引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
51 / 56

裏切り

しおりを挟む
ジョナスが放火の知らせを聞いたのは、執務室を出る直前だった。フィルが戻るまで泊まり込みで城内に留まる予定だったが、どうやら正解だったらしい。

(それにしても放火とは……)

時に甚大な被害を及ぼす放火は重罪であり、御子専用の棟は王族の居住エリアと同義なのだ。嫌がらせの枠に収まらない愚行にジョナスは不穏な予感を覚えながら、現場へと急ぐ。

「御子様の安否は?」
「ご無事です。侍女とともに部屋におられます」

御子の部屋からは離れているものの、これだけのことを仕出かしたのだから目的が御子である可能性は非常に高い。
騎士の返答に小さく息を吐いて、現場の確認に切り替える。見たところ壁の一部と周辺が焦げているだけで、建物を全焼させるには火力が不十分だろう。
重罪の割には杜撰ともいえるやり方にジョナスは眉を顰める。

「今のトーカ様の警護体制はどうなっている?」
「はい、扉側に二名、窓側に三名の騎士を配置しております」
「は……?」

聞き間違えたのだろうかと思わず間抜けな声を漏らしてしまうほどだったが、最悪な状況を想像してぞくりと背筋が震えた。

「室内に誰も付き添っていないのか!?早急にトーカ様の下へ向かえ!」
「お、お言葉ですが御子様が怯えるとのことでしたので」

稚拙な言い訳を無視してジョナスは御子の部屋へと向かう。

『トーカを護ってくれ、ジョナス。お前にしか頼めない』

側を離れることを躊躇うフィルだったが、一刻も早くナナカを遠ざけるためにと同行を決めた。神官としても御子であるトーカの安全は優先事項である。だが主の想いと自分に寄せられた信頼に必ず報いなければとジョナスは心に誓ったのだ。

(それなのに、だ。もしもトーカ様に何かあれば俺はフィル様に一生顔向けが出来ない)

ただの思い過ごしであればいいと願いながら見えた扉の前には、騎士の他に見慣れない侍女の姿がある。険悪な雰囲気ではないが、何やら言い争っているようだ。

御子の部屋の前で何をと思わないでもなかったが、警護自体は行われていることに僅かに安堵を覚えたのは一瞬のこと。

「……お休みの邪魔をすれば私が叱られてしまいますから」
「そこはご理解いただくしかない。今夜のような状況でお一人にするのは危険すぎる。御子様には俺からも説明するからお側に付いていてくれ」
騎士の言葉は正当なもので、必死に拒もうとする侍女に不信感がよぎる。そもそもそのような理由があるのに、御子が侍女を叱るはずもないのだ。

「その侍女を逃がすな。トーカ様、失礼します!」

ノックと同時に扉を開け、息を呑む侍女に構わずに室内を横切って寝室に向かう。だが御子の姿はどこにも見当たらない。嫌な予感が当たったことに不快な感情が腹の底からせり上がってくる。

「……トーカ様をどうした?」
「存じ上げません」

この侍女が何らかの形で関わっていることは明白だ。早急に情報を引き出すためには、手段など構っていられない。騎士に拷問を命じようとしたとき、騎士に支えられたミレーが室内に入ってきた。

怪我をしたのか手の平からは血が滴り落ちているが、ミレーは気にした様子もない。感情の抜け落ちた顔は声を掛けるのが躊躇われるほど静かで、ジョナスは本能的な恐怖を感じた。

「意識を失う薬を盛られたようです。ご本人は意識を保つために割れたカップを握り締めて御子様の下へ向かっているところを発見しました。その……どうしても御子様の部屋に行くとおっしゃられて……」

ミレーを支えていた騎士が小声でジョナスに耳打ちしたことで状況を理解したものの、ミレーの行動をどう捉えてよいか分からない。そんなジョナスの困惑をよそに、足元をふらつかせながらも侍女の正面に立ったミレーは、無言で容赦ない平手打ちを浴びせたのだ。

「御子様を敬愛していた貴女だからこそ、トーカ様に仕えることを許可したというのにこれはどういうことなの、リラ?」
「……っ、あの方は御子様ではありません!私は本物の御子様のためを思って――」

呆気に取られたのは一瞬でリラと呼ばれた侍女は勢いよく話し出したが、ミレーは意に介すことなく再び手を振り上げた。室内に鋭い音が響くが騎士たちも無言でその様子を見つめるしかない。
ミレーの怒りがひしひしと伝わってきて、その行動を止められないことを誰もが察していた。

「御子様でなければ何をしてもいいと?貴女の仕事をいつも褒めてくれたトーカ様の優しさと信頼を裏切る理由になりますか?あの方自身が御子になりたいと望んだわけでもないのに、縁もゆかりもないこの国のために尽力しようとした少女に貴女は何をしたの?」

淡々とした口調だが容赦のない言葉に、リラの表情から頑なさが抜け落ち罪悪感が浮かぶ。もう一押しだと確信したジョナスは、懐から王家の印璽が押された封筒を取り出した。フィルから速達で届けられた手紙に書かれた事実を伝える。

「トーカ様こそが本物の御子様ですよ。ナナカ殿が御子の力を発動させたのは一度きりですし、昨日セルリシアの泉に祈りを捧げたところ、水かさが増えるどころか半減したそうです」

ナナカを御子だと断定したのは、年嵩の神官や貴族たちだ。可能性は低いがゼロではないとジョナスも考えていたものの、もう少し様子を見て判断するつもりだった。最終的には押し切られてしまったことを今更悔やんでも遅すぎる。

(トーカ様、どうかご無事で……)

真っ青な顔色で震えるリラから情報を引き出したジョナスは、御子の捜索へと頭を切り替えて指示を出し始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

半妖の狐耳付きあやかし令嬢の婚約事情 ~いずれ王子(最強魔法使い)に婚約破棄をつきつけます!~

百門一新
恋愛
大妖怪の妖狐「オウカ姫」と、人間の伯爵のもとに生まれた一人娘「リリア」。頭には狐耳、ふわふわと宙を飛ぶ。性格は少々やんちゃで、まだまだ成長期の仔狐なのでくしゃみで放電するのもしばしば。そんな中、王子とのお見合い話が…嫌々ながらの初対面で、喧嘩勃発!? ゆくゆく婚約破棄で、最悪な相性なのに婚約することに。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。 ※ベリーズカフェに修正版を掲載、2021/8/31こちらの文章も修正版へと修正しました!

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾
恋愛
「魔法の無駄遣いだ」 そう言われて婚約を破棄され、南方の辺境へ追放された元・聖女エオリア。 けれど本人は、まったく気にしていなかった。 暑いならエアコン魔法を使えばいい。 甘いものが食べたいなら、全自動チョコレート製造魔法を組めばいい。 一つをゆっくり味わっている間に、なぜか大量にできてしまうけれど―― 余った分は、捨てずに売ればいいだけの話。 働く気はない。 評価されても困る。 世界を変えるつもりもない。 彼女が望むのは、ただひとつ。 自分が快適に、美味しいものを食べて暮らすこと。 その結果―― 勝手に広まるスイーツブーム。 静かに進む元婚約者の没落。 評価だけが上がっていく謎の現象。 それでもエオリアは今日も通常運転。 「魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ」 頑張らない。 反省しない。 成長もしない。 それでも最後まで勝ち続ける、 アルファポリス女子読者向け“怠惰ざまぁ”スイーツファンタジー。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

婚約破棄された悪役令嬢、放浪先で最強公爵に溺愛される

鍛高譚
恋愛
「スカーレット・ヨーク、お前との婚約は破棄する!」 王太子アルバートの突然の宣言により、伯爵令嬢スカーレットの人生は一変した。 すべては“聖女”を名乗る平民アメリアの企み。でっち上げられた罪で糾弾され、名誉を失い、実家からも追放されてしまう。 頼る宛もなく王都をさまよった彼女は、行き倒れ寸前のところを隣国ルーヴェル王国の公爵、ゼイン・ファーガスに救われる。 「……しばらく俺のもとで休め。安全は保証する」 冷徹な印象とは裏腹に、ゼインはスカーレットを庇護し、“形だけの婚約者”として身を守ってくれることに。 公爵家で静かな日々を過ごすうちに、スカーレットの聡明さや誇り高さは次第に評価され、彼女自身もゼインに心惹かれていく。 だがその裏で、王太子とアメリアの暴走は止まらず、スカーレットの両親までもが処刑の危機に――!

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

処理中です...