令和百物語 ~妖怪小話~

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伍拾肆 百々爺

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 とある人間の一軒家。
 この家には、四人の家族が住んでいる。
 父。
 母。
 息子。
 そして、百々爺。
 
「爺ちゃん、行ってきまーす」
 
「ふが……ふご……」
 
 息子は、いつも通り百々爺に挨拶をして、学校へ駆けて行った。
 百々爺は、縁側で日向ぼっこをしながら見送った。
 
 今日は息子の卒業式の日。
 息子を見送った後は、父と母も卒業式へ向かう準備を急ぐ。
 滅多に着ない落ち着いたスーツに袖を通す。
 
「百々爺、行ってきます。悪いけど、留守番よろしく」
 
「行ってきますね、百々爺さん。写真もちゃんと撮って来ますから」
 
「ふが……ふご……」
 
 父母は、息子の晴れ舞台を楽しみに、うきうきと学校へ向かった。
 百々爺は、縁側で日向ぼっこをしながら見送った。
 
 
 
 そして夕方。
 酷い顔をした父母が返ってきた。
 百々爺への挨拶も忘れ、スーツがしわくちゃになるのも気にせず家中を走り回る。
 涙をぼろぼろ流しながら、絶えず電話をかけている。
 しばらくすると、家に警察官も訪れる。
 
「どう……した……」
 
 百々爺は、ゆっくりと父の方へを顔を向け、問いかける。
 百々爺は滅多に言葉を発さない。
 発することが苦手なのだ。
 だからこそ父は一瞬驚いたが、家族である百々爺の質問に答えない理由はなかった。
 
「む、息子が……行方不明に……! 卒業式が終わって、友達と遊びに行ってから、消息を経ってしまって……! 息子以外にも、友達も、全員、いなく……!」
 
 涙を流しながら、嗚咽を漏らしながら。
 
「わかった」
 
 百々爺は、一言そう言い、立ち上がり、両手を広げた。
 広げた両手からは、足首にまでつながる広い広い飛膜と呼ばれる膜があった。
 まるでモモンガのように。
 
 そして百々爺は飛んだ。
 
 
 
 人目も気にせず、百々爺は空を駆ける。
 
 地上から指を差されても、スマホのカメラを向けられても気にしない。
 
 
 
 ただ、一直線に息子の匂いがする場所を目指す。
 
 
 
 そのまま破壊音と共に、一つの家へと突っ込んだ。
 鬼の家族が住む鬼龍院家の壁が、崩れ落ちた。
 そこには息子とその友達が、檻の中に捕らわれていた。
 
「じ、爺ちゃん……!?」
 
「今……助けるぞ……」
 
 百々爺は、息子とその友達を捕らえる檻を素手でひん曲げる。
 
「何事だ!?」
 
 音に気づいて駆けつけたのは、鬼の父。
 
「貴様……何をしている……?」
 
 鬼の父は、自身の息子が成長のためにと捕えてきた人間を逃がされている現状を見て、その原因である百々爺を睨みつける。
 
「孫……返して……もらうぞ……」
 
 百々爺もまた、睨み返す。
 
「老いたモモンガの化け物が……。人間一匹のために、鬼族に逆らうつもりか?」
 
「若造が……舐めた口を……」
 
 鬼の父と百々爺が衝突した。
 
 
 
 三日後。
 事件は幕を閉じることになる。
 犯人はわからずじまいの迷宮入り。
 操作は打ち切り。
 本件に関するすべての報道は禁止。
 
 何も解決しないまま、全てが終わった。
 ただ一つ明らかなことは、行方不明だった子供の半数が家に帰ることができたこと。 
 
「爺ちゃん、行ってきまーす」
 
「ふが……ふご……」
 
 中学生になった息子は、今日も笑顔で学校に向かう。
 百々爺は、縁側で日向ぼっこをしながら見送った。
 
 百々爺は、モモンガだった頃に優しくしてくれた主人に報いるべく、死して妖怪となってからもなお、主人の子孫を見守り続けるのだ。
 妖怪としての寿命を迎えるまで、ずっと。
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