イノセンス

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古びた旅館。ところどころ錆びて形を成していないものもあった。
「ここが旅館?」
「そうだよ。昔は花火大会があったり祭りがあったりして、泊まる客も多かったんだ」
「それでですか」
「もしかしたら、若菜もココに泊まってたかもな」
「花が咲いてないところがあるって言ってましたし、その可能性は高いですね」
中は古びたビールのポスター。雑然と置かれた作者不明の虎の絵。
だが、全てが花によって侵され素晴らしいものも良さが分からなくなってしまっていた。
「暗いし寒いし。最悪ですよ」
「我慢しろ。というか、立場違うだろ」
「女の子は敏感なんです。もうちょっと、労わってください」
「はいはい」
「はい。は一回!」
片っ端から部屋中を見ていくが何処にも咲いていない場所は見つからない。
「どこにも無いですね」
咲いていた花を千切って、フロアマップを見ていた柾が楓音を呼ぶ。
「なんですか?」
「一部屋足りないぞ」
フロアマップには二階含め五つの部屋があった。
しかし、今見ているのは四つの部屋のみ。
「意図的に隠された?」
「そうとしか考えられないですね」
「何のために」
「今までの事例を考えると、都合が悪かった。とか隠したかったとか」
「とりあえず」
柾は壁にアタックするがビクともしなかった。
「相談しますか?若菜に」
「相談したら、はぐらかされて終わりだ」
「どうすれば」
柾は座り込んで悩んだ。
「なぁ、文書の時とラジカセの時何が違うと思う?」
「何の関係が?」
「ただの勘だよ」
「そうですね。強いて言えば、わかってたかわかってなかったか」
「どういうことだ?」
「文書の時は、柾さんが公民館に分かってて行きましたよね。でも、ラジカセの時は偶然見つけただけ」
「確かに」
「でも、壁は既に分かってたわけじゃないですか」
「俺らが分かって無きゃいけないってことなのか」
「それは……」
「ごめん。やっぱり、若菜を呼ぼう。でも、その前に」

「どうです?」
もう一部屋ある廊下の壁に若菜を前に立たせる。
「どうですか。って、言われてもただの壁としか思えませんけど」
「俺は、もう一つあるように見えるんだよな」
「嘘つかないでください。ただの壁ですよ」
「私には、ここに壁があるようにしか見えないのですが」
「じゃあ、二人とも見てみろよ」
柾は扉がある前提で壁に向かって歩く。
しかし、壁に当たってしまう。
「二人とも一緒にどうだ?」
「じゃあ、若菜先にどうぞ!」
楓音は若菜の背中を無理やり強く押す。
躓いた若菜は、壁を通り抜ける。
「………」
「やっぱりか」
「どういうことですか」
「俺はこの部屋があることをこの世界の中で知った。だけど、若菜は現実の中で知っていた」
「要するに、元の世界で知っていることしか手にすることが出来ないということですね」
「さっきのパソコンだってそうだ。今手に持ててるスマホだってそれと同じだ」
「どういうことですか」
「パソコンの起動画面は、いつも見ていたから記憶として知っているものとして認識されたが、その後は覚えていなかったから真っ暗な画面になった」
頭に疑問符を浮かべている楓音であったが、最終的には「よくわからないですけど、そうなんですね」と考えるのをあきらめた。
「でも、私ここに来た事ないですよ?」
「記憶の無い時に来てる可能性もあります」
「四日間の中で来ていたかもしれないってこと?」
「そうだな。断定できないけどな」
「んで、中には何がありますか。私達入れないので」
「中は他の部屋と変わらないですよ。でも、部屋全体に花が咲いていません」
「ラジカセと文書の時と同じか」
「あと、写真があります」
「写真?」
「これは私?」
「重要になってくるかもしれない、持ってきてくれ」
「わかりました」
「外は何が見えますか?」
「綺麗なヒマワリが咲いています」
「あーあそこの。他には?」
「海も見れますね。丁度家の間から綺麗な海が見れます」
「そうか。ありがとう。戻ってきていいぞ」
「すみません。お役に立てなくて」
「いいんだ。十分すぎるよ」
若菜は柾の服を握った。
「どうした?」
「ん。なんか、急に」
「若菜!」
何かを察した楓音は叫ぶ。
その途端、開かずの部屋から黒い煙が溢れ出す。
「火事か?!」
「柾さん吸わないで!」
動揺する柾。
目を鋭くさせた楓音が手で柾を止めた。
煙は、瞬く間に広がっていく。
「ゆっくり、安全に逃げてください」
足を擦りながら、震えだした若菜を抱えていく。
しかし、階段の吹き抜けのせいで煙は階段に到達してしまっていた。
「まずいぞ」
「幸い、煙の広がりはゆっくりです。このまま後ろに下がりましょう」
「俺はどうすればいい?」
「若菜を安心させてください。心拍数の変動が発動の原因です」
「わかった」
柾は慣れない手つきで、ぎこちなく背を摩る。
柾の服を掴んでいた手は徐々に力が弱くなっていく。
「若菜、大丈夫ですか?}
「ん、ごめん。大丈夫」
黒い煙は時間が経つごとに薄れていく。
「深呼吸な。深呼吸」
「その調子です」
黒い煙は空気に馴染んでいき、何事も無かったかのように消えた。
楓音は肩の荷を下したようで、脱力する。
「ふー。大丈夫でしたね」
落ち着いた若菜を床に寝かせ、楓音の元に駆け寄る柾。
「安心して、転んじゃいました」
「怪我無いか?」
「大丈夫です。で、柾さんの次いう言葉は『あの煙って何だ』だよね」
「なんで、わかったんだよ」
「出来る子ですから」
その後、息を深く吸って話した。
黒い煙。それは、吸ってしまえば死んでしまうもので死者の心拍数の急激の変化や世界の不安定化によって生じるもの。
今まで 楓音の所属している組織内では最注意事項である。
「最初の頃は煙が死因の原因だと分かっていなくて、帰らぬ人になったということも聞きます」
「………」
「連れてきた私がいうことでもありませんが、注意してください」
「こわい」
「ですよね」
「だけど、辞める理由にはならない。最後までがんばろ」
「柾さん。はい!頑張りましょ!」
「最悪、街の人全員避難させて逃げるしかないな」
「ですね。その時は組織の方々も協力してくれますので」
若菜は起き上がって、目を擦った。
「ん、すみません。意識が朦朧として」
柾の服を掴んでいた手の力を確認する。
強く掴んでいたので違和感を感じていたのだろう。
「立てるか?」
「はい。ありがとうございます」
柾の手を引いて立ち上がり、服を掃いた。
先程、黒い煙が拡がっていた階段を下って外へ出る。
「そろそろ、門に行きましょうか」
「門は既に開いてるんだよな」
「えぇ。現実には出れると思いますよ」
「なら、一回出て本格的に四日間探すか」
「わかりました」
門へと向かう途中、向日葵畑が見える。
枯れるはずの無いと言われるこの世界で向日葵は下を向いて黒くなっていた。
「どうなってるんだ?」
楓音は向日葵に駆け寄り、様子を見るが首を横に振った。
「枯れることは無いって」
「そうです。枯れることはあり得ません」
「ならどうして」
「若菜。何処かおかしいところないですよね。歩きにくいとか頭痛いとか」
若菜の腕を掴んで、楓音は迫った。
「何もないですけど、楓音痛い」
「あっ、ごめんなさい。つい………」
焦って若菜の腕を放し、行き当たりの無い手で自分自身の手をガリガリと音を立てて引っ搔いた。
「やめろ」
「………」
柾が止めに入っても再び引っ搔こうとするので両手を掴んだ「やめろって言ってんだろ!」
「だって、だって」
零れかけた涙を浮かべた顔が露わになる。
「急がなくなったのか?」
柾は声のトーンを変えず、楓音に質問する。
すると、柾の腹に頭を置いて小声で答える。
「かなり急がないとヤバいかもしれません。品川の事件と同じかそれ以上の状態に入ってしまっています」
「つまり、現実に影響を及ぼし兼ねないということだな」
「はい。既に現実に影響があるかもしれません」
「どちらにせよ、一層急いで四日間を解明する必要があるってことには変わりないな」
「はい」
「目的が分かってるなら簡単だよ」
「………。はい」
二人の会話が聞こえず、しかめている若菜。
「柾、大丈夫なんですよね」
「大丈夫だよ。偶然だって楓音が」
「えぇ、偶然です。過去にも枯れることはあったので心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうですか」
納得いかない顔で足を門へと進めた。

門へと着くと、若菜の言っていた通り厳かな門が既に開いていた。
門の先を見ても、光で前は見えなかった。
「どこ〇もドアみたいだな」
「夢ありますね」
「私大好きだったんですよドラ〇もん」
固くなっていた空気が柔らかくなっていく。柾の思うツボである。
「すぐ戻ってくるからな」
「はい。若菜の大事な四日間見つけてきます」
「二人ともありがとう。よろしくお願いします」
「任せてください」
「おう」
柾と楓音は、共に門に足を踏み入れた。
手を小さく振る若菜を背に向けながら。
まだ終わってなかった。
木々は揺れはじめ、地面にヒビが入り始める。
若菜は立つことすら出来なくなり、倒れこむ。
ギシギシと轟音が鳴り響く。
「マズいです。このままだと世界が」
柾と楓音は体勢を低くする。
幸い門の中には落下物がなかったので、命の危険性はなかった。
柾は振り返る。
「だ…大丈夫だから」
若菜は疲れ果てた様子で身を手で包み込んでいた。
「大丈夫なわけ」
「待ってください」
「戻るか?!」
「今は自分たちの命です。逃げましょう。若菜が大丈夫って言ったら大丈夫なんです」
歯を食いしばって、如何にも悔しそうな顏で楓音は言った。
「そうだな」
諦めという形でシャリシャリと鳴らしながら、門の奥深くへと入り込む。
走り続けているうちに、扉を見つける。
「これは?」
「これが現実に行く本当の扉です」
「やっとか」
「柾さん。目を閉じて扉に入ってくださいね」
楓音が扉を開ける。
眩い光が二人を照らす。
「よろしくお願いします。柾さん」
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