オンステージ! ~アンサンブル・カーテンコール!~

岩谷ゆず

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第11章 過去と絆と友情と

(6) 顔合わせ

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 公務員の勤務日はカレンダーに忠実で、お盆明けのこの日から普通通りの勤務が始まっていた。昼休みのラッパが吹奏されると、厚生センターは制服や作業服装で混雑して構内のコンビニの前にあるソファーでは、陸曹の階級章がついた迷彩の作業服装の男性がラックから地元紙「千秋新報」を取り出して読んでいた。


 ASパーク アンバサダー広報強化へ 本県の魅力発信

 ASパークを運営するアーニメント社(以下ア社)は、パークの広報を担うパーク・アンバサダーの活動を強化するとともに本県の芸能事務所との連携を強化し、秋田の魅力を全国に発信する取組を強化する。ア社のプレスリリースによると、パークでショーなどの出演する一部ダンサーのタレント化をさらに進めるとともに、パーク外での活動について地元の芸能事務所と連携することでテレビやイベントなどでの出演機会を増やすこと狙うという。すでに東京に本社のあるア社関係会社のINOUEグループは本県の芸能事務所と交渉を始めている。(詳細は県央面 経済(県内)面)



 彼がその記事を読んで「ほほう」と思うっていると、後ろから緑の夏制服を着用した幹部の男性が声をかけた。その男性は胸に「飯島」という名札が付いていた。

 「安浦浜さん、おつかれさまです。それ、娘たちのですよね?」
 「ああ、飯島さん。おつかれさまです。なんか、そうみたいですね」
 
 安浦浜の方が実は飯島よりも階級は下なのだが、飯島は一般大学経由の幹部で、一方の安浦浜は年上なうえに高校卒業後すぐ入隊しているので経歴の面では安浦浜の方がベテランになる。中隊に配属されたあとに安浦浜からいろいろ指導を受けていた飯島は自然と敬語になり、安浦浜の方も階級が上の飯島には当然敬語になっていた。

 お互いに娘が関わっている事の記事だということで気にはしていたのだろう。去年の今頃、自分の娘がテレビに出たりアイドルのようなことをしたりというような事は想像さえしていなかったわけで、そう考えると、こういう記事を読むというのはいまだになんだか慣れない感覚でもある。

 「娘から聞きましたけど、飯島さんのお嬢さんのグループ人気があるそうですね」
 「そうなんですか? そういうのあんまり詳しくなくて。安浦浜さんのお嬢さんの方が人気あるんじゃないですか? テレビに出てたでしょ?」
 「どうなんですかねー。これからタレントみたいになっていくんですかね?」
 「なんか想像つかんですね。自分の娘がアイドルみたいになるのは」

 お互いに「ははは」と笑った。親としては、もちろんどうせやるなら人気も出てほしい。だが、それがどういうことなのかについてはまだ自覚もないし、想像もできない。
 とは秋田のような地方都市にいるということもあり、まさか本格的な芸能人になるとも思えないので、そこまで深刻に考えることなかった。そうなったらそうなったでまた別の考えもあるだろうが。

 その後しばらく関係のない雑談を交わし飯島がペットボトルのお茶を飲み干すとちょうど課業開始のラッパが流れ、二人とも午後の課業に戻るために庁舎へを戻っていった。



          **




 日が傾いてようやく涼しい風が吹き始めたころ、エアコンの風が若干寒く感じるようになったエンターテイメント棟の会議室では、社員たちが集まってプロジェクターに視線を向けていた。

 そこのはどこかの誰かがアップしたまとめサイトの記事があった。

 タイトルは
 
      「地方のテーマパークのアイドルがかわいい!?」

 というものでアンバサダー・キャストについてのものだった。記事の内容はテーマパークがローカルアイドルをデビューさせたという若干事実誤認の混ざった記事であったが、ブログ主はどうやらアイドルガールズ(仮)のプレイヤーらしく、アンバサダーに好意的な記事になっていた。
 

 そこに使われている画像は厳密に言えば著作権法違反なのだが、その点について触れる社員はいなかった。「宣伝してもらえるなら黙認」というのが社内の暗黙のルールだった。猫実部長は、他にも情報として挙げられたネット上の評判やテレビ局から送られてきた視聴者からのメッセージなどを確認していた。他の出演者の分は別にして、自分たちに関する視聴者のコメントは地元テレビ局を通じて送ってくれたのだ。

 その結果をもとにSVは出席者たちに向けて説明を始めた。

 「以上の通り、パーク・アンバサダーの認知度は確実に広がっています。今回のゲストアーティストの出演は、話題つくりの意味でも、新たなファン層への訴求の意味でも良い機会ではないかと考えます……」

 プロジェクターにはフィギュアの3人の宣材写真が映されていた。

 そして、SVが視線を一人の男性に送った。

 「それでは、白井プロダクションさんからご説明をいただきます。よろしくお願いします」

 メガネをかけた若い教師みたいな男性が立ち上がり一礼した。

 「ご紹介いただきました、白井プロダクション・フィギュア担当プロデューサーです。それでは私からフィギュアについてご説明させていただきます」







 会議室でSVが会議を続けている間、エンターテイメント棟の2階にかるトレーニングルームにはアウローラユニットの全員が集まっていた。9人全員で一つの曲のトレーニングを行っているところで、そのダンストレーニングに付き合っていたのはみそのだった。

 ダンサーとして先輩であり、リーダーと呼ばれるダンサーの中の「お姉さん」的ポジションにもいることもあって、席を外したトレーナーから指導するように言われていたのだった。

 みそのにとっても年が近いアンバサダーの後輩たちと練習するのは嫌いなことではないし、なにより、自分自身もつい2年前まではそんな風に先輩から指導されてきたこともあって熱心に指導していた。
 
 疲れが出てきたのか集中力が落ちてきたのか、舞と美咲がミスを連発し始めた。さくらとつばさも遅れ気味になりがちで、床を踏むダンススニーカーの音に統一感が無くなり始めていた。みそのは「むー」と少し考えてから休憩を入れることにした。疲れなど負けん気でナントカというような精神論はみそのがもっとも嫌う方法論なのだ。

 みそのも首に巻いたタオルで顔の汗を拭きながら、ドリンクボトルにいれたリフドレを口にしながら一息入れていた。トレーニングルームのエアコンの排気口だけでは淀んだ空気は清浄しきれないのでドアを開けて扇風機を回していた。同じように壁際に置いた自分のバッグからタオルを取り出して顔を拭いたいずみは、みそのに少し汗ばんだ顔を向けた。

 「みそのさん、お疲れじゃないですか?」
 「ん? 大丈夫だよ? オンステージよりこっちの方が涼しいしね」
 「でも、午前中もステージでてましたよね?」
 「大丈夫だって。もう心配しすぎ」

 そういって笑ったが、すぐに「んん?」と不思議そうな顔をした。

 「ん? 昨日練習付き合ったせいかな? なんか……」
 「どうしたんですか?」
 「むー、なんか妹の声が聞こえて……疲れたのかな?」
 
 おねーちゃーん……という声が聞こえたのだが、数秒後にはいずみの耳にも同じ声が届いた。そして、それがはっきり聞こえると不意に柔らかい衝撃がみそのの体を包んだ。みそのがその衝撃の元に視線を向けると、朝ダイニングで一緒にご飯を食べた顔がそこにあった。暑さからなのか額にはうっすら汗が浮かんでいた以外は、いつものよく知った笑顔だった。


 「わかば!? なんでここにいるの!?」
 「おーねーちゃん! あのね、あのね! すごいんだよ! 今度いずみさん達と一緒にまたステージに立つんだよ! 今日この後、顔合わせするからってプロデューサーさんがねー!」
 「そうなのいずみちゃん?」
 「えーと、私はまだ聞いてないですね……」

 みそのが言葉をかけた相手が誰なのかニコニコしていたわかばが気が付いたらしい。

  え? え? と視線を交互に送るとみそのから離れて深々と頭を下げた。

 「あ、あの! すみません! はしゃいじゃって!」

 いずみはみそのの様子がおかしいのか、あるいはかわいいと思ったのか優しそうな笑みを浮かべていた。

 「話はまだ聞いてないけど、そういうことなんでしょ? じゃあ、またよろしくね? わかばちゃん」

 「は、はい! よろしくおねがいしまふ! ……あぁ、噛みました……」 

 顔を赤くするわかばを見て、みそのもいずみも互いに視線を交わして少し笑った。



 つぎにわかばに気が付いたのはフェアリーリングの3人だった。
 壁際で座っていた藤森がやってきて楽しそうにわかばに声をかけた。

 「わかばちゃん! どうしてここにいるんですか!? なにかお仕事ですか!?」
 「はい! あ、このあと、トレーナーさんからお話があるかと~」

 舞と広森もやってきて、「わかばちゃん、こんにちわ!」と声をかけた。
 いずみはその様子が意外だったらしく、目の前にいた舞に聞いた。

 「知り合いだったの?」
 「えへへ。竿灯のお祭りの時に偶然に、ね?」
 「そうなんだ。りさだけかと思ってた」

 広森さんは……と言いかけて、いずみは何か得体のしれない影を感じてすっと言葉を流した。その広森は(濁っているが)優しい笑顔でわかばと藤森・舞のやり取りをみていた。広森の予想外に発生した至福の時間はトレーナーが佐竹とさつきを連れて戻ってきて打ち切られた。この二人の姿を見た瞬間の広森の瞳に(汚い)輝きが宿ったのを見たものはいなかった。

 みんな、ちょっときてとトレーナーが言うと、フィギュアの3人を囲むようにみんなが集まってきた。3人を並べてトレーナーが口を開いた。

 「まあ、説明の必要はないと思うけど、一応ね。白井プロ所属のアイドル、『Figure!』のわかばさん、さつきさん、そしてリーダーの佐竹さんよ」

 よろしくおねがいします! と3人が頭を下げると、アンバサダーたちも同じように挨拶を返した。こほん、と軽く咳払いをして、トレーナーが話の続きをした。

 「さて、これはもうほぼ決定なので教えておくわね。今練習しているアンバサダー・オン・エアーステージのゲストプレビューイベントに、フィギュアの3人がゲストアーティストとして参加します。歌う曲はもちろん、メインの『Now on Air!!』ね」

 こまちとつばさがそれを知ってテンションをあげていた。

 「ホントに!? すげー! マジでなんかアイドルっぽいじゃん、うちら!」
 「一緒! リアルアイドル!」

 さくらはその話を聞いても、意外とあまりピンとこなかったらしい。
 美咲が興味深そうに「おおー」と反応しているのを見て、少し困ったような笑顔を見せていた。もちろん、わかばたちが嫌いとかそういうわけではない。むしろ好意的なくらいで、どちらかというとアンバサダーのステージにアイドルが出るという事があまり想像できていないというだけなのだろう。


 初顔合わせになるSTARの3人は、わかばたちにあれこれ聞いていた。
 わいわいとにぎやかに顔合わせを済ませると、トレーナーが手にした配布資料を軽くパラパラと確かめてからフィギュアの3人も含めて全員に配り始めた。紙の乾いた音が小さく流れて、みんなは目を通しながらあれこれ口にしていた。

 トレーナーが腰に手を当ててみんなの顔を見ながら口を開いた。

 「さて、これからの予定だけど、全体練習はあさって以降に行っていくから。スケジュールはその紙にある通り。高校生組は夏休みが終わるから、しばらくはステージより練習優先ね。わかったか?」

 はい! とみんなが返事をする。その返事に満足すると、トレーナーは紙に視線を移して一回確認してからいずみに顔を向けた。

 「それで、"Now on Air!!"はフローラとフィギュアはステージ前列を担当するから、一緒のトレーニングする予定になってる。そのつもりでね」
 「はい、わかりました」
 「後列を担当するユニットも気を抜くなよ。ユニットごとの出演シーンは注目もされるし、マスコミにも紹介されるんだから、そこを忘れないように」

 また全員から「はい!」という返事が返ってきて、トレーナーは満足したようだった。歌詞カードと仮歌の入ったCDをフィギュアの3人に渡した。

 「これを渡しておくから練習しておいてね。ここで練習してもいいからね」
 
 さつきがそれを「ありがとうございます」と答えながら、「あー、でもうちの事務所の上にレッスンスタジオありますし。ダンス・ボーカル兼任の先生が…」と付け加えた。それを聞いたトレーナーは珍しく「ふむ…」と少し考え込んだ。

 「それは構わないが……いや、あいつ、歌もダンスも気合で何とかしようとする奴だからなぁ……アイドルとしてはともかく……」
 佐竹のとなりに立ついずみが「そうなの?」と聞くと、「えへへ……」と何とも答えずらそうな顔をしていた。トレーナーがいずみを見て教えた。

 「いや、いずみも知ってるはずだぞ? モデル時代何度か行ってるんだろ?」
 
 佐竹が「ほら、あのポニテの……若い先生だよ?」と言われてピンときた。
 確かに何度かポージングのレッスンを受けに行ったとき

 「ポージングは気合です!」
 「気合があれば多少無理のあるポーズもなんとかなります!」

 とかいう先生がいたなぁと思いだした。あの時確か大学の1年でバイトだったはずだから、へー、まだやってたんだ、と変に感心した。教育文化学部で保健体育の専修とかいってたので妙に納得した記憶がある。トレーナーの話しぶりからみて、多分先輩後輩の関係かなんかなのだろう、いずみはそう考えた。

 みそのはステージが1つ残っているので、トレーナーと交代してコスチュームのイシューに向かった。その後トレーナーの指導の下で仮歌のCDを一度みんなで聞いて、何度か一緒にメインのリズムを歌ってみたりしているうちに終わりの時間となり、みんなでオフィスへと向かって行った。
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