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第1章 Opening Window…
(3) 美咲とさくら
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秋田市の拠点センターとして整備されたビルの2階にある大ホール。
ホールの吹き抜けを見下ろしながら通路を奥へ進むと、入り口に係員がいて、奥へと誘導していた。受け付け順に椅子に案内され、いくつかの集団に分かれていた。さくらとは違うグループには、美咲が背中合わせで座っていた。舞台上の大きなスクリーンには職種を説明する動画が流れている。
"ゲストコントロール・キャストはパーク内でのショーやイベントにおいてゲストの誘導などを行うキャストです。パーク内では今後ショーエンターテイメントを充実させる予定ですので、ゲストコントロールキャストの役割はとても重要です。なお、ショーに出演するエンターテイメント部門へのキャスティングをご希望のかたは、別途オーディションが必要ですので、その旨をお知らせください"
動画を見ていると、男性キャストが説明してくれた。スーツ姿でネームタグを身に着けたその男性キャストは遊園地の職員というよりホテルマンのようだと、さくらは感じた。
「高校生ということは、今のところゲストコントロールキャストのみですね。どういう仕事かご存知ですか?」
「詳しくは、わからないです。」
「今日、この後面接を受けてみますか?」
「あの、今日は、まだ、話を聞くだけのつもり、だったので」
「なるほど、では、流れを簡単にご説明いたします」
静かに続くさくらと担当キャストとのやり取りとは真逆の光景が見えたのは、美咲の面接ブースだった。
「広告で見た、ダンスとかする仕事をしてみたいです!」
と美咲は元気いっぱいに答えていた。もちろん無い胸を張るのも忘れない。
「ダンスの経験は?」
「ありません! でも、体を動かすのは好きです。スポ少で野球やってました!」
「そうですか。では、オーディションの参加登録を進めていきますので、課題曲をお渡ししますから当日までに練習してきてください。なにかご質問はありますか?」
「テレビに出るとか、そういうこともあるって書いてありましたけど」
「えーとですね…… そっちのほうはすでに経験者とか養成所に通ってるセミプロみたいな方が応募してまして…… なかなか難しかと」
「やっぱり経験者が有利ですか?」
「そうですね。どうしますか?」
「受けないと可能性ゼロですよね、じゃあ、オーディション受けます!」
「わかりました、手続しておきましょう。あと、お仕事の内容を親御さんにちゃんと説明しておいてくださいね」
「はい!」
文字通りの満面の笑みで、美咲は答えた。
その美咲の姿を一人の(戸籍上は)男性のキャストが4歩ほど下がった場所で見ていた。美咲が席を立った後、少し長めのやたらきれいな髪をしたそのキャストは、その担当者に何か一言告げる。面接画面が表示されたノートPCのキーボードを、これまたやたらに手入れされた指で叩く。顔だけ左に向けると、視線で美咲の背中を追っていた。
さくらは面接の資料をもって帰ろうとしていた時だった。面接へ案内してくれた久保田と、ホールの入り口でばったり出会った。久保田はさくらが面接を受けたとわかり、表情を和らげていた。
「あ、説明会受けられたんですね」
「はい、ありがとうございました」
「何か聞きそびれたこと、ありませんか? 私でよければ答えますよぉ」
その時、帰ろうとする美咲が久保田の後ろを通っていくのが見えた。
"エンターテイメント部 オーディション資料"という封筒を持っているのが目にとまった。
「高校生でも、ショーとか、パレードとか、出れるんですか?」
「そうですよ。もちろん学業に影響の出ない範囲でですけど。興味、ありますか?」
「えと……私、部活とかスポーツとかやったことないし、そういうの、同じ高校生ができるなんて、すごいなって」
「誰だって最初は未経験者ですし。現役のダンサーさんのなかにはダンスの経験がなくても合格した人はいましたよ」
「そう、なんですか? 」
「そうですよ! ようするに頑張る気持ち、これです! あの、わたし、今日はお手伝いでここにいますけど、私の仕事はそのエンターテイメントの仕事なんですよ」
「出演する人、なんですか?」
「残念ですけど、ちがいます。事務の仕事なんです」
久保田は表情を変え、セールストークをする営業レディのような顔をする。
「まだ、公表されてないですけど、エンターテイメントの部門でプロジェクトが始まるので、エンターテイメントのキャストを目指すなら今がお得ですよ! オープニングスタッフってことですから! 伝統の第1歩になれますよ~!」
ちょうどそこに携帯がなる。セールスレディの顔は一瞬で崩れてわたわたし始めた。
「あ、ごめんなさいっ」
さっきまでの表情の落差を見て、大変そうだな、とさくらは思った。なんだかかわいく思えて、小さな笑顔を見せて軽く頭を下げた。
「あの、ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」
電話はすぐに終わり、久保田は「はぁ~」とため息をついていた。自分を呼ぶ声が後ろから聞こえ、「ひゃいっ!」という意味不明な声を上げてしまった。
「スーパーバイザーさんですか。ごめんなさい、電話してたもので」
スーパーバイザー、略してSVと呼ばれることが多い役職名で呼ばれたのは美咲の面接ブースでノートPCに何かを書き込んでいた(戸籍上は)男性のキャストだった。
「あの子は?」
「エンタに興味があるみたいで」
「応募してもらえるならありがたいわ。ダンスクラブ出身とか、そんなのばっかり」
「女の子ばっかりですね」
「男子ももっとがんばってよね。このままだと、女子だけになりそう」
「えー、男性ユニットはなしですか?」
「いくら男の子がいても、求めてるものと違うなら意味ないもの」
「地方ですし、ダンサーを目指す男の子少ないのかもしれませんね」
「首都圏とかにまで求人は出せないわよ」
「あー、新幹線! そろそろ乗らないと間に合いませんよ!?」
「もうそんな時間? おじさま、どこいったのかしら」
周りを見渡すが、探している人物はいないようだった。
「まったく、親類とはいえ一介の社員を会議に同行させるなんて」
「社運のかかったプロジェクトなんですから。さぁさぁ、頑張ってきてください!」
久保田はしぶるSVの背中を押して、ブース裏の控室に押し込めていった。
説明会の帰りに、まっすぐ帰る気がしなくて、結局あちこち寄り道しているうちにこんな時間になってしまった。明るいうちに帰った方がよかったかなと、さくらは駅前のロータリーで思った。街の中とはいえ、羽後いずみ駅の周辺も午後8時ごろには暗くなっている。
そこから歩いて10分。井川医院の看板が見えてくる。その小さな病院につながる一軒家の玄関ドアのカギを開ける。玄関から先も灯りはついているが、それは、今さくらを迎えに来た猫のためだった
テーブルの上に母の書置き「大学病院に応援に行くから、ごはんは自分で」と書かれている。右下にはごめんねーと書き込まれていた。一応自炊もできるさくらは母とお揃いの自分用エプロンを着て料理を始めた。フライパンでパスタを茹でる「時短わざ」を使い、市販のルーを加えてさっさと仕上げる。いざ食べようとダイニングのテーブルに座ると飼い猫がテーブルにのる。
「だめだよー」
とおろそうとするが、それを無視して猫はパスタの臭いをかぐ。あまりにしつこくかぐので、なんだかおかしくなってくる。
「おいしく、できたよ。がんばったんだよ?」
と声をかけたが、今度はぷいっとテーブルから降りてしまった。
「ほめてくれても、いいのに」
猫の気まぐれに苦笑していると、テーブルに置いてあった説明会でもらったパンフットに目が留まった。
「……初めてのバイト、だし。ゲストコントロールでいいよ、ね?」
ホールの吹き抜けを見下ろしながら通路を奥へ進むと、入り口に係員がいて、奥へと誘導していた。受け付け順に椅子に案内され、いくつかの集団に分かれていた。さくらとは違うグループには、美咲が背中合わせで座っていた。舞台上の大きなスクリーンには職種を説明する動画が流れている。
"ゲストコントロール・キャストはパーク内でのショーやイベントにおいてゲストの誘導などを行うキャストです。パーク内では今後ショーエンターテイメントを充実させる予定ですので、ゲストコントロールキャストの役割はとても重要です。なお、ショーに出演するエンターテイメント部門へのキャスティングをご希望のかたは、別途オーディションが必要ですので、その旨をお知らせください"
動画を見ていると、男性キャストが説明してくれた。スーツ姿でネームタグを身に着けたその男性キャストは遊園地の職員というよりホテルマンのようだと、さくらは感じた。
「高校生ということは、今のところゲストコントロールキャストのみですね。どういう仕事かご存知ですか?」
「詳しくは、わからないです。」
「今日、この後面接を受けてみますか?」
「あの、今日は、まだ、話を聞くだけのつもり、だったので」
「なるほど、では、流れを簡単にご説明いたします」
静かに続くさくらと担当キャストとのやり取りとは真逆の光景が見えたのは、美咲の面接ブースだった。
「広告で見た、ダンスとかする仕事をしてみたいです!」
と美咲は元気いっぱいに答えていた。もちろん無い胸を張るのも忘れない。
「ダンスの経験は?」
「ありません! でも、体を動かすのは好きです。スポ少で野球やってました!」
「そうですか。では、オーディションの参加登録を進めていきますので、課題曲をお渡ししますから当日までに練習してきてください。なにかご質問はありますか?」
「テレビに出るとか、そういうこともあるって書いてありましたけど」
「えーとですね…… そっちのほうはすでに経験者とか養成所に通ってるセミプロみたいな方が応募してまして…… なかなか難しかと」
「やっぱり経験者が有利ですか?」
「そうですね。どうしますか?」
「受けないと可能性ゼロですよね、じゃあ、オーディション受けます!」
「わかりました、手続しておきましょう。あと、お仕事の内容を親御さんにちゃんと説明しておいてくださいね」
「はい!」
文字通りの満面の笑みで、美咲は答えた。
その美咲の姿を一人の(戸籍上は)男性のキャストが4歩ほど下がった場所で見ていた。美咲が席を立った後、少し長めのやたらきれいな髪をしたそのキャストは、その担当者に何か一言告げる。面接画面が表示されたノートPCのキーボードを、これまたやたらに手入れされた指で叩く。顔だけ左に向けると、視線で美咲の背中を追っていた。
さくらは面接の資料をもって帰ろうとしていた時だった。面接へ案内してくれた久保田と、ホールの入り口でばったり出会った。久保田はさくらが面接を受けたとわかり、表情を和らげていた。
「あ、説明会受けられたんですね」
「はい、ありがとうございました」
「何か聞きそびれたこと、ありませんか? 私でよければ答えますよぉ」
その時、帰ろうとする美咲が久保田の後ろを通っていくのが見えた。
"エンターテイメント部 オーディション資料"という封筒を持っているのが目にとまった。
「高校生でも、ショーとか、パレードとか、出れるんですか?」
「そうですよ。もちろん学業に影響の出ない範囲でですけど。興味、ありますか?」
「えと……私、部活とかスポーツとかやったことないし、そういうの、同じ高校生ができるなんて、すごいなって」
「誰だって最初は未経験者ですし。現役のダンサーさんのなかにはダンスの経験がなくても合格した人はいましたよ」
「そう、なんですか? 」
「そうですよ! ようするに頑張る気持ち、これです! あの、わたし、今日はお手伝いでここにいますけど、私の仕事はそのエンターテイメントの仕事なんですよ」
「出演する人、なんですか?」
「残念ですけど、ちがいます。事務の仕事なんです」
久保田は表情を変え、セールストークをする営業レディのような顔をする。
「まだ、公表されてないですけど、エンターテイメントの部門でプロジェクトが始まるので、エンターテイメントのキャストを目指すなら今がお得ですよ! オープニングスタッフってことですから! 伝統の第1歩になれますよ~!」
ちょうどそこに携帯がなる。セールスレディの顔は一瞬で崩れてわたわたし始めた。
「あ、ごめんなさいっ」
さっきまでの表情の落差を見て、大変そうだな、とさくらは思った。なんだかかわいく思えて、小さな笑顔を見せて軽く頭を下げた。
「あの、ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」
電話はすぐに終わり、久保田は「はぁ~」とため息をついていた。自分を呼ぶ声が後ろから聞こえ、「ひゃいっ!」という意味不明な声を上げてしまった。
「スーパーバイザーさんですか。ごめんなさい、電話してたもので」
スーパーバイザー、略してSVと呼ばれることが多い役職名で呼ばれたのは美咲の面接ブースでノートPCに何かを書き込んでいた(戸籍上は)男性のキャストだった。
「あの子は?」
「エンタに興味があるみたいで」
「応募してもらえるならありがたいわ。ダンスクラブ出身とか、そんなのばっかり」
「女の子ばっかりですね」
「男子ももっとがんばってよね。このままだと、女子だけになりそう」
「えー、男性ユニットはなしですか?」
「いくら男の子がいても、求めてるものと違うなら意味ないもの」
「地方ですし、ダンサーを目指す男の子少ないのかもしれませんね」
「首都圏とかにまで求人は出せないわよ」
「あー、新幹線! そろそろ乗らないと間に合いませんよ!?」
「もうそんな時間? おじさま、どこいったのかしら」
周りを見渡すが、探している人物はいないようだった。
「まったく、親類とはいえ一介の社員を会議に同行させるなんて」
「社運のかかったプロジェクトなんですから。さぁさぁ、頑張ってきてください!」
久保田はしぶるSVの背中を押して、ブース裏の控室に押し込めていった。
説明会の帰りに、まっすぐ帰る気がしなくて、結局あちこち寄り道しているうちにこんな時間になってしまった。明るいうちに帰った方がよかったかなと、さくらは駅前のロータリーで思った。街の中とはいえ、羽後いずみ駅の周辺も午後8時ごろには暗くなっている。
そこから歩いて10分。井川医院の看板が見えてくる。その小さな病院につながる一軒家の玄関ドアのカギを開ける。玄関から先も灯りはついているが、それは、今さくらを迎えに来た猫のためだった
テーブルの上に母の書置き「大学病院に応援に行くから、ごはんは自分で」と書かれている。右下にはごめんねーと書き込まれていた。一応自炊もできるさくらは母とお揃いの自分用エプロンを着て料理を始めた。フライパンでパスタを茹でる「時短わざ」を使い、市販のルーを加えてさっさと仕上げる。いざ食べようとダイニングのテーブルに座ると飼い猫がテーブルにのる。
「だめだよー」
とおろそうとするが、それを無視して猫はパスタの臭いをかぐ。あまりにしつこくかぐので、なんだかおかしくなってくる。
「おいしく、できたよ。がんばったんだよ?」
と声をかけたが、今度はぷいっとテーブルから降りてしまった。
「ほめてくれても、いいのに」
猫の気まぐれに苦笑していると、テーブルに置いてあった説明会でもらったパンフットに目が留まった。
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