オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第11章 過去と絆と友情と

(5) まだ知らないステージ

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 お昼が近づき、11時半から始まったメインステージはフィギュアが担当した。陽射しが強くなってお客さんたちはみんな汗だくだったが、テレビで見たことのあるローカルアイドルの影響力は抜群でパイプ椅子を並べた客席だけでなく、デパート側の通路にまで立ち見が並んでいた。東京や仙台などから帰省してきた家族連れや学生などがテレビカメラがあることに気が付くとなにかやっているのかと思いながら、また立ち見の列に加わっていった。

 わかばが顔に流れる汗に髪を少し貼りつかせながら、目の前に並ぶお客さんに明るい笑顔を向けた。

 「みんなぁ! 今日は暑いですけどー! 私たちのテンションもヒートアップしてますー! 今日はこれから、私たちの新曲を歌います! 私たちの熱い気持ち、つたえられたらゃいいとおもいまふ!」
 「今日もわかばの噛み芸ぇ、絶好調ぉ~!」
 「げ、芸じゃないですよ~」

 お客さんから笑い声が聞こえた。 
 そして、佐竹が曲の紹介をするとお客さん達から拍手が聞こえた。

 ステージ袖でお客さんから見えないように待機していたさくらたちが、その様子をじっとみていた。

 さくらの視線の先にいたわかばたちは、直前までのトークまでの年相応の女の子らしい表情だったが、『はじまる、輝く、物語』のイントロが流れ始めると、わかばたちは笑顔だが、その瞳に真剣さと鋭さが輝いていた。

 いずみもわかばたちの様子に何かを感じ取ったらしく、無意識なのか降ろした右手の人差指をスカートの生地に微かに当てながらリズムをとっていた。美咲は単純に楽しそうにステージを眺めていた。

 あえて属性で例えるならば、ダンスのさつき、ボーカルのわかば、そしてアクションの佐竹、という3人の組み合わせは一見バラバラだが、お互いが自分の得意な分野で仲間を引き立てている。それがフィギュアの魅力となって、客席のお客さんたちも気が付かないうちに巻き込まれていった。お客さんに混ざっていたフィギュアのファンの集団が、他のお客さんの邪魔にならないようにやや外れた位置に集まっていてそれとなくコールをかけていて、あまりアイドル文化になじみのない人々もそれに合わせて小さく動いたり手を振っていたりした。

 この様子は中継はされないものの、お盆中に放送される秋田県内で放送するお盆期間の特別番組で使う予定で、AMBのカメラが数台フィギュアたちの姿を捉えていた。

 さくらはわかばたちのステージに視線を向けながら、いつのまにかわかばの姿を追っていた。「噛み芸」で有名で、一番ちんちくりんで、まだ自分より年下だというのにその歌う姿は眩しいぐらいに輝いていた。

 「すごいなぁ……あんなに、楽しそうに歌えるんだ……」

 さくらは胸の間で握った右手をさらに強く握って「私も、がんばろう」と心の中でつぶやいた。



 さくらたちの後ろ並んで見守っていたSVの肩を城野が軽くたたいた。
 気が付いたSVが城野の言葉に耳を傾けていた。

 城野がいうには、情報番組で当初中継する予定だった九州のイベントのステージが雨で中止になったということで秋田の様子を中継でつなぎたい、とAMBの責任者から運営委員に伝えられたという。運営委員が承諾を求めているとの事。

 もともと、九州のイベントが中継ができない時に備えて予備として秋田のステージを流すという事は事前に知らされていたことであり、依頼を受けた段階で承諾はしていた。なので城野の話はあくまで念のためのもであり、SVはその場ですぐに問題ない、と耳打ちした。城野はうなずいてそのまま運営委員の方に向かって行った。

 ステージではフィギュアの曲が終わり、最後のポーズを決めていた。
 夏の熱い風に体温を急上昇させていたことも影響してか、わかば達の顔は赤くなっていて汗が霧吹きでもかけたかのように流れていた。それでも笑顔を絶やすことなく、3人は視線をお客さんにむけ、曲が完全に止まると姿勢を直して手を振りながら3人は答えていた。

 佐竹が笑顔を弾かせて、マイクを両手で握った。

 「私たちの新曲、『はじまる、輝く、物語』でした! 聞いていただいてありがとうございました!」

 お客さんたちから拍手がわき、3人で手を振りながらそれに答える。やがてローカルタレントがステージに上がり、さつきたちに話かけながら司会を進行していった。そのタイミングでSVがさくらたちに声をかけた。

 「九州のイベントが中止なった影響で、私のステージが情報番組の中継を担当することになったわ。やることは変わらないけど、一応意識はしておいて」

 美咲がそれを聞いてテンションを急上昇させた。

 「じゃあ、また全国のテレビにでるの!? やったー!」

 厳密には全国ではないのだが、それでも、全国規模で放送されるテレビ番組に出るのは2回目ということになる。民放では初めてでもある。美咲はそこまで詳しく知っていたわけではないが、自分たちがテレビに取り上げられることが単純にうれしいのだ。いずみはさくらと美咲に少し穏やかな表情を向けて口を開いた。

 「やることは同じだし、いつも通り落ち着いていこうよ」
 「そうだ、ね? がんばろうね?」
 「よっしょー、がんばるぞー」

 そこに間もなくフローラと一緒にステージに上がるココとミミが、もう一台のアーニメント社のワゴン車から出てきた。なんで、とは言わないがココとミミは夏の炎天下で長時間待機できないので時間ぎりぎりに出てくるのだ。

 ココとミミはフローラに挨拶した。さくらたちが「おはようございます」と他のダンサーにするのと同じように挨拶を返した。そして、さくらがココとミミに「今日は暑いけど、一緒に頑張ろうね?」と声をかけると、ココとミミは「まかせろ」というように両手の親指を立てて見せた。ちなみにこのポーズは『体調などに問題がない』を意味する部内のハンドサインでもある。そういったこともありココやミミの部内向けの定番の挨拶にもなっている。

 中継がある、とはいってもAMBが外から行うことであるので、以前のようにADなどがステージに来ることはなかったが、さっきまで寝ていた中継車のアンテナが立ち上がり急遽送られてきた女性アナウンサーがスタンバイしていた。

 二人組のローカルタレントの男性が予定通りプログラムを進め、フローラの出番の時間となった。ローカルタレントの背の高い男性が由利本荘の方言のアクセントでステージ袖を見ながらマイクで呼びかけた。

 「んだば、ココとミミを呼んでみるすかな? ココちゃんミミちゃん、きてけれ~」

 パークで使われているBGMが流れる。それに合わせてココとミミがステージに上がり、それを追いかけるようにフローラの3人が歩いていった。

 さすがに知名度の高いキャラクターだけあって、子供から大人まで関心を集めたようで客席からもココとミミに呼びかける声も聞こえた。フィギュアのファンの集団からも手を振られていた。

 ココとミミをステージの中心に立たせ、向かって右隣にフローラは並んだ。
 ローカルタレントの今度は背の低い方の男性が声をかけた。

 「もう、説明する必要もねっすなぁ~。みんな知ってるすべ? アーニメント・スタジオからやってきた、みんなご存じココさんとミミさんです、て、さん付けでいいんだすか?」

 秋田市基準の標準語と秋田方言の混ざった口調でそう訪ねた。いずみが(あざとい)モデルスマイルで答えた。

 「どうお呼びしてもいいんですよ? 私たちは親しみを込めてあえて、ココとミミ、て呼んでますけどね」
 「あー んだすかー。 あ、そうそう、こちらのやたらめんこいお嬢さん方もアーニメント・スタジオからお越しいただいた皆さんです。よかったら自己紹介を~」

 これは、さくらがマイクを持って答えた。

 「私たちはアーニメント・スタジオの魅力を皆さんにお伝えするために活動するパークアンバサダーです。今日はそのメンバーの中から、私たちフローラがご挨拶に伺いました」

 事前に台本を渡されているので、さくらは笑顔で流暢にそのセリフをマイクに載せた。そして、さくらはいずみと美咲を紹介してた。

 この日、ココとミミはパークの宣伝以外にも、INOUEグループで行う秋田観光キャンペーンの公式キャラクターに就任したことを伝え、西日本地区で流すCMや観光ガイド本、そして、秋田駅で販売するキャンペーングッズなどの紹介をしていた。

 そして、夏のイベントの紹介でココとミミが短いダンスを披露してお客さんから拍手を受けたころ、AMBの中継スタッフが動きだしてアナウンサーがカメラの前に立った。テレビを見れないので判断つかなかったが、どうやらすでに中継が始まっていたようだった。そのタイミングで、ローカルタレントの男性がステージを進め、いずみに話かけた。

 「フローラのみなさんも、実は持ち歌があるとか」
 「はい。私たちフローラの思いを込めた曲です。こちらのゲストの皆さんの中にも、お聞きいただいたことがある方がいらっしゃるかもしれませんね」
 「ほほう。じゃあ、さっそく披露していただきましょうか!」
 「はい!」

 AMBの複数のカメラが、ステージに並ぶフローラの姿に集中した。
 竿灯の時のステージの事があり、それを見ていた何人かのお客さんが気が付いて、「あの曲だよー」と友達や家族にささやいていたが、ほとんどのお客さんは『遊園地の広報係の歌』が始まると思っていたようだった。

 ほとんどがピンとこないなか、フィギュアのファンたちはあのステージの事を当然覚えていたようで、フローラがステージの中央で最初のポーズを決めている段階ですでにパイプ椅子を立ってコールの準備をしていた。

 ―― そして、フローラのデビュー曲『FLORA!』のイントロが流れ始めた。

 『広報係の歌』を予想していたお客さんたちは、さくらたちが歌い始めると思っていたのと違うと気が付いて、徐々に客席から手拍子が増えて行った。フィギュアのファンたちがコールを小さいながらも付けたことも影響したのだろう。だんだんと会場の空気にリズム感がプラスされていった。

 入れ替わりにステージ袖にいたわかばたちは、そのフローラのステージを見ていた。一応あの放送の録画は確認していたが、生でさくらたちが歌っているのは見たことはなかった。さつきと佐竹は「へー、なかなかじゃん」という感想を持っていたようだった。

 その中で、やはり経験が多いいずみの動きは美しく、すらりと伸びた脚と手のしなやかな動きは目を引いた。

 わかばは、そのいずみへ視線を釘付けにしていた。
 
さつきと佐竹からは顔が見えなかったが、もし見えていたらその赤く紅葉した表情にニヤニヤしたかもしれない。わかばは胸の前で重ねた両手で小さくゆっくり拍手のようにリズムをとりながら、汗が流れるのも構わずにそのステージを見つめていた。

 いずみの姿はわかばには新鮮で、それは、さつきや佐竹とも違う魅力があるように思えた。誰にも聞こえないような小さな声で「こんな、かっこいい人が秋田にいるなんて……」とつぶやいた。

 やがて、フローラの曲が終わり、最後のポーズを決めた時には会場から拍手が起こっていた。フィギュアのファンもコール&レスポンスができて満足したのか、その集団からも拍手が起こっていた。


 
 そのフローラのステージの様子は途中まで情報番組の中継コーナーで映像が使われていた。その番組は現地にいるさくらたちは見る事が出来なかったが、東京のスタジオではなかなか好評だった。MCを務める男性の芸人が「へー、最近の遊園地の広報さんってローカルアイドルみたいだったりするんですねぇ」と微妙に事実誤認していたが、それでも「なんか本格的ですね」と感心していた。
 フローラがステージ上で、お客さんに「ありがとうございました!」と挨拶しているシーンは番組の提供読みの際にも無音ながら映像が利用されていて、いずみがズームされてスポンサーのロゴとともに全国に流れていた。



 それから30分後。フローラとフィギュアも登場して最後のプログラムが進行していた。番組のエンディングで東京のスタジオの出演者とやり取りすることになった。

 会場のスピーカーが中継回線とつながれて、その音声が会場にも聞こえるようになった。カメラが回り、男性のローカルアイドルが東京のスタジオといくつか会話をすすめていると、男性芸人からわかばが指名された。前にもバラエティ番組で共演した事のある芸人で、わかばは「お、お久しぶりです!」とカメラの前で挨拶していた。

 「わかばちゃん、今日も噛んでる~?」
 「きょ、今日は噛んでないでしゅりょ! ……か、かみました~」

 スタジオでは笑い声が響いていた。
 東京でもやはりフィギュアの知名度はそれなりにあるようで、何人かの出演者もわかばの噛み芸をしっていたようだった。このやり取りで時間となり、MCの芸人は「それでは、また明日!」とまとめ、番組は終了した。そして、イベントもそのまま終了の時間となり、

 「んだば、お盆、楽しく過ごしてください。ご先祖様も帰ってくるからね」
 「ありがとねー! じゃあ、秋田の夏を満喫してください。まんず、ありがとね」

 というローカルタレントの言葉で締めくくられて最後のエンディングとなった。フローラもフィギュアも手を振り、ココとミミも挨拶してイベントは完全に終了した。


 

 運営委員のテントで撤収の挨拶に向かうと、ちょうどこそに白井プロのプロデューサーも挨拶に来ていた。SVは昨日の会議の事もあるので思い切って声をかけてみた。

 運営委員の邪魔にならないように白井プロのワゴンとアーニメント社のマイクロバスのちょうど間にある空いたスペースで話をした。プロデューサーはふんふんnと頷きながら話を聞いていた。SVはハンカチで汗を拭きながらプロデューサーに尋ねた。

 「まあ、そういことが社内で提案がされていまして……私としてもいい機会だと思いまして。いかがですか?」
 「なるほど、そういうことですか。あ! ちょっとまってください」

 そういうと胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、予定表を開いた。

 「練習の時間も必要ですよね……あ、でも、大丈夫そうです。3人の夏休みも考えて8月後半は出演や遠征もありませんので。でも、本当によろしいいんですか? 私としてはこういうお話を持ちかけていただけて大変うれしいのですか」
 「もちろんです。あの、ということは、お受けいただけるということで……」
 「はい! まだ断言はできませんが、よろしくお願いします! 細かい事は後でうちの事務員から書類を送らせていただきますので。あ、社長にも報告しないと……」
 
 SVはほっとした表情を浮かべた。正直にいうと断られるかなと思っていたのだ。フローラは人気が出てきたとはいえ、東北で1・2を争うローカルアイドルとはさすがに格が違うと思っていたので、ずうずうしいと思われるのではないかと心配していた。

 だが、フィギュアのプロデューサーはそういうことは何も言わないし、検討も前向きに考えてくれそうなので、SVは白井プロとフィギュアに対して好意的な印象をもった。

 「こちらこそよろしくお願いします。フローラもまだまだ新人ですので、もしよろしければいろいろ教えてやってください」
 「え? とんでもない! あのいずみさん、ですか? とても新人とは思えなかったですよ。 うちの子たちこそ学ぶべきことがたくさんあると思いました。今後ともよろしくおねがいします」



 SVがプロデューサーと話している間、マイクロバスの開けた窓からさくらは自分を呼ぶ声が聞こえた。その声の主を想像して、さくらはマイクロバスの電動ドアを開けた。

 「お、お母さん!」
 
 母親が白い帽子をかぶり、手にしたビニール袋をさくらに渡してきた。

 「ごめんね、また一回救急のところに戻らないと。これ、みんなで分けてね?」
 「う、うん、ありがとう」

 ビニール袋にはリフドレやお茶などの冷たい飲み物がたくさん入っていた。
 そこにプロデューサーと話を終えたSVが歩いてきた。SVはさくらが話している人物が誰だかわかると、急いでさくらのところまでやってきて頭をさげた。

 「さくらさんのお母様でいらっしゃいますね?」
 「はい、いつも娘がお世話になっております」
 「いえいえ、こちらこそ、いろいろご心配やご苦労をおかけしていると思います。娘さんはたいへん優秀なアンバサダーとして活躍していただいています」
 「あらあら~ そういわれると、私もなんだか照れちゃいますね~」

 この年頃の女の子にとって、親のこういう会話はくすぐったいし、何より猛烈に恥ずかしい。そんなわけでさくらは顔を赤くしていた。もちろん、親がはずかしいというわけではないし、年齢相応の自意識過剰の面もあるだろう。

 マイクロバスの窓が大きく開きカーテンが左右に揺れると、車内からさくらのよく知っている女の子が2人顔を出した。

 「あ! さくらのお母さんだ! こんにちわ!」
 「はじめまして」

 美咲は以前さくらの家にお邪魔したことがあるので顔を知っていたが、いずみには初対面だった。それは母親もいっしょなので、いずみの顔をみて「あー、あなたがいずみさんね」と声をかけた。

 そういって手なんか振るものだから、さすがにさくらも恥ずかしさが頂点に達して、「お、お母さん、も、もう……」と言葉にならない言葉で、わちゃわちゃと手を振って話をやめさせようとしていた。

 お盆期間最初のイベントはこうして終了し、わかばたちもさくらたちも、それなりに新鮮な体験をしてこの場を後にしていった。フィギュアたちとの仕事のことについては先方からの返事もすぐに来るだろうと考えていたので、「まあ、その時でいいわよね? 」と白井プロから回答を得られるまで黙っておくことにしたSVだった。

 この後、さくらたちはステージを1つこなして退勤し、わかばは事務所の出口でみそのと合流し、ワゴンで来た道を歩いて戻り駅前のカラオケにフィギュアのメンバーと一緒に入っていった。

 さくらたちにとっても、わかばたちにとっても、いろいろ忙しかったお盆の初日はこうして過ぎて行った。
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