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想われる理由
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突然の不躾とも言える提案で言葉を失うシャーロットにアイリーンは説明を続ける。
「別にシャーロット様に不満があるわけではないのよ。ただの役割分担として考えて欲しいの。私はそれなりの地位と人脈を確立しているから周囲に受け入れられやすいし、事情があって皇妃教育に近いものも習得済みよ」
事情というのは即位以来ずっと皇妃不在だったことを指すのだろう。
何か言わなければと思うのに言葉が出ない。アイリーンがシャーロットを労わるかのように優しい微笑みを浮かべているのを見て、込み上げてきたのは怒りだった。
婚約の申し入れがあった時、カイルはシャーロットの意向を尋ねてくれた。皇帝直々に訪問までしたのだから本当は選択肢などなかったのかもしれない。それでもシャーロットは自分の意思で皇妃となる道を選んだのだと思っている。国のため、侯爵家のためではなく自分のために——。
カイルが手を差し伸べてくれなければ、これまでの努力が全て無駄になったと嘆き、周囲からの視線や噂に耐える日々を送るしかなかっただろう。
必要とされなくなったシャーロットのために役割と居場所を与えてくれたカイルには感謝しかない。素直にそう思えるほどエドワルド帝国での暮らしは想っていたよりもずっと穏やかで心地よいものだった。
だからこそシャーロットはカイルの恩情に報いるためにも、エドワルド帝国の繁栄に人生を捧げると決めたのだ。
その矢先に皇妃ではなく側妃にと言われて悔しさと怒りに身体が熱くなる。
確かにシャーロットよりアイリーンのほうが優れていて、エドワルド帝国にとっては彼女が皇妃となるほうが最善なのかもしれない。
(それでも私は二度と譲りたくないわ!)
込み上げる感情を飲み込み、毅然とした口調でシャーロットは告げる。
「――そのお申し出はお受けできませんわ。アイリーン様が優秀な方だと理解していますが、私は皇妃としての役目を担うためにこの国に参りました。その責務を果たさないのであれば、ここにいる資格がありません。皆様から認めてもらえるよう努力いたしますので、ご指導いただければ嬉しく思いますわ」
来ることになったきっかけは自分の矜持のためだったし、自分の取り巻く環境に耐え切れず逃げ出したと言われれば否定ができない。
それでもこの国のことを学び、日々を過ごすうちに立ちたいという思いが強くなっていた。
「シャーロット様のお気持ちはよく分かりましたわ。出過ぎた真似をいたしまして申し訳ございません」
傲慢ともいえる発言とは打って変わって、アイリーンは躊躇いもなくシャーロットに頭を下げる。予期せぬ行為にシャーロットは驚きながらも声を掛けた。
「アイリーン様、どうか顔を上げてください。エドワルド帝国のことを考えてのことと思っておりますから気にしてはおりませんわ」
「半分はそうですが、半分はシャーロット様の望みを知りたくて。どうしても陛下のお立場上、伴侶となる方には負担を強いてしまいますし、無理をされていないかとお節介な真似をしてしまいましたわ。ずっと想っていらっしゃったのにそれが原因で上手くいかなくなっては陛下もお辛いでしょうから」
(ずっと想っていた……?)
アイリーンの言葉に引っかかりを覚えた。確かに婚約理由として好きな相手を妃に迎えたいと言っていたが、シャーロットとカイルに接点はないはずなので、シャーロットを不快にさせないようにと配慮した社交辞令だと聞き流していた。
「私は婚約の申し入れがあるまで陛下とご面識がないのですが、アイリーン様は何かご存知なのでしょうか?」
そう告げるとアイリーンは驚いたように目を瞠った。
「まあ、私としたことが失言でしたわね。私も詳しいことは知らないので、陛下にお聞きになってはいかがですか?きっと教えてくれますわ」
嫌われているとは思っていないが、そんな風に想われる理由がシャーロットには思い当たらないのだ。それなのにいつから自分のことを想っていたのかなんて、まるで自意識過剰のようで聞けるはずがない。
アイリーンは嬉しそうな笑みを浮かべているが、シャーロットはどうしていいか分からずに視線を彷徨わせる。
「うふふ、シャーロット様は可愛らしい方ですわね。さて、そろそろお庭に参りましょう。お詫びにという訳ではありませんが、友人をご紹介させいただきますわ」
その後のお茶会ではとても有意義な時間を過ごすことが出来た。参加した令嬢たちはシャーロットに好意的でかつ社交に長けており、交友関係を広げるにはうってつけの人選だったのだ。アイリーンも如才なく会話を振り、参加者が楽しめるような話題を提供し場を盛り上げていた。
あっという間にお開きの時間となり、シャーロットも帰途につく。そうして馬車に揺られる中、ふとアイリーンの言葉を思い出す。
(陛下は本当に私に想いを寄せてくださっているのかしら……)
確かにカイルは最初からシャーロットに好意的だった。だけどいくら考えてもシャーロットに心当たりはない。それなのにどうして、と考えても仕方がないことを頭の中で繰り返している。
「あの方のお気持ちがどうあれ、私は何も変わらないし変わるべきではないわ」
もう二度と誰かに心を寄せて傷つきたくはない。
リザレ国を発つ前に決めた覚悟を思い出すために声に出してみたがそれはどこか弱々しく、途方に暮れた子供のような声だとシャーロットは他人事のように思った。
「別にシャーロット様に不満があるわけではないのよ。ただの役割分担として考えて欲しいの。私はそれなりの地位と人脈を確立しているから周囲に受け入れられやすいし、事情があって皇妃教育に近いものも習得済みよ」
事情というのは即位以来ずっと皇妃不在だったことを指すのだろう。
何か言わなければと思うのに言葉が出ない。アイリーンがシャーロットを労わるかのように優しい微笑みを浮かべているのを見て、込み上げてきたのは怒りだった。
婚約の申し入れがあった時、カイルはシャーロットの意向を尋ねてくれた。皇帝直々に訪問までしたのだから本当は選択肢などなかったのかもしれない。それでもシャーロットは自分の意思で皇妃となる道を選んだのだと思っている。国のため、侯爵家のためではなく自分のために——。
カイルが手を差し伸べてくれなければ、これまでの努力が全て無駄になったと嘆き、周囲からの視線や噂に耐える日々を送るしかなかっただろう。
必要とされなくなったシャーロットのために役割と居場所を与えてくれたカイルには感謝しかない。素直にそう思えるほどエドワルド帝国での暮らしは想っていたよりもずっと穏やかで心地よいものだった。
だからこそシャーロットはカイルの恩情に報いるためにも、エドワルド帝国の繁栄に人生を捧げると決めたのだ。
その矢先に皇妃ではなく側妃にと言われて悔しさと怒りに身体が熱くなる。
確かにシャーロットよりアイリーンのほうが優れていて、エドワルド帝国にとっては彼女が皇妃となるほうが最善なのかもしれない。
(それでも私は二度と譲りたくないわ!)
込み上げる感情を飲み込み、毅然とした口調でシャーロットは告げる。
「――そのお申し出はお受けできませんわ。アイリーン様が優秀な方だと理解していますが、私は皇妃としての役目を担うためにこの国に参りました。その責務を果たさないのであれば、ここにいる資格がありません。皆様から認めてもらえるよう努力いたしますので、ご指導いただければ嬉しく思いますわ」
来ることになったきっかけは自分の矜持のためだったし、自分の取り巻く環境に耐え切れず逃げ出したと言われれば否定ができない。
それでもこの国のことを学び、日々を過ごすうちに立ちたいという思いが強くなっていた。
「シャーロット様のお気持ちはよく分かりましたわ。出過ぎた真似をいたしまして申し訳ございません」
傲慢ともいえる発言とは打って変わって、アイリーンは躊躇いもなくシャーロットに頭を下げる。予期せぬ行為にシャーロットは驚きながらも声を掛けた。
「アイリーン様、どうか顔を上げてください。エドワルド帝国のことを考えてのことと思っておりますから気にしてはおりませんわ」
「半分はそうですが、半分はシャーロット様の望みを知りたくて。どうしても陛下のお立場上、伴侶となる方には負担を強いてしまいますし、無理をされていないかとお節介な真似をしてしまいましたわ。ずっと想っていらっしゃったのにそれが原因で上手くいかなくなっては陛下もお辛いでしょうから」
(ずっと想っていた……?)
アイリーンの言葉に引っかかりを覚えた。確かに婚約理由として好きな相手を妃に迎えたいと言っていたが、シャーロットとカイルに接点はないはずなので、シャーロットを不快にさせないようにと配慮した社交辞令だと聞き流していた。
「私は婚約の申し入れがあるまで陛下とご面識がないのですが、アイリーン様は何かご存知なのでしょうか?」
そう告げるとアイリーンは驚いたように目を瞠った。
「まあ、私としたことが失言でしたわね。私も詳しいことは知らないので、陛下にお聞きになってはいかがですか?きっと教えてくれますわ」
嫌われているとは思っていないが、そんな風に想われる理由がシャーロットには思い当たらないのだ。それなのにいつから自分のことを想っていたのかなんて、まるで自意識過剰のようで聞けるはずがない。
アイリーンは嬉しそうな笑みを浮かべているが、シャーロットはどうしていいか分からずに視線を彷徨わせる。
「うふふ、シャーロット様は可愛らしい方ですわね。さて、そろそろお庭に参りましょう。お詫びにという訳ではありませんが、友人をご紹介させいただきますわ」
その後のお茶会ではとても有意義な時間を過ごすことが出来た。参加した令嬢たちはシャーロットに好意的でかつ社交に長けており、交友関係を広げるにはうってつけの人選だったのだ。アイリーンも如才なく会話を振り、参加者が楽しめるような話題を提供し場を盛り上げていた。
あっという間にお開きの時間となり、シャーロットも帰途につく。そうして馬車に揺られる中、ふとアイリーンの言葉を思い出す。
(陛下は本当に私に想いを寄せてくださっているのかしら……)
確かにカイルは最初からシャーロットに好意的だった。だけどいくら考えてもシャーロットに心当たりはない。それなのにどうして、と考えても仕方がないことを頭の中で繰り返している。
「あの方のお気持ちがどうあれ、私は何も変わらないし変わるべきではないわ」
もう二度と誰かに心を寄せて傷つきたくはない。
リザレ国を発つ前に決めた覚悟を思い出すために声に出してみたがそれはどこか弱々しく、途方に暮れた子供のような声だとシャーロットは他人事のように思った。
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