長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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92:俺の妖精と露天風呂

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 ここは地獄か、天国か。

俺は必死で呼吸を整える。

可愛いエレミアスは、
服を脱いだら妖精だった。

何を言っているかわからんだろうが、
とにかく妖精だったんだ!

露天風呂の照明は
さほど明るいわけではない。

照明は上からではなく、
足元の草木を照らすように
下から魔石で明るくしている。

温泉では足元に注意を払う必要があるからだ。

一応、屋根の部分に
照明を付けてはいるが、
数は少ない。

裸になる前提なので、
わざと明かりを落としているところもある。

それは脱衣場のある
小屋の中でも同じだ。

照明は最低限で、
手元が見えないほどではないが、
屋敷の中よりは暗い。

そんな中で、
シャツを脱いだエレミアスの肌は、
白く輝き、浮かび上がっているように見えた。

体が弱く、あまり
外出をせずに育ったからだろう。

細く、白い肌はくすみもなく、
ただ、ただ、美しいとしかいうことができない。

同年代の貴族女性でも、
これほど美しい肌を
持っている者はいないのではないだろうか。

ただ見つめることしか
できない俺の前で
エレミアスは軽い仕草で
シャツを脱ぎ捨てる。

神々しさまで感じる姿とは
まったく違う人間味のある仕草に
俺は、つばを飲み込んだ。

そうだ。
エレミアスは妖精ではない。

俺と同じ人間で、
俺の、婚約者だ。

俺がこの手で触れ、
愛でることができる……

俺の脳に、エレミアスと
肌を合わせる姿が浮かぶ。

興奮するしかない未来を
想像した途端、
俺の鼻から熱い血が流れ落ちた。

とっさに持っていたタオルで
俺は鼻を押さえる。

エレミアスに鼻血がばれないように
タオルに顔を押し付けて、
それでも俺はそっと横目で
エレミアスを見る。

美しい背中に
羽が生えていないのを
確認したのだ。

人間だと理解していても
確認したくなるほど
エレミアスは美しく、
無垢な存在に思えた。

だが、俺の婚約者だ。
俺の。
俺だけの、愛しい人だ。

俺が触れてもいい存在か
迷う気持ちもある。

いや、違う。
触れてはならない存在だ。

独占欲が湧き起こり、
手を伸ばそうとした瞬間、
『ガイディス・ブレイトン、
わかっているな』
という団長の声が聞こえた気がした。

『俺の可愛いエレに
欲情したのか?
ゲスな奴の結末は理解しているな?』

殺気を帯びた団長が
俺の脳内で剣を抜く。

「欲情? いえ、違う!
違うんです、団長!」

あの人に睨まれたら
一瞬で俺は死を迎えてしまう。

俺は脳内の団長に
言い訳を繰り返し、

エレミアスを露天風呂に
先に行くように促す。

するとエレミアスは
自分の魅力に何一つ
気が付いていない様子で

タオルで身を隠すことなく、
わくわくした顔で
露天風呂へと続く扉へと
入っていく。

可愛らしい、白く、
まるい尻が目の端に見えた。

いや、違う。
「何も見てません、団長!」

俺は思わず声を出した。

だめだ。
エレミアスには、何から
教えればいいのだろうか。

閨の話もそうだが、
エレミアスは異性や
同性の体に興味はないのだろうか。

そもそも性欲はあるのか?
いや、ないんだろうな。

そう言えば、
アンナと一緒に風呂に
入っていると言っていた。

聞いたときは、
衝撃すぎて動けなかったが、
きっとエレミアスは
アンナの前でもああして無防備なのだろう。

女性に興味があったり、
意識するのであれば、
団長がアンナに入浴の世話を
させるはずもない。

おそらく団長は
エレミアスの肌を見ることが
できる人間の数を
極力減らしたいに違いない。

アンナは小さいころから
エレミアスに仕えているというし、
忠誠心もある。

団長はアンナが一番、
使い勝手が良いと
判断して、エレミアスの
そばに置いているに違いない。

俺は鼻血が止まるのを待ち、
水を飲む。

ここには魔石で 冷やしてある水が
常備してあり、
いつでも飲める。

俺は深呼吸をして、
服を脱いだ。

「落ち着け」

血で汚れたタオルを
使用済のタオル置き場へと
投げ入れて、
俺は新しいタオルを腰に巻く。

エレミアスにタオルを
渡してやろうと思ったとき、
いきなり可愛らしい妖精が
全裸になっていくので、
俺はタオルを渡しそびれたのだ。

「大丈夫だ」

俺はもう一度、深呼吸をする。

幸い、今日は一度、
精液を吐き出したおかげで
あの時ほどの興奮は、ない。

あの時は、
何年も溜まっていたものを
吐き出したのだから、
達成感だけでなく、
疲労感もすごかった。

あれだけのものを
吐き出したのだから、
またすぐに本気で
勃起するとは思えない。

と、思い込むしかない。

「平常心、平常心」

俺は自分に言い聞かせる。

エレミアスはまだ、
何も知らないのだ。

それは知識だけではない。

体が弱く、屋敷の中だけで
生きてきたエレミアスは
成長も遅いはずだ。

つまり、知識だけでなく
性欲も無いと思われる。

体がそこまで成長していないのだ。

騎士は体力馬鹿なやつも多く、
貴族学院に入学すると
それこそ、後腐れない
相手として、同じ騎士仲間や
同性で性欲を発散する者もいる。

そういう時期なのだ。

性欲が生まれ、
好奇心も伴って
それこそ、下半身バカに
なるような奴もいる。

だが俺は残念と言えばいいのか、
周囲の奴らより
爵位が高かったから、
馬鹿な真似はできなかったし、
馬鹿なことを誘ってくる相手もいなかった。

ちょうどそのころ、
閨の授業を受けたが
その内容は淡々とテキストを
読むようなもので、
興奮するようなものでもなく、

俺は性欲の話をしている同級生たちを
心のどこかで馬鹿にしているところもあった。

そんな時期を過ごして、
あの、王女事件があったのだ。

つまり俺はろくに
恋愛も性欲も経験することなく
エレミアスに出会ったことになる。

こうして考えてみると、
俺とエレミアスは同じように思えてきた。

お互いに初心者同士だ。

何も恥じることはない。

そうだ。
俺はエレミアスを心から
愛していて、求めてしまう。

それゆえ、
エレミアスよりも
体が成長した俺は
反応してしまうだけなんだ。

つまり、俺が反応するのは
なんの問題もない。

「よし、大丈夫だ。
俺は何も悪くないぞ」

俺は言い訳のように声に出し、
露天風呂に足を向けた。

ガラス扉を開けると
湯けむりがすごい。

目を凝らすと、
奥の温泉にエレミアスが
入っているのが見える。

「平常心、平常心」

まずは体の汚れを落として……

と考えていると、
エレミアスに声を掛けられる。

タオル?

俺が腰に巻いたタオルのことか。

いや、もうそれはいいんだ。
その話はあとにしよう。

今更、エレミアスの体を
タオルで隠しても……

ちらり、と見た
白く小さな体は、
湯に入っているからだろう。

ほんのり赤く染まっており、
それがまた艶めかしい。

やばい。
とにかく湯に入るしかない。

エレミアスから離れるため
温泉を取り込んでいる
取り込み口の付近に俺は座った。

……熱い。

この土地に湧き出た温泉は
湧き出たままの温度で
露天風呂に流し入れている。

飲料としても問題ないもので
町では温泉を使った
料理や化粧品の製造販売も盛んだ。

この辺りが温泉街として
栄えていることは、
ブレイトン公爵家としても
喜ばしいことだ。

公爵領の収入は、
鉱山と観光で成り立っているともいえる。

王都に近く、
温泉が出るというのは
貴族たちにも受けがいい。

それに温泉の温度も
少し熱いとはいえ、
調整せずに使えるのはありがたい。

これで温泉の温度を
人工的に高くしたり低くしたり
しなければならなかったら、
魔石がいくつあっても足りないはずだ。

などと、湯に入ったまま 領地について考えることで 現実逃避をしていたら、 可愛い声で呼ばれた。

一緒に入る?

一緒に?

そ、そうだな。

そう約束していたしな。

大丈夫だ。
今の俺は領地のことを考えることで
かなり冷静になった。

いや、待てよ?

エレミアスの髪を
俺は洗わねばならないのか?

あの細く美しい髪を俺が……

いやいや、違う。
洗い方を伝授するだけだ。

洗い方……?
なにを教えればいいんだ?

ただ、洗うだけではダメなのか?

普通に洗うだけだろう?

俺はエレミアスのそばに
ゆっくりと移動する。

ちらり、とエレミアスの
湯に濡れた髪を見て、
俺は目を見開いた。

エレミアスの髪は
きっちり頭の上でまとめられている。

それはもう、アンナの意思を
ひしひしと感じるほどに。

『ぼっちゃまに触るな』

だろうな。

温泉から上がったら、
部屋の風呂でアンナに
エレミアスの髪を
洗うように言おう。

俺はそう決意して、
エレミアスの隣に腰を下ろした。


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