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事実
毎年花束を受け取りに来る人。
しおりを挟む不運だ、と人々は嘆くだろうか。
花粉に弱い体質なのに、母の店を継ぐと聞く耳を持たなかった。意思の堅い人だった。悪く言えば、自己中心的。だが、母が亡くなってからも客足は変わらなかった。人情に溢れた人柄だから。そして何より、花が好きだという熱意がお客様に伝わったのだろう。小さな店だったけど、誰からも愛される店だった。
そして、とうとう兄が亡くなった今、経営者は〇〇になった。客足は減っていないものの、彼女自身の精神は不完全だった。
両親の命日には、兄が束ねた花束を受け取りに行った。毎年、僕が午前、兄と〇〇が午後にそこへ参った。
【時間が無い。】
その日の夜、兄から珍しく電話があった。何のことを言っているのか直ぐに理解したが、理解したくなかった。
『兄さん、まだ、話してないんでしょ?』
【俺の口からは、言えそうにない。すまない。】
『…大丈夫。僕が言うから。安心して。』
【ありがとう。】
これが、兄と交わした最期の会話だった。
不器用だったが、頼りにできる優しい優しい兄だった。弱音ひとつ吐かない、強い人だった。こういうところは、母にそっくりだ。
不器用なところは親父譲り。手にしたものは殆ど修理の対象になった。今となれば、笑い話だが、当時は苦労したを覚えている。
両親、兄と過ごした幼少期。
父が亡くなったのは小学生の時、母が亡くなったのは、僕が大学生、兄が社会人になったばかりの頃だった。二人とも病弱な体質で、母は更にか弱かった。そんな両親を支えていたのが兄だった。僕は見ていることしか出来なかった。いや、見ているだけで良かったのかもしれない。僕自身にできることは無かった。
唯一できたのは葬儀の手続きや親戚への連絡。死亡届を出す際に、おもむろに見た家系図に目を疑った。
『…ん?』
父、母、兄、僕の順に書かれたその隣に、もう一人見知らぬ名前があった。
『誰……、』
兄は苦い顔をして、初めから最後まで説明してくれた。
その時だった。
消えていたはずの記憶が蘇った。
まだ僕が幼い頃、妹ができたと両親に打ち明けられ、僕達はひどく喜んだ。初めて女の子の兄妹ができる。なんて名前にしようか、ご飯は僕が食べさせるんだ、服も着せてあげよう、あんなに心が踊ったのは初めてだった。
だが、楽しかった時間も虚しく、次に打ち明けられたのは、妹が死んだということだった。涙も出なかった。
まるで、両親が嘘をついているようだった。でも、と思う。子どもにバレるような嘘しかつけない両親が、あんな面持ちで僕達に話すことはできないと。まさか本当に嘘だったなんて。
次の日から、母は長期間の入院をした。父からは、心の病気だと告げられた。一年程経った時、家に帰ると見違えるように細くなっていた母がいた。
そうか、心の病気とは、人を弱くさせてしまうものなんだ。
子どもながらに胸が痛んだ。
両親が亡くなり、兄も亡くなった今、
僕はひとりぼっちになった。
でも、兄から聞いたあの話。僕にはまだ、家族がいる。
たったひとりになってしまった家族が、もう一人いる。
死んだことにされた、妹がいる。
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