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天定から永海へ
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前回の、所謂世間一般的に言う"初夜”は突発的に起きた例外だった。
きちんと気持ちを伝えあった今が二人の新たな関係の最初の夜と、天定は思っている。
「風が冷たくなってきたな。中へ戻ろうか。」
酒で体温が上がったとはいえ…いや、だからだろうか。
体と風の温度差により寒さを感じて天定が先に立ち上がろうと手をつくが、相手は座ったままである。
「お、俺…俺はもうちょっとここに居る。」
「ん?」
「ほ、ほら!俺、結構丈夫だからよ!だから風邪もひかねぇし何ともねぇって!」
それにほら月も綺麗一ー
そう続く永海の言葉を、天定が遮った。
自分の手を横にして、右手を押し付ける形で永海の口をふさぐ。
片や目を丸くし、片や真剣な眼差しを向ける。
「……一緒に来て欲しい…。」
短い言葉に、体温が上がった。
酒の所為ではない。
でも酒の所為にしたい。
頭ではわかっていても気持ちが天定に向いてしまっている今、何をどう考えてもその先の向かえるであろう展開を払拭することが出来ない。
天定の言葉に間を置いて頷いた永海は、一緒にバルコニーから移動した。
「……あ…天定……。」
今、明かりを消したばかりの布団の上にいる。
永海を先に仰向けに寝かせ、組み敷く形で覆いかぶさる天定の図。
顔を近づけて唇を重ねようとした疑問に、永海が名前を呼んだ。
「その…この前は天定がしてくれたから、今日は俺が、す…する……!」
小さな声だが、しっかりと聞こえた天定は一瞬だけ驚き眼で見開いた。
でもすぐに小さくクスッと笑うと、その吐息が触れた。
「俺を?永海が?」
「あ、あぁそうだよ!お、おお俺だって、で、できるんだからな……!」
だんだんと声が小さくなっていく様が、なんともいえない微笑ましい気持ちにさせる。
“自分だって!”という割には声は震えているし、視線も泳いでしまっている。
実は、彼が部屋に入ってきた時からとても緊張しているのは察していた。
そんな彼の緊張を少しでも解せるならと、外で酒を飲みかわし、胸の内を伝えて、という順で事を進めてきた。
が、まさか本人の口から"今度は俺の番!”という言葉が出てくるとは。
「お前がそこまで言うんなら、わかった。」
体を少しだけ起こして永海の背中に背を回し、全身を倒して反転した。
永海が上になり、天定が下になる。
「ほら、こいよ。」
「お、おう…。」
布団に寝転がる天定の、頭を挟むようにそれぞれ手を置く。
出会ってからずっと見てきたけど、この角度から天定を見下ろすのは初めてのような気がする。
部屋の雰囲気もあってなのか、永海は思わず息をのんだ。
見慣れているはずなのに、とても綺麗である。
彼をこれから自分の手で愛でると思うと、急に頭が真っ白になってしまった。
何をどうするんだっけ?
焦っているのか混乱しているのか、自分にも分からない。
頭が真っ白で、何も考えられない。
それしかわからない。
こんなはずではなかったのに。
天定への気持ちが、異なる感情が混じって自分へ向かい始める。
抱く側もこんなに緊張する立場であるのかと身をもって実感するあまり、永海は周りを見る余裕さえも失った。
ちゃんと天定を見ているはずなのに、輪郭がぼやけて徐々に視界が狭くなっていき、そして彼の姿を捉えられなくなった。
このまま口付けをしても良いのかーーー?
なにをどうすれば、先へ進めるーーー?
声が出ない。
どうしよう。
まだ何もしていないが、すでに何もできない。
見上げてくる天定の視線が恥ずかしくて耐え切れなくて、でも視線を外すことも出来ない。
どうすれば良いのかわからずにいると、自分の唇に温かい何かが触れた。
気づくと天定の顔が、ピントが合わないほどのすぐ目の前にあった。
伏せられた睫毛に、思わず目が行ってしまう。
永海を見上げていた天定が"このままではいけない”と肘をついて上体を起こし、下から唇を重ねてきた。
数秒間の間を置いてそっと顔が遠ざかると、至近距離で変わる2人の視線。
「どうだ?"そっち側"も結構緊張するだろ?」
唇の感触を受けて、ハッと親に返った永海は天定を"きちんと"認識できた。
実際には十数秒の間だったかもしれないが、永海の中では数分の時が過ぎたような感覚である。
へんな汗が滲む中でずっと呼吸を止めていたような状況に似た息苦しさもあるが、それらは全部、天定からの口付け一つで全部吹き飛ばしてくれた。
「…あま…さだ……。」
「ほら、そんなに緊張しすぎるな。いや、気持ちはよくわかるんだが、そういうのは結構伝わってくるもんだぞ?」
「……悪い…。」
詫びてほしい気持ちは微塵もない。
ただそれくらい、伝わってくるものがあるということを知ってほしいだけである。
「ほら、一旦息を吐ききれ。じゃないと、息が吸えないぞ。」
呼吸が浅くなっていた永海を落ち着かせるようと、両手をついて上体を起こした天定はそのまま永海の背に手を回して引き寄せた。
ポンポンと背中に優しく手を置くその動きは、永海の精神をより落ち着かせてくれる。
手のやり場に困り自分も天定の後ろへと手を回すと、言われた通り息を深く吐き出した。
一度で終わらせず、何度も何度も。
そして息をする度に、天の匂いを感じてしまう。
「…なぁ、天定……。」
「ん?」
腕の中の彼が、問う。
「……天定も…あの時、緊張したのか…?」
"今"の話ではないと感じた天定は、永海の言う"あの時"を振り返った。
それは永海が苦しんでいた、あの日の夜。
微笑のまま目を細めて、片手を動かして癖っ毛の紫の髪に指を絡めながら撫でる。
きちんと気持ちを伝えあった今が二人の新たな関係の最初の夜と、天定は思っている。
「風が冷たくなってきたな。中へ戻ろうか。」
酒で体温が上がったとはいえ…いや、だからだろうか。
体と風の温度差により寒さを感じて天定が先に立ち上がろうと手をつくが、相手は座ったままである。
「お、俺…俺はもうちょっとここに居る。」
「ん?」
「ほ、ほら!俺、結構丈夫だからよ!だから風邪もひかねぇし何ともねぇって!」
それにほら月も綺麗一ー
そう続く永海の言葉を、天定が遮った。
自分の手を横にして、右手を押し付ける形で永海の口をふさぐ。
片や目を丸くし、片や真剣な眼差しを向ける。
「……一緒に来て欲しい…。」
短い言葉に、体温が上がった。
酒の所為ではない。
でも酒の所為にしたい。
頭ではわかっていても気持ちが天定に向いてしまっている今、何をどう考えてもその先の向かえるであろう展開を払拭することが出来ない。
天定の言葉に間を置いて頷いた永海は、一緒にバルコニーから移動した。
「……あ…天定……。」
今、明かりを消したばかりの布団の上にいる。
永海を先に仰向けに寝かせ、組み敷く形で覆いかぶさる天定の図。
顔を近づけて唇を重ねようとした疑問に、永海が名前を呼んだ。
「その…この前は天定がしてくれたから、今日は俺が、す…する……!」
小さな声だが、しっかりと聞こえた天定は一瞬だけ驚き眼で見開いた。
でもすぐに小さくクスッと笑うと、その吐息が触れた。
「俺を?永海が?」
「あ、あぁそうだよ!お、おお俺だって、で、できるんだからな……!」
だんだんと声が小さくなっていく様が、なんともいえない微笑ましい気持ちにさせる。
“自分だって!”という割には声は震えているし、視線も泳いでしまっている。
実は、彼が部屋に入ってきた時からとても緊張しているのは察していた。
そんな彼の緊張を少しでも解せるならと、外で酒を飲みかわし、胸の内を伝えて、という順で事を進めてきた。
が、まさか本人の口から"今度は俺の番!”という言葉が出てくるとは。
「お前がそこまで言うんなら、わかった。」
体を少しだけ起こして永海の背中に背を回し、全身を倒して反転した。
永海が上になり、天定が下になる。
「ほら、こいよ。」
「お、おう…。」
布団に寝転がる天定の、頭を挟むようにそれぞれ手を置く。
出会ってからずっと見てきたけど、この角度から天定を見下ろすのは初めてのような気がする。
部屋の雰囲気もあってなのか、永海は思わず息をのんだ。
見慣れているはずなのに、とても綺麗である。
彼をこれから自分の手で愛でると思うと、急に頭が真っ白になってしまった。
何をどうするんだっけ?
焦っているのか混乱しているのか、自分にも分からない。
頭が真っ白で、何も考えられない。
それしかわからない。
こんなはずではなかったのに。
天定への気持ちが、異なる感情が混じって自分へ向かい始める。
抱く側もこんなに緊張する立場であるのかと身をもって実感するあまり、永海は周りを見る余裕さえも失った。
ちゃんと天定を見ているはずなのに、輪郭がぼやけて徐々に視界が狭くなっていき、そして彼の姿を捉えられなくなった。
このまま口付けをしても良いのかーーー?
なにをどうすれば、先へ進めるーーー?
声が出ない。
どうしよう。
まだ何もしていないが、すでに何もできない。
見上げてくる天定の視線が恥ずかしくて耐え切れなくて、でも視線を外すことも出来ない。
どうすれば良いのかわからずにいると、自分の唇に温かい何かが触れた。
気づくと天定の顔が、ピントが合わないほどのすぐ目の前にあった。
伏せられた睫毛に、思わず目が行ってしまう。
永海を見上げていた天定が"このままではいけない”と肘をついて上体を起こし、下から唇を重ねてきた。
数秒間の間を置いてそっと顔が遠ざかると、至近距離で変わる2人の視線。
「どうだ?"そっち側"も結構緊張するだろ?」
唇の感触を受けて、ハッと親に返った永海は天定を"きちんと"認識できた。
実際には十数秒の間だったかもしれないが、永海の中では数分の時が過ぎたような感覚である。
へんな汗が滲む中でずっと呼吸を止めていたような状況に似た息苦しさもあるが、それらは全部、天定からの口付け一つで全部吹き飛ばしてくれた。
「…あま…さだ……。」
「ほら、そんなに緊張しすぎるな。いや、気持ちはよくわかるんだが、そういうのは結構伝わってくるもんだぞ?」
「……悪い…。」
詫びてほしい気持ちは微塵もない。
ただそれくらい、伝わってくるものがあるということを知ってほしいだけである。
「ほら、一旦息を吐ききれ。じゃないと、息が吸えないぞ。」
呼吸が浅くなっていた永海を落ち着かせるようと、両手をついて上体を起こした天定はそのまま永海の背に手を回して引き寄せた。
ポンポンと背中に優しく手を置くその動きは、永海の精神をより落ち着かせてくれる。
手のやり場に困り自分も天定の後ろへと手を回すと、言われた通り息を深く吐き出した。
一度で終わらせず、何度も何度も。
そして息をする度に、天の匂いを感じてしまう。
「…なぁ、天定……。」
「ん?」
腕の中の彼が、問う。
「……天定も…あの時、緊張したのか…?」
"今"の話ではないと感じた天定は、永海の言う"あの時"を振り返った。
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