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第二章 天正十一年十二月二十日
三 出会い
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街道沿いに広がる岸和田の町は賑やかだった。あちこちのぞいてみたくもあったが、先立つものに余裕がない。孫一郎は早足で岸和田を抜け、貝塚に向かう。途中、岸和田城のそばを通ったが、特に感慨はなかった。孫一郎は会津の黒川城を見て育っているし、ここに来るまでに建設途中の大坂城も目にしている。それらに比べれば、岸和田城は小ぶりな城と言えた。
岸和田を抜けると、貝塚までは寂しい景色が続く。街道の左側には田畑も広がるが、今は十二月の年の瀬である。作物はなく、耕す人の影もない。街道を歩く人の影も一段と少なくなった。と、思っていると。
やけに目立つ集団がいた。走っている。違う、何かを追いかけている。女の子だ。まだ年端もいかない少女を、七人ばかりの大人たちが怒鳴りながら追いかけているのだ。孫一郎の足は、無意識に駆け出していた。
「面倒かけんじゃねえ!」
先頭の男が少女に追いつき、肩口を掴まえた。少女はその手を振り払う。だが、つまずいて倒れてしまった。男はにんまりと笑い、首筋を掴まえようと手を伸ばす。その手に、孫一郎は腰の刀を走らせた。男が驚いて手を引いた隙を見計らって、孫一郎は少女を背中に回す。
「何しやがる、このガキ!」
七人の男たちが孫一郎と少女を取り囲んだ。正面の男が大刀を抜き放つ。孫一郎は刀を正眼に構えた。
一番体の大きな男は、竹で編まれた籠を背負い、頭目らしき二番目に大きな男が大刀を持つ。他の連中は、手に手に短刀を握りしめている。イノシシの毛皮を身に纏い、薄汚れた着物、手入れされていない髷、伸びたヒゲと月代、人さらいなのだろう、見るからにいかにもな連中であった。
「おい、侍。その娘を渡せ」
男の一人が、短刀をぴらぴらとかざしながら言った。しかし孫一郎は怯まない。腕はともかく、度胸だけなら一人前なのだ。
「あなた方は、この子の何ですか。まさか家族じゃありませんよね」
「何だと」
「人さらいではないのですか。ならば渡せません」
「カッコつけてんじゃねえよ。てめえの命が惜しくねえのか」
「もちろん命は惜しいですよ」
「だったら」
「でも、命だけが惜しい訳じゃないですから」
頭目らしき男が、刀を肩にかけてニヤリと笑った。
「この馬鹿、殺されねえとわからねえみてえだな」
男の大刀が跳ね上がった。大上段から唸りを上げて振り下ろされる。しかし孫一郎はそれを易々と受けた。しかも一歩踏み込み、強引に左手へと振る。大刀は男の手から簡単に奪い取られ、宙を飛んだ。
「……こいつ!」
小柄な孫一郎の体からは想像も付かない、その力技に男は唖然とした。
「この野郎!」
「ふざけやがって!」
短刀を持つ男たちは、距離を縮める。孫一郎が口を横一文字に結んだとき、視界に閃光が走った。
白昼の中天を裂く、一条の白い光。雷のような轟音と共に、街道脇の立木の根元に何かが落ちた。そこは孫一郎の立つ場所から数歩ほどしか離れていない。人さらいたちは、腰を抜かして倒れている。
孫一郎は見た。土埃の中から、人影が立ち上がるのを。冷たい風が土埃をかき消す。そこに居たのは奇妙な格好をした、肩までの長さの黒髪の女――たぶん女だ。意志の強そうな目にハッキリとした眉と口元。孫一郎は心がときめくのを覚えた。
「痛たた……まさか緊急脱出装置の転移が、こうも乱暴だとは」
思わず独り言が口をつく。ナギサは緑色の軍装の上に、無数の極小太陽電池を内蔵した黒のコートを羽織っていた。コートは緊急脱出装置の中で、自動的に纏わされるものである。ライフジャケットとしての意味があるのだ。
周囲には、小汚い格好をした男たちが七人転倒している。もしかして自分のせいだろうか。ナギサは当惑した。道は舗装されておらず、高層建築物も見えない。見知った景色ではなかった。
「ピクシー、ここは何処だ」
周囲を見回すナギサの視界に、緑色のこびとが踊る。コンタクトレンズ型をした眼球装着デバイスに表示される統合インターフェイスは、ナギサの脳に楽しそうに絶望的な回答を寄越した。
「位置情報信号なし。照合に合致するデータを発信している衛星も基地局も存在していないというのが結論。そもそも電波の類いがまるで検出されない。場所を特定する情報は皆無であると言えるね」
「まさか、地球かどうかもわからないとか言うんじゃないよな」
「現段階では不明と言えるね」
「大気の状態は」
「やや乾燥しているけど、組成に問題はなし。呼吸のためには正常で清浄と言えるね」
「言葉遊びをするな」
「おい、てめえ、何者だ一体」
ようやく起き上がった男たちの一人がナギサに向かって怒鳴った。短刀を持った小汚い格好の男を、ナギサは驚きの表情で見つめた。
「言葉が通じるのか」
「解析するまでもない。使用言語は日本語であると断定して良いと言えるね」
ピクシーは踊る。ヤバいぞ。何がヤバいのかはわからないが、何だか厄介な状況下にあるのは間違いないようだ。どうしたものかとナギサは悩んだ。
「おい、何をぶつぶつ言ってやがる」
男は短刀をぴらぴらと振りながら怒鳴っている。しかしナギサは見て見ぬ振りをした。
「ではピクシー、もしここで戦闘状況に移行した場合、どうなる」
「バッテリーは一時間で限界になる。でも、その一時間の間は無敵と言えるね」
岸和田を抜けると、貝塚までは寂しい景色が続く。街道の左側には田畑も広がるが、今は十二月の年の瀬である。作物はなく、耕す人の影もない。街道を歩く人の影も一段と少なくなった。と、思っていると。
やけに目立つ集団がいた。走っている。違う、何かを追いかけている。女の子だ。まだ年端もいかない少女を、七人ばかりの大人たちが怒鳴りながら追いかけているのだ。孫一郎の足は、無意識に駆け出していた。
「面倒かけんじゃねえ!」
先頭の男が少女に追いつき、肩口を掴まえた。少女はその手を振り払う。だが、つまずいて倒れてしまった。男はにんまりと笑い、首筋を掴まえようと手を伸ばす。その手に、孫一郎は腰の刀を走らせた。男が驚いて手を引いた隙を見計らって、孫一郎は少女を背中に回す。
「何しやがる、このガキ!」
七人の男たちが孫一郎と少女を取り囲んだ。正面の男が大刀を抜き放つ。孫一郎は刀を正眼に構えた。
一番体の大きな男は、竹で編まれた籠を背負い、頭目らしき二番目に大きな男が大刀を持つ。他の連中は、手に手に短刀を握りしめている。イノシシの毛皮を身に纏い、薄汚れた着物、手入れされていない髷、伸びたヒゲと月代、人さらいなのだろう、見るからにいかにもな連中であった。
「おい、侍。その娘を渡せ」
男の一人が、短刀をぴらぴらとかざしながら言った。しかし孫一郎は怯まない。腕はともかく、度胸だけなら一人前なのだ。
「あなた方は、この子の何ですか。まさか家族じゃありませんよね」
「何だと」
「人さらいではないのですか。ならば渡せません」
「カッコつけてんじゃねえよ。てめえの命が惜しくねえのか」
「もちろん命は惜しいですよ」
「だったら」
「でも、命だけが惜しい訳じゃないですから」
頭目らしき男が、刀を肩にかけてニヤリと笑った。
「この馬鹿、殺されねえとわからねえみてえだな」
男の大刀が跳ね上がった。大上段から唸りを上げて振り下ろされる。しかし孫一郎はそれを易々と受けた。しかも一歩踏み込み、強引に左手へと振る。大刀は男の手から簡単に奪い取られ、宙を飛んだ。
「……こいつ!」
小柄な孫一郎の体からは想像も付かない、その力技に男は唖然とした。
「この野郎!」
「ふざけやがって!」
短刀を持つ男たちは、距離を縮める。孫一郎が口を横一文字に結んだとき、視界に閃光が走った。
白昼の中天を裂く、一条の白い光。雷のような轟音と共に、街道脇の立木の根元に何かが落ちた。そこは孫一郎の立つ場所から数歩ほどしか離れていない。人さらいたちは、腰を抜かして倒れている。
孫一郎は見た。土埃の中から、人影が立ち上がるのを。冷たい風が土埃をかき消す。そこに居たのは奇妙な格好をした、肩までの長さの黒髪の女――たぶん女だ。意志の強そうな目にハッキリとした眉と口元。孫一郎は心がときめくのを覚えた。
「痛たた……まさか緊急脱出装置の転移が、こうも乱暴だとは」
思わず独り言が口をつく。ナギサは緑色の軍装の上に、無数の極小太陽電池を内蔵した黒のコートを羽織っていた。コートは緊急脱出装置の中で、自動的に纏わされるものである。ライフジャケットとしての意味があるのだ。
周囲には、小汚い格好をした男たちが七人転倒している。もしかして自分のせいだろうか。ナギサは当惑した。道は舗装されておらず、高層建築物も見えない。見知った景色ではなかった。
「ピクシー、ここは何処だ」
周囲を見回すナギサの視界に、緑色のこびとが踊る。コンタクトレンズ型をした眼球装着デバイスに表示される統合インターフェイスは、ナギサの脳に楽しそうに絶望的な回答を寄越した。
「位置情報信号なし。照合に合致するデータを発信している衛星も基地局も存在していないというのが結論。そもそも電波の類いがまるで検出されない。場所を特定する情報は皆無であると言えるね」
「まさか、地球かどうかもわからないとか言うんじゃないよな」
「現段階では不明と言えるね」
「大気の状態は」
「やや乾燥しているけど、組成に問題はなし。呼吸のためには正常で清浄と言えるね」
「言葉遊びをするな」
「おい、てめえ、何者だ一体」
ようやく起き上がった男たちの一人がナギサに向かって怒鳴った。短刀を持った小汚い格好の男を、ナギサは驚きの表情で見つめた。
「言葉が通じるのか」
「解析するまでもない。使用言語は日本語であると断定して良いと言えるね」
ピクシーは踊る。ヤバいぞ。何がヤバいのかはわからないが、何だか厄介な状況下にあるのは間違いないようだ。どうしたものかとナギサは悩んだ。
「おい、何をぶつぶつ言ってやがる」
男は短刀をぴらぴらと振りながら怒鳴っている。しかしナギサは見て見ぬ振りをした。
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