令和百物語 ~妖怪小話~

はの

文字の大きさ
53 / 100

伍拾参 山姫

しおりを挟む
「はあ……はあ……この先か……」
 
 男は、山奥を目指していた。
 
 そこは、地元の人間でさえ近づかない山。
 ましてや、山奥には間違っても入らない。
 山奥には、山姫が出るから。
 山姫にあった人間は、血を吸われて死んでしまうから。
 事実、肝試しと称して山奥に入った人間は全員、帰ってきていない。
 
 男は、それを承知の上で、山奥を目指した。
 友達にも地元の人間にも、何度も何度も止められたが、男の決意は変わらなかった。
 
 ザクザクと、人間の踏み入った形跡のない荒れた山道を進んでいく。
 
 木々に覆われて真っ暗だった道は、突然開けて、明るい空間に出た。
 
 そこには、山女がいた。
 十二単を纏った、美しい姿。
 地面に着くほど長い髪は、つやつやと輝いている。
 さらには、美女という言葉でさえ陳腐に感じられるほど美しいその容姿に、男は一目惚れした。
 
「あ……」
 
 男は、あまりの美しさに、全てを忘れて呆然と立ち尽くした。
 
 山姫は、優雅な仕草で立ち上がり、男の方へと歩いてきた。
 
 その動きはゆっくりで、しかし一瞬で男の側に立っていた。
 
 吸い込まれそうな笑顔のまま、その顔をゆっくりと男に近づけて、男の首へと噛みついた。
 血を吸うために。
 
「あ……あ……」
 
 その瞬間、男は、歓喜に震えていた。
 これほどに美しい人間の唇を、自分が手にしたことに。
 
 男は、思えばみじめな人生だったと思い返す。
 生まれながらの醜悪な容姿は、男から女を遠ざけた。
 たった一度の恋愛もできない自分に絶望し、その絶望は男をさらに醜悪な容姿へと叩き落し続けた。
 ただただ恋人や配偶者のいる他人を羨み続ける自分が嫌になり、精神が壊れ、生きる気力を失った。
 
 そして、自殺を決めた時、聞いたのが山姫の存在だ。
 
 血を吸って人間を殺す、絶世の美女妖怪の噂。
 どうせ死ぬなら、一度くらい女に触れてから死にたいと。
 男は死に場所を決めた。
 
 つまり、男の夢は叶ったのだ。
 男は、力の抜けていく両手で、山姫を抱く。
 
 山姫には、その行動の意味は分からない。
 血を吸う獲物の最後の抵抗にしては大人しいなと感じた程度である。
 
「あ……りが……と……」
 
 そのまま男は絶命した。
 
 しかし、男は確かに、幸せだったのだ。
 
 自分が渇望していた、女の中で死ねたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

処理中です...