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バランスを崩した柾は楓音と地面に落ちる。
「あれ、痛くない」
後ろから楓音に飛び乗られたのでうつ伏せの柾は顔が地面に埋もれていて状況がわからない。
手をガサガサして地面にあるものを確認する。
「なんだこれ、草?」
「なに、笑ってるんですか」
「そっちの草じゃないわ」
「あーそっちの草」
「普通はそうだろ。草って言葉で言うやついないだろ」
「草」
「本当にやめてほしい」
「まぁまぁ」
「あと、重いからそろそろ降りてくれないか」
寝転がる楓音のせいで起き上がれない柾。
「乙女に重いとはなかなかに失礼だと思うけど、しょうがないので降りてあげます」
「ツンツンプレイ助かる」
「気持ち悪い。人選ミスしましたかね」
「ご褒美ですか、何ですか」
「そういうところ」
「勝手にこんな異世界だか良くわからん所に連れてきた挙句に見ず知らずの女に乗られた男の気持ちを考えてみろ」
「………」
黙り込む楓音を見て、もどかしさを感じさせられたのか柾は口調を柔らかくして「ここは何処なんだ?」と言った。
楓音が何も答えず、考え込んでいるので柾は状況を呑み込もうと周りの景色を呆然と眺めてみるが、元々の街の景色
に花が一面に咲いていることに気が付く。
「どういうことだ?」
「何もない異世界」
言葉を選んで吐いた言葉は端的であった。
「何も無いって」
「人生こんなもんなんです」
「その言い方、初めてじゃないな」
「ココは初めてですけど、こういった場所は何回か」
俯きながら不安そうに呟いた。
自信の無さが如何にもという感じであった。
「まぁーいい。何回か行ってるなら安心だ。とりあえず、ここから出る方法を探す」
柾は服に付いた土を払って、話を淡々と進めた。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって」
突然思いつめた顔になる楓音。責任感が滲み出ていた。
「それに、ここから脱出する方法は分かっているんです。問題は」
「問題は?」
「この世界が及ぼす現実世界への影響が…」
「片言だな」
「ん。現実の世界。つまり、柾さんが暮らしている世界に影響が出るということです」
「おとぎ話?」
「おとぎ話でもなく幻聴でもなくて実際起こっている話なんです」
スマホを取り出して、柾に見せてくる。
「スマホは見れるのかよ」
ポケットに入れたスマホを見て正常に動くことを確認した。
「そんなことは、今はどうでもいいのです。これを見てください」
楓音が見せたスマホの画面からは、柾が今日の朝何となく聞いていた報道であった。
「これって、何処かの誰かさんが勝手に植えたって話なんじゃないのか」
これ見てくださいと言わんばかりにスマホの画面を近付けてくる楓音。
「近い、ちかい」
映像から流れてくるのは、深夜の誰もいない時間帯に道路に突然花が咲いている様子であった。
明らかに、現実離れしていてファンタジーとしかいいようがないような映像に柾は唾を呑み込んだ。
「これが、なんだと」
「これを起こしているのは、既に死んでしまっている言わば死人の世界が不安定になることで作りだすモノなんで
す」
「無理、ファンタジーはファンタジーが相手すべきで運動能力も無ければ学力もない俺には無理だ」
「察しが良くて助かります」
「褒められている気がしないんだが」
「そうは言っても、バス停まで走ってくる時は早かったじゃないですか」
「それはな、バスが来るからだよ」
「最強覚醒系ですか」
「そもそも、走る必要なんて電車に乗り遅れそうになる時とバスに乗り遅れそうになる時だけ。その時だけ頑張って
走ればいいんだよ」
「普段は、能力隠している系の方でしたか」
「どっちも同じだ」
「否定はしないんですね」
「乗り遅れそうになる時だけ早くなるのは事実だからな」
「もっと時間に余裕をもったらいいのでは?」
「今まで、この世界をほったらかしにしてたお前に言われてもね」
「うっ。何も言えません」
柾の鋭い指摘に息が詰まる楓音。
都合が悪くなった楓音は、咳払いをしてお茶を濁した。
「まぁー大体わかった」
「理解が早くて助かります」
「分からないことがな」
「しょうもない。二回も褒めてしまった私が情けない」
捨て台詞を吐いた楓音は「付いてきてください」と言って会話を終わらせた。
それから数分後。
「本当に花だらけなんだな」
柾は歩きながら周りを見渡した。
見るものすべてが花になっている。
道端に咲いている花は勿論、家の外壁、看板、水汲み場。
見渡す限りのものに花が咲いており、咲いてないところを探す方が難しい世界であった。
「天気は同じなんだ」
燦燦と照らし続ける太陽を見る柾。時折、雲に隠れてくれるのが救いだ。
しかし、日本の夏でも特徴的な蒸し暑さは健在で、歩いているだけでも汗が溢れ出してくる。
「水はどうするんだよ」
「汗を飲めばいいんです」
「体から出たものを再び体内に入れてエコってか」
「汚い」
「うるせー。お前が言ったんじゃん」
「まぁー、大丈夫ですよ。この世界にいる以上喉は乾きません」
「口は乾くがな」
「汗、飲んでいてください」
「それ無限ループになるわ」
楓音は口元を抑えてクスクスと笑った。
それにつられて柾も笑った。
「なんか、高校生みたいな会話みたいで楽しいです」
「そうだな。でも、学校は?というか、何歳だよ。俺とあんまり変わらないだろ」
「学校には行っていませんよ。世間でいうところの中卒ってやつです。歳は15歳です」
手を前にして伸びをしながら答える楓音。
「俺より年下なんだな」
「今『年下のくせに生意気だな』とか思いませんでしたか」
低い声を出して柾の声に似せて話した。
「全然似てねー。てか、心読めてんの?」
「女の勘ってやつですかね」
得意げな顔をする。
「そういうやつ大体適当に言ってるだけで何も考えてなくてマグレで当たっただけっていう印象だけどな」
「なんですと!」
図星だったらしい楓音は嫌がらせの如く早歩きをしだした。
楓音に案内して来たのは、現実ではなんてこともない山の中の開けた場所であった。
木々が嫌っているかのように開いた空間は、柾が小さい頃の遊び場で見慣れた場所であったはずであったが、この世
界では変わっていた。
「なにこれ。中二病が作った門?」
「それは未だに拗らせてる柾さんぐらいにしか分からない例だとは思いますが門であることは事実です」
強硬な石材で出来た門は、この世界では異質であり厳かな空気が漂っていた。
ここだけが周辺に花が咲いていないことが更にそれを際立たせていた。
二人はグルグルと門の周りを徘徊し、スゥーと息を吸った。
「この世界から出る方法についてですけど」
「あー、そういえば聞くの忘れてた」
楓音は、金属の輪の取っ手を持って勢いよく引いた。
「まだ、空いてませんね」
「押し込んでもか?」
ガシャンと金属音が鳴る。
「無理です。とは言っても分かってたことだけど」
「じゃあ、どうやってこの世界から出るんだ」
「開けてもらうんです」
「お前の力が弱いから開かないだけなんじゃないのか」
「非力なのは否定しませんが扉を開けれない程非力じゃないです」
柾も扉を開こうとしたが、楓音と同様歯が立たなかった。
それを見た楓音は、ニヤッと笑った。
「なんだよ」
「いえ、何でもないです」
「『何この人自分は馬鹿にするのに、自分自身も開けられない。プププ』とか思っただろう」
「そんなこと思ってません」
視線を反らし否定したため、柾は瞬時に勘付いた。
「思ったな」
「………。ちょっとだけ」
楓音は、冷たい目つきで柾の尻に蹴りを入れた。
「ん、気持ちいい」
「勝手に快楽を得ないでください」
「まぁ、ほぼ初対面の人に蹴りを入れられるのは気に食わないがな」
「なんか柾さんと話していると一向に話が進まない気がします」
「確かに、お前と話してると話のテンポが悪い気がする」
「そのお前ってやつやめてくれませんか。私の名前はお前ではないです」
「じゃあなんと呼べば?かざのん?かざぴょん?」
「どれも却下。芸能人でもない私には相応しくないあだ名です」
全否定された後「楓音でお願いします」と小声で言った。
「んで、何の話してたんだっけ楓音」
突然、名前が呼ばれキョトンとする楓音。
「門の話ですよ」
そう言った楓音は話を始めた。
この世界を脱出するたった一つの条件。
『 管理人の了承 』
死者の世界の中では亡くなってしまった人が管理人として世界が動いている。
管理人しか出口の門は開けられないということだ。
「これが、この世界から出る方法です」
長々の説明に疲れた楓音は一息吐いた。
「管理人って名前は?会えるのか?」
「名前は、宮月 若菜。大体、浜辺とか神社とかにいますよ」
柾は、スマホのメモ機能を使って記録する。
「それで、さっき言ってた『現実に影響』ってのは?」
「ここの世界の管理人の状態が不安定になった時に現実に自然災害が起こると思われてます」
「と思われる?ってことはまだ起こったことがないってことか」
「そうです」
「今朝のは?」
「あれは、不安定期に入る直前に出ると思われるものです。既に対処にかかってると思ってます」
「その言い草だと楓音の他にも活動してる奴らがいるってことだよな」
「そうです。少数精鋭といった感じで。私はそこの新任で研修を終えて初めて一人で…」
「俺じゃなく他の人に頼めば良かったのでは」
「それが、最近みんな忙しくて…誰も私のこと」
「要するに、少数精鋭の中に取り合いがあるってことか」
「そういうことです」
「ここは後回しってことなのか」
「まだ危険性が低い場所なので。でも、とりあえず調査してこいとのことで」
「それなら一人で」
「不安で。組織の中の人に相談したら、高校生とかなら話に面白半分で乗ってくれるんじゃないかって」
「んで、俺がまんまとターゲットにされたというわけか。というか、高校生舐められすぎだな…」
「そういうことです」
「若干、強引なところはあるがな」
「本当にごめんなさい」
「今は無くても、これを止めることが出来なければ俺の住んでいる場所にも自然災害が起こる可能性もあるってこと
だろ」
「そういうことです。いつ起こるかは分かりませんがほったらかしにしていたらいつか起こります」
手を強く握り、決意が滲み出る楓音。
「俺もこの街が好きだ。この海が好きだ。だから、絶対にこの場所を無くしたりはしたくない。頑張るよ」
「ということは、正式に私に協力してくれるということでいいですか」
「そうだな。気楽に参加させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「じゃあ、管理人を探しましょうか。私は一度会っていますが、柾さんも会っといた方がいいでしょ」
「まぁー、この世界からは早く出たいからな」
「おそらく、この時間帯は海の近くにいると思いますので行きましょう」
潮風が吹いてジメジメしている海岸線を目指して、再び二人は歩き始めたのだった。
「海はそのままなんだな」
海鳥の鳴き声は聞こえてこないものの穏やかな海は現実同じく健在であった。
太陽の反射が二人を照りつけるとそこに現れたのは制服姿の女子高生であった。
「柾さんには門の先に見てもらった方が良かったかもしれませんね」
マジマジと見る柾を横目に釘を指した。
「可愛い子を見て、やる気を出せというわけだな」
「そういうことです」
「言っておくが、男で可愛い子につられないのは世界禁止要綱の一つだからな」
「なんですかそれ」
「申し訳ないが、女性の君にはわからんだろうな」
「気持ち悪さが露呈してるのが更に気持ち悪いです」
「違う。気持ち悪さを露呈させているのだ」
「可愛い女の子を見て、興奮したのは分かりましたが目の前に見えているのは死んでいる人。いくら可愛いからって
恋に落ちるなんてことないようにしてくださいね」
「分かってる。生憎、幽霊さんと付き合う予定は人生プランに存在しないんでね」
「私も可愛い子を目の前にしてハキハキと喋るようになる男の人に協力してもらうなんて人生プランにないですよ」
「なかなか、反撃が強くなってきたな」
「大分、慣れてきましたので。というか、高校はこんな人がいっぱいいるんですか?」
「友達いないから分からん」
暫くの沈黙。
「す…すみません」
返す言葉も無く、柾は
二人の会話が終わるのを待っていた女子高生は見るからにアワアワとしながら、話に入り込もうとしていた。
「若菜。こんにちは」
ヨレヨレの制服を着ている、茶髪のロングヘアの女性。
「す…すみません話してる時に」
「いや、大丈夫ですよ」
「私と話すときと声を変えて話すのは気持ち悪さが先程の階乗しちゃってます」
「でた、今日一のパワーワード」
「お、お二人は仲がいいんですね」
「つい、数時間前に会ったばかりなんですけどね」
「仲がいいのは、良いことだと思いますよ」
「そうですね。これからは仲良くします」
「それがいいと思いますよ」
「俺は、山吹柾。よろしく、宮月さん」
「よろしくお願いします。私のことは、若菜でいいですよ。これからお世話になりますので気軽に呼べるようにしま
しょ」
「分かった」
「早速なんですが若菜、願い事もう一度私達に教えてもらえませんか」
頷いて、海の方を向いて話した。
「私の生前四日前から死んでしまった日までの行動を私に教えてください。お願いします」
「なんでか、聞いていいか」
「それはですね…。私はこの四日間で忘れてはいけないことを忘れてしまった気がするからです」
願いを伝えるには歯切れの悪さがある。
何かを隠しているような、そんな言い草だった。
「四日間だけでいいのか」
「ええ、その前の記憶は鮮明に覚えているので…忘れてしまいたいほど」
若菜の声は震え始めた。泣き声は、波音にかき消されて二人には聞こえなかった。
「その記憶も含めて教えてもらえることって出来ますか」
「………」
「お願いだ。君もこれ以上苦しみたくないだろ」
髪を強く引っ張って、ブツブツ呟く。
何を言っているかは聞こえない。
「ごめん。言いたくないなら、言わなくても。何かの手がかりになると思って」
「いえ、私の方こそごめんなさい。一人で溜め込んでしまっていても怒りと憎しみが溢れてくるだけですので」
唇を嚙んだ若菜。
「思い出したくないでしょうけど、お願いします」
二人は、若菜の気持ちを汲むことはしなかった。
過去に起きたこと。
・ 学校で複数人からイジメられてた
・ 家族を事故で失くしている
「という感じですかね」
言葉を詰まらせながらゆっくりと話してくれた若菜は、息を吐くように言葉を漏らした。
「大変だったんですよね」
「ごめんね。二回も同じ話させちゃって」
「いいえ、聞きに来たのは私なので」
「ありがとな」
「お二方改めてお願いします」
「勿論です。いいですか?柾さん」
「そういう話だからな」
「本当にありがとうございます!」
「おう」
「門は開けといたので、いつでも」
「一つ聞いていいのか?」
「なんでしょう」
「この世界は君の願いだとか、昔の記憶に関連していたりするのか」
「そうだと思います。ですが、何も思い出せなくて。私の生きていた時代のものではあるんですけど…」
「楓音。片っ端から探っていくぞ」
「でも、私はもう探しましたけど!」
「抜け落ちてたらどうするんだ」
楓音は先を行ってしまった柾を追いかけようと小走りをした。
そして砂浜を出る時、柾と楓音はお辞儀をして街へ歩き始めた。
その姿を、目を細めて見る若菜。
「頼みました」
「どうします?」
「この街といったら神社かな。とりあえず、何かがあるかもしれない」
「分かりました。案内お願いします」
境内の中に入り周りを見渡す。
ここも、花が咲いていて普通の街並みと変化は無かった。
「いい雰囲気の神社ですね」
「長い歴史があるみたいで、子供の頃は叔父さんとかから何回も聞いたよ」
「何かそこにもヒントになるものあるかもしれないですね」
「元々現実に存在していた人がここの歴史と結び付くことはほぼないだろ」
「確かに、鋭いですね」
「楓音がアホなんだよ。それに、神様なんていないんだから話にもならないよ」
「話したのはそっちじゃないですか」
「行くぞー、時間ないんだろ」
柾は閉ざされた木の扉を開く。
「こんなところ開けていいんですか」
「いいも何も手段選んでたらファンタジーには勝てんぞ」
「なんか私が手下みたいになってませんかね…」
「なってるな」
「無能と言われそうで怖いです」
「どうした、無能」
「ムカつく」
楓音は柾の手を抓った。
「理不尽すぎるだろ。あと、手を動かせ手を」
「でも、何もないですよ。ここには仏像とかは無いんですか」
中を見ても、賽銭箱も無ければ輝かしいものもない。
言ってしまえば、木造家屋の一部屋にすぎなかった。
「無いな」
「祭りとかは」
「昔はあった。だけど、無くなった」
「それはなんで?」
「奪われたんだ。全部」
「だから、鍵もかかってないってことですね」
特に奪われたということに反応することなく楓音が話を続けるので柾は思わず、ポカンとしてしまう。
気付かなかっただけなのか、関連ないと思っただけなのかは知る由もなかった。
「そういうことだな」
「災難ですね」
「ここはこれくらいか」
部屋の中に入ることは無く、後にする。
「これで終わりなんですか?」
「本堂しかない神社だから基本的にはこれくらいしかない。でも」
「でも?」
「秘密の場所があるんだよ」
本堂の裏に周り森の中を歩いていくところに子供なら易々と入れてしまう小さい穴があった。秘密基地に最適という
のが一番相応しい穴だ。
「これは?」
「防空壕だよ」
「よく知ってますね」
「小さい子供の時、何回も言われたから」
「なんか、ハワイでなんちゃらーみたいなやつですね」
「例のアニメな」
「私大好きなんですよ」
「俺も大好きだ」
「なので、探偵みたいで今も少し楽しいんですよね」
「緊張感持てよ。後輩」
「せ、ん、ぱ、い」
「うざい。年齢は下だ。間違ってはいない」
「この世界に関しては私が先輩です」
柾は微笑みながら楓音を見る。
「なんですか」
「いや、清楚の中に無邪気さがあっていいなーと」
「なんか、気持ち悪い」
「気持ち悪いこと言ってるのが一番楽しい」
「そういう趣味ですか」
空気が静まり返る。
「んー、そういうマイナスなことは言わないです。行きますよ」
狭い入口から身を屈めて暗闇の中に入る。
「狭いな、気を付けろよ」
「あっいた!」
突起があったらしく楓音の額に固いものが当たる。
「言わんこっちゃない。暗いからな」
「分かりました。私のスマホ電池あるので明かり付けますね」
楓音の前には大きな壁があったが、周りを見渡すと大きく左に曲がっていた。
入口だけが狭かったものの、その後は屈みながら進める程の高さはあったので二人の足は進んだ。
更に奥には集合場所のようなところがあり、開かれていた。
「ここも花だらけだな」
「でも、更に奥をみてください」
広い場所を抜けた小さい穴が開いている所には花や種すらもつけていなかった。
「おかしくないですか」
「今までこういうことは?」
「無いです。今日が初めてです」
「おい、あれ見てみろ」
柾が指差した先には赤い色の小さなラジカセがあった。
「どうしてこんな所に」
「持ってきたか誰か。先に来てた人とか」
「いえ、私が初めてだと聞きましたけど」
「ならどうして?」
「若菜に聞いてみますか」
「でも、何かの情報源になるかもしれない。取ってみるか」
柾は手に伸ばそうとするが届く気配はしなかった。
「どういうことだ」
「私にもやらせてください」
楓音も柾と同じく届かない。
「目では近くに見える。でも、実際には遠いってことか」
「だとしても、ラジカセどころか花が咲いてない場所にすら手が届かないのはおかしいですよ」
花が咲いてないところまでは、目で見る限り指の第二関節と第一関節程度の距離であった。
そのため、二人にとって届かないというのは不可解なこととしか言いようが無い。
「とりあえず、後で話してみましょう」
「そうしよう」
柾がラジカセに手を伸ばしている状態をカメラで撮ってから防空壕を抜けた二人は、神社の境内を抜け住宅街へと戻
った。
「楓音、俺の家入ってもいいか」
「いいですよ」
「どうなってるのかだけ見るだけだから短時間で終わらせる」
柾の家は大きくは無く、街の中では珍しい鉄筋の近代的な家であったため周りの木材建築の中だと目立っているのは
間違いなかった。
「いい家ですね」
「無駄な装飾がされてるがな」
クリスマスでも装飾するような家でも雰囲気でもない柾の家は、花が全体を覆い囲われていた。
「まぁー、レアってことで」
「そういう考え方もあるな」
「プラスでいきましょ。なかなか、花がこんなに咲いてることなんて無いですし」
頷いた柾「そうだな」と言って家の中に入り、靴を脱ごうとするが楓音からの提案で危険性を考慮して靴で入ること
にした。
「自分の家じゃないみたいだな」
家の中ですら、花でみっちり咲いているため屋内植物園にいるような感じであった。
しかし、家の中は家具まで現実の通りに配置されていて奇妙さが際立つ。
「パソコンって使えるのか?」
「使えません。基本的にこの世界に入る時肌に付けていたものしか動きませんので」
柾は試しに電源を付けてみるが、最初の数秒間点いたもののスグに消えた。
当てずっぽうにボタンも触るが、その後はビクともしない。
「期待させ損ってやつですか」
「他のものは…。まぁー無理か」
びっしりと埋めるように咲いている花を見て、諦める柾は各部屋を周って外へ出た。
「他の家も同じだよな」
「だと思います」
「人の家に入るのも気が滅入るからな」
「罪悪感を感じますよね。次は何処に?」
楓音の話を聞きながら、後ろを気にすることなく歩いている柾を不思議そうに見る。
「郵便局にいくぞ」
楓音は、自由な人だなと言うかのように溜息を零した。
「なんで?」
「仏像が無くなった時の資料を郵便局に保存してるんだ」
「なんで、郵便局に?」
「ここは既に閉局してて、老朽化した公民館代わりになってたんだ」
「公民館でも捜査資料は無いんじゃ…」
「警察のじゃなくて、個人ジャーナリストが調べたやつらしいぞ」
「協力的な人がいたと」
「そういうことだな」
「でも、犯人は分からないと?」
「ここの文書にはそこに対する記述は無かったんだよ」
楓音が「盗んだんじゃないですか」というが、「いいや違う。あえて、書かなかったんだ」と意味あり気なことを言
った。
「じゃあ、仏像は」
「海外に売り払いされてて、どうすることもできなかった」
「ヒドイ」
「まぁー、仏像がなくなったことで祭りが無くなって、楽になったって言ってる人もいるし何ともって感じだよ」
「でも、復活して見てみたいです」
「今度、言ってる人がいたって元実行委員の人に言ってみるよ」
「ありがとうございます」
山積みになった書類の中から、探し出す。
「どうせ、探したって読めたもんじゃないか」
「これですか」
楓音が見つけたのは、確かに事件に関する文書であった。
『 仏像窃盗事件に関して 』
「これだ。これ」
この書類もラジカセ同様に置いてある周辺だけ花が咲いていなかった。
「ラジカセの時と同じだ」
「やっぱり、おかしいですよね」
「でも、今回は手にとれてる。ラジカセは手に取れない」
「そもそも考え方が違うという可能性も」
「どういうことだ?」
「ラジカセの時は、見えていただけで実態が無かったとか」
「見えていただけで、実際は無かったってことか」
楓音は頷く。
「どちらの可能性も捨てずにしておこう」
「いいと思います」
「どちらにせよ、重要な資料だ。現実じゃ鍵が閉まってて簡単に入手出来るものでも無い。ありがたく、盗もう」
「普通じゃ怪しさ居た堪れない言い方ですけどね」
柾は笑みを零し、楓音に同情した。
「他に仏像の文書以外のとか無いんですか」
「祭り関しての資料もあったけど、読める訳も無く」
柾は本棚から取り出すが、虫に喰われたらしく所々途切れている。
「以前もそうでしたけど情報収集って難しいですよね」
「前はどんな感じでやってたんだ」
「研修中は、世界に行って事情聞いて叶えるって感じでした。今とそこは変わらないですね」
「どんなのが未練だったんだ」
「例えばですけど、恋人の今を知りたい。あれがやりたかった。とかですかね」
「それでも十分大変そうだけどな」
「大変であることには変わりないですけど、やることが明確でしたので」
「今回のは、明確というより抽象的だもんな」
「そうですし、人の過ごした時間を知るって言うのを未来からやるっていうのは難しいかなと」
「だから、不安だったと。何となく分かったわ」
「そうなんです。早く助けが欲しかったんですけど、どうやら品川の方も私達のような未練みたいで」
「手こずっているってことか」
「恥ずかしながら」
「そういうときもあるだろ。最終的に解決出来れば問題ないんだろ」
「ですね。私達も頑張りましょ」
「うっす」
「なんか、反応が薄いー。こういう時は嘘でも覇気のある返事をするべきだと思います」
「うぃー」
「もうっ!」
浜辺に来た二人。
ここにいる。と言っていたが若菜の姿はそこには無かった。
「どこにもいませんね」
見渡しの良い浜辺で探せないということは考えにくかった。
柾と楓音は若菜が戻ってくるのを待とうと話していると、突然話かけてくる。
「どうされましたか?」
楓音は思わず、驚いて叫んでしまう。
「あっ。ごめんなさい。ビックリしましたよね」
「いや、大丈夫だけど。何処にいたの?」
「えっ?ずっと浜辺にいましたけど、気付きませんですか」
「いなかったよな」
「いないと思いましたけど」
「ん?私には見えてましたけど手を振っても気付いてもらえませんでした」
「それは本当?」
「本当です」
「あと、柾さんは変な想像するのやめてもらっていいですか」
「男なら誰でも妄想する」
「気持ち悪い」
「さーせん」
「ふふふ。本当に仲がいいんですね」
「ずっとも」
「棒読みで言われて嬉しくないこと一位に今ランキングしました」
「じゃーせん」
「遊んでるでしょ」
「うん。遊んでる」
「私も………」
「ん、どうしましたか若菜」
「ううん。何でもない」
「今考えていたんですけど、若菜何か悩みありますか」
「ないですけど。どうして?」
「私の研修中の時の指導員は、死者の心情が不安定化すると見えなくなる。という話を言ってたので」
「ちょっと、仲の良い二人を見てて羨ましくなっちゃったのかな。ハハハ…」
引きずって笑った。
「そればっかりは仕方ないことだろ。生きてる人と死んだ人の心情ギャップが違う訳だし」
「そうですけど。あんまり、気にしないでくださいね」
「分かった。なるべくそうするね」
楓音が欠伸をして、その場に座りこむ。
長時間街を歩き回っていたため疲れが出ていたのだろう。目をウトウトして今にも寝てしまいそうだ。
「眠いです」
若菜の肩に楓音は寄り添って目を瞑る。
「そういえば、夜はどうするんだ?」
日は沈み、夜が更け始めていた。
明かりが灯らない世界では月の明かりが唯一の光である。
「いつのまに」
「時間の感覚狂いますよね」
「いつもどこで寝てんだ?」
「どこでもです!」
テンションが高くなる若菜。
「どこでも?」
「寝ることしか楽しみ無かったので」
「なら、皆さんで寝ましょ!」
「いいんですか?皆さん帰ることも出来るんですよ」
「もう一回ここに来るのは面倒だわ。門を開けてくれた若菜には悪いけど」
若菜は目を輝かせる。
「よし、決まりね。あと、柾は期待しないこと」
「わかってます」
悔し涙を拭いながら、「ケッ」と昭和アニメを訪仏させた。
「じゃあ、私のおススメ寝場所スポットいいですか」
そういって若菜に案内されながら着いた場所は、柾が不法侵入して猫と戯れていた場所だった。
「ここ月の光も入って、草もフカフカで寝心地いいんです」
「よさげな場所ですね」
複雑な顔で見ている柾に「現実では何があった場所なんですか」と聞いてくる。
正直に答えるのも気恥ずかしさを感じた柾は「佐藤さん家の庭だよ」とお茶を濁した。
だけど、佐藤さんという人の家は無い。
そうである。柾は猫の名前は知っているが、飼い主の名前は知らないのだ。
「今日はここにしましょう」
「家の中とかではないんだな」
「夜風に当たるのと誰かがいる気がして好きなんです」
「一人でしたもんね」
「でも、今日は柾と楓音がいるから一人じゃないです」
「そうですね。私も友達が多い訳じゃないから若菜と寝れて嬉しいわ」
「俺は、女の子二人と寝れる日がくることに感銘を受けてる」
「気持ち悪い」
「もっと他の言葉で罵ってくれないか」
「無理です。これくらいが柾さんには丁度いいんですよ」
クスクス笑う若菜。
「どうしたんだよ」
「柾ありがとう」
「………」
「本心で言ってる可能性あるので油断大敵だよ若菜」
「大丈夫。仮に優しい人じゃなければこんな面倒事誰かに渡してるはずですよ」
「そうですかね~」
「信じろ」
「そういうところが信じられないんですよ」
「二人は私に何か伝えることがあって聞きに来たんじゃないんですか」
「眠くなって、寝ることを考えるのに必死でした」
「忘れてたのかよ…」
「若菜、ラジカセって知ってる?見覚えないかな」
「ないです」
「じゃあ、花が咲いてないところがあるのは?」
「触れられないところのことですか?」
楓音は、ハッとして言葉に詰まる。代わりに、柾が食いつく。
「どこにあった?」
「旅館の二階の奥」
「他には?」
「わからないです。あまり注意して見てなかったので…」
「でも、いい情報だよ」
「何か四日間と関連性あるんですか」
「分からないけど可能性はあるって思ってる。ところで若菜、仏像が盗まれたことって知ってるか」
「覚えてます。ニュースでも報道されていましたよね」
「そう。初めて街がテレビに映ったあの時」
「印象的だったので、覚えていましたよ。私も売ったら逃げられるのかなーとか思ってましたし」
「俺もそう思った。子供だから悪いことだと分かってても高額で売られたとか聞くと憧れてた」
「わかります。でも、その一か月後両親亡くなって。その思いが本心になるなんておもってもありありませんでし
た」
「そうなんですね」
「私は覚えていなかったんですけど、昔両親とここに来た事あるみたいで」
「思い出の場所ってこと?」
「そうですね。だから、私は仏像のことも覚えていたのかもしれません」
「ごめん。寝る前に嫌なこと思い出させちゃって」
「思い出は、忘れないから思い出なんです。思い出せるから思い出なんです。だから、私が思い出だと認識している
以上思い出してしまうのは必然。嬉しさも不安も楽しさも後悔も。全部の感情。ぜーんぶです。だから、気にしない
でください」
「強いんだな」
「強いんじゃなくて強くならなきゃいけなかったんです」
「でも、強いよ。自分の選択に自信のある人は強いよ」
「んー。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
朝が来た。
三人ともぐっすりで、動くのはお昼頃だった
「んー。よく眠れました」
背を伸ばしてストレッチする楓音。
「おはようございます。楓音、柾」
「「おはよう」」
「今日は、旅館に行くんですか」
「そうですよ。若菜も来ますか?」
「私は………」
「ん?」
「私は私で違うところ見てきますね」
「じゃあ、終わったらココ集合な」
「分かりました」
「あれ、痛くない」
後ろから楓音に飛び乗られたのでうつ伏せの柾は顔が地面に埋もれていて状況がわからない。
手をガサガサして地面にあるものを確認する。
「なんだこれ、草?」
「なに、笑ってるんですか」
「そっちの草じゃないわ」
「あーそっちの草」
「普通はそうだろ。草って言葉で言うやついないだろ」
「草」
「本当にやめてほしい」
「まぁまぁ」
「あと、重いからそろそろ降りてくれないか」
寝転がる楓音のせいで起き上がれない柾。
「乙女に重いとはなかなかに失礼だと思うけど、しょうがないので降りてあげます」
「ツンツンプレイ助かる」
「気持ち悪い。人選ミスしましたかね」
「ご褒美ですか、何ですか」
「そういうところ」
「勝手にこんな異世界だか良くわからん所に連れてきた挙句に見ず知らずの女に乗られた男の気持ちを考えてみろ」
「………」
黙り込む楓音を見て、もどかしさを感じさせられたのか柾は口調を柔らかくして「ここは何処なんだ?」と言った。
楓音が何も答えず、考え込んでいるので柾は状況を呑み込もうと周りの景色を呆然と眺めてみるが、元々の街の景色
に花が一面に咲いていることに気が付く。
「どういうことだ?」
「何もない異世界」
言葉を選んで吐いた言葉は端的であった。
「何も無いって」
「人生こんなもんなんです」
「その言い方、初めてじゃないな」
「ココは初めてですけど、こういった場所は何回か」
俯きながら不安そうに呟いた。
自信の無さが如何にもという感じであった。
「まぁーいい。何回か行ってるなら安心だ。とりあえず、ここから出る方法を探す」
柾は服に付いた土を払って、話を淡々と進めた。
「ごめんなさい。巻き込んでしまって」
突然思いつめた顔になる楓音。責任感が滲み出ていた。
「それに、ここから脱出する方法は分かっているんです。問題は」
「問題は?」
「この世界が及ぼす現実世界への影響が…」
「片言だな」
「ん。現実の世界。つまり、柾さんが暮らしている世界に影響が出るということです」
「おとぎ話?」
「おとぎ話でもなく幻聴でもなくて実際起こっている話なんです」
スマホを取り出して、柾に見せてくる。
「スマホは見れるのかよ」
ポケットに入れたスマホを見て正常に動くことを確認した。
「そんなことは、今はどうでもいいのです。これを見てください」
楓音が見せたスマホの画面からは、柾が今日の朝何となく聞いていた報道であった。
「これって、何処かの誰かさんが勝手に植えたって話なんじゃないのか」
これ見てくださいと言わんばかりにスマホの画面を近付けてくる楓音。
「近い、ちかい」
映像から流れてくるのは、深夜の誰もいない時間帯に道路に突然花が咲いている様子であった。
明らかに、現実離れしていてファンタジーとしかいいようがないような映像に柾は唾を呑み込んだ。
「これが、なんだと」
「これを起こしているのは、既に死んでしまっている言わば死人の世界が不安定になることで作りだすモノなんで
す」
「無理、ファンタジーはファンタジーが相手すべきで運動能力も無ければ学力もない俺には無理だ」
「察しが良くて助かります」
「褒められている気がしないんだが」
「そうは言っても、バス停まで走ってくる時は早かったじゃないですか」
「それはな、バスが来るからだよ」
「最強覚醒系ですか」
「そもそも、走る必要なんて電車に乗り遅れそうになる時とバスに乗り遅れそうになる時だけ。その時だけ頑張って
走ればいいんだよ」
「普段は、能力隠している系の方でしたか」
「どっちも同じだ」
「否定はしないんですね」
「乗り遅れそうになる時だけ早くなるのは事実だからな」
「もっと時間に余裕をもったらいいのでは?」
「今まで、この世界をほったらかしにしてたお前に言われてもね」
「うっ。何も言えません」
柾の鋭い指摘に息が詰まる楓音。
都合が悪くなった楓音は、咳払いをしてお茶を濁した。
「まぁー大体わかった」
「理解が早くて助かります」
「分からないことがな」
「しょうもない。二回も褒めてしまった私が情けない」
捨て台詞を吐いた楓音は「付いてきてください」と言って会話を終わらせた。
それから数分後。
「本当に花だらけなんだな」
柾は歩きながら周りを見渡した。
見るものすべてが花になっている。
道端に咲いている花は勿論、家の外壁、看板、水汲み場。
見渡す限りのものに花が咲いており、咲いてないところを探す方が難しい世界であった。
「天気は同じなんだ」
燦燦と照らし続ける太陽を見る柾。時折、雲に隠れてくれるのが救いだ。
しかし、日本の夏でも特徴的な蒸し暑さは健在で、歩いているだけでも汗が溢れ出してくる。
「水はどうするんだよ」
「汗を飲めばいいんです」
「体から出たものを再び体内に入れてエコってか」
「汚い」
「うるせー。お前が言ったんじゃん」
「まぁー、大丈夫ですよ。この世界にいる以上喉は乾きません」
「口は乾くがな」
「汗、飲んでいてください」
「それ無限ループになるわ」
楓音は口元を抑えてクスクスと笑った。
それにつられて柾も笑った。
「なんか、高校生みたいな会話みたいで楽しいです」
「そうだな。でも、学校は?というか、何歳だよ。俺とあんまり変わらないだろ」
「学校には行っていませんよ。世間でいうところの中卒ってやつです。歳は15歳です」
手を前にして伸びをしながら答える楓音。
「俺より年下なんだな」
「今『年下のくせに生意気だな』とか思いませんでしたか」
低い声を出して柾の声に似せて話した。
「全然似てねー。てか、心読めてんの?」
「女の勘ってやつですかね」
得意げな顔をする。
「そういうやつ大体適当に言ってるだけで何も考えてなくてマグレで当たっただけっていう印象だけどな」
「なんですと!」
図星だったらしい楓音は嫌がらせの如く早歩きをしだした。
楓音に案内して来たのは、現実ではなんてこともない山の中の開けた場所であった。
木々が嫌っているかのように開いた空間は、柾が小さい頃の遊び場で見慣れた場所であったはずであったが、この世
界では変わっていた。
「なにこれ。中二病が作った門?」
「それは未だに拗らせてる柾さんぐらいにしか分からない例だとは思いますが門であることは事実です」
強硬な石材で出来た門は、この世界では異質であり厳かな空気が漂っていた。
ここだけが周辺に花が咲いていないことが更にそれを際立たせていた。
二人はグルグルと門の周りを徘徊し、スゥーと息を吸った。
「この世界から出る方法についてですけど」
「あー、そういえば聞くの忘れてた」
楓音は、金属の輪の取っ手を持って勢いよく引いた。
「まだ、空いてませんね」
「押し込んでもか?」
ガシャンと金属音が鳴る。
「無理です。とは言っても分かってたことだけど」
「じゃあ、どうやってこの世界から出るんだ」
「開けてもらうんです」
「お前の力が弱いから開かないだけなんじゃないのか」
「非力なのは否定しませんが扉を開けれない程非力じゃないです」
柾も扉を開こうとしたが、楓音と同様歯が立たなかった。
それを見た楓音は、ニヤッと笑った。
「なんだよ」
「いえ、何でもないです」
「『何この人自分は馬鹿にするのに、自分自身も開けられない。プププ』とか思っただろう」
「そんなこと思ってません」
視線を反らし否定したため、柾は瞬時に勘付いた。
「思ったな」
「………。ちょっとだけ」
楓音は、冷たい目つきで柾の尻に蹴りを入れた。
「ん、気持ちいい」
「勝手に快楽を得ないでください」
「まぁ、ほぼ初対面の人に蹴りを入れられるのは気に食わないがな」
「なんか柾さんと話していると一向に話が進まない気がします」
「確かに、お前と話してると話のテンポが悪い気がする」
「そのお前ってやつやめてくれませんか。私の名前はお前ではないです」
「じゃあなんと呼べば?かざのん?かざぴょん?」
「どれも却下。芸能人でもない私には相応しくないあだ名です」
全否定された後「楓音でお願いします」と小声で言った。
「んで、何の話してたんだっけ楓音」
突然、名前が呼ばれキョトンとする楓音。
「門の話ですよ」
そう言った楓音は話を始めた。
この世界を脱出するたった一つの条件。
『 管理人の了承 』
死者の世界の中では亡くなってしまった人が管理人として世界が動いている。
管理人しか出口の門は開けられないということだ。
「これが、この世界から出る方法です」
長々の説明に疲れた楓音は一息吐いた。
「管理人って名前は?会えるのか?」
「名前は、宮月 若菜。大体、浜辺とか神社とかにいますよ」
柾は、スマホのメモ機能を使って記録する。
「それで、さっき言ってた『現実に影響』ってのは?」
「ここの世界の管理人の状態が不安定になった時に現実に自然災害が起こると思われてます」
「と思われる?ってことはまだ起こったことがないってことか」
「そうです」
「今朝のは?」
「あれは、不安定期に入る直前に出ると思われるものです。既に対処にかかってると思ってます」
「その言い草だと楓音の他にも活動してる奴らがいるってことだよな」
「そうです。少数精鋭といった感じで。私はそこの新任で研修を終えて初めて一人で…」
「俺じゃなく他の人に頼めば良かったのでは」
「それが、最近みんな忙しくて…誰も私のこと」
「要するに、少数精鋭の中に取り合いがあるってことか」
「そういうことです」
「ここは後回しってことなのか」
「まだ危険性が低い場所なので。でも、とりあえず調査してこいとのことで」
「それなら一人で」
「不安で。組織の中の人に相談したら、高校生とかなら話に面白半分で乗ってくれるんじゃないかって」
「んで、俺がまんまとターゲットにされたというわけか。というか、高校生舐められすぎだな…」
「そういうことです」
「若干、強引なところはあるがな」
「本当にごめんなさい」
「今は無くても、これを止めることが出来なければ俺の住んでいる場所にも自然災害が起こる可能性もあるってこと
だろ」
「そういうことです。いつ起こるかは分かりませんがほったらかしにしていたらいつか起こります」
手を強く握り、決意が滲み出る楓音。
「俺もこの街が好きだ。この海が好きだ。だから、絶対にこの場所を無くしたりはしたくない。頑張るよ」
「ということは、正式に私に協力してくれるということでいいですか」
「そうだな。気楽に参加させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「じゃあ、管理人を探しましょうか。私は一度会っていますが、柾さんも会っといた方がいいでしょ」
「まぁー、この世界からは早く出たいからな」
「おそらく、この時間帯は海の近くにいると思いますので行きましょう」
潮風が吹いてジメジメしている海岸線を目指して、再び二人は歩き始めたのだった。
「海はそのままなんだな」
海鳥の鳴き声は聞こえてこないものの穏やかな海は現実同じく健在であった。
太陽の反射が二人を照りつけるとそこに現れたのは制服姿の女子高生であった。
「柾さんには門の先に見てもらった方が良かったかもしれませんね」
マジマジと見る柾を横目に釘を指した。
「可愛い子を見て、やる気を出せというわけだな」
「そういうことです」
「言っておくが、男で可愛い子につられないのは世界禁止要綱の一つだからな」
「なんですかそれ」
「申し訳ないが、女性の君にはわからんだろうな」
「気持ち悪さが露呈してるのが更に気持ち悪いです」
「違う。気持ち悪さを露呈させているのだ」
「可愛い女の子を見て、興奮したのは分かりましたが目の前に見えているのは死んでいる人。いくら可愛いからって
恋に落ちるなんてことないようにしてくださいね」
「分かってる。生憎、幽霊さんと付き合う予定は人生プランに存在しないんでね」
「私も可愛い子を目の前にしてハキハキと喋るようになる男の人に協力してもらうなんて人生プランにないですよ」
「なかなか、反撃が強くなってきたな」
「大分、慣れてきましたので。というか、高校はこんな人がいっぱいいるんですか?」
「友達いないから分からん」
暫くの沈黙。
「す…すみません」
返す言葉も無く、柾は
二人の会話が終わるのを待っていた女子高生は見るからにアワアワとしながら、話に入り込もうとしていた。
「若菜。こんにちは」
ヨレヨレの制服を着ている、茶髪のロングヘアの女性。
「す…すみません話してる時に」
「いや、大丈夫ですよ」
「私と話すときと声を変えて話すのは気持ち悪さが先程の階乗しちゃってます」
「でた、今日一のパワーワード」
「お、お二人は仲がいいんですね」
「つい、数時間前に会ったばかりなんですけどね」
「仲がいいのは、良いことだと思いますよ」
「そうですね。これからは仲良くします」
「それがいいと思いますよ」
「俺は、山吹柾。よろしく、宮月さん」
「よろしくお願いします。私のことは、若菜でいいですよ。これからお世話になりますので気軽に呼べるようにしま
しょ」
「分かった」
「早速なんですが若菜、願い事もう一度私達に教えてもらえませんか」
頷いて、海の方を向いて話した。
「私の生前四日前から死んでしまった日までの行動を私に教えてください。お願いします」
「なんでか、聞いていいか」
「それはですね…。私はこの四日間で忘れてはいけないことを忘れてしまった気がするからです」
願いを伝えるには歯切れの悪さがある。
何かを隠しているような、そんな言い草だった。
「四日間だけでいいのか」
「ええ、その前の記憶は鮮明に覚えているので…忘れてしまいたいほど」
若菜の声は震え始めた。泣き声は、波音にかき消されて二人には聞こえなかった。
「その記憶も含めて教えてもらえることって出来ますか」
「………」
「お願いだ。君もこれ以上苦しみたくないだろ」
髪を強く引っ張って、ブツブツ呟く。
何を言っているかは聞こえない。
「ごめん。言いたくないなら、言わなくても。何かの手がかりになると思って」
「いえ、私の方こそごめんなさい。一人で溜め込んでしまっていても怒りと憎しみが溢れてくるだけですので」
唇を嚙んだ若菜。
「思い出したくないでしょうけど、お願いします」
二人は、若菜の気持ちを汲むことはしなかった。
過去に起きたこと。
・ 学校で複数人からイジメられてた
・ 家族を事故で失くしている
「という感じですかね」
言葉を詰まらせながらゆっくりと話してくれた若菜は、息を吐くように言葉を漏らした。
「大変だったんですよね」
「ごめんね。二回も同じ話させちゃって」
「いいえ、聞きに来たのは私なので」
「ありがとな」
「お二方改めてお願いします」
「勿論です。いいですか?柾さん」
「そういう話だからな」
「本当にありがとうございます!」
「おう」
「門は開けといたので、いつでも」
「一つ聞いていいのか?」
「なんでしょう」
「この世界は君の願いだとか、昔の記憶に関連していたりするのか」
「そうだと思います。ですが、何も思い出せなくて。私の生きていた時代のものではあるんですけど…」
「楓音。片っ端から探っていくぞ」
「でも、私はもう探しましたけど!」
「抜け落ちてたらどうするんだ」
楓音は先を行ってしまった柾を追いかけようと小走りをした。
そして砂浜を出る時、柾と楓音はお辞儀をして街へ歩き始めた。
その姿を、目を細めて見る若菜。
「頼みました」
「どうします?」
「この街といったら神社かな。とりあえず、何かがあるかもしれない」
「分かりました。案内お願いします」
境内の中に入り周りを見渡す。
ここも、花が咲いていて普通の街並みと変化は無かった。
「いい雰囲気の神社ですね」
「長い歴史があるみたいで、子供の頃は叔父さんとかから何回も聞いたよ」
「何かそこにもヒントになるものあるかもしれないですね」
「元々現実に存在していた人がここの歴史と結び付くことはほぼないだろ」
「確かに、鋭いですね」
「楓音がアホなんだよ。それに、神様なんていないんだから話にもならないよ」
「話したのはそっちじゃないですか」
「行くぞー、時間ないんだろ」
柾は閉ざされた木の扉を開く。
「こんなところ開けていいんですか」
「いいも何も手段選んでたらファンタジーには勝てんぞ」
「なんか私が手下みたいになってませんかね…」
「なってるな」
「無能と言われそうで怖いです」
「どうした、無能」
「ムカつく」
楓音は柾の手を抓った。
「理不尽すぎるだろ。あと、手を動かせ手を」
「でも、何もないですよ。ここには仏像とかは無いんですか」
中を見ても、賽銭箱も無ければ輝かしいものもない。
言ってしまえば、木造家屋の一部屋にすぎなかった。
「無いな」
「祭りとかは」
「昔はあった。だけど、無くなった」
「それはなんで?」
「奪われたんだ。全部」
「だから、鍵もかかってないってことですね」
特に奪われたということに反応することなく楓音が話を続けるので柾は思わず、ポカンとしてしまう。
気付かなかっただけなのか、関連ないと思っただけなのかは知る由もなかった。
「そういうことだな」
「災難ですね」
「ここはこれくらいか」
部屋の中に入ることは無く、後にする。
「これで終わりなんですか?」
「本堂しかない神社だから基本的にはこれくらいしかない。でも」
「でも?」
「秘密の場所があるんだよ」
本堂の裏に周り森の中を歩いていくところに子供なら易々と入れてしまう小さい穴があった。秘密基地に最適という
のが一番相応しい穴だ。
「これは?」
「防空壕だよ」
「よく知ってますね」
「小さい子供の時、何回も言われたから」
「なんか、ハワイでなんちゃらーみたいなやつですね」
「例のアニメな」
「私大好きなんですよ」
「俺も大好きだ」
「なので、探偵みたいで今も少し楽しいんですよね」
「緊張感持てよ。後輩」
「せ、ん、ぱ、い」
「うざい。年齢は下だ。間違ってはいない」
「この世界に関しては私が先輩です」
柾は微笑みながら楓音を見る。
「なんですか」
「いや、清楚の中に無邪気さがあっていいなーと」
「なんか、気持ち悪い」
「気持ち悪いこと言ってるのが一番楽しい」
「そういう趣味ですか」
空気が静まり返る。
「んー、そういうマイナスなことは言わないです。行きますよ」
狭い入口から身を屈めて暗闇の中に入る。
「狭いな、気を付けろよ」
「あっいた!」
突起があったらしく楓音の額に固いものが当たる。
「言わんこっちゃない。暗いからな」
「分かりました。私のスマホ電池あるので明かり付けますね」
楓音の前には大きな壁があったが、周りを見渡すと大きく左に曲がっていた。
入口だけが狭かったものの、その後は屈みながら進める程の高さはあったので二人の足は進んだ。
更に奥には集合場所のようなところがあり、開かれていた。
「ここも花だらけだな」
「でも、更に奥をみてください」
広い場所を抜けた小さい穴が開いている所には花や種すらもつけていなかった。
「おかしくないですか」
「今までこういうことは?」
「無いです。今日が初めてです」
「おい、あれ見てみろ」
柾が指差した先には赤い色の小さなラジカセがあった。
「どうしてこんな所に」
「持ってきたか誰か。先に来てた人とか」
「いえ、私が初めてだと聞きましたけど」
「ならどうして?」
「若菜に聞いてみますか」
「でも、何かの情報源になるかもしれない。取ってみるか」
柾は手に伸ばそうとするが届く気配はしなかった。
「どういうことだ」
「私にもやらせてください」
楓音も柾と同じく届かない。
「目では近くに見える。でも、実際には遠いってことか」
「だとしても、ラジカセどころか花が咲いてない場所にすら手が届かないのはおかしいですよ」
花が咲いてないところまでは、目で見る限り指の第二関節と第一関節程度の距離であった。
そのため、二人にとって届かないというのは不可解なこととしか言いようが無い。
「とりあえず、後で話してみましょう」
「そうしよう」
柾がラジカセに手を伸ばしている状態をカメラで撮ってから防空壕を抜けた二人は、神社の境内を抜け住宅街へと戻
った。
「楓音、俺の家入ってもいいか」
「いいですよ」
「どうなってるのかだけ見るだけだから短時間で終わらせる」
柾の家は大きくは無く、街の中では珍しい鉄筋の近代的な家であったため周りの木材建築の中だと目立っているのは
間違いなかった。
「いい家ですね」
「無駄な装飾がされてるがな」
クリスマスでも装飾するような家でも雰囲気でもない柾の家は、花が全体を覆い囲われていた。
「まぁー、レアってことで」
「そういう考え方もあるな」
「プラスでいきましょ。なかなか、花がこんなに咲いてることなんて無いですし」
頷いた柾「そうだな」と言って家の中に入り、靴を脱ごうとするが楓音からの提案で危険性を考慮して靴で入ること
にした。
「自分の家じゃないみたいだな」
家の中ですら、花でみっちり咲いているため屋内植物園にいるような感じであった。
しかし、家の中は家具まで現実の通りに配置されていて奇妙さが際立つ。
「パソコンって使えるのか?」
「使えません。基本的にこの世界に入る時肌に付けていたものしか動きませんので」
柾は試しに電源を付けてみるが、最初の数秒間点いたもののスグに消えた。
当てずっぽうにボタンも触るが、その後はビクともしない。
「期待させ損ってやつですか」
「他のものは…。まぁー無理か」
びっしりと埋めるように咲いている花を見て、諦める柾は各部屋を周って外へ出た。
「他の家も同じだよな」
「だと思います」
「人の家に入るのも気が滅入るからな」
「罪悪感を感じますよね。次は何処に?」
楓音の話を聞きながら、後ろを気にすることなく歩いている柾を不思議そうに見る。
「郵便局にいくぞ」
楓音は、自由な人だなと言うかのように溜息を零した。
「なんで?」
「仏像が無くなった時の資料を郵便局に保存してるんだ」
「なんで、郵便局に?」
「ここは既に閉局してて、老朽化した公民館代わりになってたんだ」
「公民館でも捜査資料は無いんじゃ…」
「警察のじゃなくて、個人ジャーナリストが調べたやつらしいぞ」
「協力的な人がいたと」
「そういうことだな」
「でも、犯人は分からないと?」
「ここの文書にはそこに対する記述は無かったんだよ」
楓音が「盗んだんじゃないですか」というが、「いいや違う。あえて、書かなかったんだ」と意味あり気なことを言
った。
「じゃあ、仏像は」
「海外に売り払いされてて、どうすることもできなかった」
「ヒドイ」
「まぁー、仏像がなくなったことで祭りが無くなって、楽になったって言ってる人もいるし何ともって感じだよ」
「でも、復活して見てみたいです」
「今度、言ってる人がいたって元実行委員の人に言ってみるよ」
「ありがとうございます」
山積みになった書類の中から、探し出す。
「どうせ、探したって読めたもんじゃないか」
「これですか」
楓音が見つけたのは、確かに事件に関する文書であった。
『 仏像窃盗事件に関して 』
「これだ。これ」
この書類もラジカセ同様に置いてある周辺だけ花が咲いていなかった。
「ラジカセの時と同じだ」
「やっぱり、おかしいですよね」
「でも、今回は手にとれてる。ラジカセは手に取れない」
「そもそも考え方が違うという可能性も」
「どういうことだ?」
「ラジカセの時は、見えていただけで実態が無かったとか」
「見えていただけで、実際は無かったってことか」
楓音は頷く。
「どちらの可能性も捨てずにしておこう」
「いいと思います」
「どちらにせよ、重要な資料だ。現実じゃ鍵が閉まってて簡単に入手出来るものでも無い。ありがたく、盗もう」
「普通じゃ怪しさ居た堪れない言い方ですけどね」
柾は笑みを零し、楓音に同情した。
「他に仏像の文書以外のとか無いんですか」
「祭り関しての資料もあったけど、読める訳も無く」
柾は本棚から取り出すが、虫に喰われたらしく所々途切れている。
「以前もそうでしたけど情報収集って難しいですよね」
「前はどんな感じでやってたんだ」
「研修中は、世界に行って事情聞いて叶えるって感じでした。今とそこは変わらないですね」
「どんなのが未練だったんだ」
「例えばですけど、恋人の今を知りたい。あれがやりたかった。とかですかね」
「それでも十分大変そうだけどな」
「大変であることには変わりないですけど、やることが明確でしたので」
「今回のは、明確というより抽象的だもんな」
「そうですし、人の過ごした時間を知るって言うのを未来からやるっていうのは難しいかなと」
「だから、不安だったと。何となく分かったわ」
「そうなんです。早く助けが欲しかったんですけど、どうやら品川の方も私達のような未練みたいで」
「手こずっているってことか」
「恥ずかしながら」
「そういうときもあるだろ。最終的に解決出来れば問題ないんだろ」
「ですね。私達も頑張りましょ」
「うっす」
「なんか、反応が薄いー。こういう時は嘘でも覇気のある返事をするべきだと思います」
「うぃー」
「もうっ!」
浜辺に来た二人。
ここにいる。と言っていたが若菜の姿はそこには無かった。
「どこにもいませんね」
見渡しの良い浜辺で探せないということは考えにくかった。
柾と楓音は若菜が戻ってくるのを待とうと話していると、突然話かけてくる。
「どうされましたか?」
楓音は思わず、驚いて叫んでしまう。
「あっ。ごめんなさい。ビックリしましたよね」
「いや、大丈夫だけど。何処にいたの?」
「えっ?ずっと浜辺にいましたけど、気付きませんですか」
「いなかったよな」
「いないと思いましたけど」
「ん?私には見えてましたけど手を振っても気付いてもらえませんでした」
「それは本当?」
「本当です」
「あと、柾さんは変な想像するのやめてもらっていいですか」
「男なら誰でも妄想する」
「気持ち悪い」
「さーせん」
「ふふふ。本当に仲がいいんですね」
「ずっとも」
「棒読みで言われて嬉しくないこと一位に今ランキングしました」
「じゃーせん」
「遊んでるでしょ」
「うん。遊んでる」
「私も………」
「ん、どうしましたか若菜」
「ううん。何でもない」
「今考えていたんですけど、若菜何か悩みありますか」
「ないですけど。どうして?」
「私の研修中の時の指導員は、死者の心情が不安定化すると見えなくなる。という話を言ってたので」
「ちょっと、仲の良い二人を見てて羨ましくなっちゃったのかな。ハハハ…」
引きずって笑った。
「そればっかりは仕方ないことだろ。生きてる人と死んだ人の心情ギャップが違う訳だし」
「そうですけど。あんまり、気にしないでくださいね」
「分かった。なるべくそうするね」
楓音が欠伸をして、その場に座りこむ。
長時間街を歩き回っていたため疲れが出ていたのだろう。目をウトウトして今にも寝てしまいそうだ。
「眠いです」
若菜の肩に楓音は寄り添って目を瞑る。
「そういえば、夜はどうするんだ?」
日は沈み、夜が更け始めていた。
明かりが灯らない世界では月の明かりが唯一の光である。
「いつのまに」
「時間の感覚狂いますよね」
「いつもどこで寝てんだ?」
「どこでもです!」
テンションが高くなる若菜。
「どこでも?」
「寝ることしか楽しみ無かったので」
「なら、皆さんで寝ましょ!」
「いいんですか?皆さん帰ることも出来るんですよ」
「もう一回ここに来るのは面倒だわ。門を開けてくれた若菜には悪いけど」
若菜は目を輝かせる。
「よし、決まりね。あと、柾は期待しないこと」
「わかってます」
悔し涙を拭いながら、「ケッ」と昭和アニメを訪仏させた。
「じゃあ、私のおススメ寝場所スポットいいですか」
そういって若菜に案内されながら着いた場所は、柾が不法侵入して猫と戯れていた場所だった。
「ここ月の光も入って、草もフカフカで寝心地いいんです」
「よさげな場所ですね」
複雑な顔で見ている柾に「現実では何があった場所なんですか」と聞いてくる。
正直に答えるのも気恥ずかしさを感じた柾は「佐藤さん家の庭だよ」とお茶を濁した。
だけど、佐藤さんという人の家は無い。
そうである。柾は猫の名前は知っているが、飼い主の名前は知らないのだ。
「今日はここにしましょう」
「家の中とかではないんだな」
「夜風に当たるのと誰かがいる気がして好きなんです」
「一人でしたもんね」
「でも、今日は柾と楓音がいるから一人じゃないです」
「そうですね。私も友達が多い訳じゃないから若菜と寝れて嬉しいわ」
「俺は、女の子二人と寝れる日がくることに感銘を受けてる」
「気持ち悪い」
「もっと他の言葉で罵ってくれないか」
「無理です。これくらいが柾さんには丁度いいんですよ」
クスクス笑う若菜。
「どうしたんだよ」
「柾ありがとう」
「………」
「本心で言ってる可能性あるので油断大敵だよ若菜」
「大丈夫。仮に優しい人じゃなければこんな面倒事誰かに渡してるはずですよ」
「そうですかね~」
「信じろ」
「そういうところが信じられないんですよ」
「二人は私に何か伝えることがあって聞きに来たんじゃないんですか」
「眠くなって、寝ることを考えるのに必死でした」
「忘れてたのかよ…」
「若菜、ラジカセって知ってる?見覚えないかな」
「ないです」
「じゃあ、花が咲いてないところがあるのは?」
「触れられないところのことですか?」
楓音は、ハッとして言葉に詰まる。代わりに、柾が食いつく。
「どこにあった?」
「旅館の二階の奥」
「他には?」
「わからないです。あまり注意して見てなかったので…」
「でも、いい情報だよ」
「何か四日間と関連性あるんですか」
「分からないけど可能性はあるって思ってる。ところで若菜、仏像が盗まれたことって知ってるか」
「覚えてます。ニュースでも報道されていましたよね」
「そう。初めて街がテレビに映ったあの時」
「印象的だったので、覚えていましたよ。私も売ったら逃げられるのかなーとか思ってましたし」
「俺もそう思った。子供だから悪いことだと分かってても高額で売られたとか聞くと憧れてた」
「わかります。でも、その一か月後両親亡くなって。その思いが本心になるなんておもってもありありませんでし
た」
「そうなんですね」
「私は覚えていなかったんですけど、昔両親とここに来た事あるみたいで」
「思い出の場所ってこと?」
「そうですね。だから、私は仏像のことも覚えていたのかもしれません」
「ごめん。寝る前に嫌なこと思い出させちゃって」
「思い出は、忘れないから思い出なんです。思い出せるから思い出なんです。だから、私が思い出だと認識している
以上思い出してしまうのは必然。嬉しさも不安も楽しさも後悔も。全部の感情。ぜーんぶです。だから、気にしない
でください」
「強いんだな」
「強いんじゃなくて強くならなきゃいけなかったんです」
「でも、強いよ。自分の選択に自信のある人は強いよ」
「んー。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
朝が来た。
三人ともぐっすりで、動くのはお昼頃だった
「んー。よく眠れました」
背を伸ばしてストレッチする楓音。
「おはようございます。楓音、柾」
「「おはよう」」
「今日は、旅館に行くんですか」
「そうですよ。若菜も来ますか?」
「私は………」
「ん?」
「私は私で違うところ見てきますね」
「じゃあ、終わったらココ集合な」
「分かりました」
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