だが、リズリット嬢のような淑女には些か刺激が強すぎる出来事だったな……。配慮が欠けてしまい、申し訳ない。今日は、もう少しで解放される筈なので、今暫くだけ付き合ってくれ」
「も、勿論です!」

 ディオンが申し訳ない、と言うように悲しそうに眉を下げてそう口にする姿を見て、リズリットは慌てて自分の首を横に振ると、何か話題を変えよう、と咄嗟に絵画スクールの事を話題にした。

「そ、そう言えばっ! ディオン様に以前絵画スクールまで来て頂きましたが、私が絵画スクールに通っている事をお兄様からお聞きになったのでしょうか?」
「いや。ハウィンツからは聞いていないな。だが、調べれば簡単に分かった」
「し、調べ、る……?」

 ディオンの回答に、リズリットはこてり、と首を倒すと不思議そうな表情でディオンに言葉を返す。

「──ああ。騎士の仕事は身辺警護が多く、調査をする事が多い。その時と同じようにリズリット嬢が通う絵画スクールを調べたまでだな」
「ちょ、調査、ですか……」

 さも当然、と言わんばかりのディオンの態度に、リズリットは首を捻りながらと何とか納得すると言葉を返す。

「ああ。至極簡単な事だ。騎士として得た知識を使い、リズリット嬢がいつ絵画スクールに通っているのかを確認したのだが……。これ、は……不味い事だったのだろうか?」
「い、え……そんな事は、無いと思いますが……」

 しゅん、と項垂れるような表情になってしまったディオンを気遣うようにリズリットが唇を開けば、リズリットのその言葉に頷いたディオンは嬉しそうに続きを口にする。

「それならば、有難い。今後も、リズリット嬢が窮地に陥った時には直ぐに動けるようにしよう。俺の契約精霊を常に付けておくので、もし、万が一何かあれば俺に直ぐに連絡をして欲しい」

 真っ直ぐに視線を向けられ、今までよりも真剣にそう告げるディオンに、リズリットも何処か緊張した面持ちで頷いた。

「分かり、ました。色々とありがとうございます、ディオン様」
「有難う、リズリット嬢。お礼など……、俺が勝手にしてしまっているだけだから気にしないでくれ。……次回参加は数日後だった筈だが──リズリット嬢はどうする?」
「出来れば参加したい、と考えているのですが大丈夫そうでしょうか?」
「ああ。絵画スクールに参加する事は問題無い。次回行く時も、俺が共に同行しよう。だから心配しなくて大丈夫だ」

 ふんわり、と優しい笑みを浮かべてそう告げてくれるディオンにリズリットはむず痒いような不思議な感情が胸に溢れて来るのを感じる。

 これ程まで、家族以外に心配して貰う事は今までにあっただろうか。
 兄や姉に近付く目的以外でリズリットに親切にする人など居なかったのに、ディオンの心配が嬉しくもあり、気恥しい感情も覚えてリズリットは薄らと頬を染めながら「ありがとうございます」とはにかみながらディオンにお礼を告げた。

「──……っ」
「……、? ディオン、様?」

 リズリットの照れたような微笑みと、返答にディオンは僅かに目を見開きその場で硬直する。
 ディオンから反応が無い事を不思議に思い、リズリットは頬を染めたままディオンに視線を戻し、問い掛けるとディオンはハッと瞳を見開いて慌てて唇を開いた。

「──あ、ああすまない。リズリット嬢があまりにも可憐だから呆けてしまった。……来週の絵画スクールは、今週と同じ曜日に行く予定だろうか? それとも、先月のように毎週変更するのだろうか?」
「ま、まぁ……っ可憐だなんてそんな……っ」

 ディオンが発した「可憐」と言う言葉に、リズリットは更に色付く自分の頬を手のひらで隠しながら思わずディオンから視線を外し、ふ、と違和感を覚える。



 絵画スクールに通う曜日が決まっていたり、決まっていなかったりとするのだが、リズリット本人ですら何曜日に通っていたか忘れてしまっている程の先月の事を、ディオンが当たり前のように口にして、リズリットはあれ? と僅かな違和感に首を傾げた。
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