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4・策士な兄
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目に入れても痛くないぐらい
甘やかして育てた可愛い弟は、
相変わらず、可愛い。
正直、俺の父も義母も、
弟のことは可愛がっていたが、
育てたのは俺と乳母だと思っている。
なにせ両親は一緒にいると、
四六時中、息子の前でもイチャイチャしているのだ。
おかげで弟は、寂しくなると
必ず俺のところに来たし、
頭をなでてやると
しがみついてくる。
可愛いしかないが、
両親も、俺もそろそろ
いい年になってきた。
弟のことも含めて
将来を考えてもいいだろう。
来年、弟は16歳で成人を迎える。
学院を卒業する18歳になるまでは
結婚を控える者が多いが、
それでも成人までに婚約者が
いない者はそう多くない。
今のところ可愛い弟は
あまり学院に行くことが
出来ていないために
さほど弊害はないが、
今後、社交界に出るようになると
可愛い弟の争奪戦が
繰り広げられることは
目に見えていた。
可愛い弟は見た目だけでなく
性格も素直で可愛く
とにかく世間知らずだ。
せまい屋敷内で生きて来たから
仕方がないが、外の世界に出る前に
護衛兼婚約者を見繕う必要がある。
俺ももう32歳だ。
そろそろ結婚も視野に入れている。
俺の婚約者は、前騎士団長の娘で
俺よりも12歳年下の令嬢だ。
彼女も今年で20歳になる。
俺は当初、結婚するつもりはなかった。
年の離れた弟の面倒を見るつもりでいたからだ。
だが前騎士団長に、大事な娘を貰ってくれ、
お前になら任されると言われた。
なおかつ、12歳も年が離れているのなら
すぐに結婚する必要はないと言われ、
娘を嫁に貰ってくれるなら
騎士団長の座も譲ってやる、とまで言われて
俺は前騎士団長に押される形で
婚約を了承した。
婚約者の令嬢は出会った当初は
まだ少女の印象だったが、
今ではしっかり者の大人の女性だ。
さすがにそろそろ結婚せねば、
行き遅れと噂されてしまう年になる。
ただ幸いなのが俺の婚約者は
淑女であるものの、剣を持ち、
女性騎士として王族の女性たちの
護衛をしている。
結婚に焦っている感じでもなく、
互いに騎士として毎日のように
王宮で会っているので、
仲がこじれるわけでもなく、
結婚を急かされることもない。
それでも先日、王宮の庭で
共に休憩を取っていた時、
結婚の話をすると、
いつも王宮では仕事中だと
緊張した顔をしている彼女が
口元を緩めて嬉しそうな顔をした。
その顔を見て、俺は覚悟を決めたのだ。
俺の結婚話も進めるし、
可愛い弟にも、しっかりとした
護衛兼婚約者を見つけることを。
「にーさ、ま」
ソファーに座ったまま
俺の腰にしがみついて、
ぐりぐりと頭を俺に押し付ける
可愛い弟の髪を撫でて、
俺は小さな体を引き離した。
「さぁ、話はこれで終わりだ。
侍女にお茶の準備をするように
言ってあるから、部屋にお戻り」
俺がそう言うと、
弟は素直に頷き立ち上がった。
「大丈夫、兄に任せておけば
エレは幸せになれる」
俺がそう言うと、
不安そうにしていた弟は
うん、と頷いた。
そして「兄さま」と俺の手を引き、
『お別れの時の頬にキス』をする。
俺が幼い頃から仕込んだキスだ。
やはり俺の弟は、
いつまでたっても可愛い。
俺は弟が部屋を出るのを待って、
顔を引き締めた。
「さて。
あとはあいつだ」
俺は不愛想なブレイトン公爵家の
次男の顔を思い浮かべた。
ガイディス・ブレイトン。
正直、剣の腕もそこそこ立つし、
根が正直で、いいやつだと思う。
裏表なく、このまま俺の騎士団に
所属していれば、それなりに
出世もできるだろう。
だが「それなり」だ。
そのことは本人よりも、
公爵家の方が理解しているようだ。
ある日、ブレイトン公爵殿が
俺と二人だけでの面会を
希望する旨が届いた。
一応、俺と公爵殿とは面識はある。
父と公爵殿、そして陛下が
貴族院時代には仲の良い友人だったらしく
それなりに付き合いをさせていただいているのだ。
といっても、我が家は長い間、
女主人がいなかったせいで
社交界には疎い。
俺も騎士団に所属しているので
社交に力を入れることはしていない。
だが、だからこそ、
貴族社会の勢力地図を
維持できていると俺は思っている。
そうでなければ、
公爵家など、バーンズ侯爵家が
本気になれば潰すことなど
容易にできそうなのだ。
それぐらい、公爵殿は
人の好い、穏やかな性格だ。
あそこは夫人が社交界に
君臨していて、公爵殿を支えている。
バーンズ侯爵家が権力を欲しがらず、
ブレイトン公爵家の女主人が
社交界の女王だからこそ、
今の貴族社会は平穏で、
王家は安泰なのだ。
俺はその状態に満足していたのだが
急な公爵殿の面会要請に
俺は警戒をした。
何を言われるのか、
予測がつかなかったのだ。
だが、話を聞いていると、
公爵殿の不安は、騎士団にいる
次男のことらしい。
公爵殿は長男の教育に
力を入れ過ぎたせいで、
今頃になって次男の考え方の
偏りに気が付いたとか。
いくら公爵家の次男が、
俺が率いる団人の一人だと言っても
そんな相談をされても困る。
と思いはしたが、
必死な公爵殿が気の毒で
俺は話しを聞き続けた。
すると、次男の「女嫌い」の噂の
真相の話まで出て来た。
正直驚いた。
不能になるまで女性に
追い詰められたことには
同情に値するが、
今後、女性と接することが
できないとなると
騎士団の任務にも支障が出てくる。
なにせ騎士団の任務には、高位貴族の
貴婦人たちの護衛やご令嬢たちのおいたを
阻止し、排除することもあるのだから。
公爵殿もそのことは視野に入っていたらしい。
それで心配だと、何か良い案はないかと聞かれた。
その時俺はふと、可愛い弟のことを思い出した。
弟は俺が18歳の頃に生まれた。
すでに閨教育も終わっていたので、
どうやって子どもが生まれるのかを
知っていた俺は正直、
複雑な思いを持っていた。
両親の閨事情など、
知りたくも無かったし、
なんというか、
知ってはならない
永遠の秘密を暴いたような
気持になってしまったのだ。
だから弟が生まれるまでは、
両親に対しても、
生まれてくる弟に対しても
どう接していいかわからなかった。
表面上は仲の良い家族のふりをして、
でも内心では両親とどう接していいか
わからなくてギクシャクしてしまう。
そんな日々が続いて俺は
自分の感情を持て余してしまった。
が、そんな憂鬱な感情は、
生まれたての弟を見た瞬間、
すべて吹き飛んだ。
可愛い!
ただ、その一言でしかない。
ギクシャクしていた両親とも
弟を通して元の関係の戻れたし、
「弟が可愛い」という話題があれば
家族で何時間でも会話ができた。
弟は俺の救世主のようなものだ。
本人は体が弱いことを気にしているが、
頭の良さは飛び抜けている。
学院にもまともに通えていないのに、
14歳で卒業試験を全問正解で
クリアするほどの能力だ。
家庭教師を短時間で
何人も変えたので、
弟は自分が不出来なせいだと
思っているようだが、その逆だ。
弟の学ぶ速度が早すぎて
家庭教師がついていけなかったのだ。
早く領地に引きこもりたい父が、
数年前からこっそり弟の学ぶ内容に
領地経営を加えていることも
俺は知っている。
俺はバーンズ侯爵家を
継ぐ気は全く無かった。
弟が生まれた時に、
俺はこの家と両親を弟に
任せるつもりで騎士になったし、
今では騎士団長になるまで出世した。
騎士団長になれば、その後は
問題さえ起こさなければ、
『相談役』という名の
名誉職を賜り、
生涯、食うに困ることはない。
それにバーンズ侯爵家には
俺の母が嫁いできた時に持って来た
伯爵家の爵位が余っている。
それなら俺は実の母の爵位を継げばいいし、
弟はバーンズ侯爵家に残ればいい。
俺の意見は両親にも伝えていて、
両親もその意見には賛成だった。
そうすれば可愛い弟は
ずっとバーンズ侯爵家にいるのだから
両親も安心だろうし、
俺も弟が妙な女に掴まらないか
心配する必要が無くなる。
16歳になれば社交界にデビューする
必要があるが、できればそれまでに
俺は弟に婚約者を見つけたいと考えていた。
そうでなければ、世間を知らない
可愛い弟など、あっという間に
美しい仮面をかぶった貴婦人たちに
食われてしまう。
嫁を取るか、婿を取るか。
俺はどちらでもいいと思っている。
もし弟に子どもがいなくても
俺に子どもができれば、
バーンズ侯爵家の跡取りにしてもいい。
逆に弟に子どもが2人以上できて、
俺に子どもが出来なければ、
伯爵家の爵位を譲ってもいい。
俺の考えを婚約者も賛成してくれているし、
彼女もまた、俺の弟を可愛がってくれている。
弟にこの話をまだしていないのは、
本人の意思を無視して勝手に
弟の将来を決めているという
罪悪感もあったからだ。
だが、俺は間違ったことはしていない。
弟が幸せになれる道を作っているだけだ。
その道を作っている中で
ガイディス・ブレイトンの話が出て来た。
俺は公爵殿の顔を見て、
ある名案を思い付いた。
ガイディス・ブレイトンは次男だ。
爵位が無くなるから騎士になったが、
その騎士でさえ『女嫌い』で
続けることができないかもしれない。
なら、爵位がある家に婿に入ればいい。
それこそ、バーンズ侯爵家に。
そして『不能』と言うのも気に入った。
つまり、俺の可愛い弟に
手を出す心配はないということになる。
俺は公爵殿に満面の笑みで提案した。
「なら、ガイディス君をバーンズ侯爵家の
婿にするのはどうでしょうか」
公爵殿は驚いたようだが、
侯爵家が可愛がっているデビュー前の
弟がいる話は知っていたらしい。
俺の父が了承するのであれば、
喜んでお願いしたい、と爵位は上の公爵殿が
涙を浮かべて年若い俺に頭を下げた。
俺は公爵殿と握手をかわした。
公爵殿は来た時とは
打って変わって、
ほっとしたような顔をして
部屋を出ていく。
俺は急いで父に手紙を書いた。
父は一年前からほとんどを
義母と一緒に領地で過ごしている。
月に何度かは王都に戻ってきて
仕事をしているようだが、
それすらも今は面倒なようだ。
若い嫁とデレデレしながら
のんびり領地で過ごしたいのだろう。
その算段が整うのであれば、
父も反対はしない筈だ。
それに父からは、弟に関しては
俺に一存すると普段から言われている。
俺が弟を育てた事を
一応は認識しているらしい。
もしこのまま弟が婿を取り、
今後、俺が父の肩代わりで行っている
領主の仕事を引き継げば
俺も随分と助かる。
それこそ俺も、バーンズ侯爵家の
心配をせずに、来年は結婚して
婚約者と新婚生活を過ごすことができる。
問題は、可愛い弟にどう説明するかだが……。
と、思っていたが、
何の説明もいらなかった。
弟は俺を信頼しきっているからな。
よくわからないような顔をしつつも頷き、
俺にぎゅーっと甘えて来た。
うむ。
やっぱり俺の弟は可愛い。
この可愛さを別の男に見せるのは
癪に障るが仕方がない。
俺だけでは弟を守ることはできないからな。
不能だというガイディスには、
弟の風除け兼盾として頑張ってもらおう。
なぁに、そのかわり、
バーンズ侯爵家の当主になれるのだ。
いや、次期当主は弟だから、
その伴侶か。
いやいや、名前だけとはいえ、
可愛い弟の伴侶になれるのだぞ?
光栄過ぎるだろう。
不満などでるわけがないな。
……とはいえ、俺からも
釘を刺しておいた方が良いだろう。
不能とはいえ、
万が一、よこしまな想いを
抱かないとは限らない。
バーンズ侯爵家の可愛い天使を
命を懸けて守るよう、
剣に誓わせるべきか。
いや、その前に可愛い
弟との顔合わせが先か。
もしエレが嫌がったら
相手を差し替える必要もあるしな。
俺はスケジュールを思い出しながら
さっそく二人の顔合わせの日程を
決めてしまった。
甘やかして育てた可愛い弟は、
相変わらず、可愛い。
正直、俺の父も義母も、
弟のことは可愛がっていたが、
育てたのは俺と乳母だと思っている。
なにせ両親は一緒にいると、
四六時中、息子の前でもイチャイチャしているのだ。
おかげで弟は、寂しくなると
必ず俺のところに来たし、
頭をなでてやると
しがみついてくる。
可愛いしかないが、
両親も、俺もそろそろ
いい年になってきた。
弟のことも含めて
将来を考えてもいいだろう。
来年、弟は16歳で成人を迎える。
学院を卒業する18歳になるまでは
結婚を控える者が多いが、
それでも成人までに婚約者が
いない者はそう多くない。
今のところ可愛い弟は
あまり学院に行くことが
出来ていないために
さほど弊害はないが、
今後、社交界に出るようになると
可愛い弟の争奪戦が
繰り広げられることは
目に見えていた。
可愛い弟は見た目だけでなく
性格も素直で可愛く
とにかく世間知らずだ。
せまい屋敷内で生きて来たから
仕方がないが、外の世界に出る前に
護衛兼婚約者を見繕う必要がある。
俺ももう32歳だ。
そろそろ結婚も視野に入れている。
俺の婚約者は、前騎士団長の娘で
俺よりも12歳年下の令嬢だ。
彼女も今年で20歳になる。
俺は当初、結婚するつもりはなかった。
年の離れた弟の面倒を見るつもりでいたからだ。
だが前騎士団長に、大事な娘を貰ってくれ、
お前になら任されると言われた。
なおかつ、12歳も年が離れているのなら
すぐに結婚する必要はないと言われ、
娘を嫁に貰ってくれるなら
騎士団長の座も譲ってやる、とまで言われて
俺は前騎士団長に押される形で
婚約を了承した。
婚約者の令嬢は出会った当初は
まだ少女の印象だったが、
今ではしっかり者の大人の女性だ。
さすがにそろそろ結婚せねば、
行き遅れと噂されてしまう年になる。
ただ幸いなのが俺の婚約者は
淑女であるものの、剣を持ち、
女性騎士として王族の女性たちの
護衛をしている。
結婚に焦っている感じでもなく、
互いに騎士として毎日のように
王宮で会っているので、
仲がこじれるわけでもなく、
結婚を急かされることもない。
それでも先日、王宮の庭で
共に休憩を取っていた時、
結婚の話をすると、
いつも王宮では仕事中だと
緊張した顔をしている彼女が
口元を緩めて嬉しそうな顔をした。
その顔を見て、俺は覚悟を決めたのだ。
俺の結婚話も進めるし、
可愛い弟にも、しっかりとした
護衛兼婚約者を見つけることを。
「にーさ、ま」
ソファーに座ったまま
俺の腰にしがみついて、
ぐりぐりと頭を俺に押し付ける
可愛い弟の髪を撫でて、
俺は小さな体を引き離した。
「さぁ、話はこれで終わりだ。
侍女にお茶の準備をするように
言ってあるから、部屋にお戻り」
俺がそう言うと、
弟は素直に頷き立ち上がった。
「大丈夫、兄に任せておけば
エレは幸せになれる」
俺がそう言うと、
不安そうにしていた弟は
うん、と頷いた。
そして「兄さま」と俺の手を引き、
『お別れの時の頬にキス』をする。
俺が幼い頃から仕込んだキスだ。
やはり俺の弟は、
いつまでたっても可愛い。
俺は弟が部屋を出るのを待って、
顔を引き締めた。
「さて。
あとはあいつだ」
俺は不愛想なブレイトン公爵家の
次男の顔を思い浮かべた。
ガイディス・ブレイトン。
正直、剣の腕もそこそこ立つし、
根が正直で、いいやつだと思う。
裏表なく、このまま俺の騎士団に
所属していれば、それなりに
出世もできるだろう。
だが「それなり」だ。
そのことは本人よりも、
公爵家の方が理解しているようだ。
ある日、ブレイトン公爵殿が
俺と二人だけでの面会を
希望する旨が届いた。
一応、俺と公爵殿とは面識はある。
父と公爵殿、そして陛下が
貴族院時代には仲の良い友人だったらしく
それなりに付き合いをさせていただいているのだ。
といっても、我が家は長い間、
女主人がいなかったせいで
社交界には疎い。
俺も騎士団に所属しているので
社交に力を入れることはしていない。
だが、だからこそ、
貴族社会の勢力地図を
維持できていると俺は思っている。
そうでなければ、
公爵家など、バーンズ侯爵家が
本気になれば潰すことなど
容易にできそうなのだ。
それぐらい、公爵殿は
人の好い、穏やかな性格だ。
あそこは夫人が社交界に
君臨していて、公爵殿を支えている。
バーンズ侯爵家が権力を欲しがらず、
ブレイトン公爵家の女主人が
社交界の女王だからこそ、
今の貴族社会は平穏で、
王家は安泰なのだ。
俺はその状態に満足していたのだが
急な公爵殿の面会要請に
俺は警戒をした。
何を言われるのか、
予測がつかなかったのだ。
だが、話を聞いていると、
公爵殿の不安は、騎士団にいる
次男のことらしい。
公爵殿は長男の教育に
力を入れ過ぎたせいで、
今頃になって次男の考え方の
偏りに気が付いたとか。
いくら公爵家の次男が、
俺が率いる団人の一人だと言っても
そんな相談をされても困る。
と思いはしたが、
必死な公爵殿が気の毒で
俺は話しを聞き続けた。
すると、次男の「女嫌い」の噂の
真相の話まで出て来た。
正直驚いた。
不能になるまで女性に
追い詰められたことには
同情に値するが、
今後、女性と接することが
できないとなると
騎士団の任務にも支障が出てくる。
なにせ騎士団の任務には、高位貴族の
貴婦人たちの護衛やご令嬢たちのおいたを
阻止し、排除することもあるのだから。
公爵殿もそのことは視野に入っていたらしい。
それで心配だと、何か良い案はないかと聞かれた。
その時俺はふと、可愛い弟のことを思い出した。
弟は俺が18歳の頃に生まれた。
すでに閨教育も終わっていたので、
どうやって子どもが生まれるのかを
知っていた俺は正直、
複雑な思いを持っていた。
両親の閨事情など、
知りたくも無かったし、
なんというか、
知ってはならない
永遠の秘密を暴いたような
気持になってしまったのだ。
だから弟が生まれるまでは、
両親に対しても、
生まれてくる弟に対しても
どう接していいかわからなかった。
表面上は仲の良い家族のふりをして、
でも内心では両親とどう接していいか
わからなくてギクシャクしてしまう。
そんな日々が続いて俺は
自分の感情を持て余してしまった。
が、そんな憂鬱な感情は、
生まれたての弟を見た瞬間、
すべて吹き飛んだ。
可愛い!
ただ、その一言でしかない。
ギクシャクしていた両親とも
弟を通して元の関係の戻れたし、
「弟が可愛い」という話題があれば
家族で何時間でも会話ができた。
弟は俺の救世主のようなものだ。
本人は体が弱いことを気にしているが、
頭の良さは飛び抜けている。
学院にもまともに通えていないのに、
14歳で卒業試験を全問正解で
クリアするほどの能力だ。
家庭教師を短時間で
何人も変えたので、
弟は自分が不出来なせいだと
思っているようだが、その逆だ。
弟の学ぶ速度が早すぎて
家庭教師がついていけなかったのだ。
早く領地に引きこもりたい父が、
数年前からこっそり弟の学ぶ内容に
領地経営を加えていることも
俺は知っている。
俺はバーンズ侯爵家を
継ぐ気は全く無かった。
弟が生まれた時に、
俺はこの家と両親を弟に
任せるつもりで騎士になったし、
今では騎士団長になるまで出世した。
騎士団長になれば、その後は
問題さえ起こさなければ、
『相談役』という名の
名誉職を賜り、
生涯、食うに困ることはない。
それにバーンズ侯爵家には
俺の母が嫁いできた時に持って来た
伯爵家の爵位が余っている。
それなら俺は実の母の爵位を継げばいいし、
弟はバーンズ侯爵家に残ればいい。
俺の意見は両親にも伝えていて、
両親もその意見には賛成だった。
そうすれば可愛い弟は
ずっとバーンズ侯爵家にいるのだから
両親も安心だろうし、
俺も弟が妙な女に掴まらないか
心配する必要が無くなる。
16歳になれば社交界にデビューする
必要があるが、できればそれまでに
俺は弟に婚約者を見つけたいと考えていた。
そうでなければ、世間を知らない
可愛い弟など、あっという間に
美しい仮面をかぶった貴婦人たちに
食われてしまう。
嫁を取るか、婿を取るか。
俺はどちらでもいいと思っている。
もし弟に子どもがいなくても
俺に子どもができれば、
バーンズ侯爵家の跡取りにしてもいい。
逆に弟に子どもが2人以上できて、
俺に子どもが出来なければ、
伯爵家の爵位を譲ってもいい。
俺の考えを婚約者も賛成してくれているし、
彼女もまた、俺の弟を可愛がってくれている。
弟にこの話をまだしていないのは、
本人の意思を無視して勝手に
弟の将来を決めているという
罪悪感もあったからだ。
だが、俺は間違ったことはしていない。
弟が幸せになれる道を作っているだけだ。
その道を作っている中で
ガイディス・ブレイトンの話が出て来た。
俺は公爵殿の顔を見て、
ある名案を思い付いた。
ガイディス・ブレイトンは次男だ。
爵位が無くなるから騎士になったが、
その騎士でさえ『女嫌い』で
続けることができないかもしれない。
なら、爵位がある家に婿に入ればいい。
それこそ、バーンズ侯爵家に。
そして『不能』と言うのも気に入った。
つまり、俺の可愛い弟に
手を出す心配はないということになる。
俺は公爵殿に満面の笑みで提案した。
「なら、ガイディス君をバーンズ侯爵家の
婿にするのはどうでしょうか」
公爵殿は驚いたようだが、
侯爵家が可愛がっているデビュー前の
弟がいる話は知っていたらしい。
俺の父が了承するのであれば、
喜んでお願いしたい、と爵位は上の公爵殿が
涙を浮かべて年若い俺に頭を下げた。
俺は公爵殿と握手をかわした。
公爵殿は来た時とは
打って変わって、
ほっとしたような顔をして
部屋を出ていく。
俺は急いで父に手紙を書いた。
父は一年前からほとんどを
義母と一緒に領地で過ごしている。
月に何度かは王都に戻ってきて
仕事をしているようだが、
それすらも今は面倒なようだ。
若い嫁とデレデレしながら
のんびり領地で過ごしたいのだろう。
その算段が整うのであれば、
父も反対はしない筈だ。
それに父からは、弟に関しては
俺に一存すると普段から言われている。
俺が弟を育てた事を
一応は認識しているらしい。
もしこのまま弟が婿を取り、
今後、俺が父の肩代わりで行っている
領主の仕事を引き継げば
俺も随分と助かる。
それこそ俺も、バーンズ侯爵家の
心配をせずに、来年は結婚して
婚約者と新婚生活を過ごすことができる。
問題は、可愛い弟にどう説明するかだが……。
と、思っていたが、
何の説明もいらなかった。
弟は俺を信頼しきっているからな。
よくわからないような顔をしつつも頷き、
俺にぎゅーっと甘えて来た。
うむ。
やっぱり俺の弟は可愛い。
この可愛さを別の男に見せるのは
癪に障るが仕方がない。
俺だけでは弟を守ることはできないからな。
不能だというガイディスには、
弟の風除け兼盾として頑張ってもらおう。
なぁに、そのかわり、
バーンズ侯爵家の当主になれるのだ。
いや、次期当主は弟だから、
その伴侶か。
いやいや、名前だけとはいえ、
可愛い弟の伴侶になれるのだぞ?
光栄過ぎるだろう。
不満などでるわけがないな。
……とはいえ、俺からも
釘を刺しておいた方が良いだろう。
不能とはいえ、
万が一、よこしまな想いを
抱かないとは限らない。
バーンズ侯爵家の可愛い天使を
命を懸けて守るよう、
剣に誓わせるべきか。
いや、その前に可愛い
弟との顔合わせが先か。
もしエレが嫌がったら
相手を差し替える必要もあるしな。
俺はスケジュールを思い出しながら
さっそく二人の顔合わせの日程を
決めてしまった。
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幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
断罪回避のために親友と仮婚約したはずが、想像以上に執着されていた。
鷲井戸リミカ
BL
ある日アーサーは、自分がネット小説の世界に転生していることに気が付いた。前世の記憶によれば親友のフェルディナンドは、悪役令息という役割らしい。最終的に婚約者から婚約破棄され、断罪後は国外追放されてしまうのだとか。
大事な親友が不幸になるのを見過ごすわけにはいかない。とにかく物語の主人公たちから距離をとらせようと、アーサーはフェルディナンドを自分の婚約者にしてしまった。
とりあえず仮婚約という形にしておいて、学園を卒業したら婚約を解消してしまえばいい。そう考えていたはずがアーサーのとある発言をきっかけに、フェルディナンドの執着が明らかになり……。
ハッピーエンドです。
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
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