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第4章 天邪鬼
第32話 しりとり
しおりを挟む「うわぁぁぁあぁあぁぁぁあ!!!!」
阿鼻叫喚が狭い小屋の中に幾重にも反響する。深い悲しみと絶望感に押しつぶされ、ユウヒは泣いていた。
「なんで…僕は…!僕はもう一度…!!カリンと遊びたかっただけなんだ!!!」
ユウヒはこの上ない悔しさと、何もできなかった自分の無力さを恥じるように、拳を固く握り締め朽ちた床を叩く。例え自分の拳が床のささくれに刺さり傷が付こうとユウヒは知ったこっちゃないと、そんな様子で懺悔を生み出した。
「泣か……ない…で…」
刹那、静かに紡がれた女性の声が耳に届く。その声は今にも切れそうで、重く、消え入りそうな声だ。
「カリ……ン?」
「私なら…大丈夫だから……」
カリンは薄く開いていた目を開けていく。右手をユウヒの頬へと伸ばし、触れようとする。
だがその右手は、うっすらと透明になっていて奥の壁が伸ばす間、透けて見えていた。カリンはその手でユウヒの頬を優しく撫でるが、ユウヒはこれほどの悲しみはないと言わんばかりに涙をさらに溢れ出し自分の左手でカリンの手を包む。
「カリン……手が…」
「私の…能力……覚えてる…?」
カリンは自分の手で腹部からは破れた服を摩る。そこからは血を流れてなく、傷口すらも跡形もなく塞がっていた。
「……全…自然…治癒…」
「そ、だからね…私はこの能力で傷は塞いだの。だけどね……」
カリンは物悔しそうに笑う。
「傷は塞がっても……ダメージは…あるんだ」
アハハ…と申し訳なさそうにカリンは言う。ダメージがそのままなら貫通した腹の傷口は全て塞がっても、流れた血や痛みは消えないという事だろう。所詮は高度の止血に過ぎないということだ。
「ね……ユウ…ヒ、遊ぼ…うよ」
カリンの目尻に少しの涙が溜まっていく。今にも溢れ出しそうな涙を堪えて、ユウヒと最後の時間を楽しもうとする。そんなカリンの姿を見てユウヒは更に絶望感を背負う。
「だけど…その体じゃ……何も…」
確かにそうだ。今のカリンの身体では鬼ごっこはおろか、かくれんぼすらもままならないだろう。
だけど、カリンは必死に考える。ユウヒと二人で遊ぶため…最後に、ユウヒと二人で笑うため。
「じゃあ……」
やがてカリンの口から出た遊びは、誰でも知っている、誰もがやった事のある言葉の遊びだった。
「しりとりでも……しよっか……。」
Episode 4 ~天邪鬼~
「じゃあ……」
カリンは途切れ途切れの言葉を話す。
僕は、今なら何をしても、されても、どんな遊びでも、カリンと笑いあえる事ができるのか。
カリンを……楽しめる事ができるのか。
「しりとりでもしよっか…。」
やっとの事ででた遊びは単純な言葉のリレーゲームだった。
だけどその遊びは、僕の中では懐かしく、楽しい遊びである事に違いがない。僕は昔から走るのも得意じゃなければ身体もあまり強い方ではない。
そこで皆が、お姉ちゃんが平等に楽しめるように、って提案してくれた遊びがしりとりだった。
断る理由なんてない、楽しめる。
これなら、2人でも、たった2人でもできる。
ごめんねみんな、今は僕とカリンで遊びたいんだ…。僕は視線でレオン君達に気持ちを伝える。レオンくんは笑顔で頷いてくれた。
それで僕は笑顔になれる。カリンと楽しめる。
「うん、やろっか」
「私から…しりと"り"……はい、ユウヒの番」
「りん"ご"……はい…カリ…ン」
どうしてだろう…。
楽しいはずなのに、笑っているはずなのに…
「ごめ…ん…"ね"…」
「あはは…ごめんね……しりとりじゃ…使えない……ょ…?」
どうして…涙が止まらないんだろう。
「ね……ね…ま"き"…」
「きらいになんて……なれな"い"」
感情の言葉なんて入れちゃダメなのに…ルール違反だよ…。
そんな事を心で思うユウヒも、どこか懐かしそうに仰ぐ。いつも無茶苦茶で、無理矢理で…いつも自分が中心じゃないと気が済まない頑固者だったけど…誰よりも優しかったっけ…。
「ね……ユウヒ……早く…」
「……っ」
僕だって……言いたいんだ…入れたいんだ…今の気持ちを、伝えれなかったカリンに対しての気持ちを
「い……いや"だ"。」
いやだ……。
離れたくない。
ずっと……カリンと一緒に居たいんだ…。
天邪鬼がやっと消えたんだ……。
これから笑い合おうよ……遊ぼうよ…。
もっと…色んな所に行きたいよ…。
「だいすき……」
やめてよ…そんな事、言わないでよ…っ
別れたくないよ、やだよ……
「いかないでよ……」
ユウヒが言葉を終えた瞬間、カリンの薄く開かれた目が一瞬大きく見開かれ、そして、笑う。
「もぅ…しりとりじゃ…ないじゃん……」
カリンはこっちを見て笑う。
そうだ…この笑顔なんだ。これがカリンの笑顔なんだ……。何よりも綺麗なんだ。僕はカリンの笑顔が大好きなんだ。
「カリンから…始めたんじゃないか……」
だから、僕も笑わなきゃ…。
「あ……はは、ごめんね。」
カリンみたいに…笑わなきゃいけないのに。
「私の…負けだね…」
「うっ……ぅっ、うぁ……ぁぐ」
どうしても、涙が止まらないんだ。
「ほら…笑って…ユウヒ…私楽しいよ…ユウヒと遊べて……すごく、楽しい…」
カリンの手が僕の頬をなぞる。
その手は、冷たく固かった。
「僕だって……たのしいんだ…カリンとちゃんと…触れ合うことができて……カリンとちゃんと話せて…!カリンとちゃんと遊べて…っ!!」
ポト……。
瞬間、一粒の涙が床に落ち染みをつける。
それは自分の涙ではないと気づくのにユウヒはゆうに数秒の時間を費やした。
「カ……リン…?」
カリンの顔を覗き込む。カリンは自分でも何が起きたのかわからないというような顔で驚いていた。その白い肌をほんのりとピンクに染めた頬には、一筋、涙が流れた跡が鮮明に残っている。
「おかしいな……私、とっても楽しくて…嬉しいのに、迷惑をかけちゃうから泣くことなんて…できないのに…ぅ…心で泣いていても…ぅぐっ…決して顔には……出ないはずなのに……っ」
カリンは次々に、まるで決壊したダムよろしく涙を溢れさせていく。その声は、言葉を吐くたびに震えていくのがわかった。
「なんでだろうね…私、天邪鬼なのに……」
「違うよ…カリンは天邪鬼なんかじゃない、だって今……泣いてるじゃないか。」
シュウゥ……
微かな光が現れる。
粒子状のその淡く優しい光が、カリンの身体から出ているということはすぐに気がついた。
「か…カリン?!どうしたの!?」
カリンは不思議な物を見るような顔で両手を見つめる。その透けた両手からも光は絶え間なく現れては消える。カリンは悟ったように目を見開き、何かを諦めたように笑った。
「ぁ……はは、もう、お迎えが来たのかな…」
「いや……「やだよぉ!!!!」
ユウヒが言葉を結ぼうとした刹那、ユウヒの声は幼い少女の甲高い叫びに遮られる。驚いて声の元を探ろう視線をカリンから写し変えると、そこには薄茶色の髪の毛を脹脛あたりまで伸ばした女の子が立っていた。
カリンはその声の主が誰だかわかっていたのか、驚いた様子でその子の名前を口にした。
「キツネ……ちゃん」
「カリンおねいちゃんと遊びたいよぉ!!もっともっと遊びたい!!お喋りしたい!でも…でも…!!!!」
キツネと呼ばれた少女は宝石のように爛々と煌めく大粒の涙をぼろぼろと溢していく。その綺麗に整った顔も御構い無しにクシャクシャに歪めてわんわんと泣く。
「私は大丈夫よ……どうせ、またすぐに会えるんだから。」
「ウソつき……ウソつき…っ!!カリンおねいちゃんからはもうウソつきの鬼さんは居なくなったもん!!!カリンおねいちゃんは…ホントの事言えるんだもん!!!!」
キツネは真紅に濡れた袴を掴み、大声で叫ぶ。
「だからっ!!ホントの事言ってよ!!」
キツネは叫び終わって、それでもまだ我慢ができないと言わんばかりに声を上げて泣き始める。
そしてカリンの表情が一変して
「うわぁあぁあぁんんん!!!!」
カリンは今まで溜めていた涙とキツネと同じようにぼろぼろと流し子どもの様に泣きじゃくる。
「私だって!!!ユウヒやキツネちゃん達と遊んだり話したい!!もっと笑いたい!!やっと消えたのに!!やっと!ユウヒと笑えたのにぃぃ!!でも…私は悪霊だから!!此の世にいちゃいけないから……消えるしかないの…!!でも……でも!!!」
カリンはかつてない程の声で泣き叫び、思い思いの願いを口にする。天邪鬼に取り憑かれていた間…ずっと言えなかった言葉を吐いていく。
「また…!会えるから!!きっと何処かで!!逢えるからぁ!!!だから…!!だからァっ!!!」
残りの力を振り絞り、全て込め、叫ぶ。
「待っててねっ!!!!」
カリンは笑顔でその言葉を口にした。
だから、キツネと呼ばれた少女も涙流しの笑顔でこう答えたのだ。
「さぽーと……できましたか?」
「うん…っ!こんな私に…!!楽しいお話を!悲しいお話を!!そして最高のさぽーとを!!してくれてありがとう!!!」
カリンはとびきりの笑顔で言葉を続ける。
「ユウヒ…!!私がずっとずっと殴って傷つけてきたのに!!痛い思いも辛い思いもさせたのに!毎日この場所に帰ってきてくれてありがとう!!私、嬉しかったから…っ!!」
そんな事、言われなくたって…
「当たり前じゃないか…だって僕は…っ僕は!カリンの事が何よりも大事だからっ!!!!」
「私だって!ユウヒが何よりも大事!だから…必ず帰ってくるから!!ユウヒみたいに、また帰ってくるから!!だから……だ…がら…っ」
僕は有りっ丈の力でカリンの身体を抱き締める。そして一度、首を静かに縦に振る。そのカリンの身体はとても暖かかった。そして僕は聞いた、カリンの願いを、一番伝えたかった事を、最後の言葉を、静かに聞いた。
「また一緒に……遊んで…ね」
カリンはどんな物より、花より、人より美しく笑った。
◇
朝陽が優しく僕らを包む。
オレンジに染まる空はとても美しく街の煉瓦造りの建物を染め上げ感嘆の声をあげさせた。
「レオンくん…皆…ありがとう。」
「いいってことよ!!」
自分に言われた訳でもないのに、レントはどこか誇らしげに胸を叩く。
「きっと、カリンも喜んでる。最後に、天邪鬼としてじゃなく、"カリン"としてあの空に行かせてあげられたのは君達のおかげだよ。」
「僕たちじゃない、君もだろ?ユウヒ」
レオンは優しく右腕を突き出す。僕は一度呆気を取られて目を見開くも笑顔になりその手を握る。
「じゃあね、また何処かで。」
「元気でな、ユウヒ」
双方握手を交わし同時に身を翻す。ありがとう、僕の親友達。
ユウヒはカリンとの幾重にも重なる思い出を解くように辿り、道を進む。無意識のうちに歩を進めていくと足は自然と、あの小屋の前まで運ばれていた。ユウヒはそんな自分に辟易しながらも笑顔を創る。
「なんか、自然にここに帰って来ちゃうようになっちゃったや。」
僕は徐に朽木の寂れた扉を開け中を見渡す。あの時とはちがう。綺麗に磨かれた朽木の床を見てまた笑みを漏らす。
「バカだな、僕って」
別に未練がある訳でもないが、ユウヒは中へと歩を進め、いつも座っていた場所へと腰を下ろす。
天井を見上げ数秒、無意識に仰ぎボーッとする。
「ほんと、僕ってバカだな…」
眼を塞ごうと、そう決めた瞬間だった。
「ほんと、あなたってバカね。」
「…!?」
ユウヒは驚いて扉の方へと視線を流す。そこには…水色の薄髪を短く切り、耳の上からは二本の角を生やした、まごうことなき女性の姿がそこにはあった。
「……ぅぐ…」
知らずうちに涙が溢れ出す。そんな…バカな……こんな事…あり得ないのに……
「泣き虫なんだから…」
その女性は苦笑してそっと僕の目尻に指をあてて涙を拭う。そしてその女性は笑顔で言葉を発した。
「ーただいま」
応援ありがとうございます!
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