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第3章 それぞれのはじまり
(7) 仲間と、夢と
しおりを挟む本社ゲートから線路沿いに駅に向かって道路が延びている。すでに私服姿の美咲とさくらは歩道を線路沿いに歩いていた。駅前から雄物川の方へ抜ける片側1車線の公道で、退勤中の従業員が同じように駅に向かっていた。
夏に向かって空はすでに夕方の時間を延長していて、風に流された雲がオレンジ色に染まりながら細い筋を描いて並んでいた。羽越本線を6両編成の新潟行き特急が減速しながら駅に近づき線路脇の場内信号が赤い停止現示に変化した時、その向かう先を視線で追うとさくらの知っている姿が見えた。
すこし、ぴょこぴょこと足を気にしながら、その女の子は歩いていた。美咲とうなずき合って、少し小走りしてその女の子を追いかけた。その子の左側に並ぶと、さくらは声をかけた。
「大丈夫?」
ふいに声をかけられて、少し驚いたのか、舞は「ひゃっ」と小さく声を上げた。相手がさくらとわかり、ほっとしていた。
「大丈夫…… ちょっと筋肉痛になっただけだから」
「あー 私もなんか足の裏痛いからわかるよ」
うんうんと美咲がうなずいて見せた。
さくらと美咲は、舞を挟んで駅への道路を3人で歩ていく。
舞は少し不安そうな表情を浮かべて、つぶやいた。
「わたし、今からこんな感じで大丈夫かな?」
さくらは一瞬美咲の顔を見てから、舞に話しかけた。
「私も、いま、ふくらはぎ痛いから。みんないっしょだよ」
慰めているだけではなく、実際さくらの左のふくらはぎはビクビク脈を打つように軽い痛みを感じている。
「そうそう、わたしもさ、中学の時部活やんなかったから久しぶりに走って脚ガクガクだし。安浦浜さんだけじゃないって」
ちょっと照れくさそうに美咲は笑った。これも嘘ではなく、太ももが痛くて歩く時ちょっと変になっていた。舞は美咲とさくらが元気づけてくれるのをうれしく思ったのか、不安な表情は薄れて笑顔になっていた。
「舞、でいいよ、飯島さん」
「じゃあ、まいちんもさ、美咲でいいよ? ね?」
「まいちん……!?」
さくらもうなずいていた。
「わたしも、さくらでいいよ?」
「わたしだけ、なんかあだ名だね?」
ちょっと困ったような舞は、それでもなんだか楽しそうだった。
さくらは、あだ名、ということで思い出した。
「美咲ちゃんの、ことは、"みさきんぐ"でも、いいよ?」
「きんぐ……はちょっと……」
舞がちょっと引き気味だったので恥ずかしくなったのか、あわてて美咲が止めに入った。
「え? いやいや、美咲でいいってば!」
**
オフィスに残って仕事をしているSVのもとに監督が訪れた。
ゲストリレーションから連絡があり、迷子になっていた女の子の母親から御礼の依頼があったという。オネェみたいな人と、「1年生のお姉さんたち」に御礼を言いたいとのことだが、その場では判断できないため「探して必ずお伝えします」と現場のキャストは答えたという。
「そこのマネージャーから、"オネェ"と女の子の組み合わせはお前の所じゃないかと問い合わせてきたんだ。心当たりあるか?」
とのことだった。
「ええ、もちろんありますわ、おじさま」
監督は「やっぱりな」と豪快に笑った。
「最初に見つけてくれたお姉さんに御礼がいいたかったそうだ。まだいるかな?」
「もう帰っちゃいました」
「そうか。今度出勤したら教えてくれ。グッドショースタンプを贈呈しよう」
「ありがとうございます。喜びますわ、きっと」
「じゃあ、そういうことで。これから試写があるから」
「いってらっしゃい」
監督を見送ったあと、城野が机で書類と格闘しながら尋ねた。
「誰の事です?」
「舞のことね。間違いないわ」
「そうですか。そりゃよかった」
「?」
「いえ、舞、なんかトレーニングが不安そうでしたから。モチベーションにつながる何かがあれば、と思っていたところなので」
SVも久保田も、なるほど、とうなずいていた。
**
秋田駅で美咲とさくらは奥羽本線の東能代行き普通列車に乗り換える。ここまで同じ列車だった舞は、秋田駅からはバスで広面の大学病院近くの自宅に向かう。ホームの階段を上がり改札コンコースに出ると、そこで舞が改札に向かう。
「私ここからバスだから」
そう告げると、さくらたちに感謝と照れが混ざったような顔を見せた。
「……二人とも、ありがとう。気を使わせちゃったね」
さくらは笑顔で答えた。
「気なんか、使ってないよ?」
美咲も腰に手をあてて、3人の中で一番ない胸を張った。
「そうそう。それに、私たち同じアウローラの仲間じゃん?」
舞はその言葉に納得したようだった。
「そうか…うん、そうだよね」
美咲が3人に向かって声をあげた。
「じゃあ、あしたからもがんばろうね、まいちん!」
おー、 と3人が声を揃えてこぶしを上げていた。
不安や期待を抱えながらも、アウローラのメンバーたちはともかく歩み始めた。雑踏の中に消えてゆく舞の背中を見送りながら、さくらはこれからのことを思った。
楽しいこともつらいこともいっぱい経験して、
それで、ステージにあがって、それから……
今、この人混みの中の一人にすぎない自分が、ステージの上でスポットライトを浴びる。そのことが何となく現実味がない空想なような気がした。
夢でもみているんじゃないかな、とも思う。
この人混みも駅の喧騒もみんな夢だったら……
美咲がさくらの手をつないで、いつもの人好きする笑顔を見せた。
「どうしたの? ほら、電車遅れるよ?」
その顔で現実に戻ったさくらは、ひらりと身を翻して美咲を小走りで追いかける。
ほんのちょっと前まで、美咲を知らなかったのに、今は同じ場所を一緒に駆けている。
教室で静かに本を読んでいただけの自分に、同じ目標に向かう仲間ができた。
それは決して夢でも空想でもない。さくらの現実だった。
――現実なんだよね。夢じゃなかったんだよね。
美咲の
「はやくぅ!」
と呼ぶ声で急速に現実感を増幅させながら、さくらは美咲に向かって駆けて行った。
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