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第11章 過去と絆と友情と
(7) 絆と友情と
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アウローラのメンバーがロッカールームで着替えている間、フィギュアのメンバーはオフィスの応接エリアに案内されて、久保田が出してくれた冷たい麦茶で一服していた。丁寧なことに、グラスの結露でぬれないように使い捨てのコースターまで用意されていた。3人は自分たちの事務所が段ボールと整理されてない諸々と、仲間のアイドルたちの落書きが書かれたホワイトボードなどでわちゃわちゃしているのに比べて、アウローラ・ユニットオフィスがすっきりと整理されてきれいになっているのに驚いているようで、きょろきょろとあたりを見渡していた。ちょっと落ち着かないようでもあった。
そこに会議や打ち合わせを終えたSVとプロデューサーがオフィスに戻ってきた。夏でもシャツにネクタイ姿のプロデューサーは、フィギュアの3人を見つけると応接エリアまでやってきて、少し面白そうに顔を眺めた。
「どうだった? うまくやれそうか?」
佐竹は麦茶を半分飲み干してプロデューサーに顔を向けた。
「大丈夫ですよ。事務所は違ってもやることは同じでしょ? 課題をこなしてステージを成功させるだけです」
プロデューサーは少し苦笑いした。佐竹は性格的にいつも他の子よりほんの少しお姉さんなのだ。そのことを知っているからフィギュアのリーダーを任せているのだ。だが、せっかく違う環境に来たのだから、何かもう少し驚くなり戸惑うなりするところをちょっと見てみたいとも思うプロデューサーだった。
久保田はみんなが着替え終えることにあわせて麦茶のはいったやかんと紙コップ、そして差し入れされたお菓子の箱を開けて応接エリアのテーブルの上に置いておいた。佐竹が睨みをきかせていたおかげか、さつきもお行儀よくみんながくるまで我慢していた。
着替えを終えて退勤時間まで少し時間があり、その間ちょっとした交流会も兼ねたお茶会が始まった。もともと仲良くなっていたこともあって、わかばはフェアリーリングの3人といっしょにおしゃべりを楽しみ、わかばと舞、藤森に囲まれて広森は(少し歪んだ)笑顔を浮かべて至福の時間を堪能していた。
わかばは、まだいずみには少し遠慮があるようで、いずみと目があってニッコリとモデルスマイルを返されると、「えーとっ えーとっっ」と少しあわてた。
さつきも、つばさや美咲と気が合うようで田澤とこまちと車座になって何かをわいわい話していた。
一方で、さくらは人見知りという特性を最大限発揮し、それとなく応接エリアの端っこに立っていた。差し入れのお菓子をお礼をひとこと言ってモグモグすると、何かを考えるようにお菓子を見ながらひとり掛けの小さなソファに座っていた。
いずみと話していた佐竹がそれに気が付いたようだったが、「話しかけたりするのはよくないのかな?」となんとなく思って声はかけなかった。その後、美咲がさくらを呼んでさつきに紹介すると、佐竹もそのことを意識の外に飛ばした。
やがて退勤時間となった。
いずみが首から下げたカードホルダーに入ったIDカードを手に取ると、さつきとまだ話していた美咲が応接エリアのパーテーションから顔だけ出した。
「いずみん、先帰るのー?」
「ん? あ、コンビニよるから」
「同じ電車でしょー? 駅でねー」
「はいはい」
いずみは、タイムレコーダーの時間を確認して、いつもしているようにカードリーダーにIDカードを軽くタッチさせた。その動作はもはや条件反射みたいなもので無意識だった。
―― ピッ
"オツカレサマデシタ"
「はい、おつかれさま――」
そこまで言って、いずみの手はIDカードをかざした状態で止まった。
何となく背中から視線を感じたのだ。
「いずみちゃん、機械にぃ挨拶するんだねぇ!」
ハッと気が付いて振り返ると、そこには美咲とさつきが「にしし」という悪戯っ子のような笑いを浮かべた二つの顔が並んでいた。
「いやー、いずみんは真面目だからねー」
「み、美咲がはじめたんでしょ!」
顔を赤くして美咲に反論したいずみだったが、それが返って恥ずかしくなってそれ以上は何も言わなかった。いずみは、美咲とさつきがどうやら同じような種類の子だということを認識してブラックコーヒーを飲み干したような渋い顔をしていた。
**
高校生組にとっても、パークの運営上でも夏休み期間最終日となった火曜日。
東北は夏休みが短く、小中高の学校はこの日で夏休みが終わるところがほとんどだ。この日、パークのメインエントランスでは夏休み最後の日を家族や友達と過ごそうというゲストで平日の割に長い列ができていた。昨年の夏までは最終日も列ができる事は無かったから、パークの再建計画の効果が多少なりともあらわれてきたのだろう。関係者はそれぞれのポジションで仕事をしながらそう思っていた。
午後になって、ステージが終わりエンターテイメント棟のオフィスに戻ってきたフローラの3人は、白井プロのトレーニングウェアをきたフィギュアがオフィスから出てきたところにちょうど遭遇した。着替えは「いろいろな問題がある」ということでアウローラのロッカーを使ってもらっている。久保田の配慮で開いていたロッカーを3人に貸し出しておいたのだ。
わかばはさくらたちを見つけると、「お、おつかれさまですぅ~」と頭を下げた。さくらが「わかばちゃん、おつかれさま」とにっこり微笑んで挨拶を返すと、さつきも「おつおつぅ~」と美咲に手を振っていた。美咲にとってさつきは、さくらほどではないものの波長がなんとなくあう存在らしい。
だが、佐竹の方はちょっと様子が違った。
もちろん仲が悪いとか、なにかいがみ合っているなどということはない。いずみとはリーダー同士お互いのユニットについて話したりしている。ただ、美咲やさくらとは"お仕事"の関係を超えていない様子だった。
その結果、わかばといずみ、美咲とさつきの間にはちょっとした友情のようなものができつつあるのに、佐竹とさくらの関係性はどう表記したらよいのかわからない変な緊張感のようなものがある。もともと人見知りなさくらの性格もあって、さくらと佐竹の間には微妙な薄いアクリル板が建っているようにも見える。ご丁寧なことに、どうやら静電気まで帯電しているようだった。
さくらと佐竹の間に微妙な距離がある中、美咲やわかばが少しの間雑談のあとフィギュアの3人はトレーニングルームへ向かって行った。フローラもこのあと歌唱とダンスのトレーニングを行う予定で、それはフィギュアの3人と合同で行う。いずみはその3人の背中を見送りながら、無言で視線を天井に向けた。そして「むー……」と考えていると、美咲が「いずみん、着替えないとー」と声をかけてきたので、振り向いてロッカールームへ歩き始めた。
ロッカールームで着替えている間、美咲が珍しく「むー…」と考え込んでいた。さつきからいろいろ聞いたらしく、アイドルという存在が思った以上に厳しい世界だと感じたらしい。髪を直していたいずみに、美咲が唐突に聞いた。
「ねえ、いずみん、彼氏とかいる?」
いずみは手にしていたトレーニングウェアを落としそうになった。
「い、いきなり何を!?」
「さつきちゃんに聞いたんだけど、さつきちゃんも学校で男子とかと話しするの気を付けてるとかいってて……あ、私たちは女子高だから関係ないけど」
話に巻き込まれたさくらは、「あはは……」とごまかすような微笑みを見せた。さつきに聞いた話は美咲にとっては重要なことだったらしい。
「なんていうかさ、雑談しかしてないけど、フィギュアの子たちもいろいろ大変なんだなぁって思って。私たちもこれから有名になったら覚悟きめないとなのかも」
「そういうのは、有名になってから考えた方がいいと思うよ?」
着替えを終えてロッカールームを出ると、ちょうどそこにオフィスに戻ってきたSVがいた。SVは3人を見ると「あら、おつかれさま。これからフィギュアとトレーニングね?」と声をかけた。
美咲が少し意を決したような表情でSVに顔を向けた。
「あの、SV! 聞きたいことが……」
「どうしたの? 改まって?」
「フィギュアの子たちと話してて気になったことがあって。私たちのことで」
珍しく美咲が真面目に聞こうとしているのがわかったからか、SVはうなずいて話を促した。
ゴクリと生唾を飲んだ美咲が、瞳に真剣な光を宿らせて尋ねた。
―――― 私たち、恋愛禁止なんですか?
SVは言葉の意味を整理しながら一度視線を天井に向け、何を言い出すのかという表情で前髪に右手をやりながらこたえた。
「……なんでそーなるのよ?」
「ええ!? だって、さつきちゃん達が言ってましたよー!? スキャンダルになるからとかなんとか!」
真面目に心配している美咲に、SVは腕を組みながら答えた。
「美咲はアイドルじゃないでしょ?」
「――― あ」
**
トレーナーさんのエイトカウントにあわせてダンスを練習していたフローラとフィギュアの6人は、トレーニングルームの中に"きゅっ"というスニーカーが床をこする音をリズミカルに響かせていた。
大量の汗をかきTシャツもインナーが透けそうになるほど濡れたころ、トレーナーは熱疲労を避けるためにいったん休憩させることにした。
「はい、いったん休憩。水分とって汗ふいて。じゃあ、私はいったんオフィスに戻るから15分間休憩ね」
はい、という2列に整列した6人の声が響いた。
6人は列を崩し、いずみは顔を洗いにメイクルームに行くといい、美咲とさつきが付いていくという。そして、わかばはロッカールームにドリンクの予備を取りに戻ると言って出て行った。壁際に座るさくらと、鏡を見ながら汗を拭く佐竹がトレーニングルームに残った。
ついさっきまでのにぎやかだったトレーニングルームは一挙に静かになった。
別にギスギスするとか、そういうことはなかった。だが、室内の空気は粘性が増したように思えるほど、流動性のない沈黙した風がじわじわと流れていて、さくらは精神値を少しずつ減少させていった。一方の佐竹は、年上であり、かつフィギュアのリーダーという余裕があるのか特に何も言ってはこなかったし、反応もなかった。
さすがにさくらも気まずくなった。
フィギュアのメンバーとあまり話していないのは、アウローラの中ではさくらしかいないのだ。
でも、何を話そう……
いやな汗がダラダラ流れてくるのを感じた。
佐竹が気配に気が付いたのか、くるっと顔を向けてきた。さくらは「えへへ……」と笑顔を作って見せたが、自分でも不自然じゃないかという自覚はあった。佐竹は少し視線をそらしてから、もう一度さくらに顔を戻した。
「無理にしゃべったりすることないと思うけど」
「ふえ!?」
変な声が出てしまった。
「みんながみんなコミュ力高いわけじゃないし。まあ、アイドルみたいなことしててコミュ力不足なのはどうかと思うけど、人並みにあれば、まあいいんじゃない?」
「そ、そうかな?」
こくん、と佐竹は一度頷いたが、それ以上は何も言わなかった。
そして首にタオルを巻くと、さくらにクールな表情を向けた。
「顔、洗ってくるから。聞かれたら教えておいて」
「う、うん。わかった」
ドアを静かに開けて佐竹が出ていくと、ふーーーーーっと長いため息をついた。居なくてうれしい、というわけではもちろんないが、何となく気が楽になったのは事実だった。ドリンクボトルのストローを口につけて、削れた精神値を回復させようとリフドレを思いっきり吸い込んだ。
さつきは、美咲より一足先にトレーニングルームに戻ってきた。ガラス越しにスマホの音楽プレイヤーアプリを使いながら、目を閉じて床に座っているさくらが見えた。そっとドアを開けると、さくらの前までいって隣に座った。最初気が付いてなかったさくらだったが、さつきに気が付くとビクッと体を動かして少し驚いた。
んふふー、とさつきは笑うと、銀色の紙に包まれた四角いチョコレートを一粒とりだした。
「甘いもの食べるとぉ、頭も体もぉ、疲れ取れるんだってぇ。不思議だねぇ? 人体の驚異?」
「う、うん。ありがとう」
「美咲ちゃんもぉ、チョコ食べて元気回復してたよぉ。甘いものを食べると、みんな幸せになるからぁ、さくらちゃんもいっぱい食べるといいよぉ」
それにはどう答えていいかわからなかったので、あはは、と笑って返したが、それでさつきは満足らしい。
トレーナーさんと一緒に他のメンバーが戻ってくるまでの5分間、さつきとしばらくそうやっておしゃべりが続いた。佐竹は楽屋から戻るとガラス越しにその光景を見て意外そうな顔をしていたが、さくらもさつきも気が付くことはなかった。
**
ようやく日が落ちて風に涼しさが混じり始めた。夕暮れが近づいて空はオレンジ色から紺色へと染まってゆく途中で、穏やかに吹く風がパークの木々をゆらしてサラサラと音を鳴らしていた。
フェアリーガーデン周辺のグリーティングから戻ってきた藤森たちが、オフィスに戻り「もどりました~」といういつもの挨拶をした。3人とも「森のコンサート」のキャストと共通のコスチュームを少しアレンジしたものを着用していた。19世紀ごろのイギリスの田舎に住む少女のような、長めのスカートに大きな帽子、というアニメに出てきそうなコスチュームだった。
その様子に気が付いたわかばが、応接エリアのパーテーションから顔をだした。
応接エリアにはほかに佐竹とさつきが座って休憩していた。
ロッカールームからも声が聞こえて、フローラの2人が何かやっていた。美咲が張り切り過ぎたのか筋肉痛でも起こしていたようで、いずみが指導しながらストレッチしていたらしい。
「りさちゃん、お帰りなさい~」
「わかばちゃん、おつかれさまですー レッスン終わりですか?」
「はい! 今日はプロデューサーさんが迎えに来たらおしまいです」
ですよね? と佐竹にわかばが確認すると手にしていたスマホを確認した。
「うん。まあ、あと1時間くらいかな」
佐竹が所在なさげに視線を窓に向け、さつきが楽しそうにお菓子を口にしていたのが広森には見えた。ようは暇なんだろうな、と広森は思った。
あと1時間…… と広森が考えていると、なにかに思い当たった。
「それなら、みんなで花火見に行きませんか?」
わかばとさつきが表情を明るくした。
「花火見えるんですか!?」
「花火かぁ~ 最近見てないねぇ~」
ただ、オフィスの窓から方角的に見えない。本社D館から見て南西の方角に打ち上げ場があるので壁で見えないのだ。そのことに気が付いた舞が提案した。
「じゃあ、駐車場に行きますか? あそこならよく見えますよね?」
城野がそれを聞いて机から身を乗り出して注意した。
「今の時間、駐車場、車の出入り多いから注意するのよ? それと、時間になったらもどってきてね」
はーい、と6人が返事をした。
なんかドタバタしそう……そう思った舞は、最近の出来事を思い出した。
ついこの間、帰りに電車で一緒になったさくらと話していて教えてもらったことがあった。
「……あ! そうだ! それだったらいい場所が!」
そう聞かれた城野は「ん? なんかあったっけ?」と首をかしげていた。
さくらは、トレーニングウェアを風にさらしながら空を見ていた。その場所はビルの屋上の割には小さな噴水と大きめの花壇があって、ちょっとした公園のようになっていた。花壇にはインパチエンスや日日草、マリゴールドなどの色とりどりの花が風に揺れていた。いわゆる「屋上緑化」というもので、もともと立ち入りが制限されていた本社D館の屋上に従業員が使える公園のようなものとして整備された場所だった。
さくらはこの場所が気に入っていた。風が涼しくて、何気なくステップを刻む度に風が体をなでていくのがうれしくて少し夢中になっていた。そして、振りつけを最後まで終えると動きを止めて芝生の上に座り込んだ。足を延ばして座っていると、青の花を咲かせたその枝が風に身を躍らせていて、青い色が好きなさくらの視線を釘付けにした。
右を向いてその花を見ていたさくらは、視線を正面に戻した。
そこには人影があり、自分を見下ろしていた。
その女の子には見覚えがあった。
「え? あ、うわああ! あ、佐竹ちゃん?」
「えーと、ごめん、脅かすつもりはなかったんだけど、見て回ってたら……」
「そ、そうなんだ」
佐竹もさくらが見た花壇に視線を向けた。さくらが見たのとはちがう別の株も枝を伸ばしていたが、そちらはまだつぼみが多く、これから咲くように見えた。佐竹は少し意外そうな顔をした。
「こういうの、好きなんだ。ピンクとか好きそうと思ってた」
「名前が、"さくら"、だから?」
「まあ、なんかイメージも」
「そうなんだ」
会話の最後が"そうなんだ"で終わりがちなことを自覚しながら、さくらはそう答えた。
佐竹は特に気にしているようではなかった。佐竹はその花壇の前に立っていたプレートを見て、この花が『エボルブルス(アメリカンブルー)ヒルガオ科』ということに気が付いた。ただ、佐竹は花にさして興味はないのでそれ以上は会話のネタにしなかった。
さくらがどうしようか悩んでいると、舞とさつきが一緒にやってきた。
舞はさくらを見つけると嬉しそうに声をかけてきた。
「さくらちゃん、ここにいたんだ。ごめんね、騒がしくなっちゃって」
「え? 別に、いいんだよ? ここ、公園だし」
さつきがウィンクしながら、さくらに事情を説明した。
「さくらちゃんがねぇ、舞ちゃんに教えてくれたんでしょぉ? それでね、みんなでみにきたんだよぉ、花火!」
そろそろだってぇ みんなぁ、あっちにいるよぉ?
さつきはさくらにそういって誘ってきたので、さくらも立ち上がってみんなの方に行くことにした。舞がいうには美咲といずみも後から来るという。
さくらが西側のフェンスのそばまで行くと、そこにはわかばと藤森がいて、なにか楽しそうにおしゃべりしていた。舞とさつき、佐竹がなにかパークの方を指差しながら話をしていて、広森が5人を(濁った)優しい微笑みを浮かべて見守っていた。
それは既視感を伴う景色で、つい最近も同じようなことがあった気がした。
「さくら! やっぱこっちだったんだ!」
美咲の声が聞こえて、さくらは声のする方へと振り向いた。
ガラス戸をあけた美咲の後ろに、いずみと、STARの3人もいた。
その時、既視感の理由がわかった。そうだ、ほんのちょっと前、アウローラのメンバーが社内教育を終えたとき、駐車場で同じようにみんなで空を見上げていた。さくらは、あの時、あの光に照らされたステージにみんなで立つんだと心を決めた。
美咲といずみが同じようにフェンスの前でさくらに並んだ時、さくらはなぜだかうれしくなって、「遅いよ、ふたりとも」と普段なら言わないようなことをいった。
「ごめんごめん、いずみんのストレッチが厳しくてねぇ~」
「美咲がポンコツすぎるだけじゃないかしら?」
「いずみんは見た目ドSっぽいけど、中身もなかなかですな~」
「あらあら~ そういう趣味ですかぁ? もっと痛くしてあげてもよくってよ?」
お互いに人の悪そうな笑顔で仲良く牽制しあっているのをみて、さくらは、「まあまあ、ほら、花火はじまるよ」と空に視線を向けた。微かに流れるパークのBGMが風に乗って届いていた。
ファンファーレが流れた後、そらに1つ、大きな花が咲いた。
それに続いて、白、黄色、青の光が空に広がり、赤や緑の輝きもそれに続いた。
フェアリーリングの3人と藤森が楽しそうに空を見ながら微笑んでいた。そして、佐竹とさつきがSTARの3人と一緒に空に輝く花を見上げていた。さくらは美咲といずみに囲まれて一緒により一層深い紺色になった空を見つめていた。そのさくらの表情にさつきは気が付いた。さっきよりも表情が明るいような気がしたのだ。
その時、つばさが美咲といずみを呼んだ。なに~? と美咲が返事をして、いずみも一緒にそちらに向かった。一人になったさくらの隣にさつきがそっと歩み寄った。さくらと同じ視線を空に重ねていたさつきは、「んふー」と小さく笑うと、さくらにその微笑んでみせた。
「さくらちゃんはぁ、美咲ちゃんといずみちゃんとぉ、ホントに仲良しさんなんだねぇ?」
そう聞かれたさくらは、視線をさつきに向けた。その言葉の意味を一瞬考えたが、すぐに素直にその意味を解釈して、少し照れたような表情をさつきにみせた。
「うん。私の、大事なお友達、なんだ」
そうなんだー、とさつきは笑って答えた。
東北の短い夏は終わりに近づき、この庭園に咲く夏の花も、最後の輝くを見せようと鮮やかな花びらを空へと向け、風に揺られながらカラフルな色の波を描いていた。風が吹く度に花びらが舞いあがると花火の光と重なって、この庭園に小さな星空を作っていた。
この目の前に広がる景色は、この前みんなで花火を見たあの日よりもさらに輝いて見えた。9人のアウローラの仲間たちに、フィギュアの3人もここにいる。また一つ、世界が広がったようにさくらは思えて、その空と花畑で広がる夏の色彩の中にいるアウローラとフィギュアのみんなの顔を眺めた。
来年も、この先の未来もみんなといっしょにいる。
さくらは素朴にそう信じて、視線をみんなの見上げる空へと戻した。
――― 来年、この景色を眺めるとき、隣には誰がいるんだろう?
そこに会議や打ち合わせを終えたSVとプロデューサーがオフィスに戻ってきた。夏でもシャツにネクタイ姿のプロデューサーは、フィギュアの3人を見つけると応接エリアまでやってきて、少し面白そうに顔を眺めた。
「どうだった? うまくやれそうか?」
佐竹は麦茶を半分飲み干してプロデューサーに顔を向けた。
「大丈夫ですよ。事務所は違ってもやることは同じでしょ? 課題をこなしてステージを成功させるだけです」
プロデューサーは少し苦笑いした。佐竹は性格的にいつも他の子よりほんの少しお姉さんなのだ。そのことを知っているからフィギュアのリーダーを任せているのだ。だが、せっかく違う環境に来たのだから、何かもう少し驚くなり戸惑うなりするところをちょっと見てみたいとも思うプロデューサーだった。
久保田はみんなが着替え終えることにあわせて麦茶のはいったやかんと紙コップ、そして差し入れされたお菓子の箱を開けて応接エリアのテーブルの上に置いておいた。佐竹が睨みをきかせていたおかげか、さつきもお行儀よくみんながくるまで我慢していた。
着替えを終えて退勤時間まで少し時間があり、その間ちょっとした交流会も兼ねたお茶会が始まった。もともと仲良くなっていたこともあって、わかばはフェアリーリングの3人といっしょにおしゃべりを楽しみ、わかばと舞、藤森に囲まれて広森は(少し歪んだ)笑顔を浮かべて至福の時間を堪能していた。
わかばは、まだいずみには少し遠慮があるようで、いずみと目があってニッコリとモデルスマイルを返されると、「えーとっ えーとっっ」と少しあわてた。
さつきも、つばさや美咲と気が合うようで田澤とこまちと車座になって何かをわいわい話していた。
一方で、さくらは人見知りという特性を最大限発揮し、それとなく応接エリアの端っこに立っていた。差し入れのお菓子をお礼をひとこと言ってモグモグすると、何かを考えるようにお菓子を見ながらひとり掛けの小さなソファに座っていた。
いずみと話していた佐竹がそれに気が付いたようだったが、「話しかけたりするのはよくないのかな?」となんとなく思って声はかけなかった。その後、美咲がさくらを呼んでさつきに紹介すると、佐竹もそのことを意識の外に飛ばした。
やがて退勤時間となった。
いずみが首から下げたカードホルダーに入ったIDカードを手に取ると、さつきとまだ話していた美咲が応接エリアのパーテーションから顔だけ出した。
「いずみん、先帰るのー?」
「ん? あ、コンビニよるから」
「同じ電車でしょー? 駅でねー」
「はいはい」
いずみは、タイムレコーダーの時間を確認して、いつもしているようにカードリーダーにIDカードを軽くタッチさせた。その動作はもはや条件反射みたいなもので無意識だった。
―― ピッ
"オツカレサマデシタ"
「はい、おつかれさま――」
そこまで言って、いずみの手はIDカードをかざした状態で止まった。
何となく背中から視線を感じたのだ。
「いずみちゃん、機械にぃ挨拶するんだねぇ!」
ハッと気が付いて振り返ると、そこには美咲とさつきが「にしし」という悪戯っ子のような笑いを浮かべた二つの顔が並んでいた。
「いやー、いずみんは真面目だからねー」
「み、美咲がはじめたんでしょ!」
顔を赤くして美咲に反論したいずみだったが、それが返って恥ずかしくなってそれ以上は何も言わなかった。いずみは、美咲とさつきがどうやら同じような種類の子だということを認識してブラックコーヒーを飲み干したような渋い顔をしていた。
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高校生組にとっても、パークの運営上でも夏休み期間最終日となった火曜日。
東北は夏休みが短く、小中高の学校はこの日で夏休みが終わるところがほとんどだ。この日、パークのメインエントランスでは夏休み最後の日を家族や友達と過ごそうというゲストで平日の割に長い列ができていた。昨年の夏までは最終日も列ができる事は無かったから、パークの再建計画の効果が多少なりともあらわれてきたのだろう。関係者はそれぞれのポジションで仕事をしながらそう思っていた。
午後になって、ステージが終わりエンターテイメント棟のオフィスに戻ってきたフローラの3人は、白井プロのトレーニングウェアをきたフィギュアがオフィスから出てきたところにちょうど遭遇した。着替えは「いろいろな問題がある」ということでアウローラのロッカーを使ってもらっている。久保田の配慮で開いていたロッカーを3人に貸し出しておいたのだ。
わかばはさくらたちを見つけると、「お、おつかれさまですぅ~」と頭を下げた。さくらが「わかばちゃん、おつかれさま」とにっこり微笑んで挨拶を返すと、さつきも「おつおつぅ~」と美咲に手を振っていた。美咲にとってさつきは、さくらほどではないものの波長がなんとなくあう存在らしい。
だが、佐竹の方はちょっと様子が違った。
もちろん仲が悪いとか、なにかいがみ合っているなどということはない。いずみとはリーダー同士お互いのユニットについて話したりしている。ただ、美咲やさくらとは"お仕事"の関係を超えていない様子だった。
その結果、わかばといずみ、美咲とさつきの間にはちょっとした友情のようなものができつつあるのに、佐竹とさくらの関係性はどう表記したらよいのかわからない変な緊張感のようなものがある。もともと人見知りなさくらの性格もあって、さくらと佐竹の間には微妙な薄いアクリル板が建っているようにも見える。ご丁寧なことに、どうやら静電気まで帯電しているようだった。
さくらと佐竹の間に微妙な距離がある中、美咲やわかばが少しの間雑談のあとフィギュアの3人はトレーニングルームへ向かって行った。フローラもこのあと歌唱とダンスのトレーニングを行う予定で、それはフィギュアの3人と合同で行う。いずみはその3人の背中を見送りながら、無言で視線を天井に向けた。そして「むー……」と考えていると、美咲が「いずみん、着替えないとー」と声をかけてきたので、振り向いてロッカールームへ歩き始めた。
ロッカールームで着替えている間、美咲が珍しく「むー…」と考え込んでいた。さつきからいろいろ聞いたらしく、アイドルという存在が思った以上に厳しい世界だと感じたらしい。髪を直していたいずみに、美咲が唐突に聞いた。
「ねえ、いずみん、彼氏とかいる?」
いずみは手にしていたトレーニングウェアを落としそうになった。
「い、いきなり何を!?」
「さつきちゃんに聞いたんだけど、さつきちゃんも学校で男子とかと話しするの気を付けてるとかいってて……あ、私たちは女子高だから関係ないけど」
話に巻き込まれたさくらは、「あはは……」とごまかすような微笑みを見せた。さつきに聞いた話は美咲にとっては重要なことだったらしい。
「なんていうかさ、雑談しかしてないけど、フィギュアの子たちもいろいろ大変なんだなぁって思って。私たちもこれから有名になったら覚悟きめないとなのかも」
「そういうのは、有名になってから考えた方がいいと思うよ?」
着替えを終えてロッカールームを出ると、ちょうどそこにオフィスに戻ってきたSVがいた。SVは3人を見ると「あら、おつかれさま。これからフィギュアとトレーニングね?」と声をかけた。
美咲が少し意を決したような表情でSVに顔を向けた。
「あの、SV! 聞きたいことが……」
「どうしたの? 改まって?」
「フィギュアの子たちと話してて気になったことがあって。私たちのことで」
珍しく美咲が真面目に聞こうとしているのがわかったからか、SVはうなずいて話を促した。
ゴクリと生唾を飲んだ美咲が、瞳に真剣な光を宿らせて尋ねた。
―――― 私たち、恋愛禁止なんですか?
SVは言葉の意味を整理しながら一度視線を天井に向け、何を言い出すのかという表情で前髪に右手をやりながらこたえた。
「……なんでそーなるのよ?」
「ええ!? だって、さつきちゃん達が言ってましたよー!? スキャンダルになるからとかなんとか!」
真面目に心配している美咲に、SVは腕を組みながら答えた。
「美咲はアイドルじゃないでしょ?」
「――― あ」
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トレーナーさんのエイトカウントにあわせてダンスを練習していたフローラとフィギュアの6人は、トレーニングルームの中に"きゅっ"というスニーカーが床をこする音をリズミカルに響かせていた。
大量の汗をかきTシャツもインナーが透けそうになるほど濡れたころ、トレーナーは熱疲労を避けるためにいったん休憩させることにした。
「はい、いったん休憩。水分とって汗ふいて。じゃあ、私はいったんオフィスに戻るから15分間休憩ね」
はい、という2列に整列した6人の声が響いた。
6人は列を崩し、いずみは顔を洗いにメイクルームに行くといい、美咲とさつきが付いていくという。そして、わかばはロッカールームにドリンクの予備を取りに戻ると言って出て行った。壁際に座るさくらと、鏡を見ながら汗を拭く佐竹がトレーニングルームに残った。
ついさっきまでのにぎやかだったトレーニングルームは一挙に静かになった。
別にギスギスするとか、そういうことはなかった。だが、室内の空気は粘性が増したように思えるほど、流動性のない沈黙した風がじわじわと流れていて、さくらは精神値を少しずつ減少させていった。一方の佐竹は、年上であり、かつフィギュアのリーダーという余裕があるのか特に何も言ってはこなかったし、反応もなかった。
さすがにさくらも気まずくなった。
フィギュアのメンバーとあまり話していないのは、アウローラの中ではさくらしかいないのだ。
でも、何を話そう……
いやな汗がダラダラ流れてくるのを感じた。
佐竹が気配に気が付いたのか、くるっと顔を向けてきた。さくらは「えへへ……」と笑顔を作って見せたが、自分でも不自然じゃないかという自覚はあった。佐竹は少し視線をそらしてから、もう一度さくらに顔を戻した。
「無理にしゃべったりすることないと思うけど」
「ふえ!?」
変な声が出てしまった。
「みんながみんなコミュ力高いわけじゃないし。まあ、アイドルみたいなことしててコミュ力不足なのはどうかと思うけど、人並みにあれば、まあいいんじゃない?」
「そ、そうかな?」
こくん、と佐竹は一度頷いたが、それ以上は何も言わなかった。
そして首にタオルを巻くと、さくらにクールな表情を向けた。
「顔、洗ってくるから。聞かれたら教えておいて」
「う、うん。わかった」
ドアを静かに開けて佐竹が出ていくと、ふーーーーーっと長いため息をついた。居なくてうれしい、というわけではもちろんないが、何となく気が楽になったのは事実だった。ドリンクボトルのストローを口につけて、削れた精神値を回復させようとリフドレを思いっきり吸い込んだ。
さつきは、美咲より一足先にトレーニングルームに戻ってきた。ガラス越しにスマホの音楽プレイヤーアプリを使いながら、目を閉じて床に座っているさくらが見えた。そっとドアを開けると、さくらの前までいって隣に座った。最初気が付いてなかったさくらだったが、さつきに気が付くとビクッと体を動かして少し驚いた。
んふふー、とさつきは笑うと、銀色の紙に包まれた四角いチョコレートを一粒とりだした。
「甘いもの食べるとぉ、頭も体もぉ、疲れ取れるんだってぇ。不思議だねぇ? 人体の驚異?」
「う、うん。ありがとう」
「美咲ちゃんもぉ、チョコ食べて元気回復してたよぉ。甘いものを食べると、みんな幸せになるからぁ、さくらちゃんもいっぱい食べるといいよぉ」
それにはどう答えていいかわからなかったので、あはは、と笑って返したが、それでさつきは満足らしい。
トレーナーさんと一緒に他のメンバーが戻ってくるまでの5分間、さつきとしばらくそうやっておしゃべりが続いた。佐竹は楽屋から戻るとガラス越しにその光景を見て意外そうな顔をしていたが、さくらもさつきも気が付くことはなかった。
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ようやく日が落ちて風に涼しさが混じり始めた。夕暮れが近づいて空はオレンジ色から紺色へと染まってゆく途中で、穏やかに吹く風がパークの木々をゆらしてサラサラと音を鳴らしていた。
フェアリーガーデン周辺のグリーティングから戻ってきた藤森たちが、オフィスに戻り「もどりました~」といういつもの挨拶をした。3人とも「森のコンサート」のキャストと共通のコスチュームを少しアレンジしたものを着用していた。19世紀ごろのイギリスの田舎に住む少女のような、長めのスカートに大きな帽子、というアニメに出てきそうなコスチュームだった。
その様子に気が付いたわかばが、応接エリアのパーテーションから顔をだした。
応接エリアにはほかに佐竹とさつきが座って休憩していた。
ロッカールームからも声が聞こえて、フローラの2人が何かやっていた。美咲が張り切り過ぎたのか筋肉痛でも起こしていたようで、いずみが指導しながらストレッチしていたらしい。
「りさちゃん、お帰りなさい~」
「わかばちゃん、おつかれさまですー レッスン終わりですか?」
「はい! 今日はプロデューサーさんが迎えに来たらおしまいです」
ですよね? と佐竹にわかばが確認すると手にしていたスマホを確認した。
「うん。まあ、あと1時間くらいかな」
佐竹が所在なさげに視線を窓に向け、さつきが楽しそうにお菓子を口にしていたのが広森には見えた。ようは暇なんだろうな、と広森は思った。
あと1時間…… と広森が考えていると、なにかに思い当たった。
「それなら、みんなで花火見に行きませんか?」
わかばとさつきが表情を明るくした。
「花火見えるんですか!?」
「花火かぁ~ 最近見てないねぇ~」
ただ、オフィスの窓から方角的に見えない。本社D館から見て南西の方角に打ち上げ場があるので壁で見えないのだ。そのことに気が付いた舞が提案した。
「じゃあ、駐車場に行きますか? あそこならよく見えますよね?」
城野がそれを聞いて机から身を乗り出して注意した。
「今の時間、駐車場、車の出入り多いから注意するのよ? それと、時間になったらもどってきてね」
はーい、と6人が返事をした。
なんかドタバタしそう……そう思った舞は、最近の出来事を思い出した。
ついこの間、帰りに電車で一緒になったさくらと話していて教えてもらったことがあった。
「……あ! そうだ! それだったらいい場所が!」
そう聞かれた城野は「ん? なんかあったっけ?」と首をかしげていた。
さくらは、トレーニングウェアを風にさらしながら空を見ていた。その場所はビルの屋上の割には小さな噴水と大きめの花壇があって、ちょっとした公園のようになっていた。花壇にはインパチエンスや日日草、マリゴールドなどの色とりどりの花が風に揺れていた。いわゆる「屋上緑化」というもので、もともと立ち入りが制限されていた本社D館の屋上に従業員が使える公園のようなものとして整備された場所だった。
さくらはこの場所が気に入っていた。風が涼しくて、何気なくステップを刻む度に風が体をなでていくのがうれしくて少し夢中になっていた。そして、振りつけを最後まで終えると動きを止めて芝生の上に座り込んだ。足を延ばして座っていると、青の花を咲かせたその枝が風に身を躍らせていて、青い色が好きなさくらの視線を釘付けにした。
右を向いてその花を見ていたさくらは、視線を正面に戻した。
そこには人影があり、自分を見下ろしていた。
その女の子には見覚えがあった。
「え? あ、うわああ! あ、佐竹ちゃん?」
「えーと、ごめん、脅かすつもりはなかったんだけど、見て回ってたら……」
「そ、そうなんだ」
佐竹もさくらが見た花壇に視線を向けた。さくらが見たのとはちがう別の株も枝を伸ばしていたが、そちらはまだつぼみが多く、これから咲くように見えた。佐竹は少し意外そうな顔をした。
「こういうの、好きなんだ。ピンクとか好きそうと思ってた」
「名前が、"さくら"、だから?」
「まあ、なんかイメージも」
「そうなんだ」
会話の最後が"そうなんだ"で終わりがちなことを自覚しながら、さくらはそう答えた。
佐竹は特に気にしているようではなかった。佐竹はその花壇の前に立っていたプレートを見て、この花が『エボルブルス(アメリカンブルー)ヒルガオ科』ということに気が付いた。ただ、佐竹は花にさして興味はないのでそれ以上は会話のネタにしなかった。
さくらがどうしようか悩んでいると、舞とさつきが一緒にやってきた。
舞はさくらを見つけると嬉しそうに声をかけてきた。
「さくらちゃん、ここにいたんだ。ごめんね、騒がしくなっちゃって」
「え? 別に、いいんだよ? ここ、公園だし」
さつきがウィンクしながら、さくらに事情を説明した。
「さくらちゃんがねぇ、舞ちゃんに教えてくれたんでしょぉ? それでね、みんなでみにきたんだよぉ、花火!」
そろそろだってぇ みんなぁ、あっちにいるよぉ?
さつきはさくらにそういって誘ってきたので、さくらも立ち上がってみんなの方に行くことにした。舞がいうには美咲といずみも後から来るという。
さくらが西側のフェンスのそばまで行くと、そこにはわかばと藤森がいて、なにか楽しそうにおしゃべりしていた。舞とさつき、佐竹がなにかパークの方を指差しながら話をしていて、広森が5人を(濁った)優しい微笑みを浮かべて見守っていた。
それは既視感を伴う景色で、つい最近も同じようなことがあった気がした。
「さくら! やっぱこっちだったんだ!」
美咲の声が聞こえて、さくらは声のする方へと振り向いた。
ガラス戸をあけた美咲の後ろに、いずみと、STARの3人もいた。
その時、既視感の理由がわかった。そうだ、ほんのちょっと前、アウローラのメンバーが社内教育を終えたとき、駐車場で同じようにみんなで空を見上げていた。さくらは、あの時、あの光に照らされたステージにみんなで立つんだと心を決めた。
美咲といずみが同じようにフェンスの前でさくらに並んだ時、さくらはなぜだかうれしくなって、「遅いよ、ふたりとも」と普段なら言わないようなことをいった。
「ごめんごめん、いずみんのストレッチが厳しくてねぇ~」
「美咲がポンコツすぎるだけじゃないかしら?」
「いずみんは見た目ドSっぽいけど、中身もなかなかですな~」
「あらあら~ そういう趣味ですかぁ? もっと痛くしてあげてもよくってよ?」
お互いに人の悪そうな笑顔で仲良く牽制しあっているのをみて、さくらは、「まあまあ、ほら、花火はじまるよ」と空に視線を向けた。微かに流れるパークのBGMが風に乗って届いていた。
ファンファーレが流れた後、そらに1つ、大きな花が咲いた。
それに続いて、白、黄色、青の光が空に広がり、赤や緑の輝きもそれに続いた。
フェアリーリングの3人と藤森が楽しそうに空を見ながら微笑んでいた。そして、佐竹とさつきがSTARの3人と一緒に空に輝く花を見上げていた。さくらは美咲といずみに囲まれて一緒により一層深い紺色になった空を見つめていた。そのさくらの表情にさつきは気が付いた。さっきよりも表情が明るいような気がしたのだ。
その時、つばさが美咲といずみを呼んだ。なに~? と美咲が返事をして、いずみも一緒にそちらに向かった。一人になったさくらの隣にさつきがそっと歩み寄った。さくらと同じ視線を空に重ねていたさつきは、「んふー」と小さく笑うと、さくらにその微笑んでみせた。
「さくらちゃんはぁ、美咲ちゃんといずみちゃんとぉ、ホントに仲良しさんなんだねぇ?」
そう聞かれたさくらは、視線をさつきに向けた。その言葉の意味を一瞬考えたが、すぐに素直にその意味を解釈して、少し照れたような表情をさつきにみせた。
「うん。私の、大事なお友達、なんだ」
そうなんだー、とさつきは笑って答えた。
東北の短い夏は終わりに近づき、この庭園に咲く夏の花も、最後の輝くを見せようと鮮やかな花びらを空へと向け、風に揺られながらカラフルな色の波を描いていた。風が吹く度に花びらが舞いあがると花火の光と重なって、この庭園に小さな星空を作っていた。
この目の前に広がる景色は、この前みんなで花火を見たあの日よりもさらに輝いて見えた。9人のアウローラの仲間たちに、フィギュアの3人もここにいる。また一つ、世界が広がったようにさくらは思えて、その空と花畑で広がる夏の色彩の中にいるアウローラとフィギュアのみんなの顔を眺めた。
来年も、この先の未来もみんなといっしょにいる。
さくらは素朴にそう信じて、視線をみんなの見上げる空へと戻した。
――― 来年、この景色を眺めるとき、隣には誰がいるんだろう?
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