霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第5章 蠱惑、カマラアサマラ

第33話 失われたアイデンティティ!?

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「いやー、すまないねぇ。」
    白髪の男は長い白衣を羽織り飄々とした話し方で隣にいる女性に話しかける。白髪…と言ったがそれは大まかな色であり、よく見ると薄く薄く、それこそ目を凝らさないといけない程の極少量の茶色が見て取れるほどの色だ。男の眼鏡を上に上げる動作を見て、声をかけられた女性は少しのため息を吐く。
「はぁ、先生、できたぞ」
    男のそれと思わせる口調で女性は近くにいる馬の鼻頭を優しく撫でる。馬はブルブルと鼻を鳴らして顔を揺らすと、それに同調して頭路部から流れている手綱がふるふると優しく上下する。
「こら、やめろ。鼻水が飛ぶ。」
「ははは、いやー、先生の教え子に国の者がいて助かったよ、先生1人だけだったら見事に門前で誰貴様状態、言葉通り門前払いになるとこだったよ。どうだい?この後私と共にこの馬達と東奔西走しないかい?」
「ホープレイまでな。っと、パシファイアを付け忘れていた。」
    パシファイアとは、馬の頭路部、眼の周りに装着する。粉塵弾き、簡単に言えば砂などが馬の目にはいらないようにするための馬具だ。ホープレイと言ったその道の道中は中規模の浅砂漠に足を踏み入れることになる。自分たちは馬車の中にいればどうってことのない砂嵐でも、馬の目に入ってしまえば最悪の場合は失明の可能性もある。女性は馬2頭にパシファイアを付けさせ鼻頭を撫でると共に林檎を食わせてやる。
「サクラ、ユッケ、2日の旅になるが頑張ってくれるか?」
   女性の問いに2頭は声をあげて鳴く。男はそれを見つめて表情を綻ばせた。
「いやー、感動だね。それにしても桜ユッケか、もしかして行く末は君の腹の中かい?」
「名前がこれしか浮かばなかったんだよ風穴空けられてぇのか」
    男は両手と首を激しく横に振る。
「時間だ。出るぞ先生。」
    2人は馬車へと乗り込み、闇が支配する夜の道を駆けて行った。

       ◇

「ぶわはははははははははははは!!!!」
    まだ日が昇りきっていない朝の空、夕焼けかと、ある意味そう思わすほどオレンジに煌る空が広がる中、誰かの笑い声が大きく広がる。
   声の元を辿るとそこには、黄緑色の髪が目立つ男が笑い転げていた。
「うっせぇぞレオン!それ以上笑うな!」
    笑い声とは裏腹の怒号が近くに聞こえる。それは黒い髪をした少年であった。
    笑っているのは怒号の持ち主が呼んだレオンという少年だ。そんな怒号も聞かずしてか、レオンは未だ笑い転げている。
「ご…ごめん…レント……でも、あははははは!!」
   黒髪の少年はレントと言う。レントは怒っているがレオンは止めたいと言う姿勢も浮かぶが体が受け付けていないと言わんばかりに笑う、大爆笑だ。
「このやろ!笑うなっ!!おい!アカネ!」
    レントは助け船を出して貰おうと、もう一人、レオンの近くで布団に潜っていたアカネという少女を呼び起こす。
「ど…どうしたの…っさ、騒がしいわね……っ」
    アカネはうんざりとした様子で言おうとしているのだが、限界なんだろうか、肩がブルブルと小刻みに震えている。
「ま……まぁ、ほら、もっかい洗面所いけよ…ぷっ、ぶふっ!」
「うるせーよ!レオンのアホ!!」
    ダンダンダンッ!と足音を盛大に立ててレントは洗面所へと向かう。その一つ一つの動作に怒りが込められているのも二人はわかっていた。
    扉が勢い良く閉められたのを見てレオンとアカネは顔を見合わせる。

「ぶははははははははははははははははは!!!」
「あはははははははははははははは!!!」
    2人は同時に息を吹き出し笑い転げた。
「ひぃっ!!はら…が…いた…ぷ!!」
「ご…めんね…レン……ト…くんっ!あははは!!」
    ベッドの上を跳ねるように笑っていたレオンとアカネの笑い声は、もちろんレントには筒抜けだろう。

       ◇

「もういい、諦めた。くそっ」
    レントがブスッとした顔で洗面所から出てくる。
「いやいや、でもいいと思うぞ」
「やめてくれ。」
「私も悪くないと思う。」
「やめろ。」
「…でもな」
「やめろって言ってんだろ!!アイデンティティーが消え去っている俺なんて…っ!俺じゃねぇ!!」
    レントが声を上げて右足で床を踏み込む。そう、今言った通り、レントの言った失われたアイデンティティーがレオン達の大爆笑の原因だ。
「ツンツンの髪の毛じゃないなんて…俺はただ黒いだけのアホだ……」
    そう、レントの髪の毛は今ツンツンに逆立てていない。サラッサラのストレートヘアーなのだ。爆笑の原因なのだ。
    レントはいつも針山のように髪を逆立てて整えている。毎朝早く起きて整えているのだ。
    だが、今日はどれだけ整えようと思って水や整髪料をつけても逆立たないらしいのだ。
    それだけならまだしも、もう一つ違う所がある。
それが、何故か朝からレントの目がずっと半開きなのだ。
「いつもみたいに目開けなよレント君」
    アカネもそれに違和感を感じてかレントに言う。
「なんかよ、自分では開けてるんだがこれ以上瞼が開かねぇんだ。もどかしくてムカつく」
「それはなんか問題ありって感じだな。まぁ、レント今のお前は…」
    そこまで言ってレオンは言葉を飲み込む。続けるのを躊躇ったのだ。これを言ったらレントのメンタルは中々にブレイキンな事になって大ダメージを受けそうだからだ。
   まぁ、そこで飲み込むほどレオンは厚情ではないが。
「僕は未だ嘗てここまでイケメンなレントを見た事がないんだが…」
「それ私も思った。もうそれで良いんじゃない?あと髪の毛意外に長いんだね。切る?」
    アカネも賛同。と、同時にレザーバッグから銀に輝く鋏を取り出す。おそらく前髪とかを小さくカットする用の鋏なのだろう。
「やめろぉお!!本格的にお前らは俺という存在を消そうとしてるだろ!!」

「「いやいや、それでもう良いと思う。」」

「お前らぁ!!もうやだ…俺ちにたい(死にたい)」
    レントは両手で顔を覆い情けない事を言って布団に潜り込んでしまう。
    髪の毛はほんともうどうでも良いが、目が開かないと言うのは気になる点がいくつもあるから調べないといけないな…。
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