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62話 愚問と愚答
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質問の意図がつかめない。この女は何を言っているのだ。ボイディアが愚か者かどうかなど、決まっているではないか。
なのに私の返事を聞こうともせず女は続けた。
「ボイディア・カンドラスはグズで、愚昧で、脳なしで、箸にも棒にもかからない大馬鹿者ですよね? 公爵様もそう思いますよね? アレはいますぐ死んだ方がいいくらいの」
「黙れぇっ!」
私は叫んでいた。同時に困惑する。私はいま、何故こうも激高しているのだろう。理由がわからない。しかし意味不明なまま私は激怒し、絶叫する。
「ボイディアは素晴らしい! ボイディアは優秀だ! ボイディアは正しい、合理的だ、素晴らしい、間違いない、優秀だ、神だ、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい!」
止まらない。私の口から出るボイディア・カンドラスへの賛辞が、それも同じ単語が繰り返し繰り返し。どうなっているのだ、これは。
そんな私の反応を女はあらかじめ予想していたのだろうか、驚く顔も見せずに鼻先で笑った。
「やはりね、しっかり『教育』されている。おそらくはハンデラ・ルベンヘッテも同様か。まあ、それならそれで構わない。想定内の手間だ」
女は当たり前のような顔で、平然と銃口をこちらに向けた。
「では失礼いたします、公爵様」
銃声が私の耳に届いたとき。
銃口は私に向いていなかった。
どこからか投げつけられた剣が銃をはじいたのだ。
私の頭の周囲には藪があった。しばらく事態が飲み込めなかった。この身が腰を抜かして倒れていることに。
私の前には人影が。小柄な人影。黒髪の少年。見た記憶がある。これは、あの占い師か。
「どういうつもりかな」
女の声が問えば、応えるタクミ・カワヤの背中。
「おまえこそどういうつもりだ、ルン。こんなことをするとは聞いていない」
「聞いていないのに、ここにいるのはどうしてかな。まるで信用されていないかのようだ」
女は笑ったらしかった。
「そいつは敵だよ? いない方がありがたい相手のはず。助ける理由がわからない」
「いまは敵さ。だが状況は変化する」
占い師のさらに前に、あのタンドルマンが走り込んできたようだ。
聞こえてくる女の声は、不審げに言い放つ。
「私が見てきた未来とは違うような気がするけど」
「ああ、そうだな。僕はおまえと同じ未来は見ていない」
「友達甲斐のない酷い言い方だ」
「友達は選んだ方がいいぞ」
空気の張り詰めたような一瞬の静寂。フンと鼻を鳴らしたのは女の方か。
「剣を投げるのは感心しないな。騎士の魂だろうに、投げるなら鞘にしたまえ」
「それはそれで問題あるだろ」
そのタクミ・カワヤのつぶやきに、応える声はなかった。女はもういないらしい。この一瞬でどこに消えたのだ。わからないことだらけで頭が働かない。体に力も入らない。へたり込んだまま途方に暮れている私に、タクミ・カワヤは笑顔で手を差し伸べた。
「馬車までお送りいたしましょう、ドルード公爵閣下」
◇ ◇ ◇
ロンダリア王とハースガルド公、そしてサンザルド・ダナ内務大臣を乗せた馬車が前を走る。その後ろに着いた馬車には余と一緒に小生意気な占い師、いや、いまは子爵タクミ・カワヤと呼ぶべきか、ともかくこの小僧が乗っていた。タルドマンは御者席だ。
ことのいきさつは説明を受けている。ロンダリア王は了承しているし、ハースガルドもダナも異論はないらしい。よって余が文句を言える雰囲気ではなかったため、とりあえずうなずきはしたものの、正直イマイチ納得が行かない。
「随分とご不満のようですね」
タクミ・カワヤが笑顔でそう言う。いや、笑いごとではないぞ。馬車の中は二人きりだ、ええい構わぬ、聞いてしまえ。
「アイメン・ザイメンがロンダリア王の味方になるというのは本当か? 間違いないのか?」
「絶対の予言はありませんので断言はいたしません。ただ」
「ただ?」
「ドルード公は権力欲の強い方ですが、目端も利きます。国王陛下の味方になった方が都合が良いとなれば、手のひらを返すのは目に見えていますよ」
と占い師は言うものの、果たしてそうだろうか。
「余にはあのアイメン・ザイメンが我らの味方になるとは到底思えぬ。味方になるフリをして裏切るというのであれば得心もするのだがな」
余の言葉に、タクミ・カワヤは平然とうなずいた。
「ああ、それはあるかも知れません」
「あるのか! いやいや、あってはいかんだろう!」
慌てる余を見て、宮廷占術師はゲラゲラ笑った。こ、この無礼な小僧め! おんのれぇ、ロンダリア王の寵愛さえなければもうギッタンギッタンにしてやるところなのだが。
「ああ、いやいや失礼しましたリアマール候。ちょっと笑い過ぎましたね」
心にもないことを。そう言いながら目が笑っておるではないか。
「フン! そうやって笑いものにしておれば良いのだ」
「でもまあ、ご懸念は理解できます。できますが、それは過大評価というものですよ」
「過大評価だと。余が、アイメン・ザイメンをか」
「ええ、ドルード公は閣下の考えておられるほど信念の人ではありません。何が何でも国王陛下に忠誠を誓う人でもなければ、何が何でもこの国を手に入れたいと願う人でもないのです。本人はそのつもりなのでしょうけど、結局は我が身が可愛い普通の人物です」
その「普通の人物」という小癪な言い方が気に食わない。
「そなたに言わせれば、ほとんどの人間が普通の人物であろう。それとも自分自身はそうではないと考えておるのか」
「いいえ、僕ももちろん普通の人物です。ただし」
「ただし、何だ」
「ボイディア・カンドラスは普通じゃありません。あれは本物の怪物です。本気でこの世界を手に入れるつもりでしょうし、そのためなら何でもします。これだけはお忘れなく」
静かな口調が真に迫る。余は思わず居住まいを正してしまった。
「そんなに凄いのか、ボイディア・カンドラスとは」
余の問いに、タクミ・カワヤは静かにうなずく。
「普通の人間はたとえ不幸に見舞われようとも、たいていは世界を呪ったりしません。自分の頭と手足を動かして何とかしようと思うものです。もちろん中には世界を心底呪い、世界を破滅させる方法を真剣に考える人もいます。僕もつい最近会いましたけど、それでも、そんな人でも、普通の人であることに変わりはないんです」
「ふむ。ボイディア・カンドラスは違う、と?」
「アイツはとにかく世界が気に食わないんです。だから、こう考えました。自分が世界の一部であるから不要な問題が発生するのだ、ならば世界を自分の一部にすればいい。この世界を自分の体の一部と化し、すべて支配下に置けば問題は発生しない」
意味がわからん。いや、言葉の意味としては理解できなくはないが、まったく共感できる部分がない。
「その、何だ。世界には理がある。法もあれば常識もある。独りよがりが過ぎれば、どんな力を持っていたところで国も何も立ち行かなくなるではないか」
「ええ、さすがリアマール候。その通り、世界を自分の一部にするなんて独りよがりもいいところです。普通の人間はそんなことを考えません。権力を手に入れるには、国家という入れ物が必要ですから」
「ボイディア・カンドラスは国家など欲しておらんということか」
「いいえ、ボイディアはおそらく皇帝の座を手に入れようとするでしょう。でもそれは、目指す道の小さな段差に過ぎません。まずは帝国、つぎは大陸、やがては世界を地獄に変えます」
その言葉の意味に、余は気付いた。音を立てて血の気が引いて行く。
「お、おい待て。それはまさか、そなた、その地獄が見えているのではないのか。未来がそうなると、すでに決まっているということではないのか」
しかしタクミ・カワヤは平然と、笑顔で首を振った。
「先ほども申し上げたように、絶対の予言なんて存在しません。未来は常に変化の可能性を秘めていますし、僕に見える未来も一つじゃないんです。未来は多重的で多層的で多面的です。絶望の未来が見えるからといって、絶望していい訳じゃありません」
その言葉には力がある。何とも腹立たしいが、こやつの言葉に従っていれば救われるのではないかと思わせる魅力があるのだ。しかし、それにホイホイ乗っていい訳もない。
「それは、占い師としての矜持の話か?」
説得力があるかどうかと正しいかどうかは別の話だ。その言葉がいったい何に対する何を指し示す言葉なのか、理解しておく必要がある。
だがたずねる余に対し、占い師はいつものように平然と、しかし自信を込めてこう答えた。
「いいえ、ただの事実ですよ」
なのに私の返事を聞こうともせず女は続けた。
「ボイディア・カンドラスはグズで、愚昧で、脳なしで、箸にも棒にもかからない大馬鹿者ですよね? 公爵様もそう思いますよね? アレはいますぐ死んだ方がいいくらいの」
「黙れぇっ!」
私は叫んでいた。同時に困惑する。私はいま、何故こうも激高しているのだろう。理由がわからない。しかし意味不明なまま私は激怒し、絶叫する。
「ボイディアは素晴らしい! ボイディアは優秀だ! ボイディアは正しい、合理的だ、素晴らしい、間違いない、優秀だ、神だ、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい!」
止まらない。私の口から出るボイディア・カンドラスへの賛辞が、それも同じ単語が繰り返し繰り返し。どうなっているのだ、これは。
そんな私の反応を女はあらかじめ予想していたのだろうか、驚く顔も見せずに鼻先で笑った。
「やはりね、しっかり『教育』されている。おそらくはハンデラ・ルベンヘッテも同様か。まあ、それならそれで構わない。想定内の手間だ」
女は当たり前のような顔で、平然と銃口をこちらに向けた。
「では失礼いたします、公爵様」
銃声が私の耳に届いたとき。
銃口は私に向いていなかった。
どこからか投げつけられた剣が銃をはじいたのだ。
私の頭の周囲には藪があった。しばらく事態が飲み込めなかった。この身が腰を抜かして倒れていることに。
私の前には人影が。小柄な人影。黒髪の少年。見た記憶がある。これは、あの占い師か。
「どういうつもりかな」
女の声が問えば、応えるタクミ・カワヤの背中。
「おまえこそどういうつもりだ、ルン。こんなことをするとは聞いていない」
「聞いていないのに、ここにいるのはどうしてかな。まるで信用されていないかのようだ」
女は笑ったらしかった。
「そいつは敵だよ? いない方がありがたい相手のはず。助ける理由がわからない」
「いまは敵さ。だが状況は変化する」
占い師のさらに前に、あのタンドルマンが走り込んできたようだ。
聞こえてくる女の声は、不審げに言い放つ。
「私が見てきた未来とは違うような気がするけど」
「ああ、そうだな。僕はおまえと同じ未来は見ていない」
「友達甲斐のない酷い言い方だ」
「友達は選んだ方がいいぞ」
空気の張り詰めたような一瞬の静寂。フンと鼻を鳴らしたのは女の方か。
「剣を投げるのは感心しないな。騎士の魂だろうに、投げるなら鞘にしたまえ」
「それはそれで問題あるだろ」
そのタクミ・カワヤのつぶやきに、応える声はなかった。女はもういないらしい。この一瞬でどこに消えたのだ。わからないことだらけで頭が働かない。体に力も入らない。へたり込んだまま途方に暮れている私に、タクミ・カワヤは笑顔で手を差し伸べた。
「馬車までお送りいたしましょう、ドルード公爵閣下」
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ロンダリア王とハースガルド公、そしてサンザルド・ダナ内務大臣を乗せた馬車が前を走る。その後ろに着いた馬車には余と一緒に小生意気な占い師、いや、いまは子爵タクミ・カワヤと呼ぶべきか、ともかくこの小僧が乗っていた。タルドマンは御者席だ。
ことのいきさつは説明を受けている。ロンダリア王は了承しているし、ハースガルドもダナも異論はないらしい。よって余が文句を言える雰囲気ではなかったため、とりあえずうなずきはしたものの、正直イマイチ納得が行かない。
「随分とご不満のようですね」
タクミ・カワヤが笑顔でそう言う。いや、笑いごとではないぞ。馬車の中は二人きりだ、ええい構わぬ、聞いてしまえ。
「アイメン・ザイメンがロンダリア王の味方になるというのは本当か? 間違いないのか?」
「絶対の予言はありませんので断言はいたしません。ただ」
「ただ?」
「ドルード公は権力欲の強い方ですが、目端も利きます。国王陛下の味方になった方が都合が良いとなれば、手のひらを返すのは目に見えていますよ」
と占い師は言うものの、果たしてそうだろうか。
「余にはあのアイメン・ザイメンが我らの味方になるとは到底思えぬ。味方になるフリをして裏切るというのであれば得心もするのだがな」
余の言葉に、タクミ・カワヤは平然とうなずいた。
「ああ、それはあるかも知れません」
「あるのか! いやいや、あってはいかんだろう!」
慌てる余を見て、宮廷占術師はゲラゲラ笑った。こ、この無礼な小僧め! おんのれぇ、ロンダリア王の寵愛さえなければもうギッタンギッタンにしてやるところなのだが。
「ああ、いやいや失礼しましたリアマール候。ちょっと笑い過ぎましたね」
心にもないことを。そう言いながら目が笑っておるではないか。
「フン! そうやって笑いものにしておれば良いのだ」
「でもまあ、ご懸念は理解できます。できますが、それは過大評価というものですよ」
「過大評価だと。余が、アイメン・ザイメンをか」
「ええ、ドルード公は閣下の考えておられるほど信念の人ではありません。何が何でも国王陛下に忠誠を誓う人でもなければ、何が何でもこの国を手に入れたいと願う人でもないのです。本人はそのつもりなのでしょうけど、結局は我が身が可愛い普通の人物です」
その「普通の人物」という小癪な言い方が気に食わない。
「そなたに言わせれば、ほとんどの人間が普通の人物であろう。それとも自分自身はそうではないと考えておるのか」
「いいえ、僕ももちろん普通の人物です。ただし」
「ただし、何だ」
「ボイディア・カンドラスは普通じゃありません。あれは本物の怪物です。本気でこの世界を手に入れるつもりでしょうし、そのためなら何でもします。これだけはお忘れなく」
静かな口調が真に迫る。余は思わず居住まいを正してしまった。
「そんなに凄いのか、ボイディア・カンドラスとは」
余の問いに、タクミ・カワヤは静かにうなずく。
「普通の人間はたとえ不幸に見舞われようとも、たいていは世界を呪ったりしません。自分の頭と手足を動かして何とかしようと思うものです。もちろん中には世界を心底呪い、世界を破滅させる方法を真剣に考える人もいます。僕もつい最近会いましたけど、それでも、そんな人でも、普通の人であることに変わりはないんです」
「ふむ。ボイディア・カンドラスは違う、と?」
「アイツはとにかく世界が気に食わないんです。だから、こう考えました。自分が世界の一部であるから不要な問題が発生するのだ、ならば世界を自分の一部にすればいい。この世界を自分の体の一部と化し、すべて支配下に置けば問題は発生しない」
意味がわからん。いや、言葉の意味としては理解できなくはないが、まったく共感できる部分がない。
「その、何だ。世界には理がある。法もあれば常識もある。独りよがりが過ぎれば、どんな力を持っていたところで国も何も立ち行かなくなるではないか」
「ええ、さすがリアマール候。その通り、世界を自分の一部にするなんて独りよがりもいいところです。普通の人間はそんなことを考えません。権力を手に入れるには、国家という入れ物が必要ですから」
「ボイディア・カンドラスは国家など欲しておらんということか」
「いいえ、ボイディアはおそらく皇帝の座を手に入れようとするでしょう。でもそれは、目指す道の小さな段差に過ぎません。まずは帝国、つぎは大陸、やがては世界を地獄に変えます」
その言葉の意味に、余は気付いた。音を立てて血の気が引いて行く。
「お、おい待て。それはまさか、そなた、その地獄が見えているのではないのか。未来がそうなると、すでに決まっているということではないのか」
しかしタクミ・カワヤは平然と、笑顔で首を振った。
「先ほども申し上げたように、絶対の予言なんて存在しません。未来は常に変化の可能性を秘めていますし、僕に見える未来も一つじゃないんです。未来は多重的で多層的で多面的です。絶望の未来が見えるからといって、絶望していい訳じゃありません」
その言葉には力がある。何とも腹立たしいが、こやつの言葉に従っていれば救われるのではないかと思わせる魅力があるのだ。しかし、それにホイホイ乗っていい訳もない。
「それは、占い師としての矜持の話か?」
説得力があるかどうかと正しいかどうかは別の話だ。その言葉がいったい何に対する何を指し示す言葉なのか、理解しておく必要がある。
だがたずねる余に対し、占い師はいつものように平然と、しかし自信を込めてこう答えた。
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