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2章 聖女のお仕事編
9 皇子の側近は牽制する
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一通りの視察を終え、宿に戻る頃には疲労感が体を支配していた。
規模の小さなむらとは行っても、今日視察した場所は全て水害の被害エリアで、その足場は悪い。
特に村に流れ込む川の水源となる山を頂上まで見てきたとなれば、並の登山より疲労度は増す。
それを文句も言わずに自分の足で歩き切ったリードの背中を眺めて、体力オバケだとか、こんな王族いないだろう等と思えるのは、今は仕えるべき相手と言えど、幼少時代から兄弟のように育ったコーエンの特権でもあった。
「それで…あいつの様子はどうだった?」
前を歩くリードが、流石に少しばかり疲労感を含ませた口調でそう言った。
「どなたの事でしょうか?」
今日1日でリードの指示により訪れた場所は多く、様子を見る為にコーエン一人で出向いた場所も少なくはない。
だから、以心伝心と思われがちなリードとコーエンではあるが、この時のコーエンの頭には複数の村の重要人物の顔が浮かんでいた。
「あいつだ。魔女の…セリーナ ディベルの事だ。」
すぐに名前に訂正したのは、以前に一度コーエンから指摘されているからだろう。
心の中では魔女と呼び続けている事は明白だ。
だが、そんな事よりもこの場面でリードの口からセリーナの名前が出ると思って居なかったコーエンはキョトンと目を丸めた。
「気になさっていたのですね…。」
さも意外であると隠さないコーエンの口調に、リードはわかりやすくムッとした。
「一応…あいつも俺が連れて来たんだ。保護者みたいなものだから、気にかけるのは当然だろう。それに…あいつの占いの力は俺もこの目で確認している。」
最後の方の語気が弱まったのは、リードの認めたくないものを認める時の口調だ。
そう言えば…とコーエンは、母であるリリアの事を思い出した。
彼女が王城の城での療養を続けていた時、セリーナ嬢の占いを真っ先にくだらないと口にしたリードが、その後、隠れるようにリリアの元に花を運んでいた事を。
それが1度や2度の事ではない事も。
「セリーナ嬢であれば、何か追い込まれたような必死の形相で村民を片っ端から占ってましたよ。どなたかが発破をかけ過ぎたようで…体調など崩されなければ良いのですが。」
「なっ…俺はあいつの力が正しく使われるように…としただけだ。」
「私は別にリード殿下の事とは申しておりません。まぁ、リード殿下が彼女に何かを言ったのは今のでわかりました。」
コーエンはすっと目を細めた。
昨日、2人で避難所に向かったリードとセリーナの間の空気が、何か以前とは違う雰囲気だとは感じていた。
もちろん、恋愛の様な甘い雰囲気ではない。
それでも、コーエンは焦りに似た焦燥感を自らも気付かぬうちに感じていた。
「お前こそ…やけにあいつの事を気に掛けるな。まさか、本当にディベル伯爵家へ婿入りする気か?」
ふっと面白い冗談を言ったかのように笑うリードに、コーエンはあえて否定しない事を選んだ。
「私はそれでも良いのではと思っています。」
目の前で驚いたように目を見開くリードを、何故だか少しでも牽制したかったからだ。
「…勝手にすればいい。」
リードはすっと無表情に戻ると再び前を向いて歩き出した。
「勝手に…ねぇ。」
そう呟き後ろを歩くコーエンは知っている。
元々分かりやすい性格のリードも、皇太子という身分の為、外交は避けられない大切な仕事だった。
そして、時として嘘や虚勢も必要な外交の場で、その分かりやすい性格を隠す為にリードが編み出したのが、今のように感情を無表情の中に丸ごと隠してしまう事だった。
こうなったリードの心情を読み取るのは難しいだろう。
でも、長年連れ添っているコーエンには、このリードの表情こそ彼が何かに動揺している証拠だと分かっていた。
何を動揺しているのやら…。
知りたいような、知りたくないような気持ち悪さと、そんなリード相手に、何故か苛立っている自分がいる事をコーエンは見ぬふりする事に決め込んで、前を歩くリードの背を追った。
規模の小さなむらとは行っても、今日視察した場所は全て水害の被害エリアで、その足場は悪い。
特に村に流れ込む川の水源となる山を頂上まで見てきたとなれば、並の登山より疲労度は増す。
それを文句も言わずに自分の足で歩き切ったリードの背中を眺めて、体力オバケだとか、こんな王族いないだろう等と思えるのは、今は仕えるべき相手と言えど、幼少時代から兄弟のように育ったコーエンの特権でもあった。
「それで…あいつの様子はどうだった?」
前を歩くリードが、流石に少しばかり疲労感を含ませた口調でそう言った。
「どなたの事でしょうか?」
今日1日でリードの指示により訪れた場所は多く、様子を見る為にコーエン一人で出向いた場所も少なくはない。
だから、以心伝心と思われがちなリードとコーエンではあるが、この時のコーエンの頭には複数の村の重要人物の顔が浮かんでいた。
「あいつだ。魔女の…セリーナ ディベルの事だ。」
すぐに名前に訂正したのは、以前に一度コーエンから指摘されているからだろう。
心の中では魔女と呼び続けている事は明白だ。
だが、そんな事よりもこの場面でリードの口からセリーナの名前が出ると思って居なかったコーエンはキョトンと目を丸めた。
「気になさっていたのですね…。」
さも意外であると隠さないコーエンの口調に、リードはわかりやすくムッとした。
「一応…あいつも俺が連れて来たんだ。保護者みたいなものだから、気にかけるのは当然だろう。それに…あいつの占いの力は俺もこの目で確認している。」
最後の方の語気が弱まったのは、リードの認めたくないものを認める時の口調だ。
そう言えば…とコーエンは、母であるリリアの事を思い出した。
彼女が王城の城での療養を続けていた時、セリーナ嬢の占いを真っ先にくだらないと口にしたリードが、その後、隠れるようにリリアの元に花を運んでいた事を。
それが1度や2度の事ではない事も。
「セリーナ嬢であれば、何か追い込まれたような必死の形相で村民を片っ端から占ってましたよ。どなたかが発破をかけ過ぎたようで…体調など崩されなければ良いのですが。」
「なっ…俺はあいつの力が正しく使われるように…としただけだ。」
「私は別にリード殿下の事とは申しておりません。まぁ、リード殿下が彼女に何かを言ったのは今のでわかりました。」
コーエンはすっと目を細めた。
昨日、2人で避難所に向かったリードとセリーナの間の空気が、何か以前とは違う雰囲気だとは感じていた。
もちろん、恋愛の様な甘い雰囲気ではない。
それでも、コーエンは焦りに似た焦燥感を自らも気付かぬうちに感じていた。
「お前こそ…やけにあいつの事を気に掛けるな。まさか、本当にディベル伯爵家へ婿入りする気か?」
ふっと面白い冗談を言ったかのように笑うリードに、コーエンはあえて否定しない事を選んだ。
「私はそれでも良いのではと思っています。」
目の前で驚いたように目を見開くリードを、何故だか少しでも牽制したかったからだ。
「…勝手にすればいい。」
リードはすっと無表情に戻ると再び前を向いて歩き出した。
「勝手に…ねぇ。」
そう呟き後ろを歩くコーエンは知っている。
元々分かりやすい性格のリードも、皇太子という身分の為、外交は避けられない大切な仕事だった。
そして、時として嘘や虚勢も必要な外交の場で、その分かりやすい性格を隠す為にリードが編み出したのが、今のように感情を無表情の中に丸ごと隠してしまう事だった。
こうなったリードの心情を読み取るのは難しいだろう。
でも、長年連れ添っているコーエンには、このリードの表情こそ彼が何かに動揺している証拠だと分かっていた。
何を動揺しているのやら…。
知りたいような、知りたくないような気持ち悪さと、そんなリード相手に、何故か苛立っている自分がいる事をコーエンは見ぬふりする事に決め込んで、前を歩くリードの背を追った。
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