前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される

皐月 誘

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3章 疑惑の夜会編

2 伯爵令嬢は誘われる

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この腰に手を添えたエスコートが当たり前のようになっているけど…。

セリーナは自身の顔が熱を持っている事を自覚しながら、チラリと横に並ぶコーエンを見れば、予想外にバッチリ目が合ってしまい余計慌てる事になった。

キラキラした笑顔を向けられた上に、目を逸らせば、クスリと小さな笑い声まで聞こえてくれば、恥ずかしくてたまったものではない。

「それにセリーナ嬢と一緒にティータイムを過ごすのを楽しみに、頑張って仕事を片付けたんですよ。まさか…イヤとは仰らないですよね?」

コーエンは、そんなセリーナに追い討ちをかけるように楽しそうに喋っている。

ボーランド地区に行ってる間は、災害問題の解決に一杯一杯になっていて考えている暇が無かったけど…落ち着いて思い起こせば、今までのセリーナの人生では聞いたことがないような口説き文句を続け様に聞かされている気がする。

「それとも…私を夢中にするような魔術でもお使いになりましたか?」

「私に好かれるのはご迷惑でしょうか?」

「いえ、私はセリーナ嬢をレディーとして扱うと決めておりますので。」

「今の私にはセリーナ嬢の事以上に優先すべき事などありませんから。」

思い出しただけでお腹いっぱいだ。

しかも、相手は見目の麗しさで常々ご令嬢方の噂話を盛り上げている王太子の側近だし、その有能さはセリーナ自身が占いで、将来相宰になる事も可能だと言った程だ。

しかも、彼の母親からは冗談だろうが義娘になって欲しいと言われたのだ…。

ここまでしつこく思い返せば、言わずとも伝わるだろうが、恋愛経験が皆無のセリーナにとって、コーエンの事を意識するなと言う事は不可能だった。

「今日はあまり召し上がらないのですね。何か…考え事ですか?」

考え事も何も…と、セリーナが悩みの種の声に意識を向ければ、いつの間にか塔の部屋に戻っており、目の前のテーブルにはスイーツとティーセットが所狭しと並べられている。

私…、どれだけ長い事考え事をしてたのかしら。

「あ…すいません。」

「いえいえ。それだけ私の事を意識していただいたと言う事ですよね。私の自惚れでなければいいのですが。」

似合わない事に軽い鼻歌でも聞こえて来そうなくらい上機嫌でコーエンがそう言うので、セリーナはまたしても言葉に詰まった。

この流れるような口説き文句…何?
そもそも、恋愛経験値が違い過ぎて、かわす方法も、立ち向かう方法も分からないわ。
これは…話題を変えないと!

セリーナは目の前の既にぬるくなり始めた紅茶を男らしくグイっと飲んで口を開いた。

「そ…そんな事より、クラリスが帰国するって言うのは本当ですか?」

そんなセリーナの必死な様子さえも楽しんでいるのか、コーエンは余裕のある態度でティーカップに手を伸ばした。

「そんな事より…ね。ええ、3日目の宴には参加されるとの事ですよ。セリーナ嬢が王城にて生活をされているとお知りになり、大変驚いていましたが、聖女としてのご活躍をお伝えすると、とても喜んでおいででした。お会いするのが楽しみだと。」

「ええ、私も凄く楽しみ。クラリスはあちらの国では上手くやっているのかしら?あっ、クラリスなら大丈夫に決まってるわね!あんなに素敵なお姫様なんだもの!」

親友の話になった途端に、先程までの気まずさは一切忘れて饒舌になれる…これは、セリーナの長所だ。

「私からしたら、クラリス様よりセリーナ嬢の方が素敵なお姫様ですよ。」

コーエンの言葉に、セリーナは口に含んだ紅茶を吐き出しそうになるのを必死に堪えた。

お姫様どころか、淑女としてあるまじき姿を披露するところだった…。

「あの…あんまり揶揄わないで下さい…。」

今日は普段にも増してグイグイと押してくるコーエンに、セリーナも弱々しいながらも何とか抵抗を見せた。

「全て本気ですよ。以前もお伝えしましたよね?私がセリーナ嬢をお慕いしていると。それこそ魔術にでもかかったかのようにセリーナ嬢の事しか考えられません。」

にっこりと余裕を持って言われてしまえば、思わず疑いたくなるのも仕方が無いと思う。

他のご令嬢にも同じ様な事を言っているのだろうか…。

そう言えば、この塔に来たばかりの頃にコーエンは言っていた。
自分は子爵家の次男だから、どこか爵位のある家に養子か婿に行かないと行けない…と。

セリーナは実家であるディベル伯爵家を思い出す。
特に目立った功績はないが…由緒だけは無駄に正しく、跡を継ぐべき嫡男もおらず、子女としてセリーナが居るだけだ。

恋愛経験の無いセリーナ自身も将来は婿を迎えて、ディベル伯爵家を継いでもらうのだろうとボンヤリながらも認識していた。

もしかしなくても…就職先婿入り先にロックオンされたのでは…。

そこまでくれば、急速にパズルのピースが合わさっていく様な感覚だった。

だって…コーエン様が私を好きだなんて…あり得ないもの。

間に受けしまう寸前だった自分に、心の中でセーフと声を掛けてから、セリーナは居住まいを正した。

「私に魔術は使えないとコーエン様もご存知でしょう。」

別に惚れた腫れたの感情がそこに無いとさえ分かれば、セリーナにも余裕が生まれる。

そんなセリーナの様子に、コーエンは少し驚いた反応を見せた。

「そう…ですね。この気持ちは魔術などに惑わされた訳ではありませんね。」

どの気持ちを語ってるのだか。
就職願望婿入り願望だろうか…。

少し余裕が生まれれば、心の中でツッコミ余裕まで生まれるのが…セリーナのもう一つの長所だ。

「コーエン様は本当にご冗談が上手ですね。」

先程までは震えたウサギの様に、あとは調理するだけ状態だったセリーナから、急に人並みの社交術を身に付けた令嬢の様な態度を取られ、コーエンは思わず考え込まずには居られなかった。

いや、セリーナは伯爵令嬢として、それなりに社交術を身に付けてきた令嬢で間違いないのだが…。

「では…これは決して冗談では無いのですが…。」

「なんでしょうか?」

「来週の宴では、セリーナ嬢のパートナーを私に務めさせては頂けませんか?」

「パートナー…。」

そうか…王城での夜会に出席すると言う事はパートナーが必要なのか…。

デビュタント以来、王城での夜会に招かれる機会など無かったセリーナは、パートナーの事など全く考えて居なかった。

いや、考えた所でパートナーを頼める様な親しい男性の友人も思い浮かばないのだが…。

「ええ。私の大切なお姫様を是非エスコートさせて頂きたいのです。」

コーエンは椅子から立ち上がるとセリーナの側で膝をつき、右手を差し出した。

「え…あっ…はい。お願いします。」

セリーナは男性からこの様にパートナーの申し込みを受けた事など勿論ないので、これがコーエンにとっての就職活動だとわかっていても、彼の右手に重ねる手が震えるのを感じていた。
お姫様などと呼ばれた事を訂正する余裕も無いのだ。

「光栄です。」

その上、重ねた手の甲に見せ付けるように長く唇を落とされれば、最もいとも簡単に先程の余裕など無くなるくらい真っ赤なセリーナに戻ってしまうのだった。
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