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プロローグ
嫉妬の炎
しおりを挟む私の母は私がまだ物心もつかない幼い頃に、父に殺された。
完璧とも言える父の唯一の欠点は強い嫉妬心にあった。何事も自分が優位で無ければ気が済まない。妻でさえも男の所有物で実の息子でさえも妻の関心をさらうものとして、広くもない家中で幼い私を妻から遠ざけようとするような男なのだ。母は夫の目を盗み大人しい私の世話を焼いていた。
父は手練れの騎士であったが平民の出で爵位は持っていなかった。どれだけ優れていようとも一介の騎士の給金は少なかった。母は仕方なく仕事を探し、その間は私を近所の親切な女に預けた。あるとき貴族の侍女として使えていた母は手癖の悪い貴族に寝台に引きずり込まれ、貴族の子供を身篭ってしまった。
母は子供を孕まされ、親族に命を狙われることよりも、父の逆鱗に触れたことに心底恐怖し、我が身可愛さに全てを投げ出し逃亡した。
5年ぶりのある夜に母は我が家に舞い戻ってきた。私はやつれた女と酒で顔を赤らめた男の口論を物陰から見つめた。激しい暴力や暴言の雨から気配を消すにはもう慣れていた。窓を叩きつけるような風の音に負けないほど二人は大きな声をあげていて、暖炉の燃える赤が二人の形を生み出していた。
女は今まで何処いたのかと、産んだ子供は死んだと言うことを男に話した。罪の意識に耐えきれずこうして戻ってきたのだと声をあげて涙ながらに語った。男は話を聞いているだけで気が狂いそうなようだった。死ぬ覚悟が出来ている、しかし最後にどうか一目だけ我が子に合わせて欲しいと女は必死に懇願していた。しかし男は怒り狂っている。自分の所有物でしかない女。そいつが自分以外の物になっていると言う事実。そして此の期に及んでまだ女は男へと目を向けていなかった。正当な所有者である自分よりも、女の所有物であった餓鬼の方が大事なのかと声を張り上げた。
裏切りと嫉妬に狂った男は女に掴みかかり抵抗出来ない女をなんども殴りつけ首を絞めた。絹を裂くような悲鳴とドタンッと人が倒れる音。跳ねる椅子。女のもがく腕が暖炉の炎でうねる影になり、壁に映し出された。二人の姿は机で見えない。物置に隠れた私は息をこらえていた。男の荒い息遣いだけが暫く響きそしてうねる女の腕の影はいつの間にか動かなくなっていた。
「クリスティーヌ?」
男は誰かにそう声をかけている。
「ああ、クリスティーヌ。クリスティーヌ」
男の声は小さかった。男は立ち上がり、倒れた椅子と立ててそこに腰かけた。赤く燃える顔が見える。その顔にはなんの感情も浮かんでいなかった。
男は暫くうなだれたあと、私が隠れている物置の前を通り過ぎ、炊事場にあるナイフを持ち女の前まで戻った。男はナイフを自分の首へ滑らせた。飛び散る赤と暖炉の赤は混ざり合いジュッと音を立てて焦げた。男は自らの命も絶ったのだった。そして、その光景を私は物陰からただじっと見ていた。
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