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病院は既に消灯していて、廊下は非常灯の薄緑に浮かび上がる。
誰もいない無音の中を進んでいくと、ナースステーションの明かりが見えてきた。看護師達はおしゃべりと仕事に忙しいらしく、通過するトウタには目もくれない。
ナースステーションを過ぎるとエレベーターホールがあり、隣には休憩所が設えられていた。自動販売機を見付け、トウタはお目当てのコーラを購入した。
バレーをやっていた時は、節制して炭酸を飲む事はなかった。
今でもコーラは罪の味がする。
「罪……か……」
トウタはベンチに腰掛け、窓の外を眺めた。
窓に貼り付いた虫をぼうっと眺めていると、近くのエレベーターがトウタの居る階に止まった。扉が開くと、患者用の服を着た誰かが出てきた。
「お疲れ様。気分はどうだ?」
掛けられた声は、ユリアのものだった。
背格好も間違いなくユリアだったが、トウタはその姿にギョッとした。
「それ……どうしたの……?」
ユリアの顔面は全て包帯に覆われている。左腕にはギブスが嵌められ、左手と両足にもガーゼや包帯が施されていた。
「ああ、見栄えが悪いな。まともに動く肉体が、君を除くとこれしかなかったので、大目に見て欲しい」
「それってどういう……?」
トウタは戸惑うが、ユリアの話し方がおかしい事に気が付いた。
夢の中でレイカに憑りついていた、謎の誰かに似ている気がした。
「夢じゃなかったって……事なの…?」
「夢?君は寝ていたのか?」
「いえ……そういうことじゃなくて……?」
もしかしたら、今も夢を見ているのかも知れない。
トウタは冷たいコーラのペッドボトルを握りしめた。
「記憶に混乱があるのなら、一度整理しておこうか?」
レイカはトウタに確認する。
トウタからの返事は無かったが、トウタの情けない表情を見て了承と受け取った。
「君達はバスの事故で、半数が死亡、残りは昏睡状態に陥った。昏睡状態に陥った者達の殆どの者が体を動かせなかったが、脳は無事だった。
私は君達の脳を使い、意識を異世界へと意識を転生させた。ここまでは大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃないです!ないですけど……大丈夫です」
事実としては飲み込めない。
しかし、間違いのない現実として、今の話は実感できた。
「その異世界に転生させて…僕達に何をさせたかったんですか?」
「魔王を倒して、世界を救って欲しかったのさ」
「そんな馬鹿な事……」
トウタはムキになっている自分に気が付き、ハッと下を向いた。
「魔人にも勝てない僕達が……魔王に勝てるんですか?」
「やり方次第だな。正面から戦っても勝てないだろう」
神の御使いとやらは考え込み、トウタに問いかけた。
「もう止めておくか?」
「え……?」
その質問は、2つの事を意味していた。
あの世界に戻る方法がある事と、戻らずにこの世界で過ごす事も可能である事だ。
「僕が戻らなかったら……皆はどうなりますか?」
「難しい質問だな。まず、君が戻るか戻らないかは、昏睡状態にある他の者の肉体には関係ない。彼らは君と同じように目覚めれば、この世界に戻る」
「そうですか……」
「ただし、異世界で生存していれば、脳が活性化するため、この世界での肉体修復に良い影響が及ぼされる。要するに、君が異世界に戻って他の者の生存を助ければ、この世界での肉体修復を助けることになる」
「異世界で死んだら……どうなりますか?」
「君を含めて脳にフィードバックがある可能性はある。ただ、殆ど影響しないだろう。脳の活性化が無くなり、普通の病人に戻るだけだ」
「魔王を倒せなかったら……どうなりますか?」
「世界が滅ぶ。この世界も異世界も両方だ」
「え……?」
衝撃の事実に、トウタはユリアの顔を見上げた。
ミイラのように巻かれた包帯の奥で、ユリアの目が閉じられる。
「詳しい事は言えないし、私も分からない。けれど世界は滅ぶ。ただし、それは君の死んだずっと後の時代の話だ」
ユリアは再び目を開き、トウタを見詰めた。
「つまり、君には関係ない。その上で問おう。君はどうしたい?」
――やらないといけない理由は何もない。
トウタの脳裏に学校や異世界での情けない自分が思い浮かぶ。
自分が異世界に戻った所で、感謝する人もいなければ、褒めてくれる人もいないだろう
クラスメートが残っていないのならば、現実世界での学校生活はマシなものになるだろう。
――異世界に戻らないといけない理由は何もない。
「クラスメートが昏睡状態になる中……僕が一人だけ無事だった理由って分かりますか?」
「確か荷物に埋もれていて、それがクッションになったのが理由だった筈だ」
ああ。イジメられて荷物を押し付けられていたから助かったのか――
「情けない理由ですね……」
トウタはコーラを飲み干すと、ゴミ箱に投げ入れた。
喉の奥から、炭酸の甘い痺れがせり上がってくる。
「僕はヒーローになりたい……そんな動機でいいですよね」
「そんなのでいいのよ、進む理由なんて」
ユリアは微笑みを浮かべると、意識を失って床に倒れた。
異変を察知した看護師達が、ナースステーションから出てくるのが見えた。
1人はユリアに駆け寄り、もう1人はトウタの腕のタグを確認。気分は悪くないかなどを尋ねていた。
「世界は忙しないね……」
トウタはそうするのが当たり前かの様に、こめかみを叩く。
するとそれが当然かの様に、目の前にウインドウが開いた。
『どうしますか?』
ウインドウにはそんな言葉が浮かび、下には文字を打てる空欄があった。
トウタは気恥しさに笑いながら、『世界を救いに行く』と入力した。
直後にトウタも床に倒れ、看護師の悲鳴が世界を切り裂いた。
誰もいない無音の中を進んでいくと、ナースステーションの明かりが見えてきた。看護師達はおしゃべりと仕事に忙しいらしく、通過するトウタには目もくれない。
ナースステーションを過ぎるとエレベーターホールがあり、隣には休憩所が設えられていた。自動販売機を見付け、トウタはお目当てのコーラを購入した。
バレーをやっていた時は、節制して炭酸を飲む事はなかった。
今でもコーラは罪の味がする。
「罪……か……」
トウタはベンチに腰掛け、窓の外を眺めた。
窓に貼り付いた虫をぼうっと眺めていると、近くのエレベーターがトウタの居る階に止まった。扉が開くと、患者用の服を着た誰かが出てきた。
「お疲れ様。気分はどうだ?」
掛けられた声は、ユリアのものだった。
背格好も間違いなくユリアだったが、トウタはその姿にギョッとした。
「それ……どうしたの……?」
ユリアの顔面は全て包帯に覆われている。左腕にはギブスが嵌められ、左手と両足にもガーゼや包帯が施されていた。
「ああ、見栄えが悪いな。まともに動く肉体が、君を除くとこれしかなかったので、大目に見て欲しい」
「それってどういう……?」
トウタは戸惑うが、ユリアの話し方がおかしい事に気が付いた。
夢の中でレイカに憑りついていた、謎の誰かに似ている気がした。
「夢じゃなかったって……事なの…?」
「夢?君は寝ていたのか?」
「いえ……そういうことじゃなくて……?」
もしかしたら、今も夢を見ているのかも知れない。
トウタは冷たいコーラのペッドボトルを握りしめた。
「記憶に混乱があるのなら、一度整理しておこうか?」
レイカはトウタに確認する。
トウタからの返事は無かったが、トウタの情けない表情を見て了承と受け取った。
「君達はバスの事故で、半数が死亡、残りは昏睡状態に陥った。昏睡状態に陥った者達の殆どの者が体を動かせなかったが、脳は無事だった。
私は君達の脳を使い、意識を異世界へと意識を転生させた。ここまでは大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃないです!ないですけど……大丈夫です」
事実としては飲み込めない。
しかし、間違いのない現実として、今の話は実感できた。
「その異世界に転生させて…僕達に何をさせたかったんですか?」
「魔王を倒して、世界を救って欲しかったのさ」
「そんな馬鹿な事……」
トウタはムキになっている自分に気が付き、ハッと下を向いた。
「魔人にも勝てない僕達が……魔王に勝てるんですか?」
「やり方次第だな。正面から戦っても勝てないだろう」
神の御使いとやらは考え込み、トウタに問いかけた。
「もう止めておくか?」
「え……?」
その質問は、2つの事を意味していた。
あの世界に戻る方法がある事と、戻らずにこの世界で過ごす事も可能である事だ。
「僕が戻らなかったら……皆はどうなりますか?」
「難しい質問だな。まず、君が戻るか戻らないかは、昏睡状態にある他の者の肉体には関係ない。彼らは君と同じように目覚めれば、この世界に戻る」
「そうですか……」
「ただし、異世界で生存していれば、脳が活性化するため、この世界での肉体修復に良い影響が及ぼされる。要するに、君が異世界に戻って他の者の生存を助ければ、この世界での肉体修復を助けることになる」
「異世界で死んだら……どうなりますか?」
「君を含めて脳にフィードバックがある可能性はある。ただ、殆ど影響しないだろう。脳の活性化が無くなり、普通の病人に戻るだけだ」
「魔王を倒せなかったら……どうなりますか?」
「世界が滅ぶ。この世界も異世界も両方だ」
「え……?」
衝撃の事実に、トウタはユリアの顔を見上げた。
ミイラのように巻かれた包帯の奥で、ユリアの目が閉じられる。
「詳しい事は言えないし、私も分からない。けれど世界は滅ぶ。ただし、それは君の死んだずっと後の時代の話だ」
ユリアは再び目を開き、トウタを見詰めた。
「つまり、君には関係ない。その上で問おう。君はどうしたい?」
――やらないといけない理由は何もない。
トウタの脳裏に学校や異世界での情けない自分が思い浮かぶ。
自分が異世界に戻った所で、感謝する人もいなければ、褒めてくれる人もいないだろう
クラスメートが残っていないのならば、現実世界での学校生活はマシなものになるだろう。
――異世界に戻らないといけない理由は何もない。
「クラスメートが昏睡状態になる中……僕が一人だけ無事だった理由って分かりますか?」
「確か荷物に埋もれていて、それがクッションになったのが理由だった筈だ」
ああ。イジメられて荷物を押し付けられていたから助かったのか――
「情けない理由ですね……」
トウタはコーラを飲み干すと、ゴミ箱に投げ入れた。
喉の奥から、炭酸の甘い痺れがせり上がってくる。
「僕はヒーローになりたい……そんな動機でいいですよね」
「そんなのでいいのよ、進む理由なんて」
ユリアは微笑みを浮かべると、意識を失って床に倒れた。
異変を察知した看護師達が、ナースステーションから出てくるのが見えた。
1人はユリアに駆け寄り、もう1人はトウタの腕のタグを確認。気分は悪くないかなどを尋ねていた。
「世界は忙しないね……」
トウタはそうするのが当たり前かの様に、こめかみを叩く。
するとそれが当然かの様に、目の前にウインドウが開いた。
『どうしますか?』
ウインドウにはそんな言葉が浮かび、下には文字を打てる空欄があった。
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