神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

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16. シロムのその後

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(シロム視点)


 あれから2ヶ月が過ぎた。その後の僕の生活は預言者として大きく変わ........らなかった。アーシャ様が僕の心を読み取って、僕を預言者として公表するのは正式に神官となってからにするように神官長様に言って下さっていたお陰だ。学校を卒業しても神官候補生から神官見習いに成るだけで、正式に神官と認められるのはまだ数年先だ。僕の心の安定のために、このまま預言者の件は忘れてくれたら嬉しいのだが.....。

 そして変わらないと言えば、アーシャ様も相変わらず僕の家で働いている。父さんや母さんには無事お金が戻ってきたことを報告したのだが、その時に出来ればこのまま町への滞在許可書の期限が切れるまで働かせて欲しいとお頼みになった。我家は僕が手伝わなくなったことで人手不足だから両親は喜んでアーシャ様の申し出を承諾したわけだ。うう....胃が痛い。

 キルクール先生は以前と同じ様に僕達に授業を行ってくれている。もっともなんだかんだと理由を付けて僕を呼び出し、神官長様からアーシャ様への伝言を伝えて来るのには閉口している。しかも周りに目が無いのを良い事に、アーシャ様のご様子を根掘り葉掘り聞き出そうとする。僕がアーシャ様と同じ屋根の下で暮らしているのが羨ましくて仕方がない様だ。

 今日は先日神官長がアーシャ様にお尋ねになったことについてのアーシャ様のご回答を伝える番だ。

「アーシャ様がおっしやるには、御子様に感謝を捧げるための祭りは必要ないそうです。」

「まあ残念ね。町の人達もがっかりするでしょうね。」

 キルクール先生のこの言葉に嘘はない。実は最近アーシャ様はこの町の人々全員が見守る中で驚くべきことをされた。町を囲む3つ目の城壁を奇跡の力で創造されたのだ。もちろん前もって神官長様に城壁の大きさや位置、門の数等について確認されてからだ。そしてその過程でアーシャ様と神官長の間のやり取りを任されたのが僕とキルクール先生と言う訳だ。キルクール先生は御子様のお役に立てると張り切っていたが、僕としてはこんな町の将来に関わるような重要案件には関わりたくなかった。いずれにしろ、僕の神官長様とアーシャ様の間の連絡係という役目はこの時に決まってしまったと言って良い。

 御子様が城壁を作られることは前もって神殿から町の人達に宣言された。当日は学校は休校となり、町の人達もほとんどが仕事を休んだ。もちろん御子様の起こされる奇跡をその目で見ることが出来る様にだ。二葉亭も臨時休業となった。

 当日は安全のために町の門が閉ざされ町は出入り禁止となったため、町の人々は城壁の上に登りこれから新しい城壁が作られるであろう町の周りの平原を見つめていた。一方で兵士のほとんどは城壁の外に出て、町から充分な距離を取った場所にロープを張り巡らして、近くの村々から見物に来る人達が近づきすぎない様に見張りながら、自分達も奇跡の瞬間を見逃すまいと気を張っていた。

 そして予定どおり正午の鐘が鳴ると同時に、新しい城壁が作られる場所の上空にアーシャ様がお姿を現された途端、周りにどよめきが走った。

「御子様だ!!!」
「浮かんでる......」
「すごいわ。」
「眩しい.....。」

 空中に現れたアーシャ様の身体は金色に光っていた。これはカンナも含め3人で話していた時に出たアイディアだ。町の人達に顔を晒したくないアーシャ様はカンナと顔を隠すことのできるフード付きの衣装や、顔の前にレースの布が垂れ下がった帽子等を色々と検討していたのだが、納得出来る物が見つからなかったらしい。

「ねえ、アーシャ様が神気を発しておられる時、シロムにはアーシャ様の顔は分からなかったのよね。」

「ああ、全身が金色に光っておられたからな。でも神官以外の人にはお顔が見られてしまうよ。」

「それって神秘的よね。私も光っているアーシャ様を見たかった。」
「これでどう?」

その途端アーシャ様の全身が光った。うっとりした顔で言うカンナにアーシャ様が応じられたのだ。

「素敵です! でもどうして神官でない私にも光が見えるのですか?」

「神気じゃなく普通の光を発しているの、だから誰にでも見えるはずよ。」

「アーシャ様、これですよ。これなら顔を隠す衣装なんて用意しなくても正体がバレません。」

と言うカンナの提案で今回の演出が決まったわけだ。

 空中に出現したアーシャ様は、町や村から見学に押しかけている人達に向かって空中でスカートを両手で摘まんで広げながらお辞儀をする。そして元の姿勢に戻られた途端、地面から鮮やかな青色に輝く城壁が静かに、驚くほど静かにせり上がって来たのだった。

 最初人々は一言も言葉を発することなく、固唾を飲んでこの奇跡の光景を眺めていたが、ひとりが拍手をすると、それが全員に広がって行き、やがて拍手と喝采で何も聞こえなくなった。新しい城壁には神官長様のご希望通り門となる開口部がふたつ備わっている。もっとも門扉は備わっていない。アーシャ様が作られたのは石(あの宝石の様に輝く物質を石と呼べればだが)で作られた部分だけ、門扉を取り付けるのは人間の役目だ。

 城壁が完成すると、アーシャ様は再度お辞儀をされ、手を振りながら天高く消えて行かれたが、人々の興奮はいつまで経っても収まらなかった。沢山の人が興奮して涙を流していた。

「俺達の神様はすごいぞ! あんなすごい神様に守っていただいているんだ。俺達は何が起きても安心だな。」
「金色に光っていたよ。綺麗だった。」
「ありがたいことじゃ。」
「ねえ、お母さん。私も空を飛びたい!」
「腰が抜けたわい。長生きはするもんじゃ。」

人々が口々に思いを語っている中、僕とカンナの背後からアーシャ様が現われた。

「お待たせ。どうだった?」

「素敵でした。大成功です!」

「まったく問題ないかと。」

「そう、それなら行きましょうか?」

「どちらに?」

「もちろん、お昼ご飯よ。一仕事したらお腹が空いちゃった。」

あれだけの大仕事をされたと言うのにアーシャ様は普段と全く変わらない。相変わらず食事が楽しみな様だ。

「それなら家に戻りましょう。父さん達がまだ戻って居なければ僕が作ります。」

「シロムさんが作るの? 」

「シロムはこれでも料理が上手なんですよ。」

「まあ素敵。いいお婿さんになりそうね。」

「そうですね。」

いや、カンナ。そこは否定するところだから....。

 と余計なことまで思い出してしまったが。これが町の人達がアーシャ様に感謝している理由だ。御子様への感謝を表すために祭りを行いたいと神官長が提案されたのだが、アーシャ様から却下されたわけだ。

「ねえ、シロム君はアーシャ様がお喜びになることに何か心当たりはない?」

 そう尋ねられて、アーシャ様が食事の度に「美味しい」と感激されているのを思い出した。そう言えば、アーシャ様にこの町にある評判の料理店について情報を求められて、リストを作成してお渡ししたことがある。確認はしていないが、店の休みの日にいつも出掛けられるのはそれらの料理店に行かれておられるのではないだろうか。一度どこそこの店の料理は最高だったとお礼を言われたことがある。

「アーシャ様はこの町の料理が気に入っておいでの様です。ですのでアーシャ様が神域にお帰りになった後は、供物として色々な料理店の料理を献上してはどうでしょうか。」

 アーシャ様の滞在許可書の期限が切れるまであと一月もない。期限が来たら一旦神域へ帰られると伺っている。もちろん神官長様に依頼すれば滞在許可書の期限を延ばすどころか、この町の市民としての身分証を発行してもらう事も容易だろうが、それでもアーシャ様のことを、この町の神殿に参拝にきた遊牧民の少女と信じ切っている二葉亭の面々を誤魔化す手段はない。

「そうなのね! それならいっそそれを祭りとしてはどうかしら? 町中の料理店が自慢の料理を作って、それを町の人が味見して点数を付けるの。点数の高かった料理店が何店か次の祭りまでの1年間交代で献上する料理を作る権利を得るわけ。神に献上する料理を作るとなれば店の評判も上がるに決まっているから、どの料理店も張り切ると思うわよ。私、神官長様に提案してみる。神官長様の承認がとれたらアーシャ様のご意向を確認してね。」

「は、はあ....」

 いや、だから僕を間に入れずに直接やっていただければ......。

 小さな変化とは言え、僕の日常はこんな感じになっていた。
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