35 / 71
35. 凶暴少女カルル登場 - 1
しおりを挟む
機嫌が直ったラトスさんにお別れを言って自分の天幕に戻る。どうやら大変な大金を手に入れてしまった様だ。まあ、今のところは使う予定が無いから当分塩漬けだけどね。いつか町に行くことがあれば本を買うことにしよう。それとアトル先生の授業が無くなったから、その時間を使ってラナさんに読み書きを教えるのも良いかもしれない。ラナさんが希望すればだけどね。
天幕の外に出ると、ラナさんが地面に座り込んで何かをしている。ちょうど良いので読み書きを習いたいか聞こうと近寄ると、一心不乱にハンカチに刺繍をしているところだった。集中しているのか私が近寄っても気付いていない。そうかヤラン兄さんにあげるハンカチだ。ラナさんは器用だから、刺繍はなかなかの腕になった。いよいよ、目標のハンカチへの刺繍を始めた様だ。今はお邪魔だね。と思って私は黙って通り過ぎた。
夕飯の支度を手伝うまで少し時間があるので、ラダルの様子を見に行くことにする。私が馬達の入っている囲いに行くと、私の姿を見つけたラダルが走って来た。私の姿を見て遠乗りに行けると思った様だ。ラダルは走るのが大好きなのだ。「今日は遠乗りに行けないのごめんね。」と言うと悲しそうな様子で顔を擦りつけてくる。頭を撫でてやりながらラダルの目を覗き込む。綺麗な目だ。「明日はどこかへ行こうね」と言って身体を布で擦って汚れを落としてやる。その後は鞍を付けずにラダルに跨る。もちろん轡も手綱も付けていない。この状態でも私の意志に従って動けるように練習するのだ。合図は足でラダルの横腹を叩くだけ。両方の足で軽く横腹を叩くとスピードを上げろの合図。片方の足だけで叩くとその方向に曲がれ、両方の足で横腹を締め付けるとスピードを落とせの合図だ。これは馬上から弓を射るための重要な訓練なのだ。
そんな訓練を1時間ほど続けていると、「イル」と声が掛かった。ヤラン兄さんだ。
「なあ、イル。女の子に贈り物をするとしたら、何がいいかな?」
と聞き捨てならないことを訪ねてくる。何だって、兄さんが女の子にプレゼント? 相手は誰? まさかラナさん以外の女性じゃないよね。
「それは誰に贈るかによるわよ。」
と私は勤めて感情を出さない様にして答える。どうかラナさんです様にと祈る。
「あー、いや、一般的に何が好まれるか知りたいだけだ。」
「そうなの、それじゃ答えようが無いわよ。相手が誰か分かったら絶対喜ぶ物を教えてあげられると思うんだけど。」
と我ながら嘘八百を並べる。ラナさん以外の人だったら、そんなの分かるわけがない。私がそう言うとヤラン兄さんは覚悟を決めたように言った。
「ラナさんだよ。もうすぐ行商のカマルさんが来る頃だから、この前、居住地を守ってくれたお礼に何か贈り物を買おうかと思ってね。」
私は心の中でガッツポーズをした。良し! やったねラナさん! 必死に無表情を取り繕うとするのだが、どうしてもにやけてくる。
「ラナさんなら、絶対指輪がいいと思う。」
「指輪か? でもカマルさんが持ってくる指輪なんて安物ばかりだぞ。」
「そんなの関係ないよ。絶対喜ぶから。」
「そうか...分かった。指輪にするよ。」
と言って兄さんは去って行った。アトル先生ありがとう! 先生から南の小国群の文化を教えてもらったお蔭です。遊牧民の間で、女性が意中の男性に刺繍の入ったハンカチを贈る様に、南の小国群では、男性が意中の女性に指輪を贈る習慣があるのだ。受け取った女性が、その指輪を目の前で指に嵌めてくれたら、求婚を受け入れたという意思表示になるらしい。まあ、そういうことならラナさんに文字や魔法の勉強がしたいか確認するのは少し待とう。今聞いたとしても、兄さんから求婚されれば状況が変わって来るかもしれないものね。
兄さんがカマルさんから買った指輪をラナさんに贈る光景を想像すると、思わず顔がにやけるが、肝心のカマルさんがなかなかやって来ない。兄さんに指輪の話をしてからもう数か月になる。毎年初夏に私達の居住地にやって来ていたのに何かあったのだろうか、もう秋の気配が漂い出した。そろそろ次の放牧地に移動する時期だ。
そんなある日、私と母さんが天幕の前で昼食後の片付けをしていると、女の子が駆けてきた。なんと人間族の女の子だ。赤毛のショートカットに緑の瞳、歳はアトル先生と同じくらいだろうか。驚いたことに、彼女は私の前まで来ると、腰に差していた短剣を抜き放ち、私に突き付けた。
「あなたが魔女ね。すぐにアトル様に掛けた呪いを解きなさい!」
驚きの余り動けない私の前に母さんが割って入る。「止めなさい!」と叫ぶ母さんに少女の持つ剣が触れそうになる。私は迷わず亜空間から杖を取り出し、母さんの前に防御結界を展開した。
キン! と言う音と共に、防御結界に弾かれた剣が少女の手から飛び去る。少女は唖然と剣が無くなった自分の手を見詰めている。
「母さん、大丈夫? 怪我しなかった?」
と私は母さんに確かめた。
「ええ、大丈夫よ。剣を弾いたのもイルの魔法なの?」
「そうよ。だから私はあの程度では怪我しないから、安心してね。」
実際は驚いて防御結界を張るのが遅れたのだが、本当のことを母さんに言って心配させる必要もない。
少女は相変わらず茫然として立っている、飛んで行った剣を取りに行こうかどうか迷っている様だ。会話するなら今がチャンスだ。私は母さんの後から抜け出し、少女に話しかけた。
「あなたは誰? 私は魔女なんかじゃないわよ。」
兎に角、この少女は誰なのか知る必要がある。
「私はカルル、アトル様の乳兄妹よ! さあ、分かったらとっととアトル様に掛けた呪いを解くのよ! さもないとただでは済まさないんだから。」
「私はアトル先生に呪いなんて掛けてないわ。」
「お黙りなさい! アトル様を獣人の姿に変えたくせに! 」
と言いつつ、少女はポケットから小さなナイフを取り出し手に持つ。危ない人だな。でも、既に防御結界を張っているから脅威ではない。さて、危険だからナイフも手放してもらおうかと考えたとき、少女の後から走ってきた誰かが少女を羽交い絞めにした。アトル先生だ。
天幕の外に出ると、ラナさんが地面に座り込んで何かをしている。ちょうど良いので読み書きを習いたいか聞こうと近寄ると、一心不乱にハンカチに刺繍をしているところだった。集中しているのか私が近寄っても気付いていない。そうかヤラン兄さんにあげるハンカチだ。ラナさんは器用だから、刺繍はなかなかの腕になった。いよいよ、目標のハンカチへの刺繍を始めた様だ。今はお邪魔だね。と思って私は黙って通り過ぎた。
夕飯の支度を手伝うまで少し時間があるので、ラダルの様子を見に行くことにする。私が馬達の入っている囲いに行くと、私の姿を見つけたラダルが走って来た。私の姿を見て遠乗りに行けると思った様だ。ラダルは走るのが大好きなのだ。「今日は遠乗りに行けないのごめんね。」と言うと悲しそうな様子で顔を擦りつけてくる。頭を撫でてやりながらラダルの目を覗き込む。綺麗な目だ。「明日はどこかへ行こうね」と言って身体を布で擦って汚れを落としてやる。その後は鞍を付けずにラダルに跨る。もちろん轡も手綱も付けていない。この状態でも私の意志に従って動けるように練習するのだ。合図は足でラダルの横腹を叩くだけ。両方の足で軽く横腹を叩くとスピードを上げろの合図。片方の足だけで叩くとその方向に曲がれ、両方の足で横腹を締め付けるとスピードを落とせの合図だ。これは馬上から弓を射るための重要な訓練なのだ。
そんな訓練を1時間ほど続けていると、「イル」と声が掛かった。ヤラン兄さんだ。
「なあ、イル。女の子に贈り物をするとしたら、何がいいかな?」
と聞き捨てならないことを訪ねてくる。何だって、兄さんが女の子にプレゼント? 相手は誰? まさかラナさん以外の女性じゃないよね。
「それは誰に贈るかによるわよ。」
と私は勤めて感情を出さない様にして答える。どうかラナさんです様にと祈る。
「あー、いや、一般的に何が好まれるか知りたいだけだ。」
「そうなの、それじゃ答えようが無いわよ。相手が誰か分かったら絶対喜ぶ物を教えてあげられると思うんだけど。」
と我ながら嘘八百を並べる。ラナさん以外の人だったら、そんなの分かるわけがない。私がそう言うとヤラン兄さんは覚悟を決めたように言った。
「ラナさんだよ。もうすぐ行商のカマルさんが来る頃だから、この前、居住地を守ってくれたお礼に何か贈り物を買おうかと思ってね。」
私は心の中でガッツポーズをした。良し! やったねラナさん! 必死に無表情を取り繕うとするのだが、どうしてもにやけてくる。
「ラナさんなら、絶対指輪がいいと思う。」
「指輪か? でもカマルさんが持ってくる指輪なんて安物ばかりだぞ。」
「そんなの関係ないよ。絶対喜ぶから。」
「そうか...分かった。指輪にするよ。」
と言って兄さんは去って行った。アトル先生ありがとう! 先生から南の小国群の文化を教えてもらったお蔭です。遊牧民の間で、女性が意中の男性に刺繍の入ったハンカチを贈る様に、南の小国群では、男性が意中の女性に指輪を贈る習慣があるのだ。受け取った女性が、その指輪を目の前で指に嵌めてくれたら、求婚を受け入れたという意思表示になるらしい。まあ、そういうことならラナさんに文字や魔法の勉強がしたいか確認するのは少し待とう。今聞いたとしても、兄さんから求婚されれば状況が変わって来るかもしれないものね。
兄さんがカマルさんから買った指輪をラナさんに贈る光景を想像すると、思わず顔がにやけるが、肝心のカマルさんがなかなかやって来ない。兄さんに指輪の話をしてからもう数か月になる。毎年初夏に私達の居住地にやって来ていたのに何かあったのだろうか、もう秋の気配が漂い出した。そろそろ次の放牧地に移動する時期だ。
そんなある日、私と母さんが天幕の前で昼食後の片付けをしていると、女の子が駆けてきた。なんと人間族の女の子だ。赤毛のショートカットに緑の瞳、歳はアトル先生と同じくらいだろうか。驚いたことに、彼女は私の前まで来ると、腰に差していた短剣を抜き放ち、私に突き付けた。
「あなたが魔女ね。すぐにアトル様に掛けた呪いを解きなさい!」
驚きの余り動けない私の前に母さんが割って入る。「止めなさい!」と叫ぶ母さんに少女の持つ剣が触れそうになる。私は迷わず亜空間から杖を取り出し、母さんの前に防御結界を展開した。
キン! と言う音と共に、防御結界に弾かれた剣が少女の手から飛び去る。少女は唖然と剣が無くなった自分の手を見詰めている。
「母さん、大丈夫? 怪我しなかった?」
と私は母さんに確かめた。
「ええ、大丈夫よ。剣を弾いたのもイルの魔法なの?」
「そうよ。だから私はあの程度では怪我しないから、安心してね。」
実際は驚いて防御結界を張るのが遅れたのだが、本当のことを母さんに言って心配させる必要もない。
少女は相変わらず茫然として立っている、飛んで行った剣を取りに行こうかどうか迷っている様だ。会話するなら今がチャンスだ。私は母さんの後から抜け出し、少女に話しかけた。
「あなたは誰? 私は魔女なんかじゃないわよ。」
兎に角、この少女は誰なのか知る必要がある。
「私はカルル、アトル様の乳兄妹よ! さあ、分かったらとっととアトル様に掛けた呪いを解くのよ! さもないとただでは済まさないんだから。」
「私はアトル先生に呪いなんて掛けてないわ。」
「お黙りなさい! アトル様を獣人の姿に変えたくせに! 」
と言いつつ、少女はポケットから小さなナイフを取り出し手に持つ。危ない人だな。でも、既に防御結界を張っているから脅威ではない。さて、危険だからナイフも手放してもらおうかと考えたとき、少女の後から走ってきた誰かが少女を羽交い絞めにした。アトル先生だ。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる