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一章
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しおりを挟む精霊王の言葉に、その場にいた全員がぴたり、と固まる。
精霊王の言う通り、ディオンやハウィンツ達には確認しなくてはいけない事がある。
先の、ロードチェンスの令嬢が犯した罪を、精霊王はどう感じているのか。
自分の種族があのような酷い扱いを受けていた事を知り、精霊王自身はこの国の人間をどのように思っているのか。
ディオンの行動を全て知っている、と言う事は即ちロードチェンス邸で起きた事も全て承知なのだろう。
ハウィンツはちらり、とディオンに視線をやる。
先程、リズリットから告げられた言葉が思いの外ダメージが大きいのだろう。
いつもは直ぐに反応し、何かしらの返答をしているであろうディオンが呆然としながら未だに泣きっ面を晒し、ちらちらとハウィンツの腕の中のリズリットに視線を向けている。
(今のディオンは使い物にならないな……)
ハウィンツはそう考えると、腕の中に居るリズリットをそっとソファに横たえると精霊王に視線を向けて、跪く。
「──恐れながら申し上げます。この国の人間が、生まれたばかりの花の精霊に対して精霊の思考を鈍らせ、害を及ぼす薬物を使用しておりました……」
「うむ、そうじゃの」
「精霊に対して、このように無理矢理薬を使用し、人間の勝手な行動で本来与えるつもりの無かった人間に祝福を与える事になってしまった事に対して、我々人間はどのように償えば良いのか、我々の国の国王もその事を憂慮しておりました」
胸に手を当てて頭を垂れながら悲痛な声で述べるハウィンツに、精霊王は大きく、くりくりとした瞳を顰めると「そうさのぅ」と声を出した。
「──償いは不要じゃ。花の精霊は、妾の元に」
「直ぐに、手配致します」
精霊王がそう答え、ハウィンツが言葉を発すると直ぐに父親がソファから立ち上がり報告の書状を認め始める。
一頻り涙を流して落ち着いたのだろう。
やっとディオンが落ち着きを取り戻し、鶺鴒の精霊を呼び出すとその鶺鴒に書状を託して王城へと使いに出した。
普段は賑やかな鶺鴒だが、精霊王が御前に居る手前、深々と頭を下げてから鶺鴒の精霊は飛び立った。
精霊王は、一連の流れをなんとはなしに見つめながらぽつり、と呟いた。
「妾も、このままではこの国の人間とはやっていけんな、とは思っておった」
「──っ、」
精霊王の言葉に、その場に居た者達が息を飲む。
「だがな、心の汚い人間が居っても、リズちゃんのようにとっても清い心を持った人間も居るのじゃ」
精霊王はふわり、と優しく瞳を細めるとソファに横になっているリズリットを見詰める。
「妾の可愛い精霊達に対して、害を成した人間共は許せぬが、リズちゃんのように心の清い者も居る。……不本意ではあるが、ディオンも、精霊に好かれる心を持っておる……、でなければあの子らがディオンに祝福を与える訳がない……。リズちゃんに対する行動は行き過ぎておるが、それ以外は……まあ……ううむ……認めてやらんでもない……不本意じゃがの!」
ぷいっ、とディオンから顔を背ける精霊王に、ディオンは感動したように瞳を見開くと震える唇で何とか声を絞り出した。
「──あ、有り難きお言葉でございます……」
「ほんに、ほんにリズちゃんが絡まなければ……っ、良い男なのにのう! 残念じゃ!」
精霊王は後ろ足で床をダンっと踏み鳴らす。
「で、ですが……俺──私は、リズリット嬢と出会えた事で人生がとても、楽しく、美しい物となりました……。リズリット嬢の存在は私にとって生きる意味そのものなのです……!」
ディオンの重すぎる言葉に、リズリットの父親も、ハウィンツもそれぞれ「うわあ」と言う表情を浮かべるが、精霊王だけはディオンの言葉が、ディオンの気持ちが分かるのだろう。こくこく、と何度も頷く。
「うむ、うむ。ディオンの気持ちは痛く分かるぞ。リズちゃんの側はとても心地好く、幸せな心地になれるのじゃ。その点は理解出来よう」
「──精霊王……!」
ディオンは、感動したように感極まったような声を上げると瞳を感動の涙で滲ませて精霊王を見詰める。
「うむうむ、妾もリズちゃんから離れとうないのでな、ディオンの気持ちは分かる、分かるぞ」
満足そうに頷く精霊王に、ハウィンツと父親は呆気に取られたまま、二人(?)の会話をぽかん、と聞いていた。
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