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第3章 それぞれのはじまり
(2) はじめてのオンステージ
しおりを挟むユニバーシティのクラスで田所たちが説明したように、アーニメント・スタジオではゲストがいる場所をオンステージ、それ以外の楽屋や裏側のことをバックステージと呼ぶ。
そのバックステージとオンステージをつなぐ場所はたくさんあるのだが、今さくらたちがいる場所のように、作業用の車が出入りできるような大きな扉がある場所を慣習的に「木戸《きど》」と呼んでいる。SVもみんなもさらりと流して当たり前のように使っている言葉だが、目の前の「パイレーツ裏木戸」と呼ばれるこの場所の扉はオンステージ側の見た目はともかく、実際の素材はアルミ製だった。
その木戸は固く閉じられているが、その脇にあるコの字に残された部分は人が通り抜けることができるようになっている。9人でそこを鴨の一家のようにぞろぞろと通り抜ける。いかにも工場か何かのように見えるバックステージとは雰囲気が一変し、そこは海賊たちが出てきそうなカリビアンな街並みだった。ここで写真を撮影すればその時代にいるように見えるだろう。
……店の前の写真付きのポスターや原色バリバリの広告のぼり、店員の黄色いアクリル繊維感抜群のパーカーさえ目に入らなければ、だが。
舞やさくらが率直に目をキラキラさせているのに、いずみはあきらかに落胆している。SVとしては視線を空に向けて「のぼりだけでも何とかしないと……」と決意を固めたんだか面倒が増えてイヤなんだか、他人には判別できない表情で頭をかくしかなかった。
パイレーツコーストの街を抜け、パークエントランス近くのテーマエリア「スチームストリート」にある広場へ向かう。その広場は写真を撮ったりするゲストがよく使う場所で、花壇の向こう側には公園が見渡せ、その公園の先にはパークのシンボルである「いばら姫の城」が見える。広場の端にみんなを並ばせながら、SVが説明を始めた。
「あの『いばら姫の城』はパークの中心にあたります。基本的にあのお城の前に出ればどのテーマエリアにも行けるようになってます」
お城の前にある公園の周囲には大きい道路があり、緩やかなU字型に公園を囲んでいる。道路ではないがお城の前の広いコートも通り抜けできるので実際にはぐるりと一周道路で囲まれているのと同じだ。このつくりは東京の大手テーマパークと同じだが、公園の中心に比較的大きめな噴水とプールがある点が異なる。
噴水は上にふたをしてステージにすることもできる……のだが、SVがいうには実際に使ったことは今まで一度もないとのことだった。
配られたガイドマップをみんなで見ながら、パーク内の地理をSVが説明してゆく。
アーニメント・スタジオはパーク内をいくつかのテーマ性をもったエリアに分けている。このテーマ性をもったエリアを「テーマエリア」と呼び、メインエントランスからお城をみて6時の方法から順に時計回りに次のように配置されている。
・スチームストリート
蒸気機関が創る懐かしい街並み
・パイレーツコースト
海のロマンあふれる世界
・アドベンチャー・ラグーン
冒険への旅立ちの街
・フェアリーガーデン
魔法が息づくおとぎの国
・フロンティア・オブ・プログレス
人類の英知と未来の街
このほか、パークのテコ入れ策としてフェアリーガーデンとアドベンチャー・ラグーンの境付近に西部開拓時代の銀鉱山を模した「シルバーラッシュ・ヒル」というエリア、そして、ココとミミの住む猫の街「キャットプレイス」がフロンティア・オブ・プログレスの近くに現在来年度の開業を目指して工事中となっている。
この2つのエリアは再建計画がうまくいかないと判断された時には真っ先に商業施設に転用される計画となっている。
説明が終わり、みんなでパークを一周することになる。最初に向かったのは先ほど通ったパイレーツコーストだった。(のぼりやポスターを見ないことにすれば)アドベンチャーラグーンへとつながる海に見立てた人工池までの街並みは、それなりに美しい作りになっている。
港には私掠船「トルトゥーガ・フリゲート」号が停泊していて自由に中を見ることができる。
海まで抜け私掠船の止まる港を左に進むと1960~70年代ごろの冒険映画のような世界が広がる。ここアドベンチャー・ラグーンは東南アジアをイメージして作られていて、どちらかというと大人向けのエリアと言える。
港の正面にある灯台のある島は「スター・ライトハウス・アイランド」と呼ばれる要塞で、港を防衛しているということだった。こまちとつばさは、あちこち視線を忙しく向けて、文字通り目を輝かせていた。
鉄道、船、車、そして銃や冒険グッズなど、「そういうのが好き」な人種にとってはテンションが上がるエリアだ。
ここでも自動販売機やのぼりなどが目につくのだが、時代背景はまあ、現在に近いということでほかのエリアに比べれば違和感がまだ小さい。アトラクションもどちらかと言えば「クレーン」を模したもの、ジープに乗ってジャングルに向かうものなどの凝ったもので、それなりに人気もありゲストの姿も多く見かける。
海沿いに奥に進んでゆくとアーニメント・パシフィック鉄道の駅と交通船乗り場があり、鉄道はここからパークを半周してフロンティア・オブ・プログレスまでをつないでいる。
鉄道オタクでもあった初代の監督が特に気合を入れて建設したもので、「実寸スケールの鉄道模型」と大喜びしていたという。駅は端頭式と呼ばれる櫛形のホームとなっていて、北米大陸で1946年ごろに製造されていたものをモデルにしたディーゼル機関車のけん引する列車が、本線上を行き来している。
列車は編成名が付けられていて、アーニメントよりも前に開業したテーマパークの鉄道好きだった創業者に敬意を表し、アナハイム・バーバンク・ブエナビスタ・フロリダ・トウキョウとそれぞれ名称が機関車の先頭部分に掲げられている。
交通船「ラグーン・ボートトラフィック・カンパニー」は、島へと向かう小さな船で、これ自体は単なる交通手段だが、見た目は1950年代ごろの交通艇のようになっている。
SVは、このまま歩いて他のエリアへ移動しようと考えていたが、鉄道のマネージャーが「まだゲストも少ないので」ということで列車に乗っていくよう勧めてくれて、パークを半周しつつフロンティア・オブ・プログレスへと向かうことに。
みんなでマネージャーに御礼をいい、駅のオフィスからホームにでて列車に乗り込む。ホームに止まっていたのはブエナビスタ編成の黄色い車体の列車で、デッキに貼られた説明文によると、「往年の長距離列車リオグランデ・ゼファーの勇姿を再現」しているらしい。列車は遊園地によくあるベンチが並んだものではなく、車両の両端にドアのついたデッキがありそこから乗り込むタイプになっている。
ゲストの邪魔にならないよう4両ある客車の最後尾に乗車する。最後尾にはキャスト用の乗務員室があり、つばさが覗き込むと、運転台らしき計器類が見えた。つばさはすぐに、列車が折り返す時にここで運転するんだな、と気が付いた。
座席自体は進行方向に並行する長いベンチシートで、パーク外周側の座席が1段高くなっている。パーク内側を向く窓は大きく作られていて景色が良く見えるようになっている。 外周側はバックステージが見えてしまうことから、ゲストが開けようとしてもあかないようにはめ込み式の木製ルーバー窓になっている。
こまちが嬉々として後ろの高い方の座席に座り、さくらは一番端っこの座席を陣取った。美咲はつばさと一緒に前の座席に座りはしゃいでいた。いずみは、本格的な作りの列車の雰囲気が気に入ったらしく、客室や駅を見回しながら「ふーん」と感心していた。
トレインマスター・キャストが
「走行中は窓から手を出したり、立ち上がったりしないようお願いします」
と案内放送を行い、軽いショックとディーゼルの警笛が響くのに続いて列車は動き出す。窓から駅の出発信号機が流れて消え、さっき見た私掠船と駅前の街を見下ろしながら列車はスピードを少しだけ上げ始めた。
みんなの中心になる前列の座席でSVが説明を始めた。
「この海は基本的にアドベンチャーラグーンに含まれています。で、もうすぐ走る鉄橋から海に出られる、ということになっています。実際には交通船の港にでるだけなんだけど」
鉄橋は中央から跳ね上がるようにできていて、将来イベントなどでショーに使うバージ(浮船)などが航行できるようになっている。
この鉄橋はファストフード店の屋外座席から見ることもできる。何人かのゲストがすでに食事をしていて、ハンバーガーを片手に持ちながら手を振ってきたので、さくらと広森が手を振りかえしていた。
音を立てて鉄橋を渡ると、つばさが「偽装網じゃね?」とつぶやいた。同時に、窓いっぱいに緑いろの人工的な葉のついた網に覆われたフェンスが広がった。SVが説明する。
「いま、ここは工事中で、予定だと来年には西部開拓時代の銀鉱山ができるはずよ。……再建計画がうまくいけば、だけどね」
美咲が首をかしげた。
「うまくいかないときは?」
「アウトレットのショッピングモールにするとかいってたわね……」
「テーマパーク関係ないじゃん?」
「そうよ。だから、頑張るのよ。私たちが」
つばさと顔を見合わせて、美咲はふーん、と実感がわかないような声を出していた。その工事中の区間を抜け唐突に踏切を通過すると、急に変なパースのデザインの建物や巨大なかぼちゃが実った畑などが見えてくる。
「ここがフェアリーガーデンのエリアよ。この前みたステージは、今通過する建物の表側にあります」
お城のような石壁を通りすぎると、視界が開け、いばら姫の城まで続く大きな広場に出る。 メリーゴーランドや回転ティーカップといった定番のアトラクションが設置されていて、列車はフライングカーペットのキューライン(待ち列)の脇をかすめて通過する。
並んでいるゲストがこっちを見ていることにすぐに気が付いて、いずみが完璧なモデルスマイルで手を振り、事態を理解したつばさと美咲があわてて笑顔を作り手を振る。
微動だにしない笑顔を浮かべながら、いずみが「気をぬいたらだめよ~」と2人に注意する。美咲が「そうですね~気をつけます~」と同じく笑顔を作りながら手を振っていた。そんなやり取りは全く気にせず、さくらと舞が楽しそうに手を振っていた。
そこを抜けると列車は緩やかに坂を下り、車庫への入庫線と共有する2つ目の踏切を通り過ぎ、林の中に入ってゆくとまた白い壁が窓に広がり視線を遮った。今度は壁に猫の足跡がたくさんスタンプされている。SVが手で指して解説する。
「ここも建設中の新エリアよ。キャットプレイスと呼ばれるエリアです。まあ、猫の街、てとこね」
SVの後ろから
「猫!?」
というこまちの声が響いた。
「いっとくけど、本物の猫はいないわよ」
「残念」
こまちが残念そうにする一方で、藤森が表情を明るくしていた。
「猫キャラとか猫グッズとかあるんですか?」
「まあ、そうなると思うわ。猫好き?」
「猫キャラとか猫のグッズとか好きです!」
「なるほど、じゃあ、楽しみね」
「はい!」
工事中のエリアを抜け3つ目の踏切を通過すると、フロンティア・オブ・プログレスのエリアに入り急に近未来的な街並みが広がる。このエリアは宇宙港と、それに付随する研究施設群というテーマをもっている。
ジェットコースターはロケットへの自動荷物搬送機であり、宇宙港の旅客センターからは実際に宇宙航行船(のシミュレーター)に搭乗することができる。TVゲームや日本のアニメの歴史ついて学ぶアトラクションや小さな資料館などもある。
ロケットの格納庫のような作りのアトラクションの裏を通過し、すでにクローズして解体作業中の観覧車を横目に進む。列車は緩やかに坂を上ってゆくと、高架橋を通過してスチームストリートに隣接した近代的な駅に到着する。
駅の構内には
「フロンティア・オブ・プログレス・ステーションです。お忘れ物のないよう……」
という男性の自動放送が流れていた。
ホームにみんなが降りたつと、今度は反対側のホームに止まっていた列車がアドベンチャー・ラグーンに向けて発車していった。
その列車は銀色で印象の強い先頭部が特徴のアナハイム編成で、駅の案内板によると、「新時代の先端を走るパイオニア・ゼファー号」がモデルということだった。つばさとこまちが妙にテンションが上がっていたが、ほかのみんなは「なんか変な列車」ぐらいにしか思わなかったらしい。とはいえ、この光景は、映画で見たアメリカのシカゴの駅やニューヨークのセントラルステーションを思わせる。なかなか本格的な光景で、先を歩くゲストも感心して写真を撮ったり、興味深そうに周囲を見回したりしていた。
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