神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

文字の大きさ
47 / 102

46. 精霊王の約束

しおりを挟む
(シロム視点)


「俺にそんな口を.....」

 そう言った皇子の額にナイフが突き刺さった! ゴリアスさんのナイフだ。そしてその途端ウィンディーネさんの身体が妖精に分解する。

<< あ奴め、やはり自分が死んだらウィンディーネにも消える様に呪縛を掛けていたな! 頼む、ボルステルス手伝ってくれ。ウィンディーネの妖精をすべて捕らえるのだ。ひとつも逃がすな。我らなら出来る。>>

<< 心得た。貸しにしておいてやる。>>

 ウィンディーネさんが分解した妖精が次々と球形の結界に捕らえられてゆく。聖なる山の神様と精霊王様の仕業だ。もっとも目的はウィンディーネさんを助けるためらしい。

「シロムさん、ありがとうございました。立派でしたよ。」

近くまで走ってこられたアーシャ様が言葉を掛けて下さる。

「とんでもありません。すべてチーアルのお陰です。」

 そう言いながら思わず自分の股間を覗き込んだ。染みが出来ている。ゴリアスさんに顔面に向かって剣を投げられた時漏らしてしまったのだ。顔が赤くなる。さっき杖を使って傷を治したとき一緒に乾かしておけばよかった。

「まあ、服が血で汚れてしまいましたね。」

 アーシャ様がそう言うと、氷の矢が刺さった傷から流れ出た血の汚れが一瞬で消えた。それと同時に矢による服の裂け目もまるで時間を巻き戻した様に修復された。股間の染みも消えている。きっと気を使って下さったのだ。アーシャ様のやさしさが心に染みた。

「おい、精霊使い。」

 突然男の声に呼びかけられてビクッとする。ゴリアスさんがこちらに歩いて来る。

「そう警戒するな。もう勝負は終わったんだ何もせんよ。それにしても精霊と言うのは大したものだな。こんな小さい奴でも俺に勝っちまうんだからな。」

 と感心した様に言うゴリアスさん。チーアルが実力の10分の1くらいしか出せてなかったと言うのは言わない方が良いだろう。

「それでだ、お前、俺を雇う気はないか? 見てのとおりガニマールの皇子を殺しちまったからな。ガニマールと敵対している国に逃げるしかないんだよ。どうだ、これでも傭兵仲間では負け知らずのゴリアスとして有名なんだ。役に立つと思うぜ。」

 「い、いや、あの........」

 突然俺を雇えと言われても僕は只の学生だ。傭兵なんて雇う財力があるわけが無い。それにカルロ教国は神に守っていただいているから軍隊なんて形だけのものだ。神官長に相談してもどうなるか分からない。

「止めときなさい。カルロ教国は神に守られているから、貴方がいくら優秀な傭兵でも活躍の場がないわ。それより貴方、私の下に付く気はない? 私はジャニス。ガニマール帝国の第八皇女よ。」

「皇女だと!? まったく、ここに居るのは神に精霊に皇子に皇女かよ。とんでもない所だな。だがよ、俺はお前さんの兄を殺したんだ。ガニマールに戻る訳にいかないだろう。」

「心配しないで。あれは兄が悪い。自分の為に戦って傷ついた貴方を役立たずとして見捨てたのだもの。それにあなたが兄を殺したことはここにいる者しか知らないのよ。黙っていれば誰にも分からないわ。」

「黙っていてくれるのか?」

 ゴリアスさんに見つめられて、コクコクと頷く。考えてみればここにいる人間は僕と、ジャニス皇女、それにゴリアスさんだけだ。この3人が口にしなければバレることはない。

「あんたはどうなんだ?」

 ゴリアスさんは今度はアーシャ様に尋ねる。御子様に対して失礼だと思ったが、アーシャ様は気分を害することなく答えられた。

「いいわよ。口外しないと約束するわ。でもジャニス。私の与えた罰を忘れていない。貴方はガニマール帝国の新しい王が決まるまでここで暮らすのよ。」

「そうだったわね。でも御子様、それで良いの? これで正室の子供3人は全員後継者競争から脱落したけど、私にはまだ側室が生んだ兄妹が12人もいるの。警戒すべきなのはその中の数人だけだけど、それでも私やアキュリス兄さんみたいなのがまた現れるかもしれないわよ。」

「そ、それは....。」

「それなら私が力を貸そう。ボルステルスには大きな借りが出来たからな。配下の精霊達にカルロ教国とその周辺を守らせる。それにガニマール帝国の皇子、皇女にも監視を付け不審な動きをするようなら知らせよう。知らせる先は....そうだな、お前でどうだチーアル。」

 精霊王様だった。ウィンディーネさんが分解した妖精の回収は終わった様だ。

「わ、私でございますか?」

「先ほどの戦いあっぱれであった。それに主人との仲も良さそうだしな、お前に知らせればお前の主人から必要な者に連絡してくれるであろう。」

「か、畏まりました。」

 さしものチーアルも精霊王様の前では畏まる様だ。それにしてもどうか僕を介さずにやって欲しい。

「それで良いな。ボルステルス。」

<< 了解した。それで貸し借りなしだ。>>

「と言うわけだ。皇女よ、そこの武人を手に入れるのは諦めるのだな。武人よ、元居た場所に帰るなら連れて行ってやるがどうする?」

「おう、頼むぜ精霊の親分」

「精霊王アートウィキだ。配下の精霊の前で今の様なことを口にすれば命の補償はせん。気を付けることだな。」

「おお怖い。分かりました精霊王様。」

 ゴリアスさんが精霊王様にわざとらしく頭を下げる。この人堪えてないな、恐怖という感情が無いのかもしれない。一方、皇女様は残念そうだ、後一歩でアーシャ様を説得できそうだったからな。

 ゴリアスさんを連れて飛び立とうとする精霊王様に、僕は精一杯の勇気を振り絞って聞いてみた。

「あ、あの、精霊王様。ウィンディーネ様は復活出来るのでしょうか。」

「ほう、ウィンディーネを心配してくれるか。心配するなと言いたいが私にも確証はない。だが出来る限りのことをすると約束しよう。」

 それだけ言い残して精霊王様は飛び立った。よろしくお願いしますと心の中で呟いた。

 こうして僕は無事に供物の間に帰って来た。供物の間では神官長様が焦燥し切った顔で僕を待っており、部屋から出た途端にアルムさんに泣きながら抱き着かれた。僕が供物の間で突然消えたことで心配を掛けた様だ。

「まあ俺は大丈夫だと思っていたけどな。聖なる山の神がシロムに酷いことをするはずがないからな。それにしても精霊王様か.....すごい体験をしたじゃないか! 羨ましいぜ。」

 マークに神域での体験を話した感想がこれだ(もちろんアキュリス皇子がゴリアスさんに殺されたことは伏せてある)。マークみたいになんでもポジティブに考えられる日は僕には来ないだろうな。心底羨ましい。次は是非マークに代わって欲しい。

「それではこの町にガニマール帝国の間者が多数入り込んでいるのですな。」

「ジャニス皇女の話ではそうらしいです。でも精霊王様が配下の精霊にこの国を守らせると仰っておられましたから、しばらく様子を見ても良いかもしれません。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...