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気づかなかった傷と気づいた亀裂
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神楽が何とかしようと尽力しても咲良が変わろうとしないと意味がない。だからこそ、はっきりと言っておかないといけないと思った。
「咲良。迫害を止めたいというのなら、他人の痛みを知らないと駄目だ」
「……」
「今のままじゃ、お前は目的を成しえない」
咲良には強引に事を済ませられる力がある。〝彼岸の悪魔〟を捕らえることも、ヴィンズの迫害を止めることも。その気になれば、手段を問わなければその日のうちにでも〝彼岸の悪魔〟を捕らえ、一か月を待たずヴィンズを潰せてしまえるだろう。
神楽はそのまま言葉をつづけようとしたが、うまく言葉にできず沈黙が二人に落ちる。二三度口を開きかけるも、いずれも音にならず、神楽はもう一度咲良に背を向けて結界内に向けて歩こうとした。
「……だったらどうしろと言うんですか」
しかし、かすれるような声に阻まれる。咲良のこんな声は聴いたことが無かった。
「知りたいと思っても、わからないんですよ」
渇望するような、諦めたような声。
神楽は咲良に背を向けたまま目を見開く。
「神楽の考えてることも、咲斗の想いも、私には何一つ理解できても共感することはできないというのに」
どうすれば二人のことがわかるのだと咲良は言った。
ずっと、咲良は他人に興味が無いのだと思っていた。けれど、違うのかもしれない。
そばにいる、大切な人を理解しようと必死で、周りに目を向ける余裕がないだけなのかもしれない。
もしそうなら、俺は咲良のなにを理解した気になっていたのだろう。
咲良の問いに答える声は無い。神楽の気づきにかける声は無い。
☆ ★ ☆
結界内に入りベッドに少年を寝かせてからも、二人の間に言葉が通うことは無かった。
喧嘩と言うには交わした本音は一方的で、謝るにはどちらも悪くない。しかしいつも通り接するには重たい空気。
神楽は黙って夕飯の仕込みをしているし、咲良は自分で作ったココアを眉をしかめながらちびちびと飲んでいる。
今までこんな空気になったことが無くて神楽も咲良も戸惑いどうすればいいのかわからない。
そんな沈黙を破ったのは少年が目を覚ます声だった。
「ん……。あ……れ」
「やーっと起きましたね」
「ああ」
ぼんやりと周りを見渡していた少年は、しだいに意識がはっきりしてきたのか呆然と両の手を見つめた。
「痛く、ない? ……あ、僕、死ん、死んだ」
「死んでないぞ。お前は生きている」
「死にそうになってはいましたけどね!」
「生き、てる? 何で……。痛くない……?」
混乱する少年は思い出すにつれ体が震え始め、顔は徐々に青くなっていった。
生きながら喰われたのだ。仕方のない反応だろう。
「あ、ああ。魔獣が、魔獣が来る。食べられる。嫌だっ。嫌だっ。死にたくない!」
「落ち着け。ここには魔獣は来ない。誰もお前を傷つけたりしない。大丈夫だ」
嫌だ嫌だと錯乱する少年を抱きしめた。
「大丈夫。お前を傷つけるものはここにいない」
背中をポンポンとあやすように叩く。次第に少年の混乱は収まってきたようだった。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「名前は言えるか?」
「……瑠伽。彩御瑠伽。だよ」
ぽつりと自分の名前を言った瑠伽は、不思議そうに首をかしげていた。
「どうかしたか?」
「痛いの、無い」
心底不思議そうに言う瑠伽は痛いのが当たり前だったと言わんばかりでで神楽は顔を曇らせる。
瑠伽に悟られないように、座っている咲良を指で示した。咲良は神楽を一瞥して知らんふりをする。
「あのお姉ちゃんが治してくれたからな」
「お姉ちゃん?」
「ほら、そこに座ってる白髪のお姉ちゃんだ」
「今白髪って言いました? ねえ神楽」
信じられない、と言ったように神楽の方を向く咲良はジト目で神楽を睨む。今度は神楽が知らんふりをした。
「……あり、がと?」
「……ええ、どういたしまして~。咲良様に感謝しするといいですよ」
「ん、ありがと。咲良様」
「…………神楽、私子供苦手なんですけど~」
「お前も子供の年齢だろう。俺は昼食を作るからその間相手してやれ」
無邪気に様呼びされて微妙な顔をした咲良が控えめに神楽に助けを求める、その様子が何だかおかしくてつい吹き出した。自分で咲良様と言う割に本当にそう呼んでくる人間はいなかったらしい。
「料理しながら色々できるの知ってるんですからね! 神楽まだ怒ってます!?」
「安心しろ、初めから怒ってはいない」
「悲しいのも無しです~」
「それはお前しだいだな」
「自分のご機嫌は自分でとってください」
「それをお前が言うのか?」
「何か問題あります?」
真顔で聞かないでほしい。機嫌が悪くなると何か作らせるだろう。
「まあ、とにかく遊んでやれ」
「神楽が意地悪します!」
「よし絶対助け船は出さない」
「あー!」
心に決めて何時もの通り献立を考える。見た感じあまり食べていないだろうから胃に優しい食べ物がいいだろうか。
「あ、私ホットケーキがいいです」
「昨日食べたのにか!?」
「あれがいいんですー!」
ほら、やっぱりご機嫌斜めになると何か作らせるじゃないか。
やれやれ、と肩をくすめながらホットケーキの材料を取り出した。それを見て咲良がご満悦な表情を見せる。
昨日とは違うアレンジをしてやるか。何だかんだ言いつつ、神楽はこの笑顔に弱い。
「咲良。迫害を止めたいというのなら、他人の痛みを知らないと駄目だ」
「……」
「今のままじゃ、お前は目的を成しえない」
咲良には強引に事を済ませられる力がある。〝彼岸の悪魔〟を捕らえることも、ヴィンズの迫害を止めることも。その気になれば、手段を問わなければその日のうちにでも〝彼岸の悪魔〟を捕らえ、一か月を待たずヴィンズを潰せてしまえるだろう。
神楽はそのまま言葉をつづけようとしたが、うまく言葉にできず沈黙が二人に落ちる。二三度口を開きかけるも、いずれも音にならず、神楽はもう一度咲良に背を向けて結界内に向けて歩こうとした。
「……だったらどうしろと言うんですか」
しかし、かすれるような声に阻まれる。咲良のこんな声は聴いたことが無かった。
「知りたいと思っても、わからないんですよ」
渇望するような、諦めたような声。
神楽は咲良に背を向けたまま目を見開く。
「神楽の考えてることも、咲斗の想いも、私には何一つ理解できても共感することはできないというのに」
どうすれば二人のことがわかるのだと咲良は言った。
ずっと、咲良は他人に興味が無いのだと思っていた。けれど、違うのかもしれない。
そばにいる、大切な人を理解しようと必死で、周りに目を向ける余裕がないだけなのかもしれない。
もしそうなら、俺は咲良のなにを理解した気になっていたのだろう。
咲良の問いに答える声は無い。神楽の気づきにかける声は無い。
☆ ★ ☆
結界内に入りベッドに少年を寝かせてからも、二人の間に言葉が通うことは無かった。
喧嘩と言うには交わした本音は一方的で、謝るにはどちらも悪くない。しかしいつも通り接するには重たい空気。
神楽は黙って夕飯の仕込みをしているし、咲良は自分で作ったココアを眉をしかめながらちびちびと飲んでいる。
今までこんな空気になったことが無くて神楽も咲良も戸惑いどうすればいいのかわからない。
そんな沈黙を破ったのは少年が目を覚ます声だった。
「ん……。あ……れ」
「やーっと起きましたね」
「ああ」
ぼんやりと周りを見渡していた少年は、しだいに意識がはっきりしてきたのか呆然と両の手を見つめた。
「痛く、ない? ……あ、僕、死ん、死んだ」
「死んでないぞ。お前は生きている」
「死にそうになってはいましたけどね!」
「生き、てる? 何で……。痛くない……?」
混乱する少年は思い出すにつれ体が震え始め、顔は徐々に青くなっていった。
生きながら喰われたのだ。仕方のない反応だろう。
「あ、ああ。魔獣が、魔獣が来る。食べられる。嫌だっ。嫌だっ。死にたくない!」
「落ち着け。ここには魔獣は来ない。誰もお前を傷つけたりしない。大丈夫だ」
嫌だ嫌だと錯乱する少年を抱きしめた。
「大丈夫。お前を傷つけるものはここにいない」
背中をポンポンとあやすように叩く。次第に少年の混乱は収まってきたようだった。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「名前は言えるか?」
「……瑠伽。彩御瑠伽。だよ」
ぽつりと自分の名前を言った瑠伽は、不思議そうに首をかしげていた。
「どうかしたか?」
「痛いの、無い」
心底不思議そうに言う瑠伽は痛いのが当たり前だったと言わんばかりでで神楽は顔を曇らせる。
瑠伽に悟られないように、座っている咲良を指で示した。咲良は神楽を一瞥して知らんふりをする。
「あのお姉ちゃんが治してくれたからな」
「お姉ちゃん?」
「ほら、そこに座ってる白髪のお姉ちゃんだ」
「今白髪って言いました? ねえ神楽」
信じられない、と言ったように神楽の方を向く咲良はジト目で神楽を睨む。今度は神楽が知らんふりをした。
「……あり、がと?」
「……ええ、どういたしまして~。咲良様に感謝しするといいですよ」
「ん、ありがと。咲良様」
「…………神楽、私子供苦手なんですけど~」
「お前も子供の年齢だろう。俺は昼食を作るからその間相手してやれ」
無邪気に様呼びされて微妙な顔をした咲良が控えめに神楽に助けを求める、その様子が何だかおかしくてつい吹き出した。自分で咲良様と言う割に本当にそう呼んでくる人間はいなかったらしい。
「料理しながら色々できるの知ってるんですからね! 神楽まだ怒ってます!?」
「安心しろ、初めから怒ってはいない」
「悲しいのも無しです~」
「それはお前しだいだな」
「自分のご機嫌は自分でとってください」
「それをお前が言うのか?」
「何か問題あります?」
真顔で聞かないでほしい。機嫌が悪くなると何か作らせるだろう。
「まあ、とにかく遊んでやれ」
「神楽が意地悪します!」
「よし絶対助け船は出さない」
「あー!」
心に決めて何時もの通り献立を考える。見た感じあまり食べていないだろうから胃に優しい食べ物がいいだろうか。
「あ、私ホットケーキがいいです」
「昨日食べたのにか!?」
「あれがいいんですー!」
ほら、やっぱりご機嫌斜めになると何か作らせるじゃないか。
やれやれ、と肩をくすめながらホットケーキの材料を取り出した。それを見て咲良がご満悦な表情を見せる。
昨日とは違うアレンジをしてやるか。何だかんだ言いつつ、神楽はこの笑顔に弱い。
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